暗雲
20/5/14 エトレーゼ男性貴族の魔術能力、変更しました。
私は数か月後、王都貴族学院に入学する。
明るく楽しい学院生活を夢見ていたのに、まだ入学前であるのに、
早くも、私の学院生活に暗雲が立ち込めてきた。
陛下のせいである。
通称、王都貴族学院。正式名称、王立貴族学院は、王族と高位貴族の子女が、必ず通わなければならない学校である。次代のオールストレーム王国を担う人材の育成と、王国の支配層としての連帯感を高めることを目的としている。学院のカリキュラムは以下の通り。
授業があるのは、年の半分。二つの大きな休暇を挟む、二学期制。
一年目。
・魔術学基礎(紋章の安定化、適性の判別etc)
・文化的素養の向上(文学、音楽、美術etc)
・身体能力の向上(体育)
・外交力の向上(話術、マナー、ダンス、根回しの技法etc)
二年目、三年目。
・経営学(領地経営のノウハウ)
・魔術学(高難度魔術の習得)
・法学(国内法と国際法の習得)
・宗教学(エイスト教の正典、外典の理解)
・科学(平民用の技術開発・希望者のみ)
・帝王学(王族のみ)
・騎士道学(騎士を目指す者のみ)
学院生達は、三年間、特別な事情がない限り寮生活を義務付けられる。寮の部屋は、一人部屋、もしくは二人部屋。選択の自由はない。学院側の判断で割り振られる。
ちなみに、学院長はアレグザンター陛下。なにせ、王立貴族学院なのである。まあ、実務は学院長代理が行っているのだが、陛下は立場的に、学院内のことはどうとでも出来る。横暴の限りを尽くしても、誰も止められない。
私はその犠牲となった。よりにもよって二人部屋。
学院の寮では、殆どの学院生は、一人部屋をもらえる。二人部屋を割り当てられるのは、素行等が危ぶまれる問題生。同室の学院生はその監視役。私は素行は別段悪くないし、問題なんかも起こさない。この前、ちょっと陛下に叱られたが、あの程度は御愛嬌。問題無し、モーマンタイ。だから、二人部屋になるなど、全く想像していなかった。
私は、前世の記憶もあるせいで、この世界の人達よりずっと、プライバシーを重視している。一人静かに物事を考えたい時も多いし、私の精神安定に貢献している、一人小芝居も躊躇なくやりたい。でも、二人部屋では無理。あれを見られるのは、恥ずかしい、大いに恥ずかしい。
それに、今の私は、マンガの事業化に乗り出そうとしているので、頻繁に寮を抜け出さなければならない。しかし、ルームメイトがいると、かなり困難になる。寮監に報告されないように、懐柔しなければならない。
そして、よりにもよって、よりにもよって、そのルームメイトが、エトレーゼの次期女王。
どんなお方なのか私は全く知らないが、相手は、将来国家元首になるお方。細心の注意をもって、遇さねばならない。部屋で安らげる可能性は殆どなくなった。気が滅入ることこの上ない。
くそ~ 陛下め。この恨み晴らさずにおくものか。呪いをかけてくれる。呪いなど迷信なのはわかってはいるが、魔力のある世界だ。もしかしたら効くかもしれない。
『陛下の鼻毛、伸びろ! コーデリアの前で、ぐんぐん伸びろ~~!』
我ながら、なんて恐ろしい呪い。私が陛下の立場だったら自殺を考えてしまうかもしれない。さすがにこれは、やってはいけない呪いだ。人の道に悖る。
『今の呪い取り消し、取り消し~~!』
バカやってないで、エトレーゼの次期女王の情報を集めよう。出たとこ勝負は大概失敗する。どうか、良い娘(扱いやすい娘)であってくれ。
「エルシー、エトレーゼの次期女王って、どのような方なんでしょう。何か知っていることありませんか?」
私はまず、エルシミリアに情報を求めた。エルシーは、私が聞かずとも、私に必要な情報は大概先に調べておいてくれる。大変頼りになる妹。エルシミリア様様。
「エトレーゼの次期女王の名は、エメライン、エメライン姫です」
「エメライン姫か……素敵な名前ね」
「そうですね。まあ、名前はさておくとして、アリス姉様も知っておられるでしょう。あそこ、特殊なんですよ。だから、なかなか情報が得られなくて」
確かに、エトレーゼは他の諸国とは少々異なっている。
エトレーゼの概要を述べてみると、
建国は、六百数十年も前、現存する国の中でも、最古の国。(ただし、十二神聖国を除く)。人口、五百万人弱。長らく半鎖国状態。経済力、軍事力ともに未知数。そして、
大陸諸国の中で、唯一女王を戴く国。
エトレーゼの王族や貴族の間では、女性が男性より遥かに高い立場を持っている。
何故かと言うと、エトレーゼに生まれる貴族の男性は、眷属の紋章を完璧な形で受け取ることができない。見ればすぐわかる。エトレーゼの男性貴族の紋章は欠陥品である。紋章の色が淡く、形自体がぼんやりとしている。このことは魔術の使用時に覿面に現れる。いくら魔力容量があっても男性貴族は、普通は第一段階、よくても第二段階の魔術までしか使えない。だから、王ではなく、女王が戴かれるのは、当然のなりゆきなのだ。
何故、エトレーゼの男性貴族は、欠陥のある紋章しか受け取れないのかは全くの謎。昔、人が神々に対して反乱を起こした時、エトレーゼの忠の民の男達は、女達ほどの恭順を神々に示さなかった。それ故、神々から欠陥品しかもらえなくなったとの説もあるが、真実である根拠は何もない。
そのような訳で、エトレーゼでは女尊男卑が極まっており、男性貴族は女性貴族の付属物扱いで、爵位継承も出来ない。さすがにこれでは、他の諸国から異質な国とみなされ、距離を取られても仕方がない。エトレーゼが半鎖国状態なのは、かの国の秘密主義もあるが、この異質感が多いに影響している。
「かなり頑張って調べたつもりなのですが、得られた情報は、ノエル殿下から貰った一点だけです」
「ほぉ、ノエル殿下から。エルシーは殿下と頻繁に連絡を取り合っているの?」
若いものは隅に置けませんねーと、おばちゃんモードになろうとした私であるが、
「ええまあ、コーデのお兄様ですからね。それがどうかしましたか?」ギロリ。
余計なこと考えてんじゃねー と、エルシミリアの目が言っています。冷たい、最近、この子、私に、なんか冷たい。お姉ちゃん泣いちゃうよ。
「殿下から得られた情報は、エメライン姫の性格についてです」
やった! 一番欲しい情報だ!
「超ワガママ、だそうです」
私はその場に崩れ落ちました。明日を生きる力を見出せそうにありません。
アレグザンター陛下、何故に、そのような姫を私の同室に……… ああ、わかりました。問題のある学院生というのは、エメライン姫なのですね。私はその監視役。しくしく。
「アリス姉様、お気を落とさないで下さい。生きていれば、いつか良いこともあります」
エルシミリアが優しい声で私を慰めてくれます。やっぱりエルシーは、姉思いの優しい子です。でも……
「エルシー、気休めはよして。私の明るくて楽しい学院生活は、どこかへ飛んでいきました。もう、戻っては来ないのです」
「そんなことはありません。希望をもって、私はいつもお姉様を見守っていますよ」
「エルシミリア……」
「アリスティアお姉様……」
「見守るだけなの?」
「はい、見守るだけです」
にっこり。
バタン。エルシーの笑顔の一言に、私は完全に崩れ落ちた。
『エメライン姫、次期女王だかなんだか知らないけれど、アリス姉様を泣かしたりした、きっちりシメてあげる。今のわたしはプラチナの下位、プラチナの中位のコーデに手伝わせることだって出来る。貴女なんか、貴女の国なんか、簡単に滅ぼせる、滅ぼせるのよ』
『お姉様。私はいつでもお傍にいます、お姉様を守ります。きっとです、絶対です、約束です。私の最愛の人、アリスティアお姉様……』
エトレーゼは歴史が長い分、オールストレーム王国を馬鹿にしてる気がします。このようなプライドは厄介です。