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デモンストレーション

 アレグザンター陛下とルーシャお姉様は、伝声の魔術を存分に使い、王都全体に自らの声を届けていた。


 伝声の魔術? 拡声器の魔術版?と、つい思ってしまうが、少々違う。拡声器のように、単に声を大きくするのではなく、自分の声(空気の振動)を届けたい相手の耳元に、喋ると同時に発生させる。タイムラグの無い優れものの魔術である。一方通行の携帯電話と考えると分かり易い。


 この魔術は、声が届きにくい大きな会場や広場程度の、広さで使われるもの。一つの都市全体などのような、広範囲で使われることは滅多に無い。もし、そのような使い方をすると、普通の貴族(シルバーやブロンズ)なら、すぐに魔力切れを起こしてしまう。しかし、陛下もルーシャお姉様も、魔力切れの様子など全く感じられない。


 当たり前である。陛下は「プラチナの中位」、ルーシャお姉様は「プラチナの下位」。伝声の魔術を広範囲で使ったくらいでは、一匙の魔力も使った気もしないだろう。プラチナとはそれほどのランクである。魔力格差社会の超勝ち組なのだ。


 私達は、王宮前にある大広場に向かった。この広場はサッカー場、九つ分くらいの広さがあり、万を超える人員を収容できる。その広場に、伝声の魔術で、陛下やルーシャお姉様の演説を聞いていた王都民が、続々と集まり始めている。この調子だと、すぐに人で埋め尽くされてしまうだろう。


 王宮前の広場には仮設の舞台が、既に設置されている。陛下と私達、四姉妹は、この上で魔術のデモンストレーションを行う。


 舞台の前方に、一本の境界線が敷かれ、その線に沿って等間隔に、衛兵が立っている。これは、貴族と平民を分けるための境界線。当然、舞台に近い方が、貴族用エリア、遠い方が平民用エリア。この世界は、厳然とした格差社会。貴族を平民と同じ場所に立たせることなど、有りえない。


「椅子が無いではないか! 我らを永遠と立たせておくつもりか!」

「王が駄目だと、使用人でさえ、この体たらく。のろのろするな! 早く椅子を持て!」


 大公達が、王宮の使用人達を怒鳴りつけている。困った人達だ。陛下も、私達も立ってデモを行うのだ。少々の我慢くらいしてもらいたい。二人にはこの言葉を進呈しよう。


 実るほど(こうべ)を垂れる稲穂かな。


 あ、でもこいつらが、改変したグランド・エフの種籾では、垂れるほど実らないかも。魔力容量がそれなりにあっても、魔術自体は下手そうに思える。私の偏見?


 ついに、広場は人で埋め尽くされた。どれくらい入ったのだろう。人の混み具合から見て、二万人弱くらいだろうか? ちょっとしたロックフェス並み。少々緊張して来た。


 陛下が仰られた。


「では、始めるか」


 私達、姉妹は、お互いを見て頷きあう。よし、頑張ろう。


 陛下と一緒に舞台に上がると、目の前には、人の海が広がっていた。数多の視線が一気に集まって来る。この圧迫感凄いね。ぽろっと感想がもれた。


「なんだか、急に人気の出たアイドルの気分……」


「アイドル?」

「アリスがまた訳の分からないことを……」

「『年下の男の子』でも、歌います?」


 キャンディーズって、

 コーデリア、あんた、本当に平行世界の私? 時代感覚違い過ぎよ。せめてモーニング娘くらいにして。


 デモンストレーションは開始された。


「まずは、コーデリア、アリスティア、エルシミリアが、神が見初めし者であることを、証明しよう。ルーシャは、高名な聖女。もはや、証明の必要はあるまい」


 私とエルシミリア、コーデリア、の三人は、一歩前へ出た。


「この者達は、十歳と九歳。まだ、眷属の紋章を取得していない。しかるに、魔術を自由に使いこなすことが出来る。神々の恩寵の賜物だ」


 一番前に陣取っている大公達が、薄ら笑いを浮かべている。どうせ、第二段階くらいだろうと、高を括っているのだろう。見て驚けよ。


「さあ、斬撃の刃を創出してみせよ!」


「#####!」

「#####!」

「 … 」


 私とエルシミリアは高速術式を使った。しかし、コーデリアは無詠唱。さすが、元神様。術の使い方の次元が違う。教えてよ、と頼んだけど、あっさり断られた。


 アリスティア、それ以上化け物になってどうするの?


 風の斬撃の刃が、私達の上空に三つ現れた。観衆はその大きさに驚いた。一番驚いていたのは、警備にあたっている騎士達。私達三人が作り出した刃は、騎士の中で飛び抜けた強者である騎士団長でも、到底作れないような特大のサイズだった。


 大公達も表情が変わっていた。騎士達ほど、度胸が据わっていない分、こちらの方が酷いかも。完璧にびびってる。ざまぁ!


 陛下が、高速術式を唱えた。


「#####!」


 私達の作った斬撃の刃のさらに上空に、私達の刃より三倍は大きい、有り得ないサイズの刃が、現れた。観衆は、驚きを通り越して、唖然としている。


 陛下が、右手をブン!と振ると同時に、陛下の作られた巨大な刃は運動を始めた。いったん遠ざかって行ったが、まるでブーメランのように弧を描きながら高速で戻って来た。私達三人は、自分達の三つの刃で、陛下の巨大な刃に立ち向かう。刃と刃が次々と交錯する。


 ギャイン! ギャイン! ギャイン! 


 三つの耳が痛くなるような金属音が響いた後に、残っていたのは、陛下の作られた巨大刃のみだった。私達の刃は、霧散した。一つたりとも残っていない。


 広場にいる二万に近い人々は息を飲んだまま、黙ったまま。


 陛下が、ふっと手首を振られると、一瞬で、巨大な風の刃が消えた。


 大きな歓声が沸き上がった。とてつもなく大きな歓声が。


 私はこれほどまでの歓声を、直接聞いたことがない。野乃の頃は、あまり競技スポーツに興味がなかったせいか、スタジアムなどには一度も足を運んだことがなかった。もし、運んでいたら、このような歓声を聞けたのだろうか。


 陛下は興奮する観衆に手を挙げて答えていた。そしてその歓声が収まって来ると、私達、四人向かって仰られた。


「本番にいくぞ、準備は良いな!」


   はい、陛下! 全員いつでも行けます! 


 四人全員が笑う。楽しい、とても楽しい。


 陛下が国民に語りかける。


「皆の者、今のは余興だ。これから、私が神々から授かった、真の力をみせよう! これを見て貰えば、皆の者も納得出来よう、私、アレグザンターが、この国の王として、そなた達の指導者として、国を。民を、この国の全てを守っていける力を持っていることを!」


 まずは、私達が露払い。


「 ラ ―――――― 」


 コーデリアのソプラノが響く。


「「「 ラ ―――――― 」」」


 私とエルシミリアのソプラノが重なる。

 

『「「「 ラ ―――――― 」」」』


 最後に、ルーシャお姉様のアルトが重なった。



 空間に光の粒子が現れ、空間を満たしてゆく、


 その光は白色。


 穢れの無い色、無垢な色。


 どのような色にも染まれる原初の色。


 光の粒子は加速度的に量を増し、広場から溢れ、どんどんどん、人を、街を呑み込み広がってゆく。ついには、ノルバート全体に充満した。


 光の粒子は、広がるのを止めた、そしてその代わりに、どんどんどん、密度を高めて行く、そして密度が最高点に達した時、光が爆発した。



 私達、四姉妹が行った魔術は、聖魔術、魂魄浄化の魔術。ルーシャお姉様に教えて貰った。一時的だが、人の魂から穢れを落とし、無垢な魂を呼び戻す。


 アレグザンター陛下には、このオールストレーム王国を末永く率いて欲しいと思っている。陛下は良き王だ。政策は堅実、未来をきちんと見据え、短絡なことはしない。そして、何よりも素晴らしいのは、相手を慮れる優しさがあることだ。これ以上の王を望めるだろうか?


 王都の民には、偏見のない素直な心で、陛下の魔術を、国の民に安寧をもたらしたいと、頑張ってる姿を、見て欲しかった。心に刻んで欲しかった。だから、この魔術を使った。使ってしまった。


 陛下には、心を落ち着ける魔術とだけ説明していた。



 光の粒子は全て消えた。


 残されたのは、五十万の無垢な魂。


 何者にでもなれる、しかし、今は、何物でもない魂。


 その魂達の願いは一つ。


 守って欲しい。


 私達は何者かに成りたい、そして、いつか 成る。


 だから、守って。それまで守って。


 私達は、未来を得たい、人生に色をつけたい、人生を楽しみたい。


 守って、お願いだから!


 その願いは、うねりとなって逆巻いた。


 五十万もの魂の願い、それはエネルギー、膨大なエネルギー。


 それらは全て、陛下へ向かって行く。


 

 ダメ! こんなの想定外! 想定外なの! やめてー!!



 アレグザンター陛下は体を震わせ、ガクッと膝をついてしまった。


「!!」

「陛下、大丈夫ですか! 陛下!」

「父上! 父上!」

「陛下!」


 私達は陛下に駆け寄った。五十万もの魂の思いが、一気に押し寄せたのだ、どんなに強大な魔力を持っていようが関係はない。人、一人が受け止めきれるとは思えない。陛下は、額にびっしり汗を浮かべ、とても苦しそうだ。


 何をやってるんだ、私は…… 陛下を助けるつもりだったのに。自分が、あまりに情けなくて、泣きそうになった瞬間、陛下の声が聞こえた。


「凄い魔術だ。本当に凄い…… 」


「 ! 」


 まじまじと陛下の顔を見た。冷や汗をかき、苦しそうではあるが、顔は笑っている。どうして……。


「民の気持ちが、心に入って来たんだ、今でも信じられない! 奇跡だよ!」


「で、でも、そのせいで、陛下はこんなに苦しそうに……」


「この程度の苦痛など、奇跡の代償だと思えばなんてことはない」


 陛下が笑う。頑張って笑っている。


「私は守るぞ、国の民を! 王は、民の父だ! 私が守らなくて誰が守る!」



 強い、なんて強いんだろう……。


 やはり、実務を担ってきた人は違う、そう思った。私のような、頭で考えるだけの小娘とは、根本的に違うのだ。私は魔力量において、陛下を遥かに凌駕している。だから私の方が強い? そんな訳はない。強さとは、そんなものではない。絶対にそんなものではない。



 陛下は立ち上がり、王宮前の大広場を埋め尽くす人々の方へ向き直ると、一喝した。


「何を呆けているのだ! 皆の者! 元に戻るのだ!」


 私達が行った魂魄浄化の魔術は、いささか強すぎた。穢れを落とし過ぎた。そのせいで無垢な魂が、一気に剥き出しになり、みんな茫然自失の状態になってしまっていた。


 コーデリアから魔力槽の譲渡を受けたおかげで、私達のランクが劇上がりしている。それの影響が出てしまった。ごめんなさい、ほんと、ごめんなさい。


 その一喝で、人々は普段通りの意識を取り戻した。


 あれ? 自分達は何をしてたんだ? そうだ、思い出した!

 今から陛下が、凄い魔術を見せてくれるんだ。どんな魔術何だろう?

 見たい、早く見たい!




    神与の盾!


 陛下は右手の掌を、天に向かって突き上げた。


「オールストレームの民よ! 上だ! 刮目せよ!!」


   バイン!


 広場の上空に、とんでもない大きさの、防隔・神与の盾が現れた。その大きさは、王宮より大きい。


 その、あまりの大きさに、貴族も平民も、開いた口がふさがらない。


「ダメだ、たった一枚では国を守れない! そなた達、民を守れはしない!」


 バイン! バイン! バイン! バイン! 

 バイン! バイン! バイン! バイン!

 バイン! バイン! バイン! バイン!

 バイン! バイン! バイン! バイン!


 次々と巨大防隔が現れ、私達の上空を右回りで、覆ってゆく、人々はそれを目で追った。


 バイン!バイン!バイン!バイン!バイン!

 バイン!バイン!バイン!バイン!バイン!

 バイン!バイン!バイン!バイン!バイン!

 バイン!バイン!バイン!バイン!バイン!


 防隔の出現スピードが、加速する。もはや、目で追うのは無理、首を振っても追いつけない。


 それでも、陛下の作り出す、巨大防隔は増え続け、遂には、ノルバート全体を覆ってしまった。もはや、空など全く見えない。見えるのは、眩い黄金の光を放つ、防隔・神与の盾の海。空に海とは、おかしな表現だが、もはや、そう言うしかない。そう言うしかない圧倒的な光景だ。


 誰も何も喋らない。物音一つしない。王宮前広場を埋め尽くすほど、人がいるのに……。


 私は、陛下と皆の顔を見た。


 皆、とても穏やかで幸せそうな顔をしている。陛下だけは、皆と表情は同じだけれど、額には汗がいっぱい。これだけの魔術を、一人でやり遂げたのだ、汗くらいかいて当然。


 お疲れ様でした、陛下。


 誰かが、叫んだ。


「アレグザンター陛下、万歳!」


 それが、決起になって、万歳三唱の大波が起こった。ダムの堤防が、壊れたかのような大波が。その波は何時までも続いた。何時までも、王都ノルバート全体を揺らし続けた。


 王宮に戻った後、私はコーデリアに魔法の言葉を授けた。


「イヤですよ。そんな子供っぽいの、恥ずかしい」


「私は言ったわよ。あなたは平行世界の私でしょ、言えるわよ」


「そう? 言えるかな?」


「うん。言えるよ」



 さあ、コーデリア。陛下に言ってあげて。



 私、大きくなったら、お父上のお嫁さんになります! 待ってて下さいね!


アリスティアのやろうしたことは善意ではありますが、一線を越えかけてます。非常に危うい。今回は陛下が救ってくれましたが、こんな幸運がいつもあるとは限りません。反省すべきでしょう。

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