お嫁さんになりたい
20/05/19
アリスティアのセリフ少々修正しました。以前のではアリスティアが嫌な人間に見えてしまうので。
もう一度エトレーゼに戻りますか? 戻って、あの二人を懲らしめますか? それとも、止めておきますか?
私は、エメラインに尋ねた。彼女の答えは、
『止めておきます。女王たる母上を、逃亡させざるを得ない状況になってしまった今。もはや、姉達への私怨で動ける状況ではなくなりました。最早、完全に国家的レベル、国際的レベルの問題です。アレグザンター陛下とお話したいです。その上で、母上、いえ陛下と共に、これからの方針を決めて行きたいと思います』
素晴らしいです。やはり貴女はエトレーゼの次代の女王に相応しい方です。私は貴方と友達になれたことを、誇りに思いますよ。エメライン。
『アリス様……』
頑張って下さいね。そして、皆を頼ってください。私も、エルシミリアも、ルーシャお姉様も、コレットも、そして、他の多くの人が、貴女を助けたいと思っています。貴女は一人でありませんよ。このことをしっかり心に刻んでおいて下さいね。
『はい、わかりました。とても嬉しいです。でも、あまりにも申し訳なくて……』
エメラインの肩にかかっている問題は、到底、一人で背負えるものではありません。皆に頼って下さい。貴女の周りにいる方は頼りになる方ばかりですよ。少々頼ったくらいで、倒れる人なんて全くいません、全然大丈夫です。これまで、いっぱい、いっぱい助けられて来た私が言うのです、保証します。それに、そうしないと貴女の生活は不可能になってしまいますよ。
『生活が不可能って、どういうことでしょう? アリス様』
だってエメラインは、学院の生徒なのです。これからのエトレーゼの事と同様、学院生活も頑張っていかねばなりません。これからも一緒に、学院生として学び、楽しんで行きましょう。学院生活はまだまだ、始まったばかり、これからですよ。
『はい、アリス様。ありがとうございます、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします』
この後、エメラインはよほど嬉しかったのか泣いてしまった。野乃の姿になって、【よしよし】としてあげたかったが、私はエメラインの胸元に入ったままであったので、彼女が落ち着くのを待つしかなった。
私とエメラインが、このように心の中で対話している間にも、ルーシャお姉様は、クローディア陛下とフレドリック様の治療にあたってくれていた。それも下着姿のままで。私は感心した。
なんたるプロフェッショナル精神。患者がいれば、自分の姿など気にせず治療にあたる。さすが、聖女、聖女様。ルーシャお姉様が自分の姉であることを誇りたいです。
しかし、しかしだ、お姉様。ちゃんと服は着ていただきたい。あまりの格差に悲しくなるのです。
ルーシャお姉様の体のラインは益々、女性としての魅力を増していました。このままだと、お姉様は、エリザベートお母様並みになられるかもしれません。人生とは不思議なものです。エリザお母様の実の娘である私とエルシミリアがペッタン街道一直線であるのに、義理の娘であるルーシャお姉様が、エリザお母様と同じグラマラス街道を突き進んで行きます。
ああっ、お母様の遺伝子! 私の中のお母様の遺伝子は何をしているの? ちゃんと働いてよ、働きなさいよ、お母様の遺伝子!
お母様、エリザベートお母様。少し懐かしい。
学院に入学以来、三月ほど会っていません。今頃どうされているのでしょう? ことが少し落ち着いたら、跳んで会いに行き、お母様のベッドに潜り込み一緒に寝たいです。お母様は学院生にもなって、なんて子供っぽいのと、笑うでしょう、笑ってくれるでしょう。私はお母様の柔らかな笑顔が好き。ほんと好きなのです。
ルーシャお姉様の声が聞こえました。
「女王陛下、治療は終わりました。もう体は完全に元通りです。傷跡など一切残ってません。しかし、私が治せるのは体だけです。心の問題はどうしようもありません。陛下の御心はかなりの傷をおってられることでしょう。部屋を用意します故、ごゆるりと御心をお休ませ下さいませ」
クローディア陛下を拷問したのは誰だかわからない。しかし、拷問を命じたのはエメラインの姉達であることは確実だ。その拷問が為された時、陛下には体が受ける痛みより、心が受けるダメージの方が遥かに大きかっただろう。自分が腹を痛めた子供に……なんと言って良いかわからない。
クローディア陛下がレイラ様に連れられ、見るも無座な姿で現れた時、私はエメラインが怒りで暴走しないよう、こう言った。
『エメライン、人の世では、よくあることです。例え、それが親子の間であっても。心を落ち着けて下さい。闇に飲まれてはいけませんよ』
言った言葉は間違ってはいないと思う。親が子供を、子供が親を虐待する話など、世間ではありふれている。この世界に限らず、前世の日本だって、そんな話は日常茶飯事。殺人事件にでもならない限り、ニュースにもならなかった。
私は皆を助けるために言った。そう言わざる得なかった。
しかし、なんて残酷なことをエメラインに言ってしまったのか。
お前に起こった悲劇など、世間ではありふれたもので、何ら特別な悲しみではない。だから、我慢しろ、皆、我慢している、怒り狂うなど愚の骨頂だ!
エメラインは偉いと思う。よく我慢してくれた。もし、エリザベートお母様に、クローディア陛下のような拷問が為されたとしたら、私の心は耐えらえるだろうか? エメラインに偉そうなことを言っておいてなんだが、耐えられる自信が、全くない。
ボロボロになったクローディア陛下の姿を、エリザお母様に置き換えてみた。心の中がどす黒いものでいっぱいになる。
どんな影響が出たって良い、世界がどうなろうと知るものか! 潰す! 塵も残らぬほどに擦り潰してやる!
想像しただけで、これだ。
エメライン、ごめんなさい。私は口だけの女なの。貴女が思ってくれてるほどの女ではありません。貴女の方が、全然凄い、凄いのよ。
だから、ごめんなさい。許して下さい、許して…… エメライン。
ルーシャお姉様が、クローディア陛下とフレドリック様の治療を終えらえた頃、連絡を受けたエルシミリア達が、オルバリス伯爵家王都別邸に来てくれた。それでようやく、カインと体を入れ替え、いつものアリスティアの体に戻った。いやー、手足があるのって良いね。とても伸び伸びする。金属の体は、別に苦しかったりすることは何もないが、永遠に体育座りしている感じ。カインはいつもあれをやっているのか、少々可哀そうだ。
カイン、なりたかったらいつでも、野乃の姿になっても良いわよ。
『ほんと、やったー! でも、なんか肩書欲しいな、そうでないと身元不詳の怪しい人物になっちゃうよ』
私の専任メイドとかどう?
『えー、やだよ。アリスティアに敬語なんて使いたくない』
むかっ 贅沢な奴ねー。じゃ、何が良いの? 言ってみてよ。
『貴族のご令嬢がいいな。対等じゃん』
あんたねー、ここでは野乃は異人種、そんなの無理に決まってるでしょ。
『だったらいーらない。体育座りで十分ですよー』
後日だが、令嬢カインが実現した。世の中、何が起こるかわからない。
クローディア陛下、フレドリック様、レイラ様にはオルバリスの別邸で休んでもらって、私とエメラインは今回の報告のために、馬車で王宮に向かった。
馬車の中の私は、憂鬱だった。
今回、エトレーゼの王宮に行ったのは、フレドリック様を治療するため、死なせないためであった。しかし、フレドリック様の治療に成功したのは良いが、あまりにもエトレーゼ側が敵対的であったため、クローディア陛下、フレドリック様、陛下の侍女のレイラ様、の三人を、連れ帰ることとなってしまった。
見た目上、三人を連れ帰ったのはエメラインなので、オールストレームのせいではないのだが、今のエメラインはオールストレームの客分。関係ありませんとは到底言えない。オールストレームはエトレーゼが起こすであろう波乱(神々に選ばれ増長している、エメラインの姉達がおとなしくしている訳がない)に、巻き込まれざるを得ない。
あー、これは陛下に叱責されるな。やだなー。
つい、エメラインに助けを求めてしまった。
「エメライン、私達最善を尽くしましたよね。あれ以上のことは不可能でしたよね」
「はい、最善です。アリス様の御蔭です。感謝しております」
エメラインは明確に同意してくれた。笑顔までつけて。
私は思ってしまった。エメラインが男の子だったら良かったのに。
こんな強い子めったにいない、尊敬できる。お嫁さんになっても良い、いや、して下さい。
しかし、現実は女の子。私より遥かに乙女な女の子。
なかなか上手く行かないね。人生って難しいね。
ガコン。馬車が止まった。
私達は王宮に着いた。
次回は陛下との話し合い。アレグザンターも頭が痛いことでしょう。