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二つ目の紋章

「セイディ姉上、本当に初代様の間に入るのですか?」


「シャロン、貴女ここまで来て、まだそんなことを言っているの。タバサが侍女を首になってまで、鍵の型を取って来てくれたのよ。それを無駄にするの? 冗談じゃないわ」


 タバサは、ほんとよくやってくれた。母上の部屋を物色するなど、どんなに恐ろしかったことだろう。彼女のエトレーゼへの忠誠心は本物、事がなった後は、きちんとした報償を与えよう。


「さあ、初代様の間に着いたわよ」


「警備の者がいませんね。常時、二人はいる筈ですけれど」


「あのね、買収したに決まってるでしょ。頭悪い子ねー」


「す、すみません。姉上」


 シャロンが謝ってきた。この娘の頭は少々とろい、けれど、悪い娘ではない。ちゃんと姉である私を慕ってくれている。それに比べ、下の妹、エメライン。大っ嫌いだ。


 あの娘は、ゴールドの上位を持っている。私やシャロンよりツーランクも上。それに、頭だって悪くない、家庭教師達も、私やシャロンを褒めることはめったにないのに、エメラインは絶賛した。


『なんて、利発な姫であることでしょう。第三王女なれど、エメライン殿下こそ次代の女王に相応しい御方。陛下、よくよくお考え下さいませ』


 それなのに、あの娘は女王の座などには興味の欠片もない。絵空事の物語を、それも外国の物語を読んで、屈強な男性騎士に助けられ守られる、か弱き姫に憧れてたりしている。なんて愚かな妹。


 あまりにも愚かなので、現実を教えてやった。あの娘の許婚のマシューを、私とシャロンの侍女達の総力を結集させ、とびきりの美少女にしてやった。小柄で可愛い顔のマシューは、ほんと女装が似合った。まさに、エメラインが憧れる、か弱き可憐な姫そのものになった。


 そのマシューをエメラインに引き合わせた時の、あの娘の顔は未だに忘れられない。


 呆然とした魂の抜けてしまったような、あの顔。


 いい気味だった。外国の騎士物語などにいつまでも、入れ込んでいるのが悪いのだ。男など、女の添え物。子供を作るのに必要なだけで、後は、思うようにすれば良い、愛でようが、弄ぼうが、捨てようが、私達、女が好きなようにすれば良いのだ。


 そんなことも分からない愚か者なのに、母上はエメラインを次代の女王に選んだ。魔力容量のランクからみれば、あの娘が選ばれるのは仕方がないかもしれない。しかし、あのような愚か者を女王に戴くなど、あってはならない。あの娘が女王になどなれば、男性貴族の地位を上げようととして、無用な混乱を招くだろう。


 以前、母上は男性貴族用の爵位を作ろうとしたことがあった。他の命令には絶対の忠誠心を見せていた家臣団は、この時ばかりは一斉に反対に回り、その案を母上は取り下げざるを得なかった。母上でさえこれだ。あのバカが女王の座に着いたら、エトレーゼの国体は無茶苦茶になる。この気高き女性の国は、崩れ去るだろう。


 再度言う。私は、エメラインが嫌いだ。あの娘は、私が望み欲する、高位の魔力容量や次代の女王の地位を持っていても、喜びのひとつさえ示さない。


 エメラインは言う、『エトレーゼでの男性貴族の扱いは酷過ぎる』。仕方ないだろう、彼らにはそれだけの価値しかない。金貨と銅貨の価値が違うのと同じだ、どうしてそれが分からない。


 それに対する、エメラインの反論は『姉上達は酷い人です。私達だって男性がいないと生まれて来れないのですよ』。反論にもなっていない、私達は、男性貴族の子作りに関する価値は認めている。それ以外の価値が殆ど無いと言っているのだ。


 エトレーゼを支え、動かしているのは、私達、女性の忠の民だ。男性貴族に何が出来る、まともな魔術を使えない彼らに、国を維持することは出来はしない。その現実を無視して、感傷で「酷い」だの「可哀そう」だの、反吐が出る。


 エメラインは現実を生きてはいない。物語、絵空事の世界で生きている。物語の騎士や姫に感情移入は出来ても、現実にいる人をちゃんと見ない。こんな奴とは一緒に生きては行けない。


 ガチャリ。


 初代様の間の扉の錠が解けた。複製だから、きちんと使えるだろうかと危惧していたのだが、ちゃんと使えた。


「セイディ姉上、ここに初代様の『神契の印』が本当にあるのでしょうか?」


「さあ、どうでしょうね。でも、あるとしたら、ここしかないでしょう。何百年も禁忌として開かれていないこの初代様の間以外は、とうに調べ尽くされていますからね」


 私が「神契の印」を探そうと思うようになったのは以下のよう


 母上は、新興のオールストレーム如きに膝を屈して、エメラインをオールストレームに留学させることを決めた。何が留学だ、ただの人質ではないか。そして、そのエメラインも、エトレーゼの誇りを守ろうという気概を全く示さず、母上の指示通りに留学の準備を進めている。


 もはや、この二人にエトレーゼを任せてはおけない。なんとしても主導権を奪い取らなければならない。しかし、降下した侯爵家の力を借りても、私やシャロンでは母上に太刀打ちできない。どうすれば…… と考えて、思いついたのが「神契の印」。多くの王朝同様、エトレーゼの初代様も持っていたとされている。その「印」を得ることが出来れば、母上やエメラインを排除することも可能となって来る。


 強力な力を持つ「神契の印」。それはただの伝説かもしれないが、試してみる価値はある。私は「印」を探すため、母上の第四侍女のタバサを懐柔した。彼女は、ここ一年ほど、急に酷いワガママ姫になってしまったエメラインを、大変嫌っていたのもあって協力してくれた。


 私は意を決して扉を開けた。


 何百年も閉ざされた部屋、さぞ、カビ臭い空気を吸うであろうと覚悟していたが、そんなことは全くなかった。廊下の空気より遥かに澄んでいる。


 その部屋は不思議な部屋だった。外光が入らないはずなのに、部屋の中はとても明るいし、誰も掃除していない筈なのに、ホコリひとつ落ちていない。何かの魔術が施されているのであろうか。内装や調度は、さすがに時代がかっていたが、品の良い豪華さで、今の時代でも通用する部屋だ。


 そしてその部屋の中には、一人の女性が佇んでいた。


 その女性は、有り得ないほどに整った顔貌を持ち、その肢体も、実にのびやかで優美さに満ちている。一番目につくのは、床にまで届かんばかりの艶やかな黒髪。これほどなめらかで奇麗な髪を私は見たことが無い。全身が美に溢れ、一つの欠点でさえ見つけることが出来ない。


 これほど美しい人が、この世の人なのか?


 答えは簡単、彼女は人ではない。彼女の全身からは、見えないエネルギー波が放たれている。それは私達が魔術で扱っている魔力粒子などではない、教会に行った時、微かに感じられる力、神力。それと全く同じものが、圧倒的な力をもって私達に押し寄せて来る。


 私とシャロンはすぐに跪き、頭を床に擦り付けた。そうするしかなかった。シャロンなど、もう涙目で、誰も責めていないのに「許して下さいませ、許して下さいませ」と、蚊の鳴くような声で繰り返すばかり。


(おもて)を上げなさい、セルマの子よ」


 セルマとはエトレーゼ王朝を創建した初代様の名前だ。私達は、彼女の命令に従い顔を上げた。私もシャロンも、腕ががくがくと振るえ、止めることが出来ない。必死に気力を振り絞り、なんとか彼女の方に顔を向けた。


 彼女は穏やかに微笑んでいた。なんて美しい笑み。そして、なんて恐ろしい笑み。彼女の金色の瞳は冷たく透き通り。刺すように私達を見つめている。


「私はドランケン」


 ドランケン神! やはり神々!


 目の前に、一柱の神が顕現しておられるなど、奇跡以外の何物でもない。エイスト教の信者としては感涙にむせぶべきであろう。しかし、私は神に会えた幸福など全く感じなかった。その時、私にあったのは恐怖。私達は生きて帰れるのかという恐怖、それだけだった。それほど、ドランケン神は冷たい美しさに満ち満ちており、慈愛など到底望めない様に思えた。


 ドランケン神は仰られた。


「私は、この部屋に入る気概がある者が現われるのを待っていました」


 意外にもそのお声は優し気だった。しかし、続く言葉では一変した。明らかに怒りに満ち満ちたものだった。


「エトレーゼは、私がセルマに作らせた国、私の国なのです。それなのに、()()()()が作らせたオールストレーム如きが圧力をかけて来ました。汚らわしい。これを許しておけますか? 答えなさい」


 更に力を増した神力の圧の中で、私とシャロンは答えようと頑張ったが、声がかすれて真面に答えられない。しかし、答えねば生きて帰れないかもしれない。私達は声を絞り出した。


「許しておけません」


「お、同じでございます」


 ドランケン神は眼を細められた。


「そうでしょう。ですから、そなた達に特別な力を与えましょう。その力をもって、エトレーゼを守り、オールストレームを打ち払うのです」


 その言葉に私の魂は震え、あれほど出なかった声がすんなりと出て来るようになった。


「力! 特別な力を、私共に授けて下さるのですか! ドランケン神様」


「ええ、素晴らしき力を与えましょう。しかし、そなた達、人の体は脆弱。本来の力の十分の一も使えないでしょう。それでも宜しいですか?」


「なんて勿体なきお言葉、十分の一以下でも構いません。授けていただけるものなら、授けていただきとう存じます」


「わかりました。では、力を得に参りましょう」


 ドランケン神がそう言った瞬間。私達は、全く知らない草原に立っていた。どうやら、ドランケン神の力で瞬間移動したようだ。


 シャロンが心配げに、周りを見渡しながら言った。


「姉上、ここはどこでしょう。あのように珍妙な木など見たことがありません、この草も……」


 私には、なんとなくわかった。空気中に存在する魔力粒子の密度が全然違う。ここは私達が住んでいる大陸ではない。もしかして、果ての大陸…… そう思った時、


 私達の上空に、巨大な黒い影が舞った。


 その巨大な黒い影は。複雑な螺旋運動を繰り返したと思うと、あっと言う間に接近して来て、私達の目の前にドカン!と着地した。


 シャロンも私も、その影のあまりの巨大さ、その圧倒的強者の禍々しい姿に、腰を抜かしてしまった。シャロンなどは精神が崩壊寸前で、座り込んだ地面を濡らしていた。私も人のことは言えない。一言呟くのが精一杯だった。


「ドラゴン……」


「そうです、私の大事な大事なドラゴンです」


 ドラゴンが巨大な頭を下ろし、ドランケン神に寄せて来る。まる猫のようだ。ドランケン神は笑みを浮かべながら、その頭を撫でられた。なんてお優しい笑み、これは本当に愛しいものに見せる笑みだ。ドランケン神は神々の中では荒々しい神とされているが、今の御姿はとてもそうは思えない。


 ドランケン神は、ドラゴンを撫で終わると、私達の方へ向いて言われた。


「セイディ、シャロン。そなた達にドラゴンの力を分け与えましょう」


 ドラゴンの力! ドラゴンは複数の騎士団が総力戦をかけても、牽制するのがやっとの世界最強の生物。その力を分けてもらえる! なんて素晴らしいの! 



「ギャース!!」



 私達のいる平原に、ドラゴンの咆哮が響き渡った。


 その後のことは私もシャロンも全く覚えていない。気がつくと、私達は降下した侯爵家のそれぞれの居室に戻っていた。左手には見たこともない紋章が刻まれている。でも、何の紋章かは分かる。どのような力を持っているのかもわかる。


 何故わかるのか、わからないが、わかるものはわかるのだ。


 これはドラゴンの眷属の紋章。しかし、普通の眷属の紋章のように魔術の術式を紡ぐようなものではない。ドラゴンの力を我が身に取り込み、使うことが出来るという、次元が違う素晴らしい紋章だ。


 自然と、笑いが込み上げて来て、私は笑いに笑った。これほど笑ったのは何年ぶりだろう。


「母上、エメライン。エトレーゼを導くのは私とシャロン。貴女達の時代はもう終わり、終わりなのよ!」


 私とシャロンは、母上に見つからない様に極秘裏に、王宮の家臣達や、有力貴族、各騎士団を回って、自分達の力を見せつけ、ドランケン神の意志を伝えた。


 最初はもっと苦労するかと思っていたが、みんなはあっさりと女王への忠誠心を放棄した。私とシャロンが二つ目の紋章を得たこと、その紋章で駆使するドラゴンの力が大変強大であること、これらのことは大いに彼女らの心に訴えかけた。しかし、一番決定的だったのは、私達が伝えたドランケン神の言葉だった。


「エトレーゼは私の国。エトレーゼを守り、オールストレームを打ち払え!」


 この神の言葉に、みんな歓喜した。


 やはり、エトレーゼは神に愛されし国、この世にまたとない素晴らしき国なのだ、その国の誇りを汚す現女王と次期女王は、もはや国賊にほかならない。このような者達をいつまでもトップに戴いていて良いものか!


 私とシャロンは、エトレーゼの貴族達の殆どを掌握した。そしてついには、近衛達まで、私達への支持を伝えて来た。そして、その数日後、エメラインはオールストレームに向けて出立した。これで、エメラインが、オールストレームに膝を屈した卑怯者、国賊であることが確定した。


 準備は整った、私とシャロンは陛下に面会を要請した。会えたのは数日後。


 その日、歴代最強の女王と謳われた母上、クローディア・エトレーゼは、権力のトップから陥落した。


 今や、ただの傀儡。哀れなものだ。


ドランケン神は女神です。十二柱一の美神さんです。クール系の見た目に反し、愛情たっぷり。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! なるほど、エメラインさんのお姉さん達もそれなり考えが有るようですね。まぁ、確かに彼女達の視点から観れば、判らなくも無いですね。 ただ、ちょっと、実際にお母様…
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