魔術薬
王宮でフレドリック様を救う作戦会議をしてから、七日たった。
エメライン殿下は頑張った、頑張って、頑張って製薬の魔術の向上に努めた。薬を作る材料は、陛下が王宮の薬事部門から、大量に調達してくれた。でも、陛下が損をしている訳では全くない。殿下が練習で作った薬は、全て王宮の薬事方に納品される。薬として薬効は普通にあるし、少ないながら治癒魔術まで内包されている。高級薬と言ってよい。陛下はウハウハだろう。
「アリス様、出来ました。お願いします」
殿下が出来た丸薬を、私に手渡してくれた。大きさは、小さいビー玉くらい。魔術を内包させるには大きい方が良いのだが、あまりに大きいと飲み込み難い。特に体の弱った人などは、この大きさが限界だろう。
私の掌から魔力が吸われてゆく、こそばゆい感じ。当然したことなどないのだが、赤子に授乳する時はこういう感じかな? 魔力吸収は合格。では、治癒魔術はどうだろう? もう一つの丸薬を貰って、魔術を発動してみた。
本当なら、ルーシャお姉様に試して貰うのが一番なのだが、お姉様は聖女として、王都のみならず各地の病人達を日々治療しておられる忙しい身。その上、今は学院の教師まで勤めている。エメライン殿下の練習にべったり付き合ってもらうなど、不可能だし、やってはならぬこと。今のオールストレームにおいて、ルーシャお姉様の以上の存在価値を持っている者は、アレグザンター陛下以外にいないであろう。
私が出来る、治癒魔術は第五段階まで、ルーシャお姉様には遠く及ばない。それでも、回復術者としてはトップクラス、ルーシャお姉様に見てもらう前の、事前テストには十分だ。私は魔術を発動した。
おお、前回のより、吸い込み具合が良い。ぐんぐん吸ってくれる。このままお願い、もっと! もっと!
あら、終わった。終わってしまった。
「エメライン、かなり良くなって来ましたが、これでも目標値の半分くらい。今の調子だと、目標値を達成できるのは数カ月後ですね。状況としては、かなり厳しいです」
「そうですか……」
エメライン殿下は、がっくりと肩を落とした。顔に疲労の色が濃く表れている、この七日間、全力で魔術を使い続けているのだ、当然だろう。
「そろそろ、一日くらい休んでは如何ですか? あまり無理をなされても、良い成果は出ませんよ」
「いえ、休んでなんかいられません。今の父上の状況はかなり悪いでしょう、一日でも早く完成させないと!」
気持ちはわかる、わかるよ。でも、今のエメライン殿下は、気持ちが空回りしている。このままではダメだろう。アプローチの仕方を変えた方が良いと思う。
私が見る限り、エメライン殿下の製薬の魔術は、猛練習のかいもあって格段に向上している。しかし、その向上に、魔術薬の向上が連動していない。現状を分かり易く数値的に表すと。
殿下の製薬の魔術の能力は約2倍になった、しかし、魔術薬の魔術内包容量は1.3倍くらいにしかなっていない。
何が駄目なのだろう? 原因があるはずなんだけど……。
殿下が、薬の新しい材料(数々の薬草)を運んできた。直ぐに製薬を始めるようだ、休めば良いのに。このままでは体が持たないよ。材料が幾らでもあるからといって…… ん? 材料?
そうだ、材料だ! 材料だよ!
私は殿下に呼びかけた。
「エメライン、材料です、材料を変えてみましょう!」
「材料を変える? 毎回、変えて試していますよ」
「そう、変えています。でも、変えているのは薬草の種類。私達が目指してるのは、魔術薬、普通の薬じゃない。どうして、材料に薬草を使わなければならないの? 薬草に囚われなくていいんじゃない? 薬草以外のものを試してみましょうよ。何だったら、バイツ麦の粉でも、ランダ麦の粉でもいいんじゃない」
「!」 エメライン殿下の疲労に倦んだ顔に、明るさが戻って来た。
「そうですね、アリス様! 私は『薬は薬草から作る』という既成概念に縛られていました。魔術薬ですもの、病人を癒すのは内包された治癒魔術。材料が薬草である必要はありません、それに、もしかしたら、薬草であることが、魔術を内包することを妨げているのかも!」
上手く行くかどうかは、まだわからない。でも光が見えて来たように思える。
「善は急げです。やってみましょう、エメライン」
「はい、アリス様!」
私達は、食堂の厨房に行って、バイツ麦とランダ麦の粉をもらい、水で捏ねて丸薬もどきを作った。あまりに簡単過ぎて、二人とも少々不安になった。
エメライン殿下が製薬の魔術をかけた。丸薬もどきの色が、薄い黄色から、透き通るような白色に変わる。今までは、このようなことは起こらなかった。なんて奇麗な艶、まるで真珠のよう。
殿下の製薬の魔術が、治癒魔術を内包できる薬を作れる原因は全くの不明。でも、その解明は後で良いだろう。まずは、フレドリック様を救う魔術薬の完成を急ぐべきだ。
私は、出来た丸薬を手に取り、いきなり治癒魔術を発動した。魔力吸収の検証過程は省略した。なんとなくわかった、そんなものは必要ない。この丸薬の魔術への親和性は、これまでのものよりずっと良いと。
「凄い、凄いよ、どんどん入る! まだ入る、どこまでも入る! これ、最高よ!」
ようやく、入らなくなった。私は、ふーっと一息をつくと、完成した魔術薬を机の上の皿に置いた。
「アリス様、どうですか? これはいけますか?」
殿下の目が期待に輝いている。先ほどまで顔に出ていた疲労感は、どこかに飛んでいったようだ。
「やばいです」
「やばい?」
「この薬はやばい! 目標値の二倍入りました。ルーシャお姉様に試してもらわないと、ほんとの完成かどうかは分かりませんが、多分大丈夫でしょう。私はこれで十分だと思います。よく、頑張りましたね、エメライン」
「アリス様、アリス様、ありがとうございます」
エメライン殿下が両手で顔を覆って、泣き出した。殿下はよく泣くね、ほんとに女の子らしい娘、可愛い。
「泣くのは後、ルーシャお姉様に合格を出してもらってから。さあ、跳ぶわよ」
私は殿下に手を差し出した。彼女はその手をとり、微笑んだ。泣いた後なので、少々くしゃとした笑顔。でも、なんて奇麗な、なんて美しい笑顔。ドキリとした。女の私でもそう思ったのだ。この笑顔を使えば、男などイチコロだろう。いつか、殿下に教えてあげよう。
「ルーシャお姉様の下へ!」
「はい、ルーシャ先生の下へ!」
私達は跳んだ。
お姉様は合格をくれた。魔術薬は完成した。世界初の偉業は達成された。この偉業は後に、多くの人命を救うこととなる。聖エメライン、人々はそう呼んで、彼女を讃えた。
ルーシャよりエメラインの方が累計としては人命を救うことになるでしょう。でもルーシャとアリスがいなければ、魔術薬の完成は見なかったのです。三人の御手柄です。