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白銀の機転  作者: 東雲鬼宿
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第六話 好きなものは奪われやすい

「殿下、おはようございます」


ゆさゆさと肩を揺さぶられ、起こされる。んっと声を上げ上半身を起き上がらせる。昨日あった頭痛は治まっている。体調が悪い時は寝るに限るが、常にそうはできないから困りものだ。


「今何時」

「朝の6時ごろです。昨日はお夕飯時にも起きてこなかったので、かなりお疲れだったのですね。長々話してしまい申し訳ありませんでした」


寝ぼけた頭が覚めて来た。今俺を起こしたのは護衛騎士のファイではないか。驚いて目が開けた。なぜここにいる。起こすのは大抵メイドの仕事だろう。王宮では、基本自分自身で起きていたから、起こされるのは新鮮だがかなり驚いた。


「なんで」

「はい?いえメイド達に聞いたら殿下はお一人で着替えも済ますと言っていたので、いつもの起床時間に部屋を訪ねましたが返事がなかったので、お声をかけさせていただきました。迷惑でしたか?」

「いや、感謝します。少し驚きました。こんな早くから来るとは想像していなかったので」

いつもはメイドも侍従も側にいないので、一人でやれる事はこなしてきた。だからこう朝から人がいるのも何か落ち着かない。

「えっと、着替え終わるまで外で待っていてもらえると」


嬉しいのですがと言い終える前にファイは、護衛で男性ですのでお気になさらずいつもの身支度を整えて下さい。と勧められベッド脇から入口へと移動していった。人に見られているのは嫌に恥ずかしい。はあとため息を吐き着替えを始めるためにベッドを出る。そう言えば昨日はそのまま寝てしまったんだった。服はしわくちゃになってしまい、服に申し訳ない気持ちになる。顔を洗うためのお湯は、すでに用意されていたのでそれを使い、今日の服は比較的楽でいいはずなので、適当に棚の中からダーク系の色合いの服装を選らぶ。着替え終わってからシャワーや風呂に入っていないことを思い出す。やってしまった。いつもの流れでうわーと頭片手で髪をわしゃわしゃとしていると、後ろからくすくすと笑い声と失礼しますとファイが声をかけて来たと思ったら、浄化の魔法をかけられた。

 浄化の魔法は便利だけど使い勝手の悪い魔法で、習得している人は珍しい。浄化は目の前のものをきれいにするというものだが綺麗にするという基準が人それぞれ違い、きれいにしたつもりでもなっていないということが多い。それに物は綺麗な状態を体感で覚えられれば何とかなるが、生きているモノ相手にかけるには、中々難しい。自分の綺麗な状態は、風呂に入った後を覚えていれば何とかなるが、相手にかけるとなると髪の長さや身長性別どのような汚れかなどをいちいち考えながらやらなくてはならない。なのでファイが俺にすんなりと浄化をかけられたというのなら、魔法を扱うのに長けているか、とても器用だということだ。


「ファイは魔法が得意なのですか」

「いえこれは家でやらされすぎたせいですね。我が家には二人の兄と三人の姉がいまして、姉たちが返ってきた兄たちが風呂に入っても汗臭いと喚き、兄たちは魔法を不得意なので自分に白羽の矢が刺さっただけです。臭いなら姉がやればいいのですが、魔法ですら接触したくないと」


はははと遠い場所へと目が泳いでいくファイを見上げる。マシュー団長は彼に問題があったらと言っていたが、むしろ家の中の姉たちの方が問題で彼はかわいそうな立場に立っていたのではないかと思える。


「ありがとう。助かりました」

「いえお安い御用ですよ。お風呂に入りたかったのなら申し訳ありません。気がせいてしまいました」


近づいていた距離から、一歩離れ手を後ろに組み眉をファイは下げた。彼は優しい人なんだな、それに人当たりもよい。謝らせるこっちが申し訳なくなってくる。


「いえ別に大丈夫です。今後いちいち謝らないでください。お、私にも非はあります」

「善処いたします。殿下無理して、敬語などを私に使わなくていいですよ。昨日も今日も時々言葉が抜けていましたし、私の前では気を使わないでください」


抜けていたか。普段会話も少なく過ごしている俺が敬語を多様に使っていたらそりゃへまもでる。護衛は気を許していい存在だが、ファイを信用しきっていいかはまだ分からない。鏡の前に立ち、腕輪を確認し耳飾りが両耳についていることを確認する。鏡越しにファイを見るが明るい顔で俺の返答を待っているように見える。彼が悪い人には見えないが、そうやって近づいてくる人間は王宮内では五万といる。気を付けよう。


「善処します。ファイはご飯を」

「すでに済ましました。お気遣いありがとうございます。殿下こそ昨日夕餉を抜かしているので、お腹は空いておりませんか」


空いてないわけでないが、食欲というのは無い。食べたいものや好きなものもとくには無い。ファーファにもとことん困らせてしまった。いろいろ用意をしくれたが、舌の上に乗っかる味に興味も変化も感じることが出来ず、いまだに修行の身だ。精神から来るものと言われているがこれが治るころには、きっと感情も豊かになっている気がする。


「行きましょうか」


今日一のため気を吐きながら、俺は食堂に向かって歩き出す。部屋にある置時計を出る間際ちらりと見ると、6時30分を過ぎていた。運が良ければ父上に会えるだろうか。狩りは朝が早い人もいると聞く、父上が狩りに重視を置いているならば既に出発をしているだろう。

 食堂にたどり着くと、父上が寝間着姿の上にガウンを羽織った姿で上座に座っていた。まぁ大会を優勝したいと思わない限りいるよな。にしても会食など遅くまで起きていたはずなのに8時前に起きているのも珍しい気がする。いつもは9時になっても朝礼に参加してもらえず宰相が泣いている話を先生方からよく聞いているのに。


「おはようございます」

「ああ、おはようオズワルド。昨日は疲れて寝てしまったとか。私も狩りから帰ってきてからすぐに寝てしまってな。今朝は早く起きれた。初めてだな。オズワルドとこうして食事をとれるのは」


父上は笑顔で席を勧めてきたが、その目の下に隈が出来ているのを見つける。夜の会食は、今回の大会に参加している重役たちとの気兼ねなく話せる絶好の機会を陛下や側近が逃すはずがない。と考えると、無理して俺が起きる時を図って起きて来たのだろう。俺ごときに時間を割くとは、父上も親として何処かプライドがあるのだろうな。

 席に着くと、後ろから侍従たちが食事を出してくれる。外での食事なため簡素なものが用意されていた。パンにスープ、サラダにソーセージそれにほんの少しの果物。一般的な豪勢な朝食だ。俺にしたらいつも以上に多い気がするが。


「オズ遠慮せずに食べたいものがあったら言いなさい。好みが分からずとりあえず用意した。エミリアたちに聞いたが答えてくれなくて、私がいつも食べているモノを出してみたがどうだろうか」


父上は不安そうにしながら、パンを手にして一口食べた。食事の開始である。俺は、スープを手前に持ってきて、パンを半分に割り皿によそい、これで十分ですと答えるとガタンと父上が立ち上がり目をひん剥いていた。


「それだけか。もっと食べなさい」


隣から執事が陛下の肩を押さえ落ち着いてくださいと言われ、父上は席に座りなおす。もっと食べろと言われても胃にも入らないし、味がしないものを詰め込んでも後々吐くだけだ。

首を横に振り、拒否を示す。コンソメのスープを口にしてみるが、やはりしょっぱいだけで野菜のうまみだとかのど越しの良い味だとかの感想は分からない。そうかと父上は肩を落とし落胆を示していた。陛下が俺の子育てに参加するのが遅かったからとぶつぶつと悩ましく小言を吐きながら食事をしていたが、遅かれ早かれ俺は感情が平坦で食事量も少ない人間になっていたと思う。あの母だ。父がいようと生活環境はあまり変わらない気がする。完全に家を別居にしない限り。陛下は平等だ。きっと誰かに強く言われない限り、別居など頭にないだろう。今ですらその案は出ていないというのに。


「そうだ、オズワルド。ファイから昨日の事を聞いた。是非、シスターの元へ行ってきなさい」


ぶっと、スープをこぼしかけた。まさか本当に陛下に相談していたとは。後ろに控えているファイの方へ振り向くと、笑顔でうなずかれまるで当たり前じゃないかと言われているようだった。父上に向き直り、それはと静かに声を上げるが陛下もファイと同じことを考えていたようだった。


「今回お前を連れて来た理由もそこにあるのだ。王宮内では、友人は作れない。それに同い年との関わり合いもとんとない。よい機会だ、遊んできなさい」


遊べと言われても、俺の遊びは薬物図鑑や魔術図鑑を読み漁りそれをエミリア様の庭で試してみることだ。友人との遊び方なんて分からない。


「いえ私は」


行きたくない。子供と遊ぶなんて、どうすればいいか分からない。リティリアは妹でいつも隣にいたり遊びたい内容を伝えてくれる。それに付き合ってあげればいいから何をするかわかるが、知らない相手にどうすればいいかなんて俺は分からない。行きたくない理由を考えるが、大人を納得させるような言い訳など思いつくわけでなく。ならば、いった振りで逃げればいいのでは思いつく。ファイは優しいし、きっと笑いながら付き合ってくれるかもしれない。


「いいか、オズ。王族は社交を上手くこなさなければ、いいように操られるぞ。一つの勉強だと思っていきなさい。あぁそうだ、逃げるつもりなら王立図書館の使用権限を奪い、えぇっと護衛にここに持ってきている蔵書を没収させる」

「はっ?」


先手を打たれた。俺の唯一の楽しみを父上は平然と奪った。父上は、お前が好きなものを全く知らないと思っていたのか?と嘲笑っていた。やられた。これは行くしかない。行くだけ行ってどうにかするしかない。今日は頬がひきつるのが確定したな。


「わかりました。それと護衛の名前はファイです父上。昨日マシューが悲しんでいました。部下を泣かせてはいけないと思います」


仕返しにもならない仕返しを返す。執事はクスクスと笑い、父上は弱点を突かれ渋面を作っていた。父上は本当に名前を覚えられないようだ。周りの者がきっと優秀すぎるのだろう。父上は記憶しなくて良いのだから。はぁとため息をつき気持ちを切り替える。


「父上はおしゃべりなのですね。知りませんでした。エミリア様のところでは、話されている印象がなかったので」

「あぁエミリアは特殊だからな。私の言葉は基本遮られる。それはそれで楽で楽しいのだがね」


エミリア様の顔を思い出したのか、朗らかに父上は笑う。確かにエミリア様の前だと、会話は続かない。なんてったって、エミリア様がずっと話をしてくれるからだ。口の中が乾いたり喉が痛くなったりしないのかと思うが、お茶をかなりの量を飲み潤し続けている。エミリア様もしゃべりたくて大変なのだ。飲み物の量が多くトイレが近いはずだが、トイレは我慢大会よとエミリア様は言っていた。いや、子供の前くらい自由に行けばいいと思うのが、もう癖になってしまって抜けないそうだ。そんな時はファーファが頃合いを見て、エミリア様に声をかけて離席をさせている。要件があるとか言って外している。


「そうですね」


会話終了である。自分から出した話題だが、特にエミリア差に関して父上と話す内容もなく、ここからつなげられる話もない。静かな食事の時間だけが流れていく。その様子に執事が父上に何か話を出すようにせっついているが、父上も何を話していいのか話題が思い浮かばないようで、もぐもぐとソーセージやオムレツを口の中に入れ続けている。よくあの量を朝から食べれるな。俺だったら、昼でも無理だ。サラダを口にしただけで十分な気分になる。

食事を終えでは失礼しますと一言添え立ち上がる。ファイをちらりと見ると心得たように後ろから随行してきた。これからこれが日常的になるとは想像がつかない。誰かが隣にいるのはリオンで少しは慣れたと思っていたが、毎日となると俺の精神がどこかすり減るような疲れがでてきそうだ。


「オズワルド。楽しんで来るんだぞ」

「父上も狩りを楽しんできてください」


部屋を出る間際に父上が声をかけてくれた。ひらひらと手を振って送り出している。それを見ていると、どこか安堵した気持ちが訪れた。今日も元気そうだなという事か。いや父上の健康状態など毎日のようには知らない。知らないものに対して、元気そうだと思うことはどこか違う。この気持ちは何だろうか。


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