キャティ
2021.09.30 後話との矛盾解消のため、キャテイが一番最初に作られたという設定を削除。
十二歳の誕生日の朝、私はいつもより早く目が覚めた。
「え、なんで、なんで紋章が刻まれてるの? なんで、どうして!」
私の右手首には、しっかりと紋章が刻まれている。誰かの悪戯かと、擦ってみるも、当然そんなことで消えはしない。私はカインを叩き起こすために、心の中で叫んだ。
カイン! カイン! 起きて! 起きて来てよ!
カインも眠る時は眠る。三日に一回くらい。今日はその一回にあたる。
『おはよ、アリスティア。今朝は珍しく早いね』
早いとか、そんなのどうでも良いわよ! 紋章! 紋章刻まれてるじゃない!
『そんな筈はない! 僕は、君とエルシミリに、十二柱からの介入を弾く結界を施した。紋章を刻める訳がない!』
カインが珍しく、狼狽している。
訳がないって、これ見なさいよ!
私は、カインに見えるように、右手首を目の前に持ってきた。カインは普段、私の目を使ってモノを見てる。(緊急時は別らしい)
『ほんとだ…… ほんとに紋章が…… ん?』
『何だよ、これ! この紋章、十二柱、どれのものでも無いじゃないか!』
カインに指摘され、まじまじと右手首の紋章を見てみると、確かに、その紋章は十二柱のどれとも異なっているように思える。私の記憶違いかと思い、聖典を開いて確認してみた。
確かに違う、この紋章、十二柱のどれとも違う……
『アリスティア、呆けてる場合じゃない。エルシミリアを確認するんだ! 彼女も、やられてるかもしれない!」
私は、部屋と飛び出した。エルシミリアの部屋は隣、すぐに行ける。
ノックもせず、部屋に入った。エルシミリアは寝台の上、よく眠っている。その隣には、コーデリア。こちらもぐっすり。
またか、と思う。この子は、エルシミリアになつき過ぎ。あまりにも他者に依存するのは、感心しない…… って、今はそんなことは言ってる場合ではない!
エルシーの右手首を、確認しなきゃ!
彼女の右手を掴み上げた。
「同じだ、同じ紋章が刻まれてる……」
『ごめん、僕のミスだよ。僕は、十二柱だけしか想定していなかった。対十二柱用の結界を、君とエルシミリアに付与したから大丈夫と、高を括ってしまった。眠っていなければ、なんとかなったかもしれないけれど…… ほんとごめん、ごめんなさい』
珍しくカインが消沈している。でも、今回の事は、完璧に想定外の事態。誰が悪い訳でもない。私だって十二柱以外に、神がいるなど全く想像していなかった。
エルシーが目覚めた。
「ん、あれ? アリスティアお姉様? 反省文書かれていたのでは? んん……?」
寝起きの頭はちゃんと動いていないよう。反省文って何よ。
「おはよう、エルシミリア。私達、謎の神の眷属になっちゃったよ」
エルシミリアは、私の言葉に、目を見開いた。
「謎の神の眷属! アイアム、ミステリアス ガール!」
寝起きの頭は、全く動いていなかった。
英語はコーデリアから教えてもらった? 好奇心旺盛ね、エルシー。
謎の神の正体は、直ぐに解明された。
コーデリアが、元、真の神様である彼女が教えてくれた。
「あー、これは『キャティ』です。キャティ、懐かしいなー」
「キャティ? キャティって神? あなたが作ったの?」
コーデリアは遠い目をしたまま、私の質問に答えない。エルシミリアが焦れた
「コーデ、懐かしむのは後にして、説明の方を早くお願い」
「申し訳ありません、エルシ姉様」
エルシーも、ちゃんと目覚めて、事態を認識してからは、かなり狼狽している。この子は、突然のこと、ハプニングに弱い。本人も自覚しているようだが、そう簡単に改善出来るものではない。
「キャティも私が作った一柱です。ですから、キャティと他の十二柱、併せて、十三柱の神々を作ったんです。キャティ以外の十二柱には、カオスに沈んでいたこの世界を改変し、生きるに足る人生が送れる世界にするように命じました」
「十二柱にだけ? キャテイ神は?」
「キャティには何の役目も与えませんでした。一番愛着があったんです。お気に入りだったんです。だから私の手元に残しました。でも、それを、何の役目も与えてもらえないのは、私がキャティを軽視しているからとでも、思ったのでしょうか。ある時、ふっといなくなってしまいました」
キャティの話をしている時のコーデリアは、寂しげで、辛そうに見える。コーデが人への転生を決めたのは、キャティの出奔が切っ掛けとなったのでないだろうか。キャティが出て行ったことで、コーデリアは、一人になってしまった。下界を見下ろす天、さらにその上の天頂に、一人きり。私なら耐えられない。
「でも、安心しました。キャティは自ら入滅したんじゃないかと、心配してたのです。杞憂でした。お姉様達の紋章から、彼女の神力を感じます。全く衰えていません。元気にやっているみたいですね」
そう言って、コーデリアは穏やかな笑顔を見せた。
母親の笑顔。
未だ十歳のコーデリアに言うには、不自然な言葉かもしれない。しかし、そう思えてしまうほど、彼女の笑顔に慈愛を感じた。
コーデリアは、前世では、平行世界の私である。けれど、私、アリスティアと違って、神となって、自らの子、十三柱を作った経験がある。この差は大きい。ほんと大きい。
「アリス姉様、エルシ姉様、安心して下さい。キャティは悪い子ではありません。茶目っ気のある良い子です。お姉様達を、悪く扱うことはないでしょう。それに、もし、お二人を蔑ろにするようなことがあれば、私がとっちめてあげます」
コーデが、細腕を曲げて、力こぶを作った。でも、コーデの筋肉量では、微かに盛り上がった程度。微笑ましく、可笑しく。私もエルシミリアも、つい笑ってしまう。
私は人の親になったことがない。どういう感じなのだろう? どう心が動くのだろう?
「そうね、その時は頼みますよ。お母さん」
「はい、任せてください!」
コーデリアは、なんの戸惑いも無く、答えてくれた。
キャティ (キャット) 猫 。まんまです。