入寮初日
新年になった。いよいよ、貴族学院への入学である。
私とエルシミリアは既に王都に来ている。瞬間移動を使えば楽であるのだけれど、二人とも、侍女(セシル、コレット、キャロライナ、サンドラ)を伴っているし、こちらで生活するための荷物も多くあるので、馬車でやって来た。
しかし、本当のことを言えば、人 六人と馬車一台分の荷物、この程度なら、私一人で簡単に瞬間移動できる。エルシーだってできるだろう。しかし、そんなことをすれば、目立ってしまう。私達は目立ちたくない。
瞬間移動の魔術は、ゴールド持ちになってやっと常用できるほど、大量の魔力粒子を消費する。だから、六人の人と馬車一台分の荷物の一括瞬快移動など、普通の貴族では、全魔力容量を使い切ろうとも不可能な魔術。直に見たら腰を抜かしてしまうだろう。
それでなくても私達は有名人。二年前、陛下は、自らの魔力のデモンストレーションを行い、神与の盾で、王都ノルバートを覆いつくした。このことは、「ノルバートの奇跡」と呼ばれ、オールストレーム王国はおろか、近隣諸国にまで広く知れ渡り、語り草となっている。
そして、同時に。そのノルバートの奇跡の時、陛下に付き従った、神々に見初められし巫女、ゲインズブラント四姉妹の名も広く知れ渡った。「オールストレームの四聖女」として…… いや、聖女はルーシャお姉様だけなんだけど。勝手に聖女にしないでくれる。今更訂正のしようがないけどさー。
そのような訳で、目立ちたくないのである。静かに、穏やかに、明るく楽しい学院生活を送りたい。それが、私、アリスティアのささやかな望みなのだ。難しいだろうけれど。
学院に到着し、寮舎に入ると、私達は受付に行き到着の挨拶をした。受付の右横には、大きなフロアがあり、既に多くの寮生や新入寮生がたむろしている。
「まあ、アリスティア様とエルシミリア様よ。なんてお美しいのでしょう」
「お二人と同じ学院生活を送れるなんて、私達はなんて、幸運な」
「何言っているの、来年には、陛下の五女、コーデリア様まで入学なされるのよ。幸運なんてものじゃないわ、超幸運よ」
「なんて可憐で、麗しいお二人なんだ。このような方を見た後では、許嫁に会うのが辛くなる」
「お前、絶対それ、彼女の前で言うなよ、殺されるぞ」
「それにしても、なんと奇麗な方達なのか、同じ人とは思えない」
「ほら、感心ばかりしてても仕方ないでしょ。声かけてきなさいよ」
「アホか! プラチナ持ちで、陛下と語り合えるなんて、もはや天界人だ。俺は分を心得てる!」
天界人って…… 持ち上げ過ぎ。褒めてくれるのは嬉しいけれど、過度なのは止めてほしいな。そのうち、理想化し過ぎが、出てきそうで怖い。
「きっと、お二人はトイレなんて、行かないにちがいない」
「お二人だけじゃないはず、四姉妹の方々全員よ。」
ほら、出て来た。これはお約束の発想であるが、どうしてこのような発想が出て来るのだろう。私達はちゃんと、出るものは出るし、出すものは出す。ルーシャお姉様、だって、元神様のコーデだって同じ。下痢ピーになれば、半日だってトイレに座り込む。幻想は早い内に崩しておこう。
私は、寮生達に向かって、にっこりと笑みを浮かべた。
「皆様はじめまして、ゲインズブラントのアリスティアとエルシミリアです。これから三年間一緒に学ばせてもらいます。皆さん、仲良くして下さいましね」
「「「「「「はい、喜んで!」」」」」」
日本の飲食店のような返事が返って来たのが微笑ましい。ほんとによろしくね。
私は、一番近くにいる女学院生に、尋ねた。
「あの、お花摘みに行きたいのですれど、どちらかしら?」
お~! と項垂れる、多くの男子と、数人の女子。まあ、男子は分かる。異性に幻想を持ちたいの年頃なのだ。しかし、項垂れてる数人の女子、あんたらは何だ。もう月のものだって有る者も多いはず。どうしたら、そんな幻想を持てる? 食べたら、出る、自然の摂理は曲げられない。大も小もしない人などありえない。
しかし、後に、大も小もしない(しないように見える)人物がいるのを知った。世の中は、広いものだと言いたいが、その人物は私に一番近しい人物、エルシー、双子の妹、エルシミリアである。
エルシーはある時期から、全く、トイレに行かなくなった。さすがに不審に思って聞いてみた。とんでもない答えが帰って来た。その発想はなかった。エルシー、あんた怖いよ。ほんと怖い。
「大も小も、トイレの貯蔵槽に瞬間転送しています。一瞬で済むので便利ですよ」
ポカーンである。あのコーデでさえ、そんなことはしない。体の中の物を瞬間転送するなど、一歩間違えば、大変なこと。絶対やる気がしない。なんて勇気があると、いうか、怖い物知らずにも程がある。
私は、リーアムお兄様の賛同者であることを再確認した。絶対、エルシーには逆らわない。もし、敵対などしたら、絶対勝てない。こんなの魔力容量とかは関係ない。彼女は根本的に何かが違っている。
トイレを済ませた後、寮の職員の案内で、女子棟に向かった。エルシミリアは一階の部屋、私は三階の部屋だったので、エルシー達とは一階で別れて、三階に向かった。三階への階段を上り切ったところで、誰かが怒鳴っているのが聞こえて来た。
「あなた、私の侍女何年やってるの! ほんと使えないったらありゃしない!」
職員に導かれ、自分に割り当てられた部屋に向かっていくと、段々声が大きくなって来た。怒鳴り声を聞いた時から、嫌な予感はしていたが的中したようだ。
この声の主は、私のルームメイトだ。エトレーゼの次期女王様だ。
「申し訳ございません、すぐに、すぐに取り寄せますので、今晩はこちらの枕で我慢下さいませ」
「こんな安物じゃ眠れないのよ! あの枕じゃなきゃダメなの! 瞬間移動でも何でも良いから、今すぐとって来るのよ!」
「瞬間移動! 無理でございます。エトレーゼは遠過ぎます。シルバーの私では、ゴールドの方でさえ難しい距離です。どうかご勘弁下さい、どうか、お願いでございます、エメライン殿下!」
私の目は半眼になった。
ノエル殿下の情報は正しかった。ほんとワガママな姫。
枕くらい、我慢しなよ。侍女は必死で謝ってるじゃない。そんなに怒鳴ったら可哀そうでしょう。
「あなたは首よ、一族の官位も爵位も、取り上げてあげる! 当然の報いよ、甘んじて受けなさい!」
「!!」
バタン! 大きな音がした。多分、侍女がショックのあまり気を失って、床に倒れこんだのだろう。
いい加減にしろよ、このクソ ワガママ姫。もう我慢できない!
私は、半開きだった扉を力いっぱい蹴り開けた。
ダン!
エルシーの大小の処理方法を聞くと、ノエルはどう思うでしょうか。たぶん、アリスの反応とは違うでしょう。