奥の手
20/05/21 読んで下さった方には申し訳ありませんが、前話「六番目の娘」、必要ないと判断し削除しました。(この「奥の手」おいては前話削除による齟齬が生じないよう、何行か追加修正しております)
21/04/10 設定との矛盾を修正(アリスティアの前世関連)
私とエメライン殿下は、エトレーゼで起こったことの詳細を陛下に伝えた。
陛下は、私達がフレドリック様の命を救ったことを大変褒めてくれた。そして……
「今回、私は何も役に立てなかった。すまぬない。二人とも本当によくやってくれた」
さらに、エメライン殿下には
「良かったな、エメライン姫。そなたは父親を失わずにすんだ。ここはオールストレーム。男性蔑視もない、父上が目覚めたら存分に甘え、沢山話をするが良い。そして、父上、母上と一緒に、今まで持ち得なかった家族の時間を取り戻すのだ。そうしなさい。そなた達の住む場所はきちんとしたものを用意する」
「陛下、ありがとうございます。他国の者である私達を、このように厚遇して下さり、何とお礼を申し上げて良いやら……」
殿下は、また泣かれてしまった。でも、この涙は嬉し涙。見ていて辛いものではない。
良かったね、エメライン。ほんとうに良かった。
「エメライン姫、今日はもう良い、先に帰って、お母上を御慰めしてさしあげろ。クローディア殿は女王。己を責め続けてている筈だ。側にいるだけで良い、いるだけで良いのだ。それだけで、クローディア殿はどんなに救われることであろう」
「はい、陛下。娘である姉上達が与えた苦悩は、娘である私が癒してさし上げねばなりません。母上の下へ参ります」
そう言って、エメライン殿下はオルバリスの別邸に帰っていった、瞬間移動を使って。
陛下が、除外登録を行ってくれたのだ。これで、殿下は王宮に張られた転移防止結界を気にする必要はなくなった。エメライン殿下はアレグザンター陛下の信用を得た。
「陛下、お叱りを受ける覚悟は出来ております」
私は、陛下から、クローディア陛下達三人を連れ帰ったことに関して、叱責をうける覚悟をしていた。しかし、陛下は私達の報告を黙って聞き、フレドリック様のことを喜んだだけだった。このまま終わる訳がない。たぶん、殿下を先に戻し、私一人になるまで待っていたのだろう。どうせ、怒られるなら、早く怒られよう。
「何を叱るのだ? そなたは良くやった。私が行ったとて、これ以下の成果しか、上げられられなかっただろう。今、出来うる最善の結果だよ、最善のな」
「陛下……」
陛下の優しい言葉に、涙が溢れてきた。エメライン殿下のことを笑えない。
「泣くでない、そなたと言い、エメライン姫といい、泣いてばかりではないか。あまり泣いてばかりだと、涙の価値が下がるぞ。ここぞという時の為にとっておくのだ。意中の男性を仕留める時とかにな」
陛下の言葉に私は笑ってしまった。
「意中の男性などいないのでございます。それに何故か、私には寄ってこないのです。寄ってくるのは女性ばかりです」
「あー、それは悲劇だな。そなたの魔力容量が凄過ぎるのだ。男性貴族で、そなたに勝てるものなどおらぬ。そなたを愛し、守ろうなどと思っても、そなたの方が圧倒的に強い、立場が入れ替わり、守られる側になってしまう。それでは男としての面子が立たぬのだ。だから、男達はそなたに来ない。遠巻きにして眺めるばかり、
アリスティア嬢は奇麗だね、美しいね、でも、俺たちには分不相応。他の娘を探そう、
それで終わりだ」
「なんですか、それ。そんな面子など捨てされば良いのです。そんなのに拘っているから、最近のオールストレームの男性は、ぱっとしないのです」
「そう言ってやるな。男心は女心以上に脆いものなのだ。みんな必死に取り繕って頑張っている。察してやれ」
「そんなものでございますか? 私は前世でも女でしたので良くわかりません」
ぽろっと、『前世』に言及してしまった。陛下には、まだ私が前世持ちであることは話していない。なんて、うっかりさん。しかし、陛下は冗談ととってくれたようだ。
「はは、そうか。もし、誰も寄って来なかったら、私が適当なのを身繕ってやる。相手が嫌がっても王命でなんとかしてやる。安心せよ」
陛下の言葉はちょっと酷いと思った。しかし、十二歳にして、喪女が確定しているような気分になっていた私は保険をかけた。
「その時は、宜しくお願いします。陛下」
後でわかったのだが、私に男が寄って来ないのは、陛下も大きな原因の一つであった。以下のようなのが、私の貴族社会でのイメージらしい。
アリスティア嬢は、陛下の御気に入り、もはや娘も同然。その上、政策でさえ一緒に協議しているらしい、宰相並みの側近だ。
こんなの恐ろしくて手が出せない。相当な有力貴族だって二の足を踏む。男達が寄って来ないのは、ともかくとして、政略結婚の話さえ出ないのは不思議に思っていた。原因はこれだった。陛下が目をかけてくれるのは嬉しいのだが、思わぬ副作用である。
これでは自分から頑張って動かないと、喪女確定。今世は楽勝~!と思っていたのに、人生とは思うようにいかないものだ。
「亡命政権を作る、作って貰う」
私が、これから、エトレーゼに対してどうしたら良いのでしょう? と尋ねると、陛下は間髪を入れず、答えてくれた。
確かに亡命政権は必要だ。そうしないと、オールストレームが、女王陛下達を拉致したことになってしまう。それでは名分が立たない。あくまで、エトレーゼの正当な支配者はクローディア陛下で、現在のエトレーゼを牛耳っている、元王女達は反逆者であるということを、諸国に周知せねばならない。そのためには形だけでも政権が必要なのだ
「同意いたします。エトレーゼに、オールストレームが、拉致を行う国家として非難されるなど、あってはなりません。虫唾が走ります」
「良くわかっているではないか。自分達が行う行動を、理が無いものに絶対してはならない。これは外交の鉄則だ」
「では、亡命政権は作って貰うとして、エトレーゼ自体はどうなされますか? いったん放置して様子をみます? それとも……」
軍事行動をとりますか? と言いたかったが、言えなかった。今のエメラインの姉達は、もう普通の忠の民ではない。普通に騎士団を送り込んでも、返り討ちにあうのが落ちだろう。では、誰が対抗できるのか?
勿論、カインをもっている私は出来る。後、思いつくのはもう一人…… でも、あの御方は戦ってくれるだろうか?
「放置? そんなことはありえん。母親を拷問するような者達が、一国を率いているのだ、一度叩いておかねばならん。そうは思わぬか」
「思います。思いますが、騎士団を出されるのですか? それはお止め下さい。エメライン殿下の姉達は二つ目の紋章を得て、神力をも駆使しています。神力に対し、魔術は無力です。オールストレームの勇敢な騎士達でも、勝てる見込みは、ほぼございません」
とても悔しかった。今のオールストレームの騎士達は、第一騎士団長、筆頭騎士団長となったオリアーナ大叔母様に鍛えられ、どこの国の騎士より強く、勇敢で、統制のとれた動きが出来る、素晴らしい騎士となっている。その騎士達が、エメラインの姉達に、全く敵わないという事実が、ほんと厭だった。
オリアーナ大叔母様が、鍛えている騎士達のことを話す時、なんと喜ばしげで、誇らしげであることか
『アリスティア、殆どの者が、貴女の超振動刃斬撃を会得したのよ。我が国の騎士は、世界最強よ、恐れるものなど何もないわ』
神力は反則だ。反則をしてくる相手にはこちらも、反則でいくしかない。私が出るしかない。
「騎士団は出さないよ。騎士達を無駄死になどさせたくはない。少数精鋭で行く」
アレグザンター陛下はちゃんとわかってる。ほっとした。
「行くのは私、そして、アリスティア、そなただ。」
「陛下、ちょっとお待ちください!」
私は焦った。私はいい、カインがいるので神力に対抗出来る。しかし、陛下はいくらプラチナの中位になったとはいえ、使えるのは魔術だけ。それではダメ、ダメなの!
「まだ、成人もしておらぬそなたに頼むのは心苦しいが、一緒に行ってくれ」
「何を頓珍漢なことを言っておられるのですか! 私が待って下さいと言ったのは、陛下が出られることです。言いたくないことですが、言います。陛下では勝てません。魔術では勝てないのです!」
絶対に止めなければ! その一心で、陛下の服に取り縋った。
「ほんとに止めて下さい、陛下。もし陛下に何かあれば、私には国に戻れる顔がありません、その場で死にます! 自害します! ですから、お止め下さい!」
私の剣幕に驚いたのか、アレグザンター陛下の表情が停止した。私は陛下の顔を睨み続けた、こんなに人の顔を睨んだことなど人生で一度も無い。とにかく止めて! ほんとに止めて!
すると。陛下が息を漏らされた。
「ふっ」
その後は、大笑い、あまりに陛下が大笑いなさるので、腹が立って来た。
「もう! 何を笑うのですか! こちらは真剣なんですよ! それなのに、そんな大笑いをして、陛下は人の気持ちが、お分かりにならないのですか!」
陛下は、目に笑い涙まで出している。私は何もおかしなことは言っていない。なんでそんなに笑うの!
「いや、すまぬ。アリスの真剣な表情があまりにもおかしくてな、ついだ、つい。心配してくれたのにな。ほんとすまぬ」
真剣な表情が面白いって、私はコメディエンヌではございません。
「私だって無策で突入してゆくほど馬鹿ではない。奥の手があるのだ、奥の手が」
「奥の手?」
「今までは使えなかったんだが、使える可能性が出て来たんだ。あれが使えれば、私だって戦える。だから協力してくれ」
「陛下、ちゃんと言って下さい。話が見えません」
「わかった、わかったから、袖を放してくれないか」
私はびっくりして手を放した。途中から陛下の服を掴んでいることさえ忘れていた。それだけ真剣だったのだ。
「私の言っている『奥の手』とは、『精霊石』。オールストレーム初代王の持っていた『印』、『神契の印』だよ』
神契の印って、ほんとにあったのか。カインみたいなパチモンじゃなく。
『失礼な、僕の方がよっぽどハイスペックだよ!』
カインの声が聞こえたが、無視だ、無視。
「精霊石は初代様によって強力に封印されていて、今の状態では使えない」
「それじゃダメではないですか」
「だから、頼みたい。カイン嬢の力で、精霊石に施された封印を解いてくれ。いくら強力な封印と言っても、魔術には違いない、解ける、無効化できるだろう」
陛下には、エトレーゼに向かう前に、カインの能力を説明し、野乃の姿のカインにも会ってもらっていた。最初はさすがに驚愕したようだが、最終的には
『そなた達は、とんでもないな』 と笑ってくれた。受け入れてくれた。
感謝したい。私は陛下を倒そうと思えば、簡単に倒すことが出来る、その事実を知ってさえ、陛下は態度を全く変えなかった。嬉しかった。
『エトレーゼでは、無理はするなよ。危ないと思ったら、すぐにオールストレームへ戻るのだ』
オールストレームに生まれて良かった。アレグ陛下が私達の王であってくれて、ほんと良かった。
『解除なんて楽勝~!』カインのウッキウキの声が聞こえた。少し、うざい。
私は頷いた。出来るそうですよ、陛下。
「ところで、精霊石の力とはどういうものでしょう。いくら強力でも、魔術を強化するものだったら無意味ですよ」
「それは心配ない。アリスティアは精霊を知っているか?」
「はい、名前だけなら。『光の精霊、アスカルト』『闇の精霊、ハーディ』とか有名ですね」
「精霊石は文字通り、その精霊達の力に関わるもの。魔力、神力、に続く第三の力、精霊力を扱えるようにするんだ。その力はドラゴンでさえ嫌がったそうだ」
「ドラゴンでさえ嫌がる、第三の力、精霊力……」
なんだか厨二病ぽい力だなと思ってしまった。でも、本当だったら凄いことだ。
「では、早速、解除してもらおう。善は急げだ」
私は陛下に連れられて、王宮の奥へ、最深部へと入っていった。
実の娘でも、これほど思ってくれないのでは? アレグザンターは感謝すべきです。