第六話 外出は疲れます
父上も行き、第二騎士団は警備のためちりぢりに移動している。マシューは見晴らし台の側にある騎士団の待機所に控えているそうだ。息子に何か支障があればそこに来てほしいとも言われた。ファイ自体になにか問題を抱えているのだろうか。特にそうは思えないがと目をやると、にこりと返された。え、問題あるの。
さて、俺は何をしよう。そこら辺を散歩したかったが、先ほどから歩いていると貴族たちの視線が痛い。俺は珍獣扱いだ。ここでも第二皇妃の話が聞こえてくる。陛下が愛しているのは第二皇妃で、皇太子にしたいのは第二王子だとか。幼子の未来をもう話し合っている。俺を支援してくれる派閥があるとも思わないが、嫌な噂話ばかりで嫌気がさす。どうやら俺は、大人たちの間では病弱扱いを受けていたらしい。まさに深窓の姫にでもなった気分だ。声をかけてくる貴族もいないし、少し目を向けるとそっと視線をそらされる、盛大な溜息を吐きたい気分だがそんなことしたらもっと嫌われるような気がして、ぐっと我慢する。そんな中に居続けるのもつらいだけなので、俺は天幕に戻り持ってきておいた魔術教本を取り出し、読みふける。ファイは、俺が部屋にいるから第二騎士団に戻っていいよと声を掛けたら今日一日は、殿下に張り付いてる予定なのでお気になさらずと言われ、出入り口の側に立ち続けている。
一時間ほど本を読み続けていたが、ファイが気になる。やはりずっと立ち続けているのは疲れるはずだ。それなら剣を振り回して疲れる方がよほどすがすがしく感じれるほどに。俺は本を閉じ、廊下に控えているであろうメイドにお茶がほしい旨を伝え、ファイと話すことを決心する。外向きの顔を作り続ける俺も少し疲れて来た。ここは腹を割って話した方がましだ。別に無表情であるのが普通ということを隠しているわけではないのだし。
「ファイ、少しそこに座って話をしましょう」
「え。私は立ったままで構いませんが」
中々に真面目な男である。こういう時は少し不真面目なものの方が扱いやすい。
「見ている俺が疲れるので。とにかく座って、ファイの事を教えてほしいです」
お茶も届き、ソファにゆったりと座り少し熱めの紅茶をすする。春とはいえまだ雪が残っている寒さはある。少し熱いくらいのお茶がちょうどよい。視線を戸惑わせていたファイだが、後ろ手に組んだ手を解き、俺の前のソファに座り紅茶を手に取る。
「少しだけですよ。座って紅茶なんて飲んでいたら護衛になりません」
仕事に忠実ではあるが、今俺に及ぶ危険はあるのだろうか。俺がいなくなっても国は回る大丈夫だ。
「ファイは、マシューの息子と言われてたけど今いくつ、ですか」
「今年で、23になります。出世としては遅れている方ですね。はは」
騎士団に入れる年齢は、見習いからだと10歳、学院などを通ると15歳あたりからが普通だ。20歳を越える頃には隊長職を務めていることが多いが、ファイは未だ一般兵士だという。理由を尋ねると指揮する能力がどうも秀でてなく、窮地に追いやられる事が多く怪我が絶えないそうだ。自分から隊長職を辞退しているそうだ。それに特攻部隊として先遣を着るのが多いらしく、様々な部署に第一や第二の垣根を越えて異動させられているらしく未だ第二騎士団の中でも定住場所は無いらしい。これはわざと隊長たちが窮地に放り込んでファイを武力的に鍛えている気がする。特にあの腹黒団長に、かわいそうに
「私も殿下に質問しても」
さわやかにファイは言ってきた。もともとファイから自分への質問を引き出すために会話を始めたのだ。拒否する理由はない。どうぞと答えれば、ファイは右人差し指を口に当て左上に視線を流す。
「では、殿下は無理して笑っているのはどうしてですか」
そんなに自分の作り笑顔は下手かと気が沈んだ。うっかりため息を漏らしてしまい。ファイに慌てさせてしまった。
「いえ、誰も気づいていないと思います。ただ自分が育ってきた環境の中で、人の表情を読む方法を得てしまい。殿下が日常何か苦労をしているのではないかと。その、不躾な事を申しました。お忘れください」
すみませんとファイは頭を下げる。いや見抜かれるのは初めてではないから特に悲しんではいないが、誤られるのも気分が良くない。ファイに頭を上げさせ気にしていない旨を伝えると少し安堵した顔をしていた。
「殿下は、普段どのように過ごしているのでしょうか。こういう昼間の社交的場なら同い年のお子様もおいでになっているのに、遊びいかれず本を読んでいるので」
ファイアは話題を変えて来た。別に無表情を隠しているわけではないので、言ってもよかったのだか機会を逃してしまった気がする。
「別に王宮内から出たこともお茶会に参加したこともないので、知り合いがいないだけですが」
これだと俺は、中々に寂しい人間ではないか。勘違いされても困るので言葉を足す。
「友人がいなくて寂しくはありません。リティリア王女もいますし。授業に忙しいので遊んでいる時間もあまりないので」
ああより一層寂しい人間ではないか。ほらファイの顔がだんだんと歪んでいっている。俺が置かれている状況をあまり知らないようだ。そこを説明するのも面倒なのでどうしようかと思いまたため息をついてしまった。癖になっているのは自覚しているが、人前では出さないよう気を付けているのにファイの前ではついてしまう。初めて会うのに気を許してしまう親しみやすさが彼のいい所の一つではないだろうか。
「殿下。そしたら明日は教会のシスターが立てている天幕に行きませんか。そこにはお菓子やおもちゃが
置いてあり、親が社交にいそしんでいる間の子供たちの遊び場です」
すごく面倒だ。いまさら友人の作り方など分からない。ファイから視線をそらし、いかにして断る理由を考える。
「いやその勝手に出歩くのも」
「先ほどまで好き勝手に歩いてましたよね。まぁこの天幕までの道行を少し外れる程度でしたが。」
「それでも、陛下の許可をもらわないと」
苦肉の策で陛下を出してみると、ファイは続きの言葉を出すのをやめ、口に右手を持っていき考えているようだった。外に出るのは嫌いではないが、これ以上人とかかわって俺自身をアピールする気にもなれない。それに今日は朝から調子が悪い、馬車で酔いでもしたのかより一層いまは体調が悪い。会話程度は大丈夫だと思っていたが、疲れはたまってきたようだ。正直辛いので明日もゆっくり部屋で休んでいたいところだ。
「ではそこは後で相談しときますね」
にこりと微笑まれて、少し引く。まあ大人から見れば友人一人もいないのはおかしい年齢ではある。こんな冷めた俺に強制的に外へと出そうとする大人は今までいなかったが、陛下の側近を含めて目の前のファイも俺を引っ張り出そうとしている。はぁとため息をつき、頭痛を少し感じ始めたのでこれで切り上げよう。周囲にばれると今回の場はいろいろと面倒そうなので、頭を押さえるのを我慢し疲れたから寝たいとファイに伝えた。
「移動の疲れが出たのですね。私は外に立っておりますので、ゆっくりお休みください」
ファイは持っていたコップをテーブルに置き、そそそと部屋の外へと移動していった。ようやくこの部屋に一人になれた。
「いったい」
片手でこめかみを押さえる。本格的にきつくなってきたので、上着を脱ぎすてベッドへと滑り込む。ずきずきと痛む頭を気にしないように眠りにつく。疲れもあってか比較的すんなりと眠気も来る。毎日これなら楽なのにと思いながら、暗闇に落ちていった。