第一話 安らぎの場
初投稿
スぺルドエルロンと呼ばれる魔法の王国に一人に王子が生まれた。彼は常に一人で部屋に閉じこもって居たが、ある日家出を決意して以来、自分の周囲の環境が変わっていく。その変化を楽しみながら王子は、自身が何のために生きるかの道を見つけていく。
自分の母親があまり自分に対して関心を抱いていないと気付いたのは3歳ごろ。剣技に魔法さらには一般教育、王族として必要な勉強が一日の時間の大半を占め、母と会えるのが朝食しかなく、母の愛情を未だ求めていた幼い自分はその時間に必死に昨日合ったことを話した。教師から褒められたことを母からも褒められたくて、自分という存在を認められたくて食事の手も止まるほど語り掛けたが、母からの応答はなく一言も目も合わさず席を立ち去っていく。ただ一言よくやったと聞けるだけで、舞い上がれる。幼き自分は、母の愛情に飢えすぎていた。
母は全くの無感情の人間であるわけでなく、3階廊下の窓辺からひっそりとお茶会を開いている母の様子を見たとき、母はとても陽気に誰にでも話しかけており、誰しもが憧れる王妃であった。その日は偶然にも父である皇帝陛下が顔を見せると、皆が目を奪われるほどの仲の良い夫婦を見せつけていた。あぁ自分にはない愛を父に向けている。父が憎く見えたが冤罪である。むしろ他人に嫉妬しても仕方ないと自分をなだめた。
父は自分の中では父ではなく、全くの他人であった。皇帝陛下には4人の王妃がいる。第一皇妃である我が母オリビア、第二皇妃レイラ、第三皇妃エミリア、第4皇妃イザベラ。父は正妃を設けず皆を平等に扱う。皇妃には各々に宮が与えられ、月に一度の昼食会が設けられている。その生活拠点に王が訪れるが、夜までお泊りするのは中々に少ない。昼食会の席に俺が呼ばれる事は無い。いや皇帝陛下には、呼ばれてはいるみたいだが、母は自分をその場に呼ぶことに許可しなかった。赤子や乳児食の時は粗相があるから、大人と同じような食事をとるようになってからは勉強があるから具合が悪いからと、その日が来るたび何かと理由をつけて自分がいないようにしていた。何をしているかどんなことをしているか気になり、メイドと侍従の目を掻い潜り食堂の窓の外から覗くと、食事中なのに母が見たこともないような朗らかな笑顔で父と会話をしていた。それを何度も見れば幼心にも理解することができる。父は自分と会いはしないが昼食会の盗み聞きをすると言葉端々に親らしく自分の心配をしてくれているが、母が会うことを断っている。会の間に母が、あの子は出来損ないと言っていたのが衝撃だった。いくら頑張ったところで自分は母に必要とされていない邪魔な存在であったと気付く。父がいなければ、母は自分を見てくれるだろうか。いやそもそも自分はいなかっただろう。父との時間を奪おうとする自分は母から見れば要らない存在で、自分はここにいてはいけないかったのだと反省した。気づくと母をできる限り見ないようにしていた。この辺りから感情というもの感じられなくなり、顔は表情のない暗く冷たい子供になった。
4歳を迎え何度目かの昼食会の日、自分は自分の心の安寧を求め家出をすることを決めた。昼食会の時は宮全体で皇帝陛下を迎える支度をするため、逃げ出すのは容易であった。朝食を無言で終えれば、誰も自分のことを見ることは無い。庭と呼ばれるところから生垣を潜り抜け宮を離れるように走り続ける。と言っても幼い自分が行ける場所などなく、あてどもなく進み続けた結果、疲れ果てどこかはわからない生垣の陰に隠れるようにしゃがみこんだ。
「おなかすいたな」
無計画に家出をしてしまい、昼を食べないとお腹が空くと云うことを忘れていた。自分は家を出てどうするつもりだったのだろうか。心の安寧どころではない、生きるための方法はまるで考えていなかった。
「オズワルド殿下!どこにいるのですか!」
大声で自分を呼ぶ声で、俯きかけていた顔を上げる。ここで手を挙げ情けなくも帰ることが脳裏にかすめたが、自分がいないものとしている母の元に帰ってもこれ以上何も変わらない。誰も自分を見てくれる者がいない家へ。侍従やメイドは自分の生活を気にしてくれ大切にしてくれたが、どこか怯えていたのは知っている。
声のしない方へ自分は足を進めた。庭を去り知らない建物内へ入り込む。時折呼ぶ声が聞こえ、そばにある物置などに身を隠し声が聞こえなくなるまでじっとする。小さな冒険のようで少しいやかなりワクワクしていた。声を避けるように廊下を進んでいくとオレンジ色を基調とした建物にいることに気づいた。自分が住んでいる建物は緑色を基調としている。自分を探していた呼び声もとんと聞こえないあたり、かなり遠いところまで来れたみたいだった。もう隠れる心配もなく疲れて痛む足でフラフラと探検していたら、ポロンポロンとピアノの音が聞こえてくる。誘われるように柱の陰から覗くと黄色のシンプルなドレスを着た金髪の女性が一台の黒いピアノを弾いていた。大きな窓辺から時折柔らかい風が吹き、カーテンがふわりと揺れると女性の髪もふわりと揺れる。初めて綺麗なものを見た。何とはなしにボーっと呆けた顔で見ていたら、女性が振り返った。
「ご、ごめんなさい」
何に対しての誤りだろうか。無断で知りもしない建物に入り込んだことだろうか、女性を見ていたことだろうか。しかし誰かは分からないが、見つかってしまった。これで自分は宮と呼ばれる家に帰されることだろう。女性に気づかれないよう俯き小さくため息をつく。
「あらあら?青黒い髪に透き通る青目。左手首に緑色の腕輪。もしかしてオズワルド殿下?」
社交をしていない自分は周囲にこの容姿を知られていない、なのに彼女は知っている。遠い所に来たと思っていたが、世間は狭いこれで家ではお終いだ。
自分が鬱々と今後のことを考えている間に、いつの間にか女性は自分の前で膝をつき両手で顔を上げさせられた。
「何か嫌なことでもありましたか?」
首を可愛らし気に横に傾け、朗らかな笑顔で問うてきた。警備に連れていかれるかと思っていた。しかし彼女は、どこか怪我はないか、痛い所はないか、土や埃まみれのところを通って服を汚し更には家出までしているのに、怒りもせず咎めもせず心配だけをしてくれていた。埃がついていたのか頭をやさしく撫でられると、涙がつと垂れた。自分自身が驚き手で目を触るととめどなく次から次へとあふれ出し嗚咽までも出そうになり、ぐっと喉に力をいれ耐える。
「あらあら。子供は泣くことも仕事ですよ。声を押し殺すことなど覚えなくても良いのです」
彼女は、ゆるく自分を抱きしめてきた。よしよしと頭をなで続けることも忘れずに。母親というもの未練はないと思っていた。もう切り捨てられたものと。しかし心の奥深くでは、ずっと求めていた。求めていたものが急に現れたせいで涙を止める方法が思いつかない。
「エミリア様、王女様がお起きになられました」
ぐすぐすと、いまだ声を出して泣くことがわからず彼女に抱かれたまま泣いていると、背後よりメイドを表す黒いワンピース姿の女性が現れた。その腕には赤子を抱いているようだった。
「まさか、そのお方は。すぐに近衛にお連れしなければ」
「待ってファーファ。」
驚き自分を困らせていた涙はぴたりと止んだ。メイドは慌ててその場を立ち去ろうとするが、エミリアと呼ばれた女性はそれを止める。近衛は自分のことをかれこれ1時間ほど探しており、この第三王妃の宮まで尋ねに来るほど慌てているとメイドは立ち上がったエミリアに報告しているのを足元で聞いていた。自分が住んでいる宮は王妃宮が立ち並ぶ区画中にあり比較的皇帝が住まう王宮に近い所にあるが、第三王妃は変わり者で山に近い隅の隅に居を構えている。ようは自分は家よりかなり離れたところまで来れたようだった。その山を越えれば王城を抜け農園が広がっていると聞いた。今二人が話し合っているうちに山へと走れば、王城から抜け出せるだろうか。
「しかしですねエミリア様」
「いいではないですか、王子にも息抜きは必要です」
両手を腰にあて、ふんすと鼻息を荒げてエミリア様は侍女を説得していた。窓の外を見て山を覗くが、この小さな足で越えられるか分からない。獣か魔獣に食われて人生の終わりだ、ならばここは大人しく帰ろう。逃げることに諦めたせいだろうか段々とお腹が空いていたことを思い出す。
「あの帰ります」
エミリア様はが何故自分を引き留めようとしているのかは分からないが、侍女の言っていた通り近衛が探しているとあっては、大人しく捕まろうと思う。近衛がどこにいるかは分からないがとりあえずこの場を後にしようと二人の横を過ぎようとしたが、エミリア様が抱き着いて来た。かなり強いちからで勢いよく来たものだから、苦しく呻き声が出た。
「うっ」
「まぁまぁお待ちくださいな。一緒にご飯を食べましょう。私もまだですから。ね」
さぁさぁ行きましょうと、手をつながれ引っ張られていく。不安に思いファーファと呼ばれたメイドを見やるが、諦めてくださいと言われメイドも渋々エミリア様の後をついていくようだった。
手をつながれたまま食堂まで連れていかれ、椅子に座らせられ目の前に食事が用意された。その間エミリア様は自身のことを何でも話された。第三王妃であり、ピアノは趣味の一つで一番得意なことは木登りだそうだ。女なのにと思ったが、そう言われるのが何よりも嫌いと言われ考えるのをやめ聞き手に乗じた。メイドに抱っこされた赤子はリティリアという名で、今年で1歳を迎えた王女だった。リティリアの食事はエミリア様自らスプーンを持ち口に運んであげていた。自分のお腹も限界に達し目の前の食事に手を付けると、久しぶりに味があるものを口にした気がした。同じようなものを常に食べているというのに、何故と思いながらもっと欲しいと手を動かし味わう。先ほど驚きで止まった涙が再びあふれ出した。泣き出したのを気づき、エミリア様はあらあらと言いながらナプキンを持ちそばに寄ってきて顔を拭いてくれる。
「なんで」
「なんででしょうか。陛下のお子であれば、私はすべて我が子だと思っているからですかね」
つぶさな声も拾うエミリア様が、本当は自分の母親であればいいと願うほど、この方は優しかった。
「ここのご飯が美味しかったのなら、またこの宮に遊びに来てください。それにまだ小さいですが、リティ
リアとも遊んでほしいのです。リティリアは私だけで見ればひとりっ子ですが、陛下から見れば二人目です。オズワルド様にはよきお兄様になったいただきたいのです」
確かにリティリアは、自分の妹である。守ってあげるべきものである。でもここにはそう来れるものでもない。今日は、偶然にも逃げ出せたが次はできないだろう。なんだったら迷惑をかけた為母は自分を部屋に閉じ込められるかなと思いを馳せる。はぁと重いため息をはくと、エミリア様は自分の頭を抱えるようにぎゅっと抱き着いて来た。
「子供が気にすることはありません。私に任せてください」
にこりと笑顔を見せ、大丈夫ですよと頭をなで続けるエミリア様。ふと周りを見るとエミリア様の考えに賛同しメイドたちが楽しそうにうなずきあっている。来たときは何をして遊ぼうか、そのために必要なものは何か。もう自分がここを訪れることは決まっているようだ。なんて優しい場所だろうか。気づけば涙も止まり落ち着いた。そういえば、口に出してもいないのにエミリア様は時折、答えてほしい言葉をくれる。あれと思いエミリア様を見れば、口に指をあてシーといたずらが成功したような笑顔を見せた。
心を読むというのは魔法では成しえず、生まれつきの能力であり才能と呼ぶ人もいる。才能の中でもかなり珍しい物で、きっと辛いこともたくさんあるはずなのに、この方は笑顔でいれる生活を手に入れることができたのが羨ましく見えた。
「エミリア様、皇帝陛下が起こしになられました」
「もう?このあとピアノでも一緒に遊ぼうと思っていたのに」
残念ねと言い、自分の手をつなぎ椅子から立ち上がらせた。柔らかくあたたかな手が嬉しくて、すんなりとそのまま連れられて行く。
目にとめていただき、ありがとうございました。
切りが良い所まで書ききっているので、随時投稿していく予定です。
いつあげるかは、自分でも計画を練っていないので分かりません(非常に残念な子)
恋愛ものを書きたくて始めたのですが、妄想がはまりませんでした。
この主人公に幸せな日がたくさん来るように、書いていきたいと思っています。