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後顧の憂い

 ルーシャお姉様の治癒魔術を内包した魔術薬は、予備も含めて十錠作られた。


 お姉様の弁によると、フレドリック様の病の場合、一錠飲ませると半年くらい病状が安定するそうだ。しかし、一回で飲んで良いのは四錠まで、それ以上は止めておいた方が良いとのこと。


 完治は出来ないの? と、尋ねてみた。魔術薬では神々の神力を借りることができないから……と、お姉様は苦々しい表情だった。「ルーシャお姉様の治癒魔術を内包した魔術薬 = ルーシャお姉様が行う治癒魔術」ではないようだ。


 それでも病状を、ある程度回復させ命を長らえさせることが出来る。明日をもしれぬ命であることを思えば、御の字。フレドリック様の病の完治は、また別の方法を考えよう。


 後は、魔術薬をどうやってフレドリック様に飲んでもらうか? なのだが、その前に、私は確認しておきたいことがあった。それが分からないと、これからどう動いたら良いかの指針が立てづらい。


 私は陛下と宰相閣下に面会を求めた。今のオールストレームの(まつりごと)を決めているのは、このお二方。お二方は直ぐに会ってくれた。


「陛下、閣下。お二人はエトレーゼをどうなさるおつもりなのですか?」


 宰相閣下が先に答えてくれた。


「奇麗ごとは言わない。エトレーゼは開国させ、エトレーゼ内の街道の通行を認めさせる。そして、貿易、特に金だな。エトレーゼの金鉱から、金鉱石をオールストレームに供給させる。もちろん対価は払う、それなりのな」


「エトレーゼの王朝が拒否した場合は如何いたします?」


「現王朝は一度解体し、オールストレームと上手くやっていける王朝を、再構築させる。王位継承権第一位のエメライン殿下の留学はそのための布石だ。彼女には、留学中に、世界情勢の実情を知らしめ、オールストレームに逆らうなど以ての外。エトレーゼには同盟国、もしくは保護国になるしか、道が残っていないことを思い知らせるつもりだった」


 概ね、予想通りの答えが返って来た。国家のというのは、巨大な集合体。個人の感情など蟷螂の斧、集団としての利益に忠実に動いてゆく。


 金鉱石を得ての金貨を量産、南方諸国とのアクセス改善による貿易の活発化。この二つだけでも、いかほどの富をオールストレームにもたらすだろう。確実にオールストレームは豊かになる、民の暮らしは向上する。


「閣下、『つもりだった』とはどういう意味でしょうか?」


「エメライン殿下は、アリスティア嬢、貴女にえらく心酔していると聞いた。彼女にはエトレーゼとオールストレームの国力の違いを見せつけて、親オールストレームにするつもりだったが、その手間が省けたよ。女性は、論理より感情で動く者、アリスティア嬢が諭せば、簡単にエメライン殿下は従うであろう。礼を言う。よく懐柔してくれた」


 少しムッとしたが、少しだけ。腹立ちより違和感が先にたつ。何か違うんだようなー、今日の宰相閣下。まあ、一応は抗議しておこう。


「閣下、お言葉を返すようで申し訳ありませんが、私はそのような目的の為に、殿下と親しくしているのではございません」


 陛下がため息をつき、宰相閣下に話された。


「宰相、もう悪役など演じなくて良い。アリスティアは気付いておる、あまり女の勘を甘く見ない方が良いぞ」


 陛下、気付いてなどおりませぬ。違和感を感じただけです。女の勘などそこまで凄いものではありません。過大評価です。


「アリスティア、心配するな。金鉱も南方諸国への街道も確かに魅力的ではある。しかし、私も宰相もエトレーゼを今すぐ、どうこうしようとは思っていない」


「そうでございましたか」 私は笑みを返した。


「現王朝を倒すだけなら簡単だ、私と近衛だけでもやって見せる。だが、あの国は特殊だ、現王朝を倒しても、どう収拾して良いかが見えぬ。半端な紋章しかもらえないエトレーゼの男性貴族、あの問題をなんとかしないと、真面な王朝など作れんのだ」


「確かに、あの欠陥紋章は頭が痛くなる問題です」


 オールストレームも近隣諸国もエトレーゼの女尊男卑を非難してはいるが、欠陥紋章しか持っていないエトレーゼの男性貴族に直に対した時、エトレーゼの女性貴族のような態度にならないと言えようか? あそこまで酷い差別が為されるとは思わないが、絶対に差別は起こる。これは、この世界が魔力偏重社会である限り避けられない。


「アリスティア嬢、何か妙案はござらぬか? 私も陛下も何度も検討したのだが、皆目、解決策の目途がたたぬ」


 宰相閣下の問いに、私は逡巡した。これは言って良いものか……。


「一つ案のごときものがございますが、神々に関わること故、確信も持てぬうちは控えとうございます」


「神々か、紋章に関わることでは避けて通れまいな。もし、確信が持てれば教えて下され、アリスティア嬢」


「はっ、閣下。その時には」


 私の頭にあったのはキャティ神。彼女は殆ど眷属を持っていない筈、ならば、エトレーゼの男性貴族達に新たなる紋章を与えてくれないだろうか? 一人の貴族にもう一つの紋章を与えられるのは、ルーシャお姉様という例がある。大丈夫だろう。ただ、居場所が皆目見当がつかない。居場所さえ分かれば、コーデに仲介を頼める、私達の頼みを()()()もらえるだろう。叶えてくれるかどうかはわからないが……。


 こうして、陛下、宰相閣下との話し合いは終わった。


 ほっとした。どうやら、フレドリック様の治療計画が、計画通りに行かず、エトレーゼと揉め事になってしまったとしても、オールストレームがエトレーゼを叩き潰すというような荒事を行う心配は無さそうだ。


 ほんと良かった。これで心置きなく、魔術薬をどうやってフレドリック様に飲んでもらうか? の検討にはいれる。フレドリック様の命は大事だが、その為に戦争が起こるなど絶対にあってはならない。


 私は、王宮から学院の寮へ戻ると、エルシミリアとエメライン殿下に声をかけ、三人でルーシャお姉様の所へ跳んだ。


 エルシミリアは、はっきり言って私より賢い。こういう時は外してはならない。それに、もし外したら絶対怒る、怒ったエルシーは怖い。下手に出るが吉、超下手に。


「私達ではろくな案が出ないの。頼れるのはエルシーだけ、名案をお願いね」


「もう、仕方ありませんね。やっぱりアリス姉様は、わたしがいないとダメダメです」


「ほんとその通り! エルシーがいないと私、生きていけないわ!」


「!」 エルシミリアが感涙にむせんだ。


 コーデが居たら、白い目で見てきそうであるが、これで良い。エルシーは確かに怖い、怖いのだが、その反面、チョロくもある。チョロインである。


 ルーシャお姉様には先に連絡を入れてあったので、すぐに検討会にはいることが出来た。


 司会進行役は私。さあ、元気よく行こう!


「では、始めたいと思います。何か良い案のある人! 手を上げて!」


 ルーシャお姉様、エメライン殿下、エルシミリア、誰も手を上げない。沈黙が部屋を覆い続ける。


 大丈夫だろうか? 心配になってきた。


アリスはトップとツーツーなので結構楽ができますね。普通は無理。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、エトレーゼにもメリットが有って、両国の共同利益に成れるだとしても、強迫されるエトレーゼからして観れば、確かに相当恐ろしい思いを味わるかも知れません。 そうか、現王権を倒せても、簡…
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