作戦会議
陛下、エメライン殿下、私の三人は、フレドリック様を救う方法を、色々と考えた。いくつかを列挙すると。
■フレドリック様 極秘移送案。
私がエトレーゼの王宮へ跳び、フレドリック様を誘拐、もとい、お連れして戻って来る。めっちゃ簡単! 楽勝! と言いたいところだが、前回、私は、エメライン殿下の枕のために、王宮に結界を破って侵入してしまった。それ故、現在のエトレーゼの王宮は、結界がより強いものに強化されているだろうし、突破された場合、すぐにエトレーゼの騎士達が駆けつけれるような態勢が整えられてるだろう。見られてしまえば終わり。これは止めておいた方が良い。
■フレドリック様 偽装死亡案。
フレドリック様の治療に当たっている回復術者を買収。フレドリック様が亡くなったと嘘をつかせ、王宮から、教会へ移送させる。(エイスト教では、死者の魂を混沌の世界に迷い込ませず、神の身元へ行かせるために、死者を直ぐに教会に移すことが推奨されている)そして、教会に移ったところで、奪還。
これも、術者の買収自体が難しい上、生者を死者に見せる方法が無い、等、課題多過ぎなので却下。
■遠隔治療案。
ルーシャお姉様の聖女としての力量は、以前とは比べ物にならない。大勢の病人や怪我人を、一人一人見て回るなどせず、離れた所から魔術を行使し、一括で治療する大治癒魔術でも、普段から当たり前のように行っている。それ故、病人が目の前にいなくても良いのではないか、遠い地にいる病人でも治療出来るのではないか、と考えた。
これは議論していてもしょうがない。すぐに、私はルーシャお姉様の部屋に跳んだ。部屋に着いた時、ルーシャお姉様はリーアムお兄様からもらった手紙を読んでいる最中、デヘヘ~と顔がニヤケまくっていた。突然現れた私に、お姉様はパニックを起こしたが、そんな瑣事は無視して、お姉様を強制連行。
後で、ルーシャお姉様に人のプライバシーを何と考えているのかと詰られた。申し訳ないと思うが、人の命がかかっているの、我慢して欲しい。それに、私だってお姉様のニヤケ顔など見ても楽しくないの、好きでやってる訳じゃない。リア充め、爆発して下さいませ。
「エトレーゼにいる病人を遠隔治療? はっきり言って無理。触らなくても治療は出来るけれど、せめて視界に入るところに居てくれないと」
ルーシャお姉様はあっさり、遠隔治療案を却下してくれた。
「ルーシャよ、そなたは聖女、神々に頼んで、ちゃちゃっと何とか出来んのか」
陛下のこの言葉に、ルーシャお姉様はげんなりとなった。
三年前、私は神々に関連することで嘘を並べる時、神々のもっとも近き人、聖女のルーシャお姉様はこう言っていた、だから間違いないと説明し、お姉様自身も私の依頼で、さも神々と意志疎通が出来るような話を多くの人達の前でした。あの時はあれしか、ことを上手く治める方法が思いつかなかったのだ。
しかし、そのせいで、ルーシャお姉様は大迷惑なイメージを持たれてしまった。
『聖女は神々と話が出来る。聖女に頼めば、神々に自分達の願いが伝わる!』。
ルーシャお姉様は治癒魔術を使う時。神々の助けを借りることは出来るが、それだけだ。神々と話す、神々に望みを伝えることなど、出来はしない。それなのに、一度ついたイメージは残酷。執拗について回る。
「陛下、無茶を言わないで下さい。陛下への福音の時は国難であったので、神々は特例で私に告げてくれたのです。あの時以来、私が神々とお話したり、お告げを聞いたことなど全くありません。聖女の本質は回復術師であり、それ以上でも、それ以下でもないのです。よく覚えていて下さいませ。お願いでございます」
ルーシャお姉様が、あまりに脱力感を漂わせているので、陛下も悪いと思ったのだろう。直ぐに謝ってくれた。
「しかし、ルーシャよ。せっかく来たんだ。お主も何か案を出してくれ。私達、三人だけでは少々煮詰まっているんだ」
「わかりました、では薬、丸薬を使うのは如何でしょう」
「ルーシャ先生。父上の病気、筋肉の力が無くなっていく病に対して、効く薬は無いと聞いております。まさか、オールストレームにはあるのでございますか?」
「オールストレームにも無いわよ。今、その病気を治す方法は一つだけ、私が治療すること。他のどの回復術師でも無理でしょうね」
「だったら……」
エメライン殿下の顔が不満げになる。意味の無いことを仰らないで下さいって感じ。
「無いなら作れば良いの。簡単に諦めてはダメよ」
私達三人の目が点になった。確かにそれはそうである。しかし……。
「ルーシャお姉様。新薬の作成なんて年単位、下手をすれば十年単位です。間に合いませんよ」
多岐にわたる材料を組み合わせテスト。膨大な時間、膨大な労力がいる。はっきり言って無理。
私の抗議に、ルーシャお姉様は笑顔で答えてくれた。
「普通の薬ならね。私の言ってる薬は、植物や鉱物の薬効を使うのものとは違う。魔術、治癒魔術の効果を封じ込んだ薬。魔術薬よ」
「魔術薬……」
この世界には、製薬の魔術はある。しかし、それは材料を集めた後の、それらを精製し薬にする過程を魔術でやっているだけ。薬の薬効自体は、原材料由来のものでしかない。要するに、前世の地球にあった薬となんら変わりはないのだ。
「そんなもの出来るのですか? 私は出来るとは思えないのですが」
「私もだな。五十数年生きて来たが、魔術を封じ込めた薬など、見たことも聞いたことも無い」
「私もです。もし、出来るなら、今までに誰かがやっている筈です」
陛下と殿下が私に同意を示した。でもルーシャお姉様の表情は何も変わらない、穏やかな笑顔。
「私も、一月ほど前なら、そう思ったでしょう。でも、凄い人材を見つけたんです。その子の作る丸薬は面白いの。薬効は普通。でも、丸薬自体が魔術に大変な親和性を持ってるの。初めて、その子の作った丸薬を手に持った時は感動したわ」
ルーシャお姉様は、うっとりした表情になっている。
「掌からね、すーっと魔力が吸い取られてゆくの、びっくりして、もしかしたら魔術も吸い込んでくれるかもと思って、治癒魔術を発動するとね、同じなの、吸ってくれる、取り込んで貯めてくれるのよ。あんなに驚き、嬉しかったことは滅多に無い。ほんと凄かったわ」
「そのような才能を持った人がいるんですか、紹介して下さいませ! お願いです、ルーシャ先生!」
エメライン殿下の表情が輝いてる。死ぬ運命の父親が助かる可能性が見えて来た、これを喜ばずにおれようか。
「紹介は出来ないわ」
お姉様はあっさりと拒否された。エメライン殿下に、また影が差した。
「何故です、連絡がとれないとか、何か問題があるのですか? お姉様」
「だって、本人に本人を紹介出来ないでしょう。『エメライン殿下、こちらがエメライン殿下です』なんてやるの? 無意味極まりないわ」
「えっ、え、えー!」
殿下が頓狂な声をあげられた。まあ、気持ちはわかる。
私、陛下、お姉様の三人の視線が、いっせいにエメライン殿下に注がれる。
殿下の頭は混乱状態。お姉様の言ったことを、ちゃんと理解出来るまでには少々時間がかかりそう。
「あの、その、魔術薬を作れるのは……私? いや、そんな筈は……」
ルーシャお姉様が焦れ始めている。この聖女様は少々気が短い。
「エメライン殿下、私は教師としては、生徒に厳しくやっています。少々の魔術能力があったって褒めません。大したことないのに、図に乗らせても仕方ないですからね」
いや、それはどうだろう。褒めて伸ばすというのもちょっとは考えようよ。スパルタな聖女って、なんだかねー。聖女様ってほら。もっと優しくってさー、ほわっとしててさー。
「私は、エメライン殿下を褒めたでしょ。あなたの魔術はほんとに凄い。製薬の魔術に革命をおこせる、だから褒めたの。授業であなたの作ったものは、いつも持ち帰ってテストしてるのよ。実用するには、まだまだだけど、頑張れば、あなたは、お父上を治せる薬を作れる。ほんとよ」
ルーシャお姉様が、エメライン殿下を優しく諭している。そう、それで良いのよ。厳しいだけが教育ではありませんよ。お姉様。
「で、でも、今までに誰も作ったことのないような薬を、私なんかが出来るとは……、もし、やって出来なかったら……それに」
エメライン殿下がうじうじしている。あー 殿下、その態度はダメ、ダメですよ。噴火は近いです、直ぐですよ、殿下。
「あーもう! おっきい体してるのに、肝が小さい娘ね! やりなさい! やれば出来る! 出来るのよ! エトレーゼ魂を見せなさい!!」
ほら、噴火した。しかし『おっきい体してるのに、肝が小さい娘ね!』って、人の身体的特徴を使ってディスるのはどうよ。エメライン殿下、見た目よりずっと乙女よ、泣いちゃうよ。
「は、はい! やります、ルーシャ先生! やらせていただきます!」
「そうよ、最初からそう言えば良いのよ! これからは気を付けなさい!」
「はいであります!」
エメライン殿下は、また涙目になっている。可哀そうだとは思うが、お姉様の御蔭で、お父上を救う道が見えて来たのです。少々の我慢はして下さい。
「アリスティア、聖女とはかように恐ろしき者だったのか」
「そうでございます、陛下。逆らわぬが吉。大病大怪我の時など、助けて貰わねばならぬのは我らです。触らぬ神に祟りなしなのでございます」
「そこ、何か言った!」
「私は、何も言っとらん、言ってるのはアリスティアだ」
「ウソです! 陛下はウソを言っています!」
「国王、ウソつかない」
「陛下、インディアンちゃうでしょ! コーデ、しょうもないこと教えんなー!」
こうして、エメライン殿下の魔術薬作成は、始まった。
「おっきい体してるのにって…… ルーシャ先生、酷い」 グッスン。
転送と瞬間移動、この二つの魔術は、とても恐ろしい魔術。テロ対策なんてどうするんでしょう。まじめに考えると頭が沸騰します。