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人の世では、よくあること

 私の挑発に怒ったセイディ姉上が、部屋の側面の壁を吹き飛ばしました。とても怒ってます。めちゃ怒です。


 私は心の中で問いかけました。


 アリス様。どうしましょう? やはり、姉上達はかなり強くなっています、少々厄介ではありませんか?


『エメライン、ここは逃げましょう。フレドリック様を連れて逃げるのです』


 へ? 逃げるのですか? 


 私は少々拍子抜けしてしまいました。先ほどまで「勿体ない」だの「損害賠償すべき」だのと仰っていたので、余裕があるなー、さすがアリス様! と思っていたのです。


『動けないお父上様を、守りつつ戦うのは大変です。せっかく良くなりかけているお父上に、何かあったらどうしますか。危険は避けるべきです』


 少し、ショックでした。実の娘である私より、アリス様の方が父上のことを考えてくれています。私は、なんて情けない娘であることでしょう。


 セイディ姉上が警告してきました。


「言っておくけれど、瞬間移動で逃げようとしたって無理だからね。私とシャロンで張り直した結界は強力、どんな術者でも、王宮から出るのは無理。観念しなさい、エメライン」


『あなたの姉上凄いわね、素晴らしい洞察力してるわ』


 そうですね。昔から勘は良い人です。人の嫌がるところなど、的確に掴んで突いて来ました。


『ははは』


 アリス様は苦笑されていましたが、直ぐに、真面目なトーンに戻られました。


『どんな術者でも出られない結界ですか、ちょっと、転送で試してみましょう。そこの水差しを手に持ってみて下さい』


 私は、アリス様の指示通りに水差しを手に取りました。


『####!』


 アリス様が術を使われたようです。しかし、手に持った水差しは消えません。そのままです。


 アリス様、転送出来てませんが……?


『やばいわ。王宮外へ転送できない。あなたのお姉さん達が張った結界は、普通の魔術じゃない。少ないけれど神力も使ってる。神力の無効化も出来なくはないけれど、魔術の無効化とは難度が大違い、やばい、やばい! 今すぐ逃げるわよ、エメライン!』


 私は恐怖を感じました。アリス様がこれだけ焦るなんて尋常ではありません。姉上達は化け物のような強さを手に入れたのでしょうか。


 アリス様、逃げるってどこへ!? 


『王宮内の一番安全な所、隠し通路によ! フレドリック様を掴んで! 早く!』


 私はフレドリック様を掴みました。


「させるか!」


 シャロン姉上が、火烈弾を放ってきました。シャロン姉上は少々頭がとろいと思っていましたが、私達の意図を察するとは…… 見直しました。


 シャロン姉上の火烈弾は、私達に届く前に煙のごとく消失しました。当然アリス様が消去してくれたのですが、その時の、姉達のポカンとなった顔ったら。あまりに可笑しかったで、つい、嘘を言ってしまいました。


「姉上、神々から特別な力を頂いたのは、あなた達だけではありませんよ。では~」


 私達は、隠し通路へ跳びました。怒りに震える、セイディ姉上とシャロン姉上に見送られながら……。


 

 真っ暗です。当たり前です、隠し通路に窓などありません。灯火の魔術を使い、明かりを得ると、私は父上の状態を確認しました。大丈夫、父上は意識を取り戻してはいませんが、脈も呼吸も安定しておりますし、顔色が前と全然違います。やはり、ルーシャ先生の治癒魔術は凄い、薬に含ませたものでさえ、この効果! オールストレームには凄い人ばかりいる。留学して良かった、ほんと良かった、心からそう思いました。


 アリス様が話しかけて来られました。


『エメライン、先ほどのウソ、あんなこと言って良かったの?』


 増長している姉上達の鼻っ柱を折ってやりたくて、つい出てしまったのです。申し訳ありません。ですが、私にも神々がついていると、思わせておいた方が良いと思うのです。その方が、姉達もこちらへ手出ししづらくなるでしょう。


『まあ、そうかしらね。その方がいいかもね』


 アリス様が同調してくれました。怒られるかもと少し思っていたので、ほっとしました。しかし、よく考えるとそんなことで、ほっとしている場合ではありません。


 アリス様、結界に「神力」が含まれていると言っておられましたが、姉達は「神人レベル」の使い手になったということですか?


『うーん、わかりません。神人レベルと言えば、ルーシャお姉様なのですが、お姉様は、使う時は神力をドカン!と大量に使われますよ。それに比べ、エメラインのお姉さん達の張った結界に含まれる神力は、かなり少ないです。だから、神人レベルに達してるとも、達してないとも、どっちでも言えます。微妙なところです』


 そうですか。でも、少ないにせよ神力を使ってるわけなんですよね。アリス様は対抗出来ますか?


 情けないが、私はアリス様に頼るしか術がない。ほんと情けない。


『神力が厄介なのは、解析に時間が、かかることなんです。時間さえあれば、大丈夫です。今、結界の解析は終わりました。いつでも王宮外へ跳べますよ』


 ええ! 神力ですよ、神力! そんなに簡単に解析とか、打ち破ったりすることが出来るのですか?


 私は少々、アリス様の能力が怖くなってきました。この人に出来ないことはないのでしょうか。


『前も言いましたが、出来るのですよ。私にカインを与えてくれた神様は、この世界の十二柱より高位の神なのです。エメラインのお姉さん達が、この世界の神々に助けて貰っていても、まず、負けませんから、安心して下さい』


 この世界の十二柱より高位の神…… アリス様がさらっと、恐ろしいことを仰いました。それが、もし真実であれば、エイスト教がひっくり返ります。私の騎士様は、なんてとんでもない御方でしょう。私のような、取り柄のない娘が横にいていいのでしょうか。


 うう、アリス様。端女(はしため)でも何でも良いので、側に置いて下さいませ、うううう。


『はあ? エメライン、貴女、時たま、()()()()()()()の何とかしてよ。コレットと同タイプだとは思っていたけれど、コレットより酷いわ。貴女は王女でしょ、私はただの伯爵家の子女。地位的には、エメラインの方がずっと上なの。そこんとこちゃんと覚えておいてよ、外で、今みたいなこと言っちゃダメだからね! わかった? 返事は?』


 はい、わかりました。アリス様。善処します。


 アリス様に叱られました。しょんぼりです。帰ったら、コレットさんと目一杯、話がしたいです。コレットさんなら、私の気持ちをわかってくれる筈です。そして、言ってくれるでしょう。


「殿下は間違っていません。二人で一生、アリスティア様にお仕えしましょう、おはようから。おやすみまで、アリスティア様を見つめ続けましょう!」


 Yes! Yes! Yes! Yes!


『なんだか寒気がするんだけど、金属の体だからかなー?』


 まあ、それは大変、私が温めてさしあげます。ぎゅぎゅ!


『エメライン、あんた嫌い』


 ガーン、アリス様が急にへそを曲げてしまわれました。何故でしょう。アリス様をいれた小袋を胸元に吊っているので、ぎゅっと胸で包んで上げただけなのですが、何が悪かったのでしょう? 私はアリス様に嫌われたら、生きていける自信がありません。どうしたら……と、私がおろおろしていると、通路の暗がりの向こうから、声が聞こえて来ました。


「誰! そこで何をしているの!」


 レイラです、レイラの声です。


「レイラ! 私よ、エメライン! こちらへ来て!」


 レイラは駆け寄ってきました。


「ああ、殿下、よくぞ御無事で! それにフレドリック様!」


 レイラは、壁の柱に寄りかかって床に座している父上に驚き、その容態に、さらに驚きました。驚くのは当然です。父上は、先程まで何時死んでもおかしくない状態だったのです。それが、顔に血色が戻り、落ち着いた普通の呼吸をしています。何も知らない人から見れば、ちょっとお疲れの人が眠っているんだなと思ってしまう程の回復具合なのです。レイラには奇跡にしか見えなかったことでしょう。


「殿下、フレドリック様はどうされたのですか? こんなに回復なされて、目で見ても信じられません」


「オールストレームの聖女様、ルーシャ様と一緒に作った薬の御蔭です。ここまで効くとは私も思っていませんでした」


 私がそう言うと、レイラの目には涙が溢れて来ました。私はハンカチーフを取り出し、レイラの涙を拭って上げました。


「ありがとうございます。エメライン殿下、良かったですね、本当に良かったですね」


 さらに、涙が溢れました。彼女の心根の優しさに感動を覚えました。母上がレイラを大事にしているのも納得できます。では私はどうでしょう。カトリーナとサラに対して、私は……。彼女達をさんざん罵倒した過去の記憶が蘇りました。情けなさ過ぎて涙も出ません。これから、これから、頑張って行きます。そうするしかありません。


 アリス様、母上とレイラも一緒にお願い出来ますか?


『当たり前でしょ、こんな敵対的なところに置いては行けませんよ』


 ありがとうございます、アリス様。



「レイラ、頼みがあるの。母上もここに連れて来てくれない、四人で一緒に瞬間移動で逃げましょう」


「殿下、王宮の周りは結界が張られています。とんでもなく強力な結界です、無理でございます」


「大丈夫、結界の崩し方はわかったから、跳べるわ」


「崩し方がわかったって、陛下でも皆目見当がつかなかった代物ですよ。どうやって?」


 そんなもの、私にもわかりません。アリス様に聞いて欲しいのですが、メダルを出してこれが、アリス様とか言ったら、レイラは私が頭がおかしくなったと思うでしょう。


「説明してる時間はないわ。私を信じて、お願いよ」


 レイラは、半信半疑のようでしたが、了解してくれました。


「殿下、陛下をご覧になられても、激昂なされないようお願い致します。見た目ほどは酷くはありませんのですよ」


 そう言い残して、母上の部屋へ戻って行きました。


 私の心に、どす黒い何かが生まれました。


『拷問されたのでしょうね。エメライン、人の世では、よくあることです。例え、それが親子の間であっても。心を落ち着けて下さい。闇に飲まれてはいけませんよ』


 はい、気をつけます。気をつけたいと思います。でも……


 そして、レイラは母上を連れて来てくれました。久しぶりに見た母上は、見るも無残な姿でした。服はボロボロ。以前に殴られたのでしょう。顔の所々が青くあざになっています、手足には無数の傷跡。そして両の手頸には、魔力封印の術式が刻まれた拘束具、忠の民用の手枷が嵌められていました。。


「エメライン……」 母上の声は、かすれ声。聞き取るのがやっとです。


 私は涙が出て止まりませんでした。エトレーゼ歴代最強の女王として、五百万の民の上に君臨し、いつも若々しく、凛とした姿を見せていたあの母上が、なんという惨めな姿をされているのか? 姉上達は、自らの母になんという非道を行ったのか? 姉上達は人の心が無いのか?


 セイディ! シャロン! よくも、よくも!!


『エメライン、落ち着くのです。ちょっとした心のすれ違いでも、こういうことは起こるのです。それが人です。それを受け入れろとは言いません。でも、貴女が憎悪の闇に落ちてしまったら』


 わかっています! わかっているんです、アリス様! 少し黙ってて下さい!


「ああ、母上、なんて御労しい、なんて……」


 私は、母上を抱きとめました。


「エメライン、フレドリック様を助けてくれたのですね。ありがとう、ありがとうね。エメライン」


「母上、もう喋らないで下さいませ。お体に障ります。もう大丈夫、父上も、母上も、もう大丈夫でございます。すぐに、この地獄から出ましょう。そして、早く、お二人の治療を!」


 母上は、張り詰めていた緊張が途切れたのでしょう。一気に私に寄りかかってきました。慌てて、レイラが支えようとしてくれます。


「ああっ ごめんなさい、ごめんなさい、私がもっとしっかりしていれば、国も、家族もこんなことには! エメライン、許して下さい、許して下さい!」


「母上! 母上が謝ることではありません!」


 悔しかったです、こんなに悔しいことは今までありませんでした。



 アリス様、お願いです! 今直ぐ、今直ぐ! みんなを安全な場所へ、オールストレームへ!



 アリス様は、私の願いを聞き届けてくれました。


 一瞬、視界が真っ暗になったと思うと、私達四人とメダル状態のアリス様は、ルーシャ先生の部屋にいました。突然、四人も現れたせいで、びっくりして腰が抜けてしまったのでしょうか。下着姿のルーシャ先生が床にへたり込んでいました。真に、あられもない姿でした。申し訳ないことです。


 アリス様が私に問いかけてきました。


「エメライン、お母上とお父上は、ルーシャお姉様に託しておけば大丈夫です。どうします? もう一度エトレーゼに戻りますか? 戻って、あの二人を懲らしめますか? それとも、止めておきますか? 私はどちらでも構いませんよ」


 私は迷いました。そして、私が選んだのは……。


ドランケンはエメラインの一家を無茶苦茶にしてしまいました。まあ、こうなる芽は以前からありましたが、それでも、ちょっとねーです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前話を読んだら分ります、シャロン姉さんの頭がとろくない、エメラインさんより鋭いかも。 しかし、かなり過激、非道いですね。流石は女王さんへの仕打ちは納得できません。。。確かにシャロンさんはお…
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