閑話 ・ 俺の友達
俺の名前は、ジェラルド・フォン・オルグレン。十二歳。
オルグレン宮中伯家の次男だ。
俺は、今年、王立貴族学院に入学した。あまり、勉学は好きではないのだが、学院入学は高位貴族の義務である。しょうがない。しかし、学院の生活も、思ったより悪いものではなかった。普通なら、知り合いになれないような者達とも知り合うことが出来る、友となることが出来るのだ。
その筆頭は、今、目の前にいる、マシュー・フォン・アイレスク。マシューは留学生、エトレーゼの次期女王、エメライン殿下の次期王配、許婚だ。
俺が、マシューを見た時の第一印象は、
「何だ、この可愛い生き物は?」
マシューは、とっても可愛いかった。クラスの女子生徒の誰よりも可愛かった。勿論、マシューは男子生徒であるので、華やかな装いなど全くしていないのだが、それが余計に、マシューの可憐さを、際立たせた。男に「可憐」などと言う言葉を使いたくないのだが、そうであるのだから、仕方がない。
「マシュー、今度の休みに、狩りに行かないか? 魔獣は滅多に出ない場所だから安心だぞ。どうだ?」
「狩り? それは女性がやるものでしょ」
頭が痛くなった。マシューと話していると時々こうなる。
エトレーゼは特殊な国で、男性貴族の地位が極端に低い。何故か、かの国の男性貴族は欠陥のある紋章しかもらえない。それ故、国を支えているのは女性貴族、男性貴族は、子作り以外はお荷物扱いを受けていると言う。
だから、仕方ないのかもしれない。仕方ないのかもしれないが、マシューは全く男らしくない。そこらの令嬢より、ずっとずっと、おしとやかである。母性感さえ漂わせている。
「ジェラルド、ボタンがほつれているね。ボクがつけてあげるよ。貸してみて」
おお! マシュー、お前は何で、お裁縫セットなど持ち歩いているのか! 針仕事など、男はしなくて良い。それに俺たちは貴族だ。メイドにやらせれば良いのだ、メイドに。
「そう? 針と糸を使うのって結構楽しいよ。ボク、刺繍とか得意なんだ。ハンカチーフのネーム入れなんて楽勝だよ。こんどやったげようか?」
刺繍! あんなチマチマしたものの何が楽しいのだ! 見ているだけでイライラする。刺繍なんて、おっとりポヤポヤした令嬢達の趣味だ。男がやるもんじゃない。男がやるもんじゃ……
「はい、出来たよ」
マシューが、笑顔で俺の上着を差し出してくれている。
「お、おう。ありがとう」
何たる速さ。とても手慣れた見事な針捌きだった。マシューに比べたら、うちの姉達の刺繍をしている姿など無残極まる。男のマシューに圧倒的に負けているぞ、恥ずかしくないのか、姉上方!
マシューは良い奴だ。魔術能力が周りに比べ圧倒的に劣っているにも関わらず、卑屈にならず、とっても穏やか。快活でさえある。俺が彼の立場だったら、どうだろう? 無理だ、耐えられない。始終女性貴族に蔑まれる生活など、やっていける自信は無い。なんとかやっていけたとしても性格は酷く拗けたものになっていることだろう。マシューは女の子のような容姿だが、とっても強い男かもしれない。尊敬の念が湧いてきた。
「強くなんてないよ。ただ、そういうものだと思っているだけ、ボク達、エトレーゼの男性貴族は、ろくな魔術が使えないし、爵位だって持てない。だから女性貴族達に気にいってもらうしか、やっていける方法がないんだよ。ボクの許婚のエメライン殿下は、縫いぐるみとか、可愛いものが好きなんだ。だから、ボクは彼女に気に入られるよう、なるべく男臭くなく、可愛くみえるように頑張った。一度は女装までしたんだよ。結果は逆効果だったけど……」
俺はオールストレームに生まれたことを感謝した。もし、エトレーゼになんか生まれてみろ。俺のような、いかつい系ではどんな悲惨な人生が待ち受けていることか。神々よ感謝します。
「「「「「 マシュー様! 」」」」」
俺とマシューは、いきなり大勢の女子生徒達、令嬢達に囲まれてしまった。何だ、何事だ!
「今、マシュー様は『女装した』と仰いましたね。女装に偏見や忌避感はございませんの!?」
一番前の公爵令嬢が尋ねた。テンションが高い、目がらんらんと輝いている。
「別にありませんよ。服はしょせん服、ボクの中身が変わる訳ではありません」
「「「「「 !! 」」」」」
令嬢たちが感涙にむせんでいる。おい、お前達、何をしようとしている。俺の友をオモチャにしようとしているな、許さないぞ、許しはしないぞ!
「伯爵家令息のジェラルド様。何か文句がおありですか? 公爵家令嬢のあたくしが、聞いてあげますわよ、あたくしが」
いえ、何も文句はございません。 くそ~ 階級社会め、いつか下克上してやるからな。
あっと言う間に、マシューは令嬢達に拉致、もとい、連れ出されてしまった。行った先は女子更衣室。おい、マシューはどんなに可愛くても男だぞ。そんなところに連れ込んでいいのか? 後で一人の令嬢に聞いてみた。
可愛いは正義。
マシューは可愛いから良いのだそうだ。俺には、彼女達の善悪観がわからない。オールストレームの女性たちは、何時の間にか不可思議な生物になっていた。この国の未来はどうなるのだろう。不安だ。
半刻ほどたった頃。マシューと令嬢たちの声が、廊下から聞こえて来た、戻って来たようだ。
「皆さん、そんなに押さないで下さいまし。これ以上速くは無理でしてよ。スカートの裾が」
「だって、だって、早く皆に、見て貰いたいじゃない! これは衝撃、アリスティア様やエルシミリア様を超える衝撃なのよ!」
「そうよ、衝撃以上、もはや、革命よ、革命!」
まあ、令嬢たちがやろうとしていることは、更衣室に向かった時点ではわかっってはいた。しかし、マシュー、「下さいまし」とか「でしてよ」とか、お前、のりのりだな。凄いヤツだ。
さきほど、俺を恫喝した公爵令嬢が、扉を、ダン! と開けた。
「さあ、みんな見て! 究極の美少女、マシュー姫の完成よ! さあ、姫の至高の可憐さ、美しさにひれ伏しなさい!」
そこには確かに、美少女がいた。いや、それはマシューなのだが、美少女としか言いようがない。とびきっきり美少女だ。俺の語彙力ではこれ以上の表現は無理だ。
マシューは完璧にドレスアップされていた。このまま、王宮の舞踏会に出て行ってもなんら問題は無い。問題はないどころか、大騒ぎになるレベル。
パールホワイトのドレスが、マシューの容貌の可憐さを、より引き立たせている。髪はブロンドのロング、御大層に、ティアラまで乗っている。当然、ウイッグであるのだが、全くそう見えない。ゆるやかなウエーブがかかった髪が前と後ろに流れ、体全体が光り輝いて見える。
まさに、お姫様。男達が追い求める、理想の姫がそこにいた。男だけど。
教室中が、歓声にわいた。男子、女子関係なくマシューの美少女ぶり、お姫様ぶりを誉めそやした。激誉めだった。
「まあ、そんな、恥ずかしいわ」
マシュー、お前、ほんとのりがいいな。感心するわ。
またもや、あの公爵令嬢が、しゃしゃり出てきた。
「皆さん、ここに至高の姫様がおられます。ですが、姫のとなりには王子がいなければなりません。さあ、貴女の王子様は誰ですか? 選んでくださいませ! マシュー姫!」
マシュー姫は、にっこりと微笑むと、一人の男子生徒を指さした。
「ジェラルド・フォン・オルグレン」
俺? ばか、やめろ! マシュー、俺はそういうノリが出来るタイプじゃないんだ! 勘弁してくれ! お願いだ!
公爵令嬢や他の令嬢たちは許してくれなかった。俺は階級社会と数の暴力に屈した。
跪いて、愛を誓うシーンや、マシューをお姫様抱っこするシーンなど、色々やらされた。もうやけくそだった。マシューが化けたマシュー姫が、とんでもなく可愛いかったのだけが救いだった。男だけど。
「まさに、美少女と野獣ね、なんて素晴らしいの!」
誰が野獣だ! 誰が!
このマシュー姫騒動の御蔭で、アリスティア様、エルシミリア様のファンクラブに、続いて、マシュー姫ファンクラブが誕生した。
「オールストレームって平和というか、暇なんですね。もっとやることあるでしょーに。そう思いませんか、ジェラルド王子」
「思うよ、マシュー姫、って、お前こそ暇だよ、なんで三日に一回、女装してくんだよ! それに俺は王子じゃねー!」
俺の学院生活は、まだ始まったばかりだ。こんなのでやっていけるのだろうか。不安だ。
アリスティア達はごたごたしておりますが、学院では平和な日常が続いております。