ケーキパーティ
貴族学院に入学してから半月ほどたった。
授業の方は問題はない。基本的な部分は入学前におさえてあったので、復習をしているようなもの。実技がある魔術の授業以外は眠くて仕方がない。
今、魔術の授業でやっているのは、自分の魔術特性に対する理解。要するに、何が得意で、何が不得意なのか認識しようということ。これはとっても重要。もし、著しく得意な分野でもあれば、その者の立身出世の道が開かれる可能性は大いに高まる。
その良い例が、ルーシャお姉様。紋章を得た後、回復魔術に素晴らしい適性を発揮。十七歳にして、王立貴族学院の魔術教師、それも医療薬学部門の副部長に抜擢されている。このまま順調に進めば、十年以内に学院長代理(事実上のトップ、学院長は陛下)への就任は確実だろう。
まあ、ルーシャお姉様は極端な例。でも、誰に可能性が眠っているか分からない。もし、眠らせたままになってしまったら、当人にも損であるばかりでなく、国家的にも大損失である。
「ええっ、あのルーシャ様に褒められたんですか! 凄いですね。エメライン殿下」
「ありがとう、コレットさん。私もほんとびっくりしているの。まさか、私に製薬魔術の才能があるなんて思いもしなかったもの」
コレットとエメライン殿下は友達になった。どうしてか良くわからないのだけれど、二人は意気投合した。今や、仲良しこよしなのである。
私の周りで、コレットほど、地位というか、生活環境が激変した者はいないだろう。元は平民の村娘であったのに、貴族、男爵家令嬢になり、今やエトレーゼの王女様と友達付き合い、王女様からの呼び方が「コレットさん」である。さすがに、コレットは「さん」付けは要りませんと申し上げたらしいが、「アリス様の侍女を呼び捨てになどできません」と拒否されたそう。コレットは感動したそうだ。
「なんて素晴らしい御方でしょう。エメライン殿下はわかってる。わかってる御方です」
わかってるの。そう、わかってるのね。
私には、あなた達がわからない。私の何が良いの? こんな負け犬の何が?
「エメライン殿下、アリスティア様は元気ありませんね。学院で、何かあったのですか?」
「あのね、学院の有志が集まって、アリスティア様とエルシミリア様のファンクラブが作られたの」
「ファンクラブ! お二方なら、さもあらんですね。でも、それでどうして落ち込むんです? エルシミリア様のファンクラブの方が人数が多かったとかですか」
「ううん、アリス様の圧勝、二倍くらいの人数差があったんじゃないかしら」
「だったら、落ち込む必要ないじゃありませんか」
「ただ、そのファンクラブの男女比がね。エルシミリア様の方は、男女が半々なのに、アリス様の方は、殆どが女性なの」
「あー、それで。でも男ってバカですね。アリスティア様の良さが分からないなんて」
「ほんとバカ。エルシミリア様も素晴らしいけど、アリス様より良いなんて有り得ないわ」
二人が褒めてくれているのはわかる。感謝もしている、しかし、しかし、
うう、なんで。私に寄って来るのは女性ばかりなの!
美少女に転生したから、今世こそはと、期待してたのに。全然じゃない! 私の何が悪いの? ねえ、教えて、教えてよ、神様!
『アリスティア、神様の代わりに、僕が答えてあげるよ』
カイン! あなた分かるの?
『わかるよ、答えは簡単。君が男だからさ』
久々に殺意を覚えた。殺す、殺してやる、溶鉱炉に沈めてやる。
『ごめん、ごめん。言い方が悪かった。僕が言いたいのは、君の行動が男性的だということなんだ。生物学的にどうこうじゃない』
わたしの行動が男性的? どこが?
『わかりやすく言うとね。君は「ヒーロー」はやってるけれど、「ヒロイン」はやってないんだよ』
全然分かり易くない。どゆこと?
『これは一般的イメージだけど、ヒーローは「助ける人、救おうとする人」。ヒロインは「助けられる人、救いを求める人」。どう? 君はどっちに当て嵌まる?』
カインの例えは、あまりにも俗っぽいし、安っぽい。判断基準にするのには、恥ずかしい。言い換えよう。
ヒーローは、能動的な人、ヒロインは、受動的な人。
これまでに色々なことがあったけれど、私は、ほんとの意味で受動的になったことは無い。最終的には全部自分の判断で行動した。誰かに言われたから、命令されたから、などで動いたことはない。自分の行為の全ての責任は、自分にあることを忘れたことはなかった。
悔しいけど、ヒロインじゃないわね。
『だろ。ヒーローの周りに集まるのはヒロイン。君のファンが圧倒的に女性に偏るのは仕方ないよ』
今からでも、自分の行動基準を変えるべきだろうか? いや、無理。変えられないし、変えたくない。気分はますます暗くなった。
「エメライン殿下、アリスティア様。ただ今、戻りました」
セシルと、エメライン殿下の侍女、サラとカトリーナが扉を開けて入って来た。私と殿下が頼んだ買い出しから戻って来たのだ。
私も殿下も当然、寮生活のために色々と用意して来てはいたが、生活を始めてみると、あれが無い、これが足りない、なんてことが頻発していた。生活とは思っているより物入りである。
「とっても良い菓子店を見つけたのです。このパティシエの技が詰まった、素晴らしいケーキ達を見て下さい」
そう言って、サラが持っていた大きな箱を机に置き、蓋を開けた。中には、幾つもの種類のケーキが沢山詰められている。
「今から、お茶淹れますね。茶葉も凄く良いのを仕入れてきましたよ。楽しみにして下さいませ」
「私、手伝います」
「ありがとう、コレットさん」
カトリーナとコレットがお茶の用意をするため、部屋から出て行った。
「アリス様、エメライン殿下。どうです、美味しそうでしょう。ケーキ選びは全部、私がやりました。フフフ」
セシルが自慢気である。確かに凄く美味しいそう、そして、めっちゃ高そう。これ、かなりの高級店の品だよね。
「セシル、このケーキの代金どうしたの? 私達が渡したお金では足りない筈だけど」
「ある御方から、アリス様とエメライン殿下の寮生活を楽しくするために使いなさいと渡されました」
「ある御方って誰なの?」
「言えません」
「言えませんって何? そんな訳にはいかないでしょう。言いなさい。主として命令します」
「それでも言えません」
「言えないの?」
「言えないのです」
嫌な予感がしたが、それ以上追求するのは止めにした。こんなに美味しそうなケーキ達を前にしているのに、心配ばかりしたくない。今を生きよう!
こうして、第一回、謎の御方提供、ケーキパーティは開催された。エルシー達も呼んだ。皆、ケーキとお茶のあまりの美味しさに歓喜、会話もとても弾んだ。楽しい。寮へ来た初日の、あのギスギス感は何だったんだろう。サラなんて、殿下に怒られまくって、倒れてたのにね。
「殿下、このチーズケーキ最高ですよ。食べてみて下さいませ」
「サラ、私、チーズはダメなのよ」
「大丈夫です。このケーキなら大丈夫です。保証します!」
「そ、そう? それじゃあ…… あら、ほんと美味しい食べられるわ」
「でしょ、でしょ。サラはウソつきません」
「それはウソ、ウソはつかないってウソをついてるわ」
「うう、殿下は意地悪です~!」
「なんて可哀そうなサラ、こっち来なさい。わたしが慰めてあげる」
「わー エルシミリア様、優しい。私もう、殿下の侍女止めます、エルシ様の侍女になります!」
「ちょ、ちょっとサラ、あなたねー!」
ほんと楽しかった。
謎の御方、ありがとうございます。もう、誰だかわかっているけれど。
残念ながら、男っ気は全くないけれど、私は学院生活を満喫しております。エメライン殿下とも関係は良好です。ですから、もう少し時間を下さいませ。お願いでございます。謎の御方。
謎の御方から連絡があったのは、一カ月後。あまり時間はくれなかった。
「エメライン」
「何ですか? アリス様」
「私達への通達がありました」
「通達?」
「陛下から、アレグザンター陛下からの呼び出しです。明日、王宮に向かいます」
コレットはこの世界のシンデレラ。アリスは魔法使いのお婆……