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純真エメライン

 私は、エメライン・エトレーゼ。十三歳。


 現存する最古の国、エトレーゼの第三王女です、妹はいません。後、男の兄弟は兄が二人。他の国では皇太子と言うのかしら、次代の女王に選ばれています。二人の姉を差し置いてなのは、魔力容量の関係です。私はゴールドの上位、姉達は皆、ゴールドの下位。魔力が他の諸国より、さらに重要視されるエトレーゼでは当然の成り行きです。ですが……


「陛下。私は統治者には向いておりません、どうか次期女王の選定をやり直して下さいませ。お願いでございます、母上様」


 母上の名は、クローディア・エトレーゼ。

 エトレーゼの第五十一代、女王です。魔力容量は、ゴールドの上位、でも、普通のゴールドの上位ではありません。限りなくプラチナに近いゴールドの上位です。エトレーゼの歴代女王の中でもトップクラスでしょう。そのせいもあり、我が国では絶対者、母上に意見できるものなど誰もいません。


「セイディとシャロンでは、容量が足りません。適格者は貴女しかいないのです。エメライン、王族としての使命を果たしなさい」


 私の嘆願は、あっさり却下されました。私が女王になる未来は確定しました、夢も希望もありません。五百万もの民を導く能力など、私にはありはしないのに。それに……。


 母上には王配が三人います。しかし、母上はその誰をも、人生の伴侶などとは思っていません。この国では、忠の民、貴族に限っての話ですが、男性は、子孫を作るための道具、女性の従属者なのです。貴族の女性は、欠陥がある紋章しかもらえない男性を、ことごとく蔑んでいます。息子ばかり産んでしまった貴族の女性が、おのれの不運を嘆いて、自殺してしまうことさえあります。それほど、エトレーゼの男性貴族は軽視されています。


 私は、子供の頃から物語が好きでした。沢山の物語の本を読みました。エトレーゼのも沢山読みましたが、私が好きだったのは、外国の物語。エトレーゼの物語は、女性の英雄譚ばかりなのですが、外国の物語は、そうではありません。主人公は男女を問いませんし、何よりバラエティーに富んでいます。空想神話、貴種流離譚、異類婚姻譚、吟遊詩人の漫遊記等、色々ありますが、私が好きだったのは、断然、「騎士物語」でした。


 勇猛な騎士が、極悪人や魔獣のみならず、あのドラゴンにまで果敢に挑み、窮地に陥っている、姫や令嬢を救い出す物語。私は騎士に助け出される姫達に自分を重ね、求め、愛される喜びを想像し、甘美にひたりました。これこそが、女性としての真の喜び、いつか自分にも騎士様が、と思わずにはいられませんでした。


 ですから、私が「誰かと騎士物語について語り合いたい!」となったのは当たり前のことです。ですが、誰も共感などしてくれませんでした。姉上達などは、騎士様に憧れる私を嘲笑ってくれました。


「エメライン、貴女はなんて愚かなの。男なんて、女の私達に勝てるところが何もないじゃない。寿命は短い、見目も劣る、魔術にいたっては、私達女の半分くらいのものしか使えない。取柄はせいぜい、筋力があるくらいかしら、でもそれだって魔術の前では、何の意味も無い。あんなの愛玩動物なのよ。せいぜい、可愛いの、見目の良いのを選べば良いのよ」


 私は、なんて酷いことを、姉達は言っているんだろうと思いました。私達にだって父上達はおられます。当然、父上達は男性です。それなのに、男は愛玩動物、可愛いのを選べば良いなどと、よく言えたものです。


 母上の王配は三人。ですので、私の父上が誰であるのかは、はっきりしません。ですが、たぶんこの方だろうと思う人はいます。フレドリック様、王配の中で一番の魔力容量を持っており、そして、私に沢山の外国の本を下さった方です。私はとても可愛がって頂きました。ですが、一昨年の冬以来、病に臥せっておられ、回復術師にはもう長くないと言われています。


「不細工な男なんて存在価値はないわ。エメライン、貴女は良いわね。貴女の許婚(おとこ)、一番可愛いじゃない。私達のより、ずっと可愛い。母上は酷いわ、魔力容量で差別してる。私達はエメラインの姉なのよ、体裁を考えて欲しいものだわ」


 自分達は、魔術能力で男性を差別しているのに、よく母上を詰れるものです。呆れてしまいます。


 私の許婚、マシュー・フォン・アイレスクは、確かに、可愛い少年です。初めて会った時、こんなに可愛い男の子がいるのかと感嘆しました。小柄で、ほんと愛らしい顔をしています。そして性格はおとなしく、従順。


「エメライン殿下、ボクは、一生貴女に付き従い、お仕えします。何なりとお申し付け下さい」


 私はマシューを嫌ってはおりません。マシューは良い子です。心から私に仕えようとしてくれているし、私を慕ってくれているのも分かります。ですが、マシューと私の関係は、私が憧れていた騎士物語の「騎士と姫」のようなものではありませんでした。


 それを決定的に、自覚させられたことがありました。それは、姉上達が仕組んだ悪戯でした。姉上達は、こういうことをするとエメラインはとても喜ぶわよと、マシューに嘘を吹き込んだのです。人を疑うことを知らない純真なマシューは、それにまんまと騙されました。


「エメライン殿下、見て下さいまし。いかがですか!」


 私は、目の前に現れたマシューの姿をみて、呆然となりました。私の前には、絶世の美少女が立っていたのです。大柄で、男顔の私が、常日頃なりたいと思っているような、小柄で愛らしく、何時までも守って上げたくなるような可憐な美少女。


 もちろん、本物の美少女ではありません。マシューがドレスやウイッグで少女に変装しているのです。その変装の完成度から見ると、誰かが手伝ったのは明白です。ばっちりナチュラルメイクがなされています。


 マシューが上目遣いに、微笑みながら問いかけて来ました。


「殿下、ボクを可愛がっていただけますか?」


 これが、最後の一撃でした。


 私には、騎士物語における、姫のような未来は絶対にやって来ない。私のことを愛し、守ってくれる騎士に対し、熱き想いをもって、『騎士様、お慕いいたしております!』と、彼の胸に飛び込むことなど、有りえないのだと思い知らされました。


 私に求められている役は、エトレーゼの物語にある女英雄。誰にも頼らず、次々と難題をこなし、民を率いて、国を栄えさせる女英雄。なんの興味もありません。こんな役、姉上達が欲しがるのならば、いくらでもくれてやります。でも、母上は許してくれません。私は、エトレーゼの女英雄、女王になるしかないのです。


 どうでも良くなりました。望まぬ未来が待っているなら、こちらだって好き勝手やらせてもらいましょう。私は可愛い物が好きです。縫いぐるみや人形、可愛いものは何でも、買いあさりました。でも、心はさらに荒むだけ。


 荒んだ心は、対人関係にてきめんに現れました。使用人達の、ちょっとしたミスでも許せなくなり、人前でも厳しく叱責、いや罵倒ですね。罵倒してしまいます。姉上達への態度でさえ、変わりました。どうせ女王になれば、姉とは言え、臣下になるのです。なんの気兼ねがいりましょう。


「姉上、そのような高価のドレスが必要ですか? 国の財政を考えて下さいませ。ほんと浅はか。魔力が貧そだと、頭まで貧そになるのかしら、嘆かわしい」


 私の王宮での評判は地に落ちました。こんな、ワガママ姫を次期女王として良いのかと、臣下から直訴が行われたほどです。結果は、女王の判断に異を唱えたとして、彼女らは役職を罷免、裏で糸をひいていたことが、ばれた姉上達は、必死で母上に謝り、許しを懇願しました。ダメでした、臣籍降下です。


 こうして、私の次期女王としての地位はさらに、確固としたものとなりました。ほんと、私は何をやっているのでしょう。心はさらに荒みました。


 そんな、心が荒みきった日々を過ごしていたある日、私は、母上に呼び出されました。


「エメライン、貴女の留学が決まりました。オールストレームからの要請です。来年から三年間、オールストレームの王立貴族学院に行ってもらいます」


 エトレーゼとオールストレームの間には、現在、正式な国交はありません。それなのに、次代の女王である私の留学とは、どう考えても私は人質。母上はオールストレームに屈したのでしょうか。


「留学? 我がエトレーゼは、オールストレームとは距離を置いていたのではなかったのですか?」


「置きたいのは山々です。しかし、オールストレームの王が、プラチナ上位の魔力を得てしまった今、もし敵対してしまったら、エトレーゼは終わりなのです。今の我が国では太刀打ちできません」


 母上がとても苦々しい顔をしてられます。普段あれほど若々しい姿を保っておられるのに、心労のせいでしょうか。年相応に見え、絶対者としての威厳も今は感じられません。


「陛下、他の中立国を巻き込まれては如何でしょう。そうすれば、オールストレームとて」


 母上は私の意見を即座に否定しました。


「ダメです。オールストレームの威光は大陸中に広まっています。もはや我が国と手を組んでくれる国はありません」


「そんな……」


「私は過ちを犯しました。己が魔力を過信し、長年どのような強国にも屈しなかったエトレーゼの歴史を過信し過ぎました。今のオールストレームは余りにも強大。付き合わずにやっていくことなど無理なのです」


「陛下、付き合うとは言っても、エトレーゼが対等になれる可能性はあるのですか?」


「殆どありません、よくて朝貢国。最悪は、エトレーゼの解体でしょう。エトレーゼは、オールストレームや周りの国から見れば、異質。そのままにしておいてくれる可能性は少ないでしょう」


「解体って……」


 私はそれまで、ショックを受けたふりをしていました。「タルモの奇跡」のことは聞き及んでおりましたので、いつか、オールストレームとは国交を結ばざる終えないだろうと、前々から思っていたのです。しかし、エトレーゼ解体の可能性まであるとは、さすがに考えていませんでした。


「こんなことになってしまって、ごめんなさい、愚かな母を許して下さい、エメライン。どうか、許して……」


 私は耳を疑いました。母上から謝りの言葉など、今まで一度も聞いたことが無かったからです。母上の目元には涙さえ浮かんでいます。姉上達を臣籍降下させた時でさえ、眉ひとつ動かさなかった母上が泣いておられます。


「エトレーゼは私の代で終わるかもしれません。なんとか、貴女に引き継げたとしても、貴女が引き受けねばならない労苦は如何ばかりでしょう。私は世界最古の歴史を誇る我が国を、誇りに思い必死に守ってきました。なのに……」


 母上の握りしめた拳は、微かに震えています。


「ここ十数年、オールストレームには神々の恩寵が降り注ぎました。プラチナ持ちや、聖女が現われ、ついには国王自らも、プラチナの魔力量を神々から頂きました。しかし、エトレーゼには、そのような恩寵は何もありません。プラチナなど夢のまた夢、ゴールドの上位を持っている王族は私以外には、貴女一人という体たらくです。神々は、もうエトレーゼを見捨てておられるのかもしれません。それも、これも、女王である、この私が不甲斐ないから、私の治世が駄目だったからでしょう。私は神々の御眼鏡に適わなかったのです。情けないことです、申し訳ない、ほんとに申し訳ない、エメライン。」


「母上、そんなに謝らないで下さい。母上のせいではございません」


「貴女は他の娘とは違う、そして私に無いモノ、エトレーゼをもっと良くして行ける何かを、持っている。私よりずっと良い女王になる。そう思っていたのです。だから、貴女へ無事に国を譲りたかったのに……」


 母上は、クローディア陛下はそう言って黙り込んでしまわれました。私にはかける言葉が何もありませんでした。


 この母上との会見の後 私の心にあった想いは二つです。


 一つは、母上は私を買い被っておられるということ。私に、母上より良い女王になれる力など全くありません。それなのに、必死で国を私に渡そうと頑張って来られた母上が憐れでなりません。母上は無意味な努力をされていたのです。母上は私に何を見ていたのでしょう、皆目見当がつきません。


 もう一つは、オールストレームへの怒りです。エトレーゼが歪な国なのは、十分承知しております。私自身も長年それで悩んできました。しかし、エトレーゼの歪さを正すのは、エトレーゼ自身であるべきです。オールストレーム如き、新興国の出る幕ではないのです。ちょっと神々から恩寵を得たくらいで、図に乗るなと言いたいのです。


 何が、プラチナだ!

 何が、聖女だ!

 何が、タルモの奇跡だ!


 自分達のことは、自分でやる、

 オールストレームは引っ込んでろ!


 もう、私の心は無茶苦茶でした。自分がなりたいものになれない怒り、エトレーゼに外圧をかけて来たオールストレームへの怒り。母上が私を買い被っていることへの申し訳なさ。そして、母上の気持ちに全く気付けていなかった自分の愚かさに対する悲哀。色々なものが綯交ぜになって、私の性格はますます悪くなってゆき。常時、人に当たるようになってしまいました。


 オールストレームの貴族学院寮に着いた初日にも、ちょっとしたことで、私の怒りは爆発しました。


「どうして、あの枕が無いの! あれは絶対いるって言ったでしょ! 言ったよね!」


 懺悔します。私はそのようなことは一言も言ってません、言っていないのです。腹立ちまぎれに、誰かを叩ければよかった、ただそれだけなのです。最低の人間です。誰か、こんな、情けなく愚かで、痛々しい私を止めてくれないだろうか、いいえ、止めて! お願いだから! 心の底でそう思っていました。その時です。


 ダン!


「あら、足が滑ってしまいましたわ。ごめんあそばせ」


 私の前に、天使が現われました。

 その天使の名は、アリスティア フォン ゲインズブラント。


 彼女は、激昂している私を止めてくれたばかりか、私が長年、憧れていた「お姫様抱っこ」をして下さいました。状況は私が思い描いていたものとは違いましたが、夢のお姫様抱っこが、実現したことには違いありません。


 そして、なんと、私を抱いたまま、エトレーゼまで、瞬間移動をされたのです。凄いことです。ゴールドの上位の私だってこんなことは不可能です。もしかして彼女は、プラチナ持ちなのでしょうか。


 彼女は、私のあのような少女趣味が極まった部屋を見ても、何もおっしゃいませんでした。彼女が言ったのは一言だけ、「戻りましょう」。そっと肩を抱いてくれました、優しい御方です。


 寮の部屋に戻ってきた私は、すぐに、枕を抱えて寝台のシーツの中に潜り込みました。それ以外どうしようもなかったのです。どうしようも。



「殿下、サンドイッチとミルクです。ここに置いておきますので、お食べ下さい。何も召し上がらないのは、お体に障りますよ」


「私ももう寝ます、エメライン殿下。お休みなさいませ、」


 アリスティア様の言葉に私は、全く返事が出来ませんでした。返事をしようにも、心臓が踊ってしまって、声など出しようがありません。顔も火照るばかり。ああ、どうしましょう。こんなことになるとは、全く思いもしていませんでした。私は子供の頃から、騎士様に憧れていました。


 けれど、けれど、まさか、まさか、


 私の騎士様が、女の方だったなんて!


 騎士様、いえ、アリスティア様は今、となりの寝台で眠っておられます。どのような、寝顔をされているのでしょう? ちょっと起きて覗いてみようかしら。ダメダメ、そんなはしたないことをして、もし気づかれたりしたら、嫌われちゃう! 我慢するのよ、エメライン、我慢するの! 我慢なさい!


 私の心は、初恋に踊っていました。


マシュー君。純真過ぎてもはや小悪魔。エメラインにはダメでしたが、ゲインズブラント四姉妹には大受けしそう、争奪合戦が始まりますよ、きっと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! 魔力至上なのは他のどんの国でも同じの気がします。 エトレーゼ国、魔力至上の同時に女性至上ですか。魔力が高いの男性が現れたらどうするつもりですかねw エメライ…
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