幸せな空間
コーデリアです。
私は、エルシ姉様とアリス姉様と共に、ダイニングに向かっています。朝食をとるためです。
私は右手を、大好きなお姉様であるエルシ姉様の左手と繋いでいます。私は、ゲインズブラント家に養女に入った後、どのような立ち位置(設定)をとったら良いのか。色々と考えてきました。そして、最終的に、いきついたのが、今の私。可愛くて、甘えん坊な末っ娘です。
このような設定は、あまりにパターンなので、少々気恥ずかしかったのですが、やってみるとピッタリとはまり、とても楽しいものでした。以前から、妹や弟が、欲しかったらしいエルシ姉様などは、大変可愛がってくれます。態度には態度で返すのが、人間というものです。私はエルシ姉様になつきました。
しかし、平行世界の私であるところのアリス姉様は、私がエルシ姉様に依存し過ぎであると、注意してきます。あまつさえ、夜な夜な、エルシーのベッドに潜り込んで何してるの、良からぬことなどしてないでしょうねー。などと、難癖をつけてきます。
良からぬことなど何もありません。ただ、エルシ姉様に寄り添って眠っているだけ、単なるスキンシップなのです。きっと、アリス姉様は、エルシ姉様を私に盗られたと思っているのでしょう。何たる浅はかな姉でしょう。私がエルシ姉様を、アリス姉様から奪うなんて到底不可能です。
エルシ姉様がお話になることの半分は、アリス姉様関連です。エルシ姉様は、アリス姉様を愛しておられます。めちゃめちゃ愛しているのです。それなのに、私がちょっと、エルシ姉様と仲良くしたくらいで嫉妬の炎を燃やすとは、情けないにもほどがあります。
まあ、大目にみてあげましょう。アリス姉様は、中坊までしか人生経験が無いのです。高校生まで生きた私には及びません。ああ、なんて寛大な私。
ダイニングに着きました。
テーブルには、ロバートお父様、エリザベートお母様、そして、アレグザンター父上、ユンカーが、先に席について談笑していました。(ユンカーは、いつも通り、黙って話を聞いているだけです。ですが、表情は以前と違って柔らかいです、少し変わりました)
今の父上と、エルフのユンカーは、瞬間移動など、いくらでも使えますので、五日に一度くらいの割合で、ゲインズブラント邸にやって来ます。私は、部屋から出れるようになって直ぐに、こちらの養女になってしまい、父上には申し訳ないと思っていたのですが、王宮にいた時より、ずっと多く、顔を合わせています。杞憂でした。
「おはようございます、父上。今日はお早いお越しですね」
「おはよう、コーデリア。お前が欲しがっていたものを持って来たんだ。後で、出て来るから楽しみにしておくが良いぞ」
「欲しがっていたもの? はて、何でございましょう」
父上は、ドッキリ!だ、と言って教えてくれません。しかし、予告している時点で、ドッキリ!ではないと思うのですが、まあ、いいです。楽しみにしておきましょう。
「陛下、来年、エトレーゼの次期女王と次期王配が、王立貴族学院に留学してくるとの話を聞きましたが、本当なのでございますか?」
「ロバート。そのことは、数日前に決まったばかりだぞ、誰に聞いた」
「オリアーナ叔母上からです」
「あやつか、国家の機密をペラペラと。騎士団長としての自覚が足りん。もう一度、副団長に落としてやろうか」
オリアーナ大叔母様は、一年ほど前から、第一騎士団の騎士団長として復職しています。第一の騎士団長ともなると、近衛を除く他の全騎士団の長。王宮における地位はかなりのもので王宮内の大概の情報は得られるようです。それにしてもオリアーナ大叔母様、少しは自重して下さいませ。
「おそれながら、陛下。それは止めておかれた方がよろしいかと。注意くらいにして上げて下さいませ」
「何故だ、エリザベート」
「オリアーナ様とて女性。いくら凛々しい騎士とはいえ、女性なのでございます。女性から恨みをかってはいけませぬ。男性より、ずっと怖いです、ずっと恐ろしいです」
エリザベートお母様は王宮のサロンに顔を出すようになっています。ゲインズブラントの家名が高まりに高まっているので、出ざるを得ないのです。露骨にすり寄って来る者、嫉妬で嫌がらせをしてくる者、そんなのばかりで大変疲れるそうです。一つ言葉を間違うだけで大変なことに……。
ですので、今のお母様の、お言葉は大変実感がこもっております。実感が。
「そうか。では止めておく」
父上は賢明です。臣からの忠告を聞き入れない王は、いくら優秀でもいつか破滅します。
「まあ、知られてしまったものは仕方がない。アリスティア!」
「は、はい。なんでしょうか、陛下」
急に、自分に鉢が回って来た、アリス姉様は虚を突かれて、少々慌てています。
「エトレーゼの次期女王は、そなたと同室にする。寮では仲良くするようにな」
「なっ!」
スープ匙を持ったまま、アリス姉様が固まっています。 ああ、私には聞こえます、アリス姉様の心の声が。
『なんで、私が、そんな扱いが難しい子と同室なのよー! 下手を打てば外交問題よ、勘弁してよー!』
「なんだ、そなたは私の判断に不服なのか」じろり。
「いえ、滅相もございません。次期女王陛下と同室など、光栄至極にございます。あー楽しみでございます」しくしく。
先日、アリス姉様は父上に叱られました。
アリス姉様は、とある貴族の子女に、準男爵位を与える約束をしてしまいました。ですが、爵位を与える約束をしたことに、父上は怒ったのではありません。父上はアリス姉様に、取り立てたい者があれば言え、高位の爵位でないかぎり与えようと仰られてたのです。父上が怒られたのは、事後承諾になったことです。アリス姉様は、王、父上の許可を得てから爵位を与える約束をすべきでした。
こんなことは、常識以前の常識です。エルシ姉様はアリス姉様は時々おバカになると、言ってましたが本当です。エルシ姉様が、『わたしが傍にいなければ!』 となるのも当然でしょう。
今日の朝食は、こんがりと焼いたブレッド、スクランブルエッグ、スープ、果物のはいったサラダ、でした。伯爵家と言っても、朝食はこの程度です。日本の家庭の朝食と大差ありません。
私は、サラダの皿に最後まで残っていたトマトを口に放り込みました。完食です、お腹いっぱいです。皆が食べ終わると、お茶が出て来ます。私はお茶も好きですが、やはり…………ん?
「この香しい香りは! まさか!」
父上が、にやりと笑われました。
「そうだ、コーデリアが飲みたいと言っていた、『コーヒー』なるものだ。南方の国々に商人達を派遣して、ようやく見つけた。苦労したぞ(商人達が)」
私は感動のあまり、親指を立てた拳を、父上に向けて、グッと差し出しました。
「なんだそのポーズは? 何が言いたいんだ? コーデリア」
「グッジョブです! 父上様! 大好きです!」
父上が、ロバートお父様を捕まえて、如何に今、自分が感動しているかを滔々と述べているのをよそに、私達は早速、コーヒーを頂きます。
なんて良い匂い。飲む前から幸せな気分になります。
コーヒーの味の評価は様々でした。感涙にむせんだのが、私とアリス姉様。ユンカーは、「悪くない」。
他の皆は、「苦いだけ」だの、「まるで泥水」などさんざんな評価でした。まあ、初めて飲むコーヒーの味はそんなものでしょう。私は言いました。
「コーヒーは大人の味なのです。みんなも飲み続けると、わかるようになります、きっとです」
みんなが大笑いになりました。最年少、11歳の私が、自信たっぷりに、大人の味などと言ったのが、可笑しかったのでしょう。私はウソは言ってませんよウソは。
ダイニングには、幸せな空間が広がっています。みんなが笑顔です。あの、無表情極まるユンカーでさえ、微笑んでいます。そして、思いました。どうして、ここにルー姉様がいないのだろう? いてくれたらもっともっと幸せに…… そう思った瞬間、
ふわっとした光が空間に現われると、ストン!と、一人の美しい女性が床に降り立ちました。
「遅れて、ごめんなさい。急患が出ちゃったの」
ルー姉様です。
私の中で幸福感が爆発しそうになりました。それを必死に抑えます。
「ルー姉様、コーヒーは如何ですか。大人の味なのです、きっと、ルー姉様はおわかりになれるのです」
コーデリアはアリスティアが思っているより、強い娘です。アリスより一皮むけています。