表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/161

密談

 私は、今、エメライン殿下と共に王宮へ向かう馬車の中にいる。


 瞬間移動でいけば良かろうものをと思うかも知れないが、王宮は登録者以外、瞬間移動出来ない結界が敷設されている。セキュリティ上当たり前の処置。私は登録者で大丈夫だが、エメライン殿下はもちろんダメ。だから馬車で行くしかない。


 (エメライン殿下の寝室へ飛んだ時、当然エトレーゼの王宮にも結界が張られていた。しかし、私はオリハルコン。あの程度の結界は簡単に突破できる。あの後、エトレーゼの王宮は大騒ぎになったようだ。後に、私は謝罪文を書き、エメライン殿下に女王様へ転送してもらった。殿下も自分が頼んだと申し添えしてくれたので、なんとかことは穏便におさまった。大変申し訳ない)


 私の気分は暗かった。


 私のせいかもしれない……。


 私があのような話を、宰相閣下にしなければ(宰相閣下は、時々、陛下と一緒にオルバリスに来て下さる)、オールストレームはエメライン殿下の留学要請など出さなかったかもしれない。エトレーゼを圧迫しようなどとは思わなかったかもしれない。


 あれは、二年ほど前のこと。


 宰相閣下は、仕事熱心な方。それゆえ、私達の話は、私事の雑談ではなく、オールストレームを豊かにしていくためには何を為すべきなのか? などという、国家的な話となることが多かった。私には前世の記憶があるから良いけれど、普通、十一歳の子供とそういう話するかな? 宰相閣下は変わってるね。


「それでは、アリスティア嬢が考える経済の発展の肝は、貨幣と流通ということか」


「はい、閣下。王都周辺の中央部はまだましですが、オルバリスのような地方には、貨幣が十分行き渡っておりません。未だ、物々交換が主になっている所さえあります。これでは、必要な人に必要な物を移すことは、至難といっても過言ではありません。そして流通。物資の移動という点において、我が国の街道は、貧弱過ぎます。ちょっとした大雨が降ると、ぬかるみだらけ。馬車など真面に動かせません」


「では、貨幣、金貨や銀貨、銅貨を量産し、街道を改善、拡充すれば良い訳だ。さすれば、オールストレームはさらに豊かになると」


「はい、貨幣、お金は経済の血液。街道、街道網は経済の血管なのです」


「良い例えだな。経済も生き物ということか。街道は陛下にやらせ、もとい、やって頂くとして……」


 ははは、陛下、頑張って下さいませ。この世界では、貴族も王族も、ある意味半分労働者。筋力の代わりに魔力を使う。疲れるのは同じ。


「貨幣の方は、銀と銅は良いが、金がなー、スカルパの鉱山は掘りつくしたし……」



 今のオールストレームは、私の話の影響もあってか、貨幣の増産に励んでいる。増産にはもちろん原材料、金銀銅が必要。銀鉱と銅鉱は国内に十分ある。しかし、金鉱はダメ、必要量の四分の一も満たせない。そして、エトレーゼは有数の金鉱を保有している。オールストレームには垂涎である。


 今回、陛下がエトレーゼを圧迫した目的は、これがメインかもしれない。そして、もう一つ思い当たるのは街道。


 エトレーゼは東西に細長い領土を持っているので、オールストレームから南方へ向かう時、道を塞ぐ形になっている。なのに、エトレーゼは半鎖国状態で国内の通行を認めていない。オールストレームや他国の商人達は、仕方なく大きく迂回路をとったり、海路使っている。


 金鉱と南方諸国とを繋ぐ街道。陛下が、国が、動く理由としては十分なものだろう。


 他の国の王達と同様、アレグザンター陛下もエトレーゼの「女尊男卑」を苦々しく思っている。はっきり言って人権問題だ。しかし、前世の地球でもそうだったように、それだけでは人は、国は動かない。利益がないものには、重い腰をあげようとはしない。


 国内基盤を安定化させたオールストレームは、今や大陸最強を欲しいままにしている。このような場合、どんな賢王だったとしても、持った力は使わずにはおられない。


 オールストレームは強制的に開国させるだろう。エトレーゼは、今までのように孤高の存在ではいられない。エトレーゼの貴族たちは、他国の貴族とも交流して行かなければならなくなる。


 陛下や諸国の王たちは、エトレーゼに「女尊男卑」の改善要求を必ず出すだろう。それをエトレーゼの女性貴族達は、受け入れることが出来るのか? 出来なければ終わり。エトレーゼは解体される。世界最古の国が終焉する。


 仲良くなったエメライン殿下の国だ。終わって欲しくないとは思うが、あの極端な女尊男卑を続けさせて良いものとも思えない。エトレーゼの法では違法となっているが、公然と男性貴族の売り買いがなされているともきく。嘘であって欲しい。


 王宮に着き、私達は謁見の間に入った。王宮には謁見の間は三つある。私達が入ったのは、一番小さい謁見の間。陛下は従者を一人も連れて来なかった。部屋にいるのは、陛下、エメライン殿下、私、たった三人。防諜の結界も張られている。完璧に密談の仕様。陛下はかなり厳しい要求を、エメライン殿下に突き付けるつもりだろうと、私は覚悟した。


 しかし、アレグザンター陛下の言葉は、意外な言葉から始まった。


「エメライン姫、そなたの父親は誰だ?」


「そ、それは」


 私同様、エメライン殿下も驚いたというか、虚を突かれたようで、すぐには答えられなかった。


「母上、いえ女王陛下には、三人の王配がおられます。ですから誰とは、はっきり申せません。ですが、父上ではないかと私が思ってる方はいます」


「それは、フレドリックではないのか」


「陛下、どうして、フレドリック様の名を……」


 エメライン殿下は驚かれたようだが、間者でも忍ばせて、事前に調べ上げているのだろう、国のトップとしては、当たり前の処置だね、と思っていたのだが、陛下の言葉は、またまた意外なものだった。


「フレドリックは私の友だ。エメライン姫のグリーンの(まなこ)は、フレドリックのとそっくりだ。親子で間違いあるまい」


「陛下、どうして鎖国中の国の貴族とお知り合いになられたのですか?」


 私は陛下に尋ねた。


「王子の頃に、世界を知ろうと諸国を廻ったことがある。エトレーゼにも当然行った。あの頃も鎖国中だったが、やって来たのが最大の国の王子、叩き出す訳にも行かなかったのだろう。十日ほど滞在させてくれた。その時、私に応対役としてつけられたのが、フレドリックだ。彼は良くしてくれたよ。女性貴族などは、一度も出て来なかったな。蔑んでいる男の相手など、したくなかったのであろう」


「エメライン姫、フレドリックが死病にかかっているのは本当か?」


「はい、回復術師はもう長くないと言っています。陛下は何でも知っておられるのですね。理由をお聞かせ願えますか?」


 間者か? 間者なのか?


「フレドリックとは一年に一度くらいだが、文のやり取りをしている。先日もらった文は、別れの挨拶だったよ」


 間者などでは全くなかった。自分がほんとゲスな人間に思えた。実際に会ったのは、たった十日間なのに、別れの挨拶の手紙とは……友情物語やね、泣かせてくれる。


「エメライン姫、父には死んで欲しくないであろう」


「はい、フレドリック様、いえ、父上には死んで欲しくありません。いっぱいいっぱい優しくしてもらいました。私の好きな物語の本を沢山いただきました」


 エメライン殿下の目に涙が浮かんでいる。


「私はエトレーゼに聖女を派遣すると打診した。けれど、女王から帰って来た返事は、『必要ない』だ」


「母上が、そんな!」エメライン殿下の目に怒りの色が浮かんだ。


「女王の第一侍女が、弁解の書簡を寄こして来たよ。エメライン姫、そなたを私の要求に従って差し出した女王の権威は揺らいでいる。新興国の王の言いなりになる女王などいらないと、家臣達は女王を突き上げている。その先鋒に立っているのが、そなたの姉達だ。彼女らは臣籍降下されたが、大きな侯爵家へ出されたために、逆に以前より力を持ってしまった。今の女王に決定権などありはしないそうだ」


「あの母上がそのような状況になっているなんて……」


「知らなくても仕方がない。そなたの姉達や家臣らは、そなたが国を出るのを待っていたのだ」


 エメライン殿下が歯を噛みしめ、握った拳が震えている。女王に公然と背く姉や家臣らへの怒りと、彼女達の姦計を全く見抜けなかった自分への怒り。それらが同時に殿下を襲っているのだろう。


「このまま座しているだけでは、フレドリックは死ぬ」


 陛下は、エメライン殿下を見て、私を見た。


「アリスティア、エメライン姫、知恵を貸せ! フレドリックを助けるぞ!」


 私は認識を新たにした。陛下は良い王だ、それ以前に良き人だ。私の目に間違いはなかった。


「ほら、あれだ三人寄れば、なんだ、コーデが言ってたあれ」


「『三人寄れば文殊の知恵』ですよ、陛下」


「そう、それだ。もんじゅの知恵! しかし、もんじゅって何だ?」


 せっかくのシリアスが台無し。でも、それが良い、それが良いのだ。私と陛下はなんだか、おかしくなって、笑いあってしまった。


 その横で、エメライン殿下がうずくまっていた。


「エメライン殿下、どうかされましたか? 大丈夫ですか?」


 殿下の涙声の返事が返って来た。


「大丈夫です。なんだか幸せ過ぎて、泣けて来たのです。私は自分の国にいた時に、幸せを感じることは殆どありませんでした。なのに、見も知らぬ外国でこんなに良くして頂いて、そう思うと泣けて来て……」


「エメライン姫、そう思うなら、そなたがエトレーゼを良き国、幸せを感じれる国にすれば良い。そなたはエトレーゼの次の女王だ。それが出来る立場になる。難しいことだが、私もアリスティアも協力する、頑張ってみないか」


「そうです、頑張ってみましょうよ。まあ、次の女王云々は置くとして、まずはフレドリック様のことをがんばりましょう」


「おい、アリスティア。置くとしてとはなんだ、せっかくの良いこと言ったと思ったのに」


「陛下は先走り過ぎなんですよ。殿下はまだ十二歳ですよ、もう少し荷を軽くしてあげて下さいませ」


「そうか、二人ともまだ十二歳だったな、忘れっとったわ」


 陛下が大きく笑われた。つられて私も笑う。そして、エメライン殿下も笑った。


 でも、殿下の笑いは泣き笑い。この泣き笑いを早く、普通の笑いにしてあげたい。


 さて、どうするか? 力押しなら簡単なのだが、それでは禍根を残してしまう。


 どうすれば……。


 私達は、無い知恵をひたすらに絞った。


全く出て来てませんが、この世界にも普通の郵便はあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、確かにエトレーゼは歪んでいる所が有ります、改善すべきです。しかしエトレーゼの角度からすればプレッシャーを感じるのも無理もないかも知れません。 エトレーゼ内の闘争かぁ。確かに以前エ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ