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アリス様は神

私は王宮の廊下を歩いています。後ろには警護の近衛が二人。その二人は、今までに見たことも会ったこともない者です。


 王族の警護は必ず近衛の騎士が担当します。私は小さい頃から、彼女達に警護されて来ましたので、近衛の殆どの者は知っております。今、後ろにいる二人は近衛の新人なのでしょうか? しかし、年齢はどうみても二十歳をとうに過ぎており、新人騎士とは到底思えません。


 近衛まで、姉上達にやられてしまっているのか…… 気分がますます暗くなりました。


『エメライン、王宮は完璧に敵地ですね、後ろの騎士達など、露骨な殺気を放ってます。いつ切りかかって来てもおかしくないですよ』


 はい、アリス様。まことにお恥ずかしい限りです。


『ひとつお聞きしたいのですが、女王陛下は、エメラインの姉上達より遥かにランクが上だった筈、いくら家臣達が後ろについたとはいえ、そう簡単に負けるとは思えません。何か思い当たる(ふし)はありませんか?』


 それは私も不思議に思っています。エトレーゼでは、クローディア陛下の魔力は圧倒的なんです。皆目見当がつきません。


『では、何かあったんでしょうね。力関係を変える何かが』


 そう言って、アリス様は黙ってしまわれました。


 廊下は長々と続いています。母上の居室はまだまだ先、廊下で出会う者達は、私に形ばかりのお辞儀はしますが、心など全く籠ってはおりません。私はワガママ姫で、家臣たちに好かれていたとは言えませんが、ここまで軽んじられてはおりませんでした。次期女王として、それなりの敬意は払ってもらっていたのです。


 それなのに、彼女らの私を見る目の、なんと冷たいこと。たった数カ月の内に王宮(我が家)は変わり果ててしまいました。


「どうして、陛下と会えないのです。レイラ、貴女は何を言ってるのかわかっているの?」


「わかっております。でも、何度も言いました通り、陛下はご体調が優れず会いたくないとのことなのです。ご理解下さいませ。エメライン殿下」


 母上の第一侍女のレイラが、情けなさをかみ殺したような顔で、嘘丸出しの言い訳を述べて来ました。


 彼女は、アレグザンター陛下に、弁解の手紙を書き送った侍女です。今の悔し気な表情を見るに、まだ、姉上達に屈してはいないようです。追い詰めるべきでないでしょう。


「わかりました。私は、()()()()()()、瞬間移動の疲れを休めます。陛下のご体調がお戻りになられたら、連絡しなさい。頼みましたよ」


「はい、必ずお伝えにまいります」


「しかし、取次も真面に出来ないなんて、貴女、侍女失格。呆れるわ」


「申し訳ございません。殿下」


 私は頭を下げるレイラを一顧だにせず、歩き始めました。警護の騎士と言う名の監視者達に、私がレイラに腹を立ててるように思わせるためです。協力関係にあると思われては厄介です。


 寝室に着きました。監視者達もさすがに部屋の中までは入ってこれません。


 私が、この部屋で休むことにしたのは、理由があります。


『へー、こんな所に隠し通路があるのですね。上手く隠されていますね、ぱっと見では全然わかりません』


 アリス様が感心してくれました。


 この通路を知っているのは、陛下と次期女王である私、そして、母上の第一侍女であるレイラだけ。先ほどの会話で彼女には、私の意図が分かった筈です。きっと来てくれるでしょう。


 レイラは来てくれました。


 彼女は部屋の四隅に盗聴防止の魔術具を設置しました。その魔術具は小さな薄い板。絨毯の下に入れれば、全くわかりません。


「レイラ、エトレーゼはどうしてこんなことに、なってしまっているの? 陛下は何故、姉上達の越権行為を許しているの? ほんとに何が起こったの? 近衛までやられているじゃない!」


 私はつい、レイラにまくし立ててしまいました。アリス様の御蔭で、ワガママ姫を脱したと思っていましたが、これでは以前と同じ。もう少し心を落ち着けなければ。


「エメライン殿下。陛下は、この状況に忸怩たる思いを持ち、苦しんでおられます。でも、陛下は、今のセイディ様とシャロン様には勝てないのです。その上、セイディ様とシャロン様が降下された二大侯爵家を筆頭に、家臣達の多くが、お二人を支持しております。クローディア陛下は、新興国如きに膝を屈した腰抜け、卑怯者であり、これからのエトレーゼを導くのは、セイディ様とシャロン様であるべきだと」


 私もあまり人のことは言えませんが、エトレーゼの貴族がここまで、世界情勢に疎いとは。ほんと呆れてしまいます。今の大陸でオールストレームに正面切って逆らえる国など、一国たりともありません。教皇様がおわす十二聖国でさえ、オールストレームの前では霞んでしまいます。


 強国が覇を唱えるのは世の習いです。オールストレームがエトレーゼに働きかけて来たのは当然のことでしょう。それが嫌なら、対抗出来る力を持つしかないのです。しかし、今のエトレーゼにはオールストレームに対せる力はありません。母上、陛下の判断は妥当なものです。誰が女王であろうと、同じ決断を下すしかないのです。なんと、馬鹿な者達でしょう。井の中の蛙大海を知らずとはまさにこのことです。情けない。


 しかし、そんなことより、レイラの言った「陛下は、今のセイディ様とシャロン様には勝てない」とは、どういうことでしょう。母上は、プラチナにも届かんとするゴールドの上位、姉上達はゴールドの下位。普通に考えるなら母上の圧勝です。私は理由をレイラに尋ねました。


「はい、以前のセイディ様とシャロン様なら、陛下は簡単にお勝ちになられます。しかし、今のお二方は、左手に、もう一つの『眷属の紋章』を得られ、魔術の能力は桁違いに上がっておられます。お一方だけでも陛下を軽くあしらえるほどです、それなのに相手は二人。陛下が勝てる見込みは全くございません」


 レイラの握り締めた拳は、微かに震えています。彼女は、エトレーゼ歴代最強ともいえる女王、クローディア陛下の第一侍女であることに誇りを持っています。そんな彼女にとって、今の王宮の状況は、とても悔しく、認めがたいものであるのは間違いありません。


「姉上達が、もう一つの紋章を? 本当なのですか」


「はい。私はセイディ様とシャロン様が自慢気にお見せになり、一つしか紋章を持たない陛下を馬鹿にするのを見ました。遠目で、どの神々から頂いたものかはわかりませんでしたが、確かに眷属の紋章でした。お怒りになった陛下の魔術を、お二人は、いとも容易く撥ね退けられましたので、本物に間違いございません」


 あの姉上達が、母上の魔術を撥ね退けるなんて…… やはり本当なのか……。 


 アリス様、もう一つの紋章を授かることなどあるのでしょうか? 


『ありますよ。身近にいるではありませんか。ルーシャお姉様が、二つ持っておられますよ』


 アリス様が、さらりと驚くべきことを仰いました。


 ルーシャ先生が持ってられる! そんなの初耳です。全く知りませんでした。


『お姉様には「聖女ルーシャ」以外に、もう一つの二つ名があります。「二柱のルーシャ」、文字通り二つの紋章を持つ者です。だから、あのような超絶な治癒魔術が出来るのです、まあ、お姉様の努力も並大抵ではないのですが、あの二つの紋章が無ければ、今のレベルには達せられなかったことは確かでしょう』


 そうですか、ありえるのですね。セイディ姉上とシャロン姉上が、二つも紋章を持ってるなんて、やっかいなことになりました。


『エメライン、状況はここに来る前の予想より遥かに悪いです。もう一つの紋章を授かったことで、貴女の姉上達は万能感に酔いしれ、エトレーゼのことは自分達の思うがままに出来ると考えていることでしょう。やばいです』


 アリス様の声に焦りが感じられます。確かにやばいです。慢心した者は何をしでかすかわかりません。


『早く動くべきです。貴族式の手順を踏んでいる余裕は最早ないと言って良いです』


 同意します。すぐに動かねば。


「レイラ、話は変わりますが、フレドリック様の病状は如何ですか? 私は王配殿下のお見舞いに帰ってきたのです」


「フレドリック様は、なんとか小康状態を保っておいでですが、大変お弱りになっておられます。もう一月も持たない御命かと……」


「わかりました。では、今から行って参ります」


 そう言って、瞬間移動の術式を唱えようとした瞬間、レイラに制止されました。


「お待ちください、エメライン殿下。王宮内の瞬間移動は今は禁じられております。探知結界もありとあらゆるところに張り巡らされ、使えばすぐに警備がとんできます!」


「では、普通に行きます」


「それも、多分ダメでしょう。セイディ様とシャロン様はエメライン殿下を嫌っておいでです。先ほど、近衛達に、殿下の王宮内の移動を制限せよとの通達が出されました。もう、部屋の外は近衛の騎士達で固められていることでしょう」


「そんな、私は父かもしれぬ御方をお見舞いしたいだけ、それを、エトレーゼの騎士が阻むというのですか!」


「殿下、残酷なことを言うようですが、フレドリック様のことはお忘れ下さい。ご自分の御命を大事にして下さいませ。今のエメライン殿下は、オールストレームの客分。さすがに手出しは出来ない筈です。オールストレームへお戻り下さい。レイラからのお願いでございます。クローディア陛下もそう望んでおられます」


 レイラが私の手を、両手で握りしめ懇願してきました。目には涙さえ浮かんでいます。


「お願いでございます、殿下、どうか!」


 彼女はついに膝をついてしまいました。上から見ると、彼女の黒い頭髪には多くの白髪が混ざっています。私がエトレーゼを出る頃には、レイラに白髪などありませんでした。


「レイラ……」


 私は、その後に言葉を続けることが出来ません。父上、フレドリック様はなんとしてでも助けたいです。けれど、今の状況では、荒事をせずに助けるのは不可能でしょう。どうしたら……


『荒事をしましょう』


 アリス様がさらっと仰いました。


 アリス様! 荒事をすれば、オールストレームはエトレーゼと事を構えることになってしまいます!


『荒事をし、事を構えるのはエメライン、貴女個人です。オールストレームは関係ありません、大丈夫です』


 私、個人って、今の姉上達には母上でさえ敵わなかったのです。私では勝てる訳がありません!


 心が悲鳴を上げています。


 父上を救いたいのは気持ちは本当です。しかし、しかし、剣一本でドラゴンに立ち向かうような真似をするのが勇気とは思えません。ただの無謀です、無謀! いえ、でも、その無謀をすれば父上が助かる可能性が少しでもあるのなら、娘としてはするべき……、で、でも、失敗したら、ただの犬死に……。


『エメライン、落ち着いて。私が手伝うから、私が守るから大丈夫よ。無謀なんかじゃないわ』


 え? でもアリス様は、事を構えるのは、エメライン、貴女個人って。


『そう見えるだけよ。実際は私も戦うから、二人で戦うの』


 カインの姿になられるのですか?


『ううん。外部からの関与は無い、あくまでエトレーゼの内紛、として収めたいから、今回はならないわ。』


 でしたら、アリス様はどうやって戦われるのですか?


『メダルのままで十分よ。カインの最大の能力はね、全ての魔術を弾き、無効化すること。神力だって時間をかければ、撥ね退けられるのよ』


 ポカーンです。何ですかそれ。アリス様は生まれる時、神々から、カイン様を授かったと言っておられましたが、カイン様の能力は授かりものレベルではありません。もはや神々の力そのものと言っても過言ではありません。そのカイン様の主がアリス様。


 アリス様は神! 神なのね!


『エメライン、戻って来てー! あなた大袈裟、エルシーでも、そこまでじゃないから!』


 ああ、すみません。あまりに驚いたので、取り乱してしまいました。


『ほんと、しっかりしてよ。今、大事なのはフレドリック様を助けること。それに集中しましょ!』


 私は、なんて御方と関わりなってしまったんでしょう。でも、その幸運に、めいっぱい感謝したいのです。アリス様と出会わなければ、今の私はありませんでした。父上を助けようと思い、動ける私はいなかったでしょう。


 私は、レイラに握りしめられていた手を、ゆっくりと外しました。


「レイラ、私のことを思ってくれて、ありがとう。本当に感謝してるわ。でもね、フレドリック様のところへ、父上のところへ行きます。ちゃんと戻って来るから心配しないで」


「殿下無茶です、陛下のこともお考え下さい。フレドリック様を失おうとしているのに、殿下まで失ってしまったら、陛下は生きて行けません」


「そう、母上が父上をそのように……」


 心が暖かくなりました。


 母上の父上に対する想いは、女尊男卑の国、エトレーゼの女王として隠さねばならないものだったのですね。でも、娘にくらいは明かして下さいよ、娘には。そうすれば姉上達だって、もう少し男性を尊べたかもしれませんよ。


「いってきます、レイラ」


「エメライン殿下!」


 レイラの泣き顔は私達の前から消えました。そして今、私達の前にいるのは父上、フレドリック様。


 父上は、寝台の上でとても粗い息をしておられます。これはどう見ても、小康状態なんかではありません。


『エメライン! もうフレドリック様には呼吸をする力は残っていません。早く、早く魔術薬を飲ませるのです!」


 アリス様の悲鳴のような声を、心の中で聞きながら、私の体は素早く動きました。

 

 魔術薬を父上の口に無理やり入れ、近くにあった水差しを掴み、水を無理やり流し込んだのです。やった! これで父上は助かる! そう思った瞬間。


 ごばっ!


 父上は薬を吐き出されてしまわれました。今の父上には薬を飲む力さえ残っていないのです


 扉の向こうから、大勢の騎士達が駆けつける足音が聞こえてきました。直ぐに彼女らが突入してくることでしょう。もう、終わりです、父上をお助けすることは無理。今までの努力は水の泡。なんて残酷な、なんて情けない結末……。


『諦めてはダメです! 諦めてはダメ!』


 アリス様の声は、私の心を素通りしました。しかし、アリス様は諦めません。


『まだ、手はある! あるのです! エメライン!』


 この後のアリス様の言葉から受けた衝撃を、私は一生忘れません。


『転送です、薬をフレドリック様の胃の中に瞬間転送するのです!」


 薬を体の中に転送! どのようにしたらこのような発想が出て来るのでしょう。


 やはり、アリス様は神! 神に違いありません!


この世界にも、注射があれば良いのですが、魔術に頼るあまり開発されておりません。

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