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白銀の機転  作者: 東雲鬼宿
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第二話 妹のかわいさ

「そう」


 エミリア様のもとから家に帰ると母からもらった言葉はそれだけだった。帰り着いた時にはそれはもう鬼の形相であったが、帰り着くまで護衛をしてくれた近衛が皇帝陛下の言葉を伝えると、途端に無表情となり先ほどの言葉を発した。皇帝陛下に関わることだけ感情が動く母は、迷惑をかけた自分を殴るなり怒鳴るなりするかと思っていたが、意外にも皇帝陛下の言付けにより、自室へと静かに戻っていった。拍子抜けである。


 エミリア様のもとに皇帝陛下が訪れた際、玄関先へと自分もともに連れていかれ初めて父と呼べる相手に真正面から会うことが出来た。産まれた時よりきちんと会ったことは自分が覚えている限りこの時まで無い。


「陛下何かお言葉をおかけになられては?」


いの一番にエミリア様は礼節を省いて、陛下に尋ねた。陛下の周りの侍従からは無礼なとささやかれたが、エミリア様は無視を決め込み皇帝陛下の言葉を待っている。さて自分はというと、エミリア様の手をつないだまま足の陰に隠れるように立っていた。できれば合わずに家に帰れればよかったのだが、エミリア様の手を振り払おうにもかなり強く握りこまれていたため、逃げることがかなわなかった。


「どこに、いたのだ」


皇帝陛下は、金の髪に水色の目をした長身でガタイのいい男だった。上からいかつい顔でにらまれ自分は、足がすくみ思わず俯いてしまった。特段怒られたわけではないが、威圧がすごくエミリア様が隣にいなければ、へたり込んでいてもおかしくない程だ。


「陛下無粋ですわ。子供が移動できる距離と時間を考えれば、王子がここに来るには朝方から昼時のおよ

そ2時間の間歩き続けなければなりません。まずは見つかったことと、王子が無事であったことをお喜びになるべきです」


ぐっと陛下はしり込みをしたが、陛下は依然と険しい顔つきでいる。しかしエミリア様も負けずに視線をずらさず陛下を見る。むしろ当事者である自分の方が足を後ろへと下げてしまう。しばらく膠着状態が続いたが、陛下が自分の前へ出て片膝をつき目を合わすために背を丸めて来た。エミリア様の足に隠れようとしたが、そのエミリア様が背に手を当てて前に押し出してくる。エミリア様に目を向けると話し合いなさいと目をもって言われた。嫌々ながら皇帝陛下を見ると、いかつく怖い顔をして今にも怒り出すと想像していたが、意外にも眉を中央に寄せ困っているような顔をしていた。


「心配をかけて、ごめんなさい」


何か言わねばと思い出た言葉が、謝罪の言葉しかなかった。あとは頭を下げておけば皇帝陛下の顔を見ずに済むという浅はかな考えだった。


「顔を見せよ」


言われたとおりに顔を上げると、わきの下に手を入れられ持ち上げられる。陛下と自分は二人して呆けた顔をしていたと思われる。何か想像したものと違う生き物を目にした時のように。陛下はそのまま自分を片腕に乗せるように抱っこした。もう何が起こっているのか訳が分からない、陛下の行動はどのような意味を持っているのか理解できずエミリア様を見てみれば朗らかな笑顔で自分らのことを見ているだけであった。援護は期待できないことを悟り、気合を入れて陛下に尋ねてみることにしよう。


「ぁ、あ、あの、陛下」

「父と呼べ」


驚いき、目がいつもよりわずかに開いた。いかつい顔で困り果てていた陛下に何を言われるかドキドキしていたが、父と呼んで欲しいと一言言われただけだった。その後は一言も話しださない。まさか自分が父と呼ぶまで続きはないのでは。思い出せば自分は陛下に向かって何か話したいことがあったはずで、続きを陛下が待っているとしたら自分が話し出さない限り続きはなく。ようは父と呼ぶ必要がある。


「お父様、あの降ろしてください」


やっと言えたのは、抱っこされていることが恐れ多くて早く降ろしてほしいという願望であった。本当は迷惑をかけたことやココにまだいることを謝ろうと思っていたが、ついて出た言葉は今この腕から逃げだす方法だ。体を捻って自分の腕をつっぱってもびくともしないこの父の腕はかなり頑丈である。言葉でもってお願いするしか道はない。


「嫌だ」

「まったくもう、陛下は不都合なことがあると言葉少なく理解しにくいです。胸の内にあることをすべて吐露してしまえばよろしいのですよ。怒るならお怒りになればいいですし、心配して見つかり安堵したであればそう伝えればよいですし、何があったのか気になるならば聞けばよろしいのです。それに4年ぶりに抱っこができて嬉しくて離したくないのならそう言えばよいのです。こういう時に、私を代弁者に利用するのをやめてくださる」


自分が緊張で無表情で背中に汗をかく中、エミリア様が父の心の内を全て代弁してくれた。このいかつく困っている顔の中には3ついや4つも考え事があったとは驚きである。エミリア様の才能に感謝だ。父を見るとひどく焦っているように感じた。もしかしたら父も背に汗をかいていて、自分と同じような緊張をエミリア様から受けていると何となく思った。父の印象は、母と食事をしている時しか見ていないがとてもおおらかな方だと思っていた、しかしエミリア様の前だと堅物ですごく弱い男のように見えてきた。案外、怖い方ではないと自分はエミリア様のおかげで思えるようになった。エミリア様様である。


「しかしだな」

「しかしもなにも、子供を見放していたのは陛下も同じです。強行突破でもして、オズワルド王子にお会いになられてはいかがですかとついこの前の昼食会で言ったではないですか。気になるなら王様権限で行けばよろしいと。それを第一皇妃様のせいにして、何が親ですか。ただのくず親ですか。娘だけ可愛がった行く末は、愚王に成り下がるおつもりですか?王子に反旗を振りかざされても私は知りませんよ。だって陛下が自身の子を大切に育てなかったせいですからね」


エミリア様はマシンガントークで、父の言葉を遮ている。これは、父は片言しか話せないわけでなく、片言しか話させてくれないのではないか。エミリア様は話し始めると止まれないたちなのかもしれない。


「エミリア、そのだな」

「えぇそうですわね陛下、オズワルド王子は本当にかわいくてとても立派に成長なさいました。そう父も母もいない中、ぐれずに今日この日まで我慢をなさっていたのですよ。怒るのは見当違いで、これからの事を考えてあげなくてはいけませんね。で、どうしますの?陛下は休みもほとんどない中昼食会という時間しかひねり出せず、子供たちのための時間などありもしないのに、どうやってオズワルド王子と遊ぶのですか?」


にこにこな笑顔で父に詰め寄っていくエミリア様。さすがに陛下の言葉を遮りすぎたのをかわいそうだと思い始めたメイドのファーファがその辺でとエミリア様をたしなめた。ここでようやく陛下が話せる状況が出来た。ふぅと大きくため息をつき再び自分と目を合わせて来た。今度は自分の方が頭がほんの少しだけ高く、上から見た父は特にいかつく怖いとは見えなかった。むしろエミリア様のおかげで、父も自分もよい具合に力が抜けていて今なら色々話せそうな気がした。


「そのだな、お前のことは気にはしている。ただ中々時間を取れなくて済まない」


えっとどう反応すればいいのだろうか。唐突に謝られても、どうすればいいのか心の中でアワアワしているとエミリア様より、お茶の席を用意したからそこでゆっくり話しましょうと誘われ、父はうなずいて承諾し自分は父に抱っこされたまま部屋に連れていかれた。



「お兄様」


あの家出をした日以降、3日に一度程度の頻度でエミリア様のもとに訪れるようになった。皇帝陛下の許しもエミリア様が強引に得て、俺は息苦しかった家から時たま安寧の場所を得られるようになった。本当は、月一の母の昼食会の日にだけ訪れていたのだが、その日にだけ訪れたらエミリア様がそれはもうカンカンに怒っていた。どうして毎日会いに来ないのか、私のことが嫌いになったのかと泣き落としにも来ていた。しかし、勉学などをさぼるわけにもいかず、俺にもどうしようもないことがある。結果、皇帝陛下まで呼び出して日程を調整し3日に一度ほどになった。毎日会うのが私の息子でしょと言い張るエミリア様をなだめるのにファーファがかなり苦労していた。


「お兄様」


それから二年ほどたち、俺がここに通うのも当たり前になり、先ほどから後ろより俺を呼び掛けているのは妹のリティリアだ。大変可愛く育ち、エミリア様によくにたゆるいウェーブがかかった金の長い髪に緑色の瞳、今日の服は白に水色の広い襟があるワンピース、しかもまだ三才な為わずかなしたっ足らずがなにより可愛い。


「何をしてるの、お兄様」


今俺はエミリア様の宮に面している庭の一角でしゃがみこんで雑草を抜いている。訪れて半年ほど経った時エミリア様に趣味はあるのかと聞かれ、すぐに答えないと後々面談という名の尋問会が開かれるのが面倒で、慌ててその時手にしていた薬草の本を見せたら、薬草園を作ってくれてその世話を全面的に俺がすることになった。来ない日や分からない事もあるので、庭師のダンに協力してもらいながらだが。

 俺の隣にちょこんとリティリアがしゃがみこんできた。何をするわけでもなく、黙々と俺の手作業を見ている。こういう時のリティリアは何か怒られて落ち込んでいたり、苛ついたことがあると起こす行動だ。しばらくしているとぽつぽつとあった事を話し出すので、俺も黙ってしたいことをし続けて待っている。


「あのね、リティ怒られたの」


ぽつりぽつり話し出したリティリアと側に控えてくれていたメイドの話をまとめると、廊下を走っていて角を曲がったらその先にある花瓶を置いてある台座に気づかず勢いのままぶつかり、花瓶を落としたようだ。リティリアの泣き声と花瓶が割れて派手な音に屋敷中のメイドが集まり、更には母親のエミリア様も駆け付けたそうだ。メイドたちは怪我など心配をしていたが、エミリア様はその分廊下を走ったことや花瓶を割ってしまったことを謝るよう怒ったそうだ。俺がいなかったつい昨日の事で、幸いにリティリアには怪我はなった。エミリア様は日ごろ滅多なことでは怒らないが、リティリアの事になるとよく怒っている印象を受ける。しかし性格がド天然のアホなエミリア様なので怒っても大して怖くはないが実の娘からしたら別の意味でまだ怖いみたいだ。それと言うのもエミリア様が目指している母親像は出身の辺境伯爵領の宿屋のおかみさんで、怒鳴っているがその内は子をやさしく見守り、叱った後はあった事も笑顔で笑い飛ばす力を持っているとても気前の良いおかみさんと聞いている。ただいざエミリア様がそれをまねて叱ると、おかみさんをまねられる絶好の機会についついニンマリとした笑顔で叱ってしまうので、迫力など一切なく非常にしまりのないものである。その締まりのない顔で怒られる当人は、不気味な顔をした母が近づいてくるので叱られるというよりは、お化けのような怖ろしさゆえに泣いてしまう。泣きながら謝るリティリアを見れたエミリア様は、反省が出来たと勝手に勘違いし、いいのよ大丈夫といつもの笑顔に戻り抱きしめてくれる。リティリアは悪いことをしたのはきちんと理解し謝罪をしているので、この親子の関係に特に口出しはすることは俺からはないが、メイドのファーファはかなり頭を悩ませているみたいだ。ファーファが側近で乳母としてもしっかりしているのでそれでいいとも思うが、やはり母親というのは大事と考えているようで母親教育が陰ながら開催されているとかいないとか。

 話しながら昨日の事を思い出したのか、ぐすんとリティリアが泣き出した。俺は雑草抜きの作業をやめ軍手を外しよしよしとリティリアの頭をなでた。


「もう廊下を走らなければよいし、エミリア様が不気味なの早く慣れるといいな」


こくんと頷いたリティリアを見て手を戻す。雑草抜きもほとんど終わったし、しゃがんでいるのも疲れて来た。あとは庭師のダンに任せリティリアと遊ぶことにしよう。


「リティリア、遊ぼうか」


にこりと貴公子らしい笑顔を作り出す。いまだ感情すべてを顔に出すことはできないが、エミリア様のもとで過ごすようになって、作り笑いなら比較的上手にできるようになった。貴族たちを相手するのに無表情よりはましだろうと父からもお褒めの言葉をいただいた。父である皇帝陛下とは、母の昼食会の時の帰り際とエミリア様の昼食会で顔を合わせている。全てを語り合える仲ではないが、日常を話せる仲にはなっている気はする。


「リティね、お歌うたいたい」

「じゃぁ、ピアノがおいてあるサロンに行こうか」


ふたりどちらともなく手を出しつないで歩き出す。ピアノはエミリア様の趣味ということもあり、練習に付き合っているうちに習得してしまった。エミリア様はピアノが趣味という割に絶望的に下手糞で、教師を招いて教えを乞う日もあるが一向に上達できず教師も苦笑いだ。それがいつの間にか、俺に教師がついてピアノを練習するようになった。そのおかげで、リティリアが歌うのに合わせて伴奏ができるので嫌だとも思わなかった。むしろリティリアと長く関われるので、嬉しかった。

 二人で仲良く遊んでいるとぐすっと不快な鼻水をすする音が聞こえて来た。黒く光るピアノの譜面台を見やると、開きっぱなしの扉の陰からエミリア様とファーファが覗き見ていた。エミリア様はハンカチまで出して大号泣していて、その横のファーファは俺が気づいた事に気づき口に指をあて黙っているよう指示してきたので、そのままピアノを弾き続ける。


「お兄様、お母様ないてる」


リティリアが小声で言ってきた。娘にもばれているのに、母のエミリア様は俺らに気づかれていないと思っている。最近エミリア様と遊ぶより、リティリアと遊ぶ時間の方が多い。エミリア様が拗ねたり寂しかったりしてないだろうかと心配をしたこともあったが、エミリア様の計画通り仲の良い兄妹になっているので、喜びあのように嬉し泣きてをしているので杞憂であった。


「そうだね。エミリア様も来たしおやつにしようか」


鍵盤の蓋を閉め椅子から立ち上げると、心得たようにファーファが準備していたカートを部屋の中に押してきて近くのテーブルにお茶の用意をしてくれた。エミリア様はファーファの行動に驚いていたが、隠れているのが当に気づかれていたことに気づき恥ずかしがりながらも共にお茶にしようと誘ってくれた。


リティリアは、大人しくみえて大胆なことをやりだしたくなるイメージです。

父親像と王様像が上手くまとめられず、いかついと書きましたがとても感情豊かな男性です。

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