コレットの友達
コレット様からの手紙が、転送魔術で届きました。
転送魔術は、第三段階の魔術とされていますが、結構難しい魔術です。実質四段階と言っても、良いのではないでしょうか。実際、私は紋章を得た今でも、なかなか上手く使いこなせません。人に送る時には、ジョナスお兄様に頼っています。情けないです。
ああ、申し遅れました。私の名は、マーゴット・フォン・ウォルシュ。
ウォルシュ準男爵家の三女、十五歳です。
コレット様とは、一年半くらい前に、王宮で知り合いました。
準男爵家の三女ごときが、何故、王宮にいたかと申しますと、その当時、我が家の寄親、ウィーデン伯爵のご息女、マリエッタ様と王族との間に、縁談話が持ち上がっており、その関係で、マリエッタ様は王宮に滞在されていました。そして、私は、マリエッタ様の侍女見習いとして、お供いたしていた次第です。
王宮は、とんでもない大きさです。田舎貴族の私が迷ってしまったとしても、致し方ないことです。決して、私が方向音痴であるとかではないのです。
『マーゴは二回角を曲がったら、道が分からなくなるんだね。凄いね。どういう頭をしているんだい』
などと、お兄様は揶揄します。失礼千万です。二回では迷いません、私が迷うのは三回曲がってからです。
王宮の廊下を三回曲がった私は、完璧に迷子になりました。こういう時、私は賢明です。無駄な努力はしないのです。すぐに自力脱出をあきらめ、人に尋ねることにしました。ちょうど、その時、私の横を通りかかったのが、コレット様でした。
「あの、ちょっと良いですか?」
「はい、なんでしょうか」
コレット様は、にこやかに対応してくれました。彼女は、美人とはいえませんが、とても愛嬌があり、人好きのする可愛い御方です。
「迷子になってしまったのですが、ここはどこでしょう? 東出口へはどう行ったら……」
コレット様の笑顔が引きつりました。彼女も迷っていて、私に尋ねようか、どうか逡巡していたところだったようです。同じ年頃の少女二人が、まったく同じ状況。思わぬ偶然に、コレット様も私も、笑ってしまいました。このことが切っ掛けとなり、コレット様とは色々お話をさせて頂きました。
私が、侍女見習いをやっていることを告げると、コレット様は
「私も侍女なのです。マーゴット様とは重なるところが多いですね。これも縁です、友達になっていただけませんか?」
と、仰って下さいました。勿論、私の答えは、喜んで! 私は、大した取柄も無い地味な少女です。その上、準男爵家の三女などという、貴族社会では、最底辺に位置する存在なのです。ですので、コレット様の申し出は、とてもとても嬉しいものでした。
そして、お話の途中で知って驚いたのですが、コレット様は、あのアリスティア様の侍女だというではありませんか。私は驚いて、ちょっと腰が引けてしまいました。
アリスティア様と言えば、ゲインズブラント家の双珠として、天使の如き美貌を謳われる御方。そして、それだけではなく、神々に見初められ、プラチナの上位の所持者となり、あげくには、他の神々に見初められし方々と共に、アレグザンター陛下に福音を運ばれた、とんでもない御方です。
私どもとは住む世界が違う、到底、同じ人とは思えない。つい、そう告げてしまいました。すると、コレット様は、笑って言われました。
「そう思われるのも仕方がないですが、アリスティア様は、気さくな優しい方ですよ。お会いすれば分かります」
「でも、私は準男爵家の三女、お付き合い頂ける身分ではございません」
「準男爵は立派な貴族ではございませんか。それに、アリスティア様は、身分や地位に拘られません。自分が間違っていれば、家臣にだって頭を下げられますし、平民にだって普通に話してくださいますよ」
嘘だろうと思ってしまいました。国王陛下とも並び立つことが出来るお方が、家臣に頭を下げたり、平民と語らうなんて、想像がつきません。私が今仕えているマリエッタ様は、決して悪い方ではありません。貴族としては優しいほうだと思います。でも、自分の失敗を謝ったりは絶対なされません。華麗にスルーされますし、平民と話をすることなど、絶対にあり得ません。
「本当なのですか、今一つ信じられないのですが」
「マーゴット様がお宜しければ、紹介致しますよ。時間がございましたら、今からでもどうですか?」
ちょ、ちょっと待ってー!
家臣に頭を下げたり、平民と普通に話すというアリスティア様も、変だと思いますが、コレット様も、少しおかしいです。貴族の常識から大いに外れています。貴族同士が会うには、事前の手順が決まっています。まず、伝手を探し、その伝手を通じて面会を申し込み、相手の承諾を得なければなりません。そして、承諾が貰えたとしても、すぐ会えることなど滅多になく、良くて数日後、悪ければ、半月以上待たされることもあります。気軽に、今から会いますか? なんて有り得ません。
「滅相も無い。お会いしたら、緊張で何も話せなくなってしまうでしょう。それに、私なんかに時間をとってもらうなど、申し訳なくて、絶対出来ません」
「そのように、堅苦しく考えずとも良いですよ。春風のような方です。その風に身を任せれば良いのです」
任せたい! とも思いましたけれど、固辞してしまいました。
私は、美人な訳でも、愛嬌がある訳でも、頭が良い訳でも、話が上手い訳でもありません。本当に地味な少女。神々の恩寵を、光を、一身に纏っているアリスティア様の隣にいける存在ではない。そう思えて、どうしても勇気が出ませんでした。
コレット様と別れた後、自分は人生最大の幸運を、掴み損ねたのではないかと、何度も悔やみました。アリスティア様とお会い出来ていたら、私の、つまらない灰色の人生が、変わったかもしれないのにと。
幸いなことに、コレット様と私の縁は切れませんでした。互いに手紙を送り合うことになったからです。つまり私とコレット様は、文通友達になったのです。
コレット様からの手紙を、ペーパーナイフで開封しました。
コレット様の文章は、持って回った言い回しも無く、たいへんすっきりとした、分かり易い文章です。コレット様の頭の良さが如実に表れています。やはり、アリスティア様のような素晴らしい御方の、侍女をされているだけのことはあります。
「な、なんてこと!」
私は、貴族の子女にあるまじき大声を上げてしまいました。しかし、そのようなことを気にしてる場合ではありません。早く、ジョナスお兄様に報告せねば。お父様とお母様にもせねばなりませんが、まずは、お兄様です。
「ジョナスお兄様、大変なことになりました! 大変なことに!」
お兄様は、描いている油絵の筆を止めました。お兄様と私の趣味は、絵を描くことです。一緒に合作することもよくあります。
「大変ではわからないよ。何が大変なんだ?」
「コレット様が、うちに来られます!」
「それは、良かったじゃないか。けれど、それのどこが大変なんだ? コレット嬢は男爵家の息女だろ。うちより上だけど、慌てるほどの差はないよ」
ジョナスお兄様の疑問はもっとも。私の言い方が悪いのです。
「コレット様だけなら良いんです。問題はありません。けれど、今回来られるのは、コレット様だけではございません。アリスティア様が、ゲインズブラントの双珠のアリスティア様が、我が家に来られます!」
へ?
ジョナスお兄様の手から、筆がポロっと落下しました。筆先についた絵の具が、絨毯を汚しました。きっと怒られることでしょう。しかし、そんな些末なことを気にしてる場合ではありません。
「どうするんだ! 我が家に、アリスティア様をお迎えできるほどの、備えは無いぞ!」
「ティーセットも茶葉もろくなものが無い、珍しいお菓子なんて見たこともない!」
「ティーセットは、お祖父さまのセットがあったではないですか!」
「あれは先月、猫に割られた。ミーシャが割ってくれた!」
「あー ミーシャ! 何てことをしてくれたの!」
私は恨めし気に、椅子に鎮座している愛猫を見ました。無視されました。
「そんなことより、応接できる部屋が無い! こんなボロ屋にある訳無い!」
「ないないづくしじゃない! 結局、うちには何があるのよー!!」
「しるかー!」
私とお兄様の、絶叫が虚しくボロ屋敷に響き渡りました。
結局、お父様とお母様に相談して、寄親であるウィーデン伯爵から、いろいろとお借りして凌ぐことになりました。アリスティア様の名前を出すと、伯爵さまの態度がコロッと変わりました。それなりの値段であった賃料が無料になりました。現金なものです。もし、今回の訪問で、我が家とアリスティア様との間に、繋がりが出来れば、伯爵様は絶対すり寄って来るでしょう。
まあ、伯爵様の気持ちはわかります。
アリスティア様は、アレグザンター陛下が、次代の王、女王にしようとしているという噂まである御方。すり寄りたくなるのは仕方ないでしょう。
しかし、わかりません。そのようなお方が、何故に我が家を訪問されるのでしょう。
こんな貧乏準男爵家に、何があると言うのでしょうか?
マーゴとジョナスの家は、いくら下位貴族、準男爵家であるにしても、貧乏です。まともなティセットも無いとは……。