許して良いもの、良くないもの
読んで下さった方には申し訳ありませんが、前々話「六番目の娘」、必要ないと判断し削除しました。(前話「奥の手」おいては「六番目の娘」削除による齟齬が生じないよう、何行か追加修正しております)
私は一息つくために、オルバリスに戻った。
私が休んでいる間にも、クローディア陛下の亡命政権樹立のために、いろいろな準備や根回しは着々と進んでいる。月末までには、近隣諸国の王や宰相を招いて、亡命政権の樹立の宣言が為されることになっている。その宣言には、十二聖国の長、であり、エイスト教会の頂点、教皇猊下も参列下される。
はっきり言って、エメラインの姉達のエトレーゼは、政治的には詰んだも同然。大陸諸国が全て敵に回った、一国とて味方はいない。
これには、亡命政権の後ろ盾が、最大最強の国、オールストレームであることも大きく影響するが、一番大きな要因は、やはり十二聖国が支持を表明したことだろう。エイスト教は大陸における唯一の宗教と言って良い。他の宗教もあるにはあるが、全て合わせても、大陸総人口の一割にも満たない。その少ない人数を、いくつもの宗教、教団が信者を盗り合っている。はっきり言って、全く影響力などありはしない。
久々に戻った我が家は、殆ど変わっていなかった。お父様もお母様も、お元気でおられるし、使用人達も家宰ローレンツをはじめ、皆、息災だ。帰れるところがあるというのは、ほんと良い。学院での、エメライン達との生活も楽しいが、それはそれ、これはこれなのだ。オルバリスが一番落ち着く。安らげる。
まだ、十二歳ではあるが、人生の最後はここで迎えたい、そう思ってしまう。
目の前にいるコーデリアも、相変わらずだった。天使と見紛うばかり美しさ。今のように、ただ、チェアーに腰を掛け、お茶を飲んでいるだけでも、まるで一幅の絵画のよう、優雅この上ない。同性の私でも見惚れてしまう。これで性格が良かったら何も言うことがないのだが、生憎、コーデの中身は平行世界の私。その上、神様をやったりした経験もあるので、私以上にひねくれている。私は素直な子が好き。コーデは見てるだけが一番良い。
「何か、とっても失礼なことを思われませんでしたか、アリス姉様」
「いいえ、そんなことは全く思ってませんよ。コーデのような麗しい妹を持てて、私はなんて幸せなんでしょうと思っただけですよ」
「ほほ、何を仰います。アリス姉様こそ、お美しゅうございます。王都ではさぞかし、多くの殿方がアリス姉様を奪い合っていることでございましょう。おほほ」
「……」
くそ、何が、おほほだ。的確に嫌なところを突いて来る。いつか、ぎゃふんと言わせてやる。
コーデは私の憤懣を感じ取ったのか、話題を変えて来た。
「そういえば、アリス姉様。昨日、私に聞きたいことがあると言っておられましたが、何でございましょう?」
コトリ。私は飲み終わったティーカップをソーサーに戻した。
「私が聞きたかったのはね……」
コーデが私の質問に答えてくれた。
「精霊とは、カオスと魔力の複合物なのですよ」
「複合物? よくわかんない。ちゃんと説明してよ」
「まあ、そうでしょうね。では最初から。私が神として、この世界を任せられた時、世界はカオスに覆われていたんです。あんな世界では何もできません。だから、十二柱に命じて、カオスを吹き飛ばさせました。ここまでは神話の通りです。しかし、ここからが違います。カオスは完全には一掃されなかったんですよ。薄く希釈された状態で残ってしまったのです」
「げ、それじゃカオスはまだ、そこら中に浮遊しているの?」
私は思わず、周りを見渡してしまった。カオス、混沌、あまり好感が持てるものではない。
「大丈夫です。もうカオス自体は存在していません。残ったカオスと一部の魔力粒子が結合して、全く別のモノになりました。それが精霊です。たまたま出来たイレギュラーな副産物です。私は精霊などまったく作るつもりはありませんでした」
「イレギュラーってそんな簡単に出るものなの? 神様ならもっとちゃんと管理出来るんじゃないの?」
「それは、もっと高位、高次元の神の話です。私のような三下の神に、完全な管理など要求しないで下さいませ」
コーデが、頬膨らませ抗議を示した。最下層の神であった彼女には色々苦労があったのだろう。ここは謝っておくのが良い。私はコーデに謝罪した。
「精霊がカオスと魔力粒子が混ざり合って出来たというのは、わかったわ。そうすると精霊って悪いものなの?」
光の精霊、アスカルトなど、幸せを運んでくれる存在として信仰されている。そのイメージからすると、悪いものだとは思えない。
「そこが不思議なんですが、カオスが混ざっているのに、精霊はとても清浄な存在なのです。だから、十二柱達も放っておいたのでしょう。無害な存在であると」
無害かー。確かに、光の精霊、アスカルトはともかく、闇の精霊、ハーディにしても、悪いことをしたなんて聞いたことがない。精霊とは、ただそこにあるという存在なのだろう。
「じゃ、精霊の持つ力、精霊力ってどうなの? アレグザンター陛下は、ドラゴンの力にも対抗できるようなことを言っていたけれど、本当なの?」
「あら、アリス姉様と陛下はまだ、精霊石の力を試されてませんの?」
「魔術は試したわよ。確かに凄かった、勿論全力のものじゃないけれど、私が放った攻勢魔術の殆どを、陛下は精霊石を使って弾き飛ばしたもの。でも、それは魔力に対しての有効性であって、神力に対してじゃない。神力に効果なければ意味は無いよ」
「ユンカーに頼めば良いじゃないですか。エルフのユンカーなら僅かですが、神力を扱えます」
「いれば頼んでいます。でも、ふらっと旅に出てしまっていて連絡がつかないの」
「うーん、そうですか。困りましたねー、でも、大丈夫だと思います。精霊力の性質は、魔力と神力の中間だったと。遠い記憶ですから、絶対とは言いませんが、神力に対しても、それなりに対抗できる筈です」
「そう、それなら良いわ。安心した、ありがとう。コーデ」
「どういたしまして。お茶をもう一杯いかがですか? アリス姉様」
「ええ、いただくわ」
私とコーデリアは、互いに、平行世界の自分であるが故に、相性が良いとは言えないが、時を重ねるうちに姉妹としての親しみ、愛情がそれなりに育って来ている。そのうち、ルーシャ姉様のように、最初から姉妹だったような関係になれるだろう。その日はたぶん遠くない。
「ところで、エトレーゼの反逆者たちを、叩くと仰られていましたが、どうやって叩くのですか? いきなり宣戦布告して、攻め入るのですか?」
「そんなことしないわよ。陛下と私が、叩きたいのはエメラインの姉達だけ。あの二人さえ何とかすれば良いの。はっきり言ってエトレーゼの騎士団なんて、うちの敵じゃない。オリアーナ大叔母に頼めば、第一騎士団だけでも打ち倒してくれるわ」
私がエトレーゼの騎士団など、簡単に打ち破れると思うのは、オールストレームの騎士団が強いからだけではない。エトレーゼの騎士団に根本的な欠点があるからだ。
エトレーゼの騎士団は当然だが、全員女性騎士だ。彼女らは魔術において、男性騎士に比肩は出来ても、体力的には男性騎士に劣ってしまう。これは男女の体の造りが違う故どうしようもない。魔術が互角だった場合、最終的にものを言うのは体力。体力のない方が負ける。
カインによって魔術を封じられたコーデリアが、エルシミリアに抑え込まれ、頭突きで意識を失わされたのが良い例だ。あの時、コーデリアがエルシミリアに負けない体力を持っていれば、エルシーはあのようには出来なかった、勝てはしなかっただろう。
「なんとかして、エメラインの姉達とだけ、やり合いたいのよ。無駄な死者や怪我人は出したくないの。でも、どうしたら良いのか……」
「どうしたら良いのって、代表同士の、二人対二人の決闘を申し込めば良いだけではありませんか?」
「決闘? 果たし状でも出せっていうの? そんなの乗ってこないわよ。街のヤンキーの喧嘩じゃないのよ」
「条件次第ですよ。あちらは全ての面で劣勢なのです乗ってきますよ。たとえば……」
■オールストレーム側が勝った場合。
・亡命政権のクローディア陛下が帰国し、エトレーゼを再統治
・女尊男卑の改善
・反逆者である、元王女セイディとシャロンは、魔力を遮断する拘束具と、神力を遮断する拘束具(これは彼女らの紋章をカインがじっくり解析すれば出来ると、コーデが請け合ってくれた)をつけ。投獄。
■エトレーゼ側が勝った場合。
・セイディ、シャロンの王朝を正統と認め、亡命政権は解散する。
・オールストレーム及び大陸諸国は、エトレーゼ王朝の政策に、以後、異を唱えない。エトレーゼの国家主権を絶対的に尊重する。
・オールストレームは、エトレーゼに、賠償金を払う。
決闘は、諸国の王や教皇猊下観覧の下で行われる。
「このようなもので良いんじゃないでしょうか」
「う~ん、こんなので乗ってくるかなー」
私には今一に思える。これではオールストレームの方が断然条件が良い。あっちは負ければ破滅だが、こちらは賠償金。釣り合わない。でも、コーデは自信満々。
「乗ってきますよ。彼女らの頼りは、二つ目の紋章を得て、使えるようになった神力だけなのです。これに乗らなければ終わりです。諸国が一気に、多方向から攻め込んだらどうするのです。いくら神力を使えたとて、二人では防ぎきれません。国としては終わりです。彼女達二人だけが残っても意味がありません」
「そう言われるとそうね。王都へ戻ったら、陛下に進言してみます」
「ええ、それが宜しいですわ。父上には、あまりご無理なさらないようお伝え下さい」
コーデリアは、さあ仕事が終わったというような感じで、席を立ちかけた。
「コーデ、何を他人ごとのように言ってるの、貴女も協力なさい」
「協力なさいって、今したではありませんか」
「それとは別よ。私達の神力に対するシミュレーションに、協力して欲しいのよ。貴女、神力使えるでしょ。協力してお願いよ」
「はあ? 何言ってるですか。私はもう神ではありません。使えるわけないじゃないですか!」
「そうかな。コーデの耳は益々尖ってきてる。どうみてもエルフへの先祖がえりを起こしてる。使えるよきっと」
コーデの耳のことは、あまり言いたくは無かったが、ユンカー様がいない今、背に腹は代えられない。ごめんね、コーデ。許して。
「先祖に帰ってるのは耳だけです。使えません」
「まあ、そんなこと言わず試してみて、もと神様なんだから、使い方はわかってるでしょ、やってみて、お願いよ。コーデリア大明神」
両手を合わせて、拝み倒す私を白い目で見ていたコーデであったが、結局やってみることを了承してくれた。
「やってみますが、期待しないで下さいね。ダメに決まってますから」
そう言って、コーデリアは眼前に広がる前庭に向かって手をかざした。今はバッファ月、二月。雪が降り積もり、庭の草木はその重さ冷たさに耐え、春が来るのを必死で待っている。
「花よ咲きなさい、春は来たれり!」
その瞬間、奇跡が起こった。沢山積もっていた雪が一気に消え去り、葉を落としていた木々に葉が生い茂り、花壇は、一気に生気が溢れ、色とりどりの花々が咲き誇った。本当に春が来た。魔術では絶対できない。もし、魔術でこんなことが出来るのなら、食糧難など絶対起きない。起こさせない。
それにしても、なんて素晴らしい力、やはり神力とは凄い。羨ましい!
「うそ、出来た……。出来ましたわ」
コーデは自分でやっておきながら、未だに半信半疑のよう。私は心の中でガッツポーズをした。
よし! 練習相手ゲットー!
私は昨日。エリザベートお母様と一緒に眠った。お母様のお胸に顔をうずめていると、なんとも言えない安心感が湧いて来る。私はその安らぎに身を委ね、ぐっすり眠った。眠りに落ちかける頃、お母様が、そっと私の髪を撫でてくれていたのを覚えている。
ボタンの掛け違いで、人間関係は簡単に崩れて行く、しかし許して良いものと、良くないもの差は歴然とある。
セイディ! シャロン! 待ってなさい。神力への対策が出来れば、あなた達なんて、全く怖くない。自分達のやったことの罪を思い知らせてあげる。己の母親への拷問なんて、あってはならないこと。ぎったん、ぎったんにしてあげるわ。
ぎったん、ぎったんにね!
アリスは怒ってます。まあ、当然です。