第参話 母を理解するには時間が必要
今日の薬草園の様子や、来てない間の普段の様子などを話していると後宮を管理している女官が訪れた。
「第三皇妃殿下、第一王子、第一王女に、ご挨拶を申し上げます」
「顔を上げなさい。何用ですか」
さすがのエミリア様もいまや皇族の一員であり、厳格にするべき場ではしゃんとする。女官から告げられたのは、第二皇妃殿下産気づき6時間かけてお子が生まれた知らせだった。第二王妃は第一王妃の次に早く皇室に召し上げられてから腹に子を宿すまでかなり時間がかかり焦っていた時期もあったが、めでたく出産にたどり着いた。去年は第四皇妃のもとに第二王女がお生まれになったが、第二皇妃は子の気配がなかった。皇帝陛下は平等を大事にしているのでこれで第二皇妃に子がないのを心配していたが、これで一安心できるだろうなと思った。
「どちらでしたの」
「王子にございます」
おおと側に控えていた侍従やメイドたちがざわめいた。世継ぎは、一応男児と定められているため王子が一人しかいないのは何かあったときは不安であったが、これで俺がいなくなっても安心である。報告を終え、女官は退出していく。
「これは大変なことになりました」
喜ばしいことなのに、エミリア様は渋い顔で眉を寄せていた。何の問題があるのかと聞いてみたが、オズワルド様がお気になさることではありませんといつもの笑顔でごまかされた。
「気になる」
夜になり屋敷に戻ってきた俺は寝支度を整え、屋敷の三階奥の日当たりの悪い自室のベッドにあおむけに寝転がり、第二王子が生まれたことがあまり嬉しくなさそうなエミリア様を思い出していた。
エミリア様は隠し事ができないド天然なので、俺の目の前で隠したということは何か災難が降りかかるということが予測される。悪いことが起きないといいなと、今は空の星に向かって願うしかない。
ガシャーン
しかし今日もこの窓から見る天気は大荒れである。本物の空は快晴で星に願いを叶えるならばよい日だといえる。それに図鑑を持ち出して天体観測をするにもいいほど夜空は冴えわたっている。しかし窓を開けて星を覗くことはできない。なにしろ何が降ってくるか分からない。この宮はL字型の形をしており、3階の角部屋から2階にある広々とした母の部屋を覗くのは簡単である。その母の部屋の窓から外に向けて花瓶かティーカップがか飛び出してきて庭のレンガにあたりパリーンと小さく鳴り響いた。過去に母の部屋をじっと見続けていたら、宝石が自室の窓に向かって投げ込まれて割れたガラスで額に怪我を負ったことがあるので、窓には近づかず気にしないようにしている。その時の額のけがは、駆け付けてくれた侍従によって手当された。魔法で身体を強化しているだけだと思うが、母もなかなかのいい投力である。
母はここ半年ほど半狂乱の状態で、侍従もメイドも手に負えなくて困り果てている。理由は簡単、父の皇帝陛下が昼食会を延期し続けているからである。第二皇妃のレイラ様は、つわりがひどい、安定期に入っても体調が悪い、初めての妊娠出産で不安だから側にいてほしいと何かと理由をつけて陛下を呼び出している。父も父である。余裕をもってとれる時間は昼食会の日であり、平等に妃たちをもてなすにあたっての約束事をここにきて覆した。レイラ様に呼び出されたら短時間でも会いに行き、様子を見ているそうだ。
実は陛下は3か月ほど前に昼食会の日以外で母のもとに訪れ、頭を下げに来ている。母は陛下の訪れに喜んでいたが会うなり謝罪と今後の昼食会はないことを伝えられ、いつもなら笑顔でお迎えしているところ顔を真っ赤にして鬼の形相に変化し陛下の頬に平手打ちをかました。「わかりました。待っています」と鼻息荒げに一言つげ母はその場を去り、母が見えなくなるまで陛下は頭を下げていた。
「オズ。いるのだろう」
階段下の柱の陰から覗き見ていたのをなんなく発見され、こいこいと手招きをされた。俺を気にするなら母の怒りを鎮める時間にあててくれと思ったが、エミリア様が平等の中に子供も入っているならきちんと見守りなさいと陛下に言っていたのを思い出し、愚痴は心の中に収めることにした。
「父上、いつ再開なされるのですか」
何をと言わずともわかるだろう。きっと母は今まで以上に荒れることは容易に想像できていたので、いかに早く父が再び訪れるかが気になっていた。陛下が訪れない日は異様に静かな屋敷がここの普通だ。メイドも侍従も教師も、怒鳴り散らす母の声を一日中聞くに堪えない。あの金切声はいつか窓ガラスを割る気がする。
「産まれたら昼食会なくとも訪れる事はしようと思っている。オズワルド、ここが辛いならエミリアの元で過ごすことも考えているがどうする」
選択肢を与えてくれる父は、平等という名の優柔不断さがいつも際立つ。心配なら強制的にものを行えばいいのに、誰かに選択を委ねるのは陛下の悪い所だ。ほら後ろの側近も眉を寄せて困っている顔をしているではないか。エミリア様のもとに行けば、母の恐慌に巻き込まれることは無いが、俺が逃げれても屋敷に仕えてくれいるメイドや侍従たちには逃げ場はない。仮にもここは帰らなければいけない俺の家である。ここを離れていつか戻ったとき、侍従やメイドの信頼をなくすという不安が押し寄せる。ならば残った方が後腐れがない気がした。
「ここにいます」
「わかった。エミリアにオズワルドがそう決めたことを伝えておこう。それとたまに騎士を寄こすから、私とお茶をしてほしい」
母とは会わないのに俺と会えるとはどういうことだろうか。訝しんでにらんでいたらしく、それに気づいた侍従が焦りながら陛下に耳打ちした。
「あ、いや、そのだな。時間は基本的に取れないが、執務中の合間の休憩なら会えるかなと。それにだな、執務室は女性皇族を入れないことになっている」
政治に介入したら平等にならないからだそうだ。皇妃たちの後ろには生家の権力や威光が必ずついて回っている。助言をもらうことはあっても、直接の介入は今陛下はやめさせている。その一つとして執務室には入らせないのだそうだ。リティリアや第二王女も呼んだらと口を開きかけたが、子供でも女性であるためきっと入らせることが出来ないのだろう。少しでも子供と時間を取るという苦肉の策だが、平等にならないのではないかと疑問を口にしたが
「オズワルドが執務室に訪れた時は、その時出したお菓子を王女たちにも配る予定です」
後ろの侍従が何も言わずとも答えてくれた。この侍従の方が、平等というルールを理解しているのかもしれない。陛下をコントロールできる一人なのだからそうあって当然だろう。
布団に潜り込んで金切声とモノが割れる音できる限り小さくし、在りし日を思い出していたがレイラ様のもとに子供が生まれたのなら明日以降陛下が訪れてくださる可能性があるのだと気付いた。そしたらこの金切声ともおさらばで、平穏で静穏の日々が返ってくる。屋敷の皆で耐えた苦境もやっと終わる日が来るのだ。そう思えたらあとほんの少しの辛抱である。枕を耳の蓋にし、ぎゅっと目を瞑り今日一日を終える。
しかし翌日更には一週間たっても陛下がこの屋敷を訪れる事はなかった。
第二王妃レイラ様の産後の肥立ちが悪いらしいと、メイドたちが噂していた。陛下はすぐに訪れる事は出来なかったが、昼食会は再開するとの報せが届き母の狂乱は収まりを見せた。
「先生。レイラ様の生家はどのような家なのですか」
主に歴史学や語学を担当している男性教師に興味本位のまま聞いてみた。我が母は、この国スペルドエルロンの侯爵令嬢でオリビア・エストライアという姓を聞けばどこのだれかは直ぐにわかる。エミリア様も同じで聞けばわかる辺境伯領リシスの出であり国境を守る大事な家である。田舎だからと言って馬鹿にしていい家ではない。しかしレイラ様の生家サンドリアを聞いても今一つ結びつくものが無い、領主でなく公爵に連なるものでもないし覚えがない。
「男爵家サンドリアであります。土地は持ちませんが主に商業で成功し20年ほど前に叙爵されました。平民からの成り上がりと侮られ古来から貴族の方々には、よい目では見られていないようです。珍しく勉学以外の事をお尋ねになられましたが、何か気になることでもおありですか?」
気になること。こだわりを持って父を手に入れたいと思っているレイラ様が気になっている。皇帝陛下が平等を破りまでしてレイラ様をかまう理由が知りたい。しかし教師にそれを聞いても特に答えは出ないだろう。何も言わずじっとしていたら、深い吐息が聞こえてきて休憩にしましょうと教師は俺の前の椅子に座って紅茶を手にした。
「これは私の独り言でございますが、レイラ様は学生時代婚約者のオリビア様が居ることを知りながらも陛下に近づき、そして愛し合うようになりオリビア様と競うようにご結婚いたしました。皇室は多重婚が認められていますから、特に二人で揉めることは起こりませんでしたが、高位の貴族たちは違いました。レイラ様は男爵令嬢というほぼ平民の血が皇族に混じることに異を唱えるものが半数でしたが、レイラ様の生家サンドリア男爵は権威にがめつく、高位貴族に頭を下げお金を貢ぎ貴族たちをなだめた末にレイラ様は陛下の元へ嫁げたそうです。
反対していたのはオリビア様生家の侯爵エストライア様、男爵を援護した筆頭貴族は侯爵ユクイスト様。ユクイスト様は侯爵でございますが領地のお金周りが上手くなく借金を抱えておりました。そこを男爵様が貢いだのがきっかけで、窮地を脱し恩を返したのだそうです。それにユクイスト家とエストライア家は昔からどうにも折り合いが悪く二人が衝突すれば貴族が半々に分かれ、政治経済が回らなくなるほどです。
もし現在陛下がレイラ様を溺愛していたら、ユクイスト家が幅を利かせエストライア家が激怒し国家は運営できていないでしょう。それがないということは陛下の謳う平等は崩れておらず、政治的には問題ありません。これは勝手な想像ですが、陛下はレイラ様のもとにお会いにはならず従者あたりを遣わしているのでは」
教師は話しつかれたのか、お茶を飲み一息ついている。まだなにか考え事がありそうだがこれ以上は話すつもりはなさそうで、俺に向かって微笑みを浮かべている。
ようはレイラ様の自己中心的な行動に、母が振り回されていただけで心配をするようなことは何一つないと教師は言いたかったのだと察した。気に病む必要はないとわかり肩の力を少し抜き、授業が始める前に入れた冷めたお茶を飲みほす。
「しかしですね殿下。今はレイラ様にはお近づきにならない方が賢明ではあります」
気を抜いていたら教師が意味の分からぬお土産を置いていった。近づくというのは物理的な意味であれば、そもそも顔を見て会うことをしたことがなく、今後俺が社交界に出るような歳になるまで会う機会はないと踏んでいたが、教師は遭遇してしまうこと心配をしている。結局レイラ様が何をしたいのかは分からないまま、この日の授業は終わった。
複数人を娶る環境と対立を考えるのは、自分の中でもどうも難解案件です。
納得できる答案が生まれてると願います。
伏線とか乗せようとしても、流れで書いてると伏線になってるか不安です。
設定を忘れないように、急いで拾いたくなります。