嫌いなのはお互い様
アリス様は神! 神に違いありません!
『早くしなさい、エメライン! バカ言ってる場合じゃないでしょ!』
アリス様が本気で怒ってます。そうです、妄想に浸ってる場合ではありません、父上を救わなければ!
私は、新しい魔術薬を四錠を取り、父上、フレドリック様のお腹の上におきました。そして、右手の掌をかぶせました。意識を掌に集中します。父上の体は呼吸のごとに波打つように揺れています。もはや、横隔膜の力だけでは呼吸が出来ず、体全体の筋肉を使って、辛うじて息をしているのです。なんて苦しそうな、なんて可哀そうな、
「父上、今、楽にしてあげます。もう少し頑張って下さいませ、お願いでございます」
瞬間転送の術式を紋章の力を借りて構築しました。しかし微修正をしなければなりません。今までに、こんな近距離を移動させたことはないのです。
『エメライン早くして、もう来ます、来る!』
出来ました! 行きます!
私が術式を発動させると同時に、 扉が荒々しく開け放たれました。
バン! ドガガガガッ!
十人近くの騎士達が、一気に雪崩れ込み、警告も無しに、斬撃を放ってきました。それも風ではなく水属性の斬撃です。相手の体に水の刃が切り込んだ瞬間、超高密度に圧縮された水が爆散し、相手の体を崩壊させる、とっても残酷な技です。
防隔! と思ったのですが、アリス様が先に、瞬時に張ってくれました。アリス様の髪のように、白銀に煌めくとても美しい防隔。それは第七段階の防隔。このレベルの神与の盾を張れる者はめったにいません。エトレーゼの騎士達が放った強力無比な斬撃は、いとも簡単に弾き飛ばされてゆきました。
「ウソでしょ……」 騎士の一人が呟いたのが聞こえました。
騎士達が動揺しています。自分達が自信を持って放った十発近くもの斬撃です。いくら私がゴールドの上位とはいえ、こんなに簡単に払いのけるとは思っていなかったのでしょう。彼女達の動きが完全に止まりました。
アリス様が防隔を消されました。このレベルの魔術を使い続けるのは、魔力の無駄遣いです。必要な時に張れば良いのです。
彼女達には、私がとんでもない強者に見えています。なんらかの策、もしくは増援が来ない限り、再度攻撃して来ることはないでしょう。もし来るとしたら、ただの愚か者、騎士を名乗って欲しくありません。
「もう終わりですか? エトレーゼの騎士の力が、この程度のものだったとは。ご先祖様に顔向けできませんね。恥ずかしいにも程があります」
少し、挑発してやったのですが、彼女らは乗って来ませんでした。先頭にいる隊長格の騎士が、語り掛けてきました。
「殿下はエトレーゼの誇りを捨てられた。そのような御方に何を言われようと我らは動じません」
誇りねー、誇りで勝てるのなら、エトレーゼは今頃、大陸を統一していたことでしょう。無い頭でも少しは使って欲しいものです。しかし、そんなことより父上は……。
アリス様、父上の状態はどうですか? 今、騎士達から目を離すことができないのです。
『エメライン、安心して下さい。魔術薬の移動投与は成功しています。ちょっとくらいは大丈夫です、フレドリック様の表情を見て御覧なさい。私が守ります。術を為す振りを、右手を相手のほうへ突き出して下さい』
私が手を突き出すと同時に、先ほどと同じ白銀の防隔が現われました。アリス様が再度張ってくれたのです。
『さあ、エメライン』
アリス様の言葉に甘え、父上の方を振り返ると、先ほどまであれほど粗かった呼吸が落ち着いております。一杯かいていた汗や、眉間に刻まれていた皺が無くなり、父上の顔は穏やかさを取り戻していました。
私の心は歓喜に湧きました。これからも父上との時間を持てる。そう思うだけで、心が躍り出しそうです。
良かった! 父上は助かったのですね! ありがとうございます、ありがとうございます! アリス様!
『どういたしまして』
心に響くのは声だけですが、アリス様の微笑まれるお顔が、ありありと目に浮かびました。
『では、心置きなく騎士達を潰しましょう。彼女らは、貴女と一緒にフレドリック様も葬り去ろうとしました。許せますか?』
いいえ、許せません。殺してやりたいです。
『ふふ、そうして上げても良いですが、今回は止めておきましょう。私が適度に調整してあげます。最小の斬撃で良いです、あの隊長格の騎士に放ってください』
はい、アリス様。
私は、一番控えめな斬撃をと言いたいところですが、最弱よりも少し強度を上げた斬撃を放ちました。隊長格の騎士は、当然のように防隔、神与の盾を張りました。普通なら、私が放ったようなクラスの斬撃は、あっさり阻まれて終わりです。しかし、
ゴトン。
彼女の左腕が肩からすっぱりと切断され、床に転がりました。一瞬のことで彼女も、周りの騎士達も、何が起こったのか判らなかったのでしょう。呆然として、床の上に転がる左腕を見つめていました。
少したって、腕を落とされた隊長格の騎士の悲鳴が、絶叫が響き渡り、漸く真面な思考を取り戻した他の騎士達により、彼女は運び出されて行きました。
「あらあら、そこの血の海に落ちている腕は持って行かないのですか? 接合は難しいかもしれませんが、一応は試してみれば良いのに。万が一もあり得ますよ」
一人の若い騎士が、悔しそうに私を一睨みし、腕を拾いあげ扉から出て行きました。多少は動きは鈍くなるでしょうが、たぶん、あの腕はくっつけることは出来るでしょう。エトレーゼの回復術者のレベルは、低くはありません。大陸諸国の平均より勝っています。
『エメライン、優しいですね。私なら黙ってますよ』
ただの気まぐれです。そんなことより、アリス様。今のがカイン様のもつ、魔術無効化の力なのですか?
『そうです。あまり遠いと無理ですが、これくらいの距離なら、あの程度の防隔など簡単に消去出来ますよ』
私は今まで、ノルバートの奇跡を起こされたアレグザンター陛下が、オールストレーム最強であると思っていたのですが、それはどうやら間違いのようです。陛下もアリス様も、同じくプラチナの上位。でも陛下には、カイン様がおられません。この差は決定的です。人でアリス様に勝てる人はいないでしょう。世界最強です。思わず笑いが出てしまいました。
「ふふふ」
『どうかしましたか? エメライン』
いえ、姉上達も馬鹿だなーと思いまして。二つ目の紋章を得たくらいで、慢心して。世の中には上には上がいるのに、ほんと馬鹿、大馬鹿です。
『その馬鹿、大馬鹿が来たようですよ』
入口の近くにいた騎士達が大きく道を空けました。そこに、現れたのは、勿論、姉上達です。
二人は、冬なのに袖の短いドレスを纏っています。両手首に嵌めた紋章隠しのブレスレットを見せつけるためでしょう。姉上達らしいというかなんというか。らしいと言えば、姉上達のブレスレットは、沢山の宝石で飾られ下品なキラメキを放っております。また、無駄遣いをと、情けない気持ちになりました。私も無駄遣いはいたしましたが、あのブレスレットに嵌められている宝石一つで十分お釣りがくるでしょう。宝石に比べれば、ぬいぐるみや、お人形など安いものです。
「セイディ姉上、シャロン姉上。お久しゅうございます。お元気でおられましたか?」
ここはもはや戦場です。私は心を落ち着けるため、あえて普段と同じように語り掛けました。
セイディ姉上が答えられた。
「あら、エメライン。賊が入ったと聞いて来たのですが、賊が貴女だったとは、姉として恥ずかしい限り。もっときちんと躾けてあげるべきでしたね」
続いてシャロン姉上。
「姉上、エメラインは躾けても無理でございましょう。愚鈍なフレドリックの血筋なのです。体ばかりが大きくて、頭に血が回らない体質なのです。仕方ないのです、憐れんであげないと」
ア、ハハハハッ! ア、ハハハハッ! ア、ハハハハッ!
ア、ハハハハッ! ア、ハハハハッ! ア、ハハハハッ!
ア、ハハハハッ! ア、ハハハハッ! ア、ハハハハッ!
姉上達が、エトレーゼの騎士達が、私を嘲笑いました。
「エメライン、私とシャロンは神々に選ばれた、選ばれたのよ。その私達からみれば、貴女など、ただの虫けら、ゴミムシなのよ。ゴミムシでももったいない。便所、便所虫!」
セイディ姉上の子供並みの罵倒に感心しました。そう言えば、セイディ姉上が本を読まれているのを見たことがありません。レベルを合わせてあげましょう。
「弱い犬ほどよく吠える。キャンキャン、キャンキャン。あー 煩い」
セイディ姉上の形相が変わりました。眉間に幾重にも皺をより、双眸は怒りにぎらついています。私は今まで、これほどまでに憎悪を向けられた経験はありません。私は、これほどに姉上に嫌われていたのですね。知りませんでした。でも、お互いさまです。先ほど、シャロン姉上が父上を愚鈍と言った時、一緒に笑っていましたね。許せません、私は姉上達を一生嫌います。嫌って上げます。
「だまれ! お前だけは殺す! 殺してやる!」
そう言って、セイディ姉上は、左手をブンと振りました。その瞬間、部屋の左の壁が全て消失しました。一瞬で吹き飛んだのです。王宮の壁は普通の壁ではありません。対魔術の術式が内部に書き込まれているのです。そう、簡単に吹き飛ばせるものではありません。
私は心の中で冷や汗をかきました。姉上達は私が思っていたよりも、遥かに強くなってるのかも。いくら、アリス様がついているからと言って、そう簡単にはいかないかもしれないと。
それなのにアリス様は、
『もったいない! これだから庶民経験のない人は! エメライン、この壁いくらくらいすると思う? 高いよね、良い材料使ってあるし、絶対高いよ! 貴女んち、大損したわよ、大損! 損害賠償請求するべきよ!』
王宮の家計を心配してくれていました。アリス様は節約家なのですね、素敵です。
エメラインと姉達の関係は冷え切っております。ゲインズブラント姉妹とは大違いです、エメラインには眩しいことでしょう。