嘘八百
「では、本題に移るとしよう。今日、集まって貰ったのは、このためだ」
陛下の言葉に、貴族達は安堵の溜息をついた、さすがに今の茶番のために、集められたのでは虚し過ぎる。
「皆も知っての通り、オールストレームは大陸一の強国。経済力、軍事力、共に他国を圧倒している。全ての他国が、敵にまわったとしても打ち破ることが出来る、民を守れる。私はそう信じていた。事実、ここ数十年、我が国と矛を交えようなどと考える愚かな国は、一国とてなかった。我らが恐れるべきものなど、この世界には存在しない、そう考えていた」
「しかし、先日、謎の巨大魔力球が現れ、それは幻想であることを思い知らされた。あれほどの魔力の塊が、爆散すれば、ノルバートの南側半分、いや王都全体が吹き飛ばされても、不思議ではない。それほど、あの魔力球は巨大で、圧倒的であったのだ」
「私は、王都に残っていた全騎士団と共に、南城壁へ向かい、防御を固めた。騎士達は皆、祖国に忠誠を誓い、命を擲つ覚悟をもった勇者ばかりだ。今回もよく頑張ってくれた。千人以上もの騎士達が、展開した防隔の魔術 『神与の盾』は南城壁の全てを覆った。それはそれは見事なものであった。私は、あれ以上の壮観な眺めを見たことがない。私は、騎士達を誇りに思う」
「けれど、私の心は絶望に埋め尽くされていた。騎士達の奮闘をもってしても、あの魔力球に対抗できるとは到底思えなかったのだ。幸い、魔力球は爆散することもなく、消滅してくれた。私は、ホッとした。そして酷く悲しかった」
「私には、ノルバートを、国を、国の民を、あのような圧倒的な脅威から守る力は無い……国を預かる王として情けない限りだ」
陛下はここで、いったん口を閉じられた。目も閉じられ、とても沈痛な面持ちだ。
大広間を埋め尽くす、大勢の貴族達は、陛下が話を再開されるのを、じっと待っている。
陛下が、話を再開された。その表情はとても明るい。
「だが皆の者、安心して欲しい。数日前、私は神々より『福音』を頂いた。私はもう、これまでのような、脆弱な王ではない。自信を持って、国を率いていける。再びまた、あの魔力球が現れようと臆したりはしない。勇敢なる騎士ともに、見事、皆を、国を守って見せよう。約束する」
陛下の言葉に対する、貴族達の反応はバラバラであった。歓喜する者、半信半疑な者、明らかに、陛下の言葉を胡散臭く思っている者、そして、バカにしまくっている者。
「ついに、兄上は頭がおかしくなったか。王としての重圧に耐えらえなかったのであろう。このような心弱き者が、国王などであって良い訳がない」
「ほんとです。父上も馬鹿な判断を下したものです。男爵出の側妃から生まれた子供など、ろくな者でないことなど、わかろーものなのに」
聴衆達の混乱をよそに、陛下は話を続ける。
「では、私に神々からの福音を、運んでくれた。巫女達を紹介しよう。さあ、ここに来てくれ」
『 神官ではなく、巫女? 』
『 巫女って、神の意志を告げるという…… 』
『 巫女なんて、とっくの昔にいなくなったのでは…… 』
『 福音を運んだ? 』
『 ?? 』
貴族たちは、さらに混乱した。
私達、四人は優雅さを損なわぬように、ゆったりとした確かな足取りで、大勢の貴族達の前へ出て行った。
観衆の前を進む私達は、全員、両端が錦糸の秀麗な刺繍で飾られたマントを、纏っている。色はパールホワイト。なるべく「巫女」らしく見えるようにと考えた。最初は、修道女服!とも考えたけれど、枢機卿の娘だったルーシャお姉様ならともかく、修道の誓いを立てていない、他の三人が着るのはどうよ? となり、却下となった。結果的には良かったと思う。暗い色の修道女服は地味だ。見栄えがいまいち。
「右から順に、紹介しよう」
「私の五番目の娘 コーデリア」
「癒しの聖女 ルーシャ」
「ゲインズブラントの双珠 アリスティア」
「同じく エルシミリア」
名前が告げられると、各自、カーテシーする。視線が集まるのを感じる。よく考えると、これほどの大勢の人の前に立つのは、初めて。皆と一緒で良かった。
コーデリアが紹介された時点で、集められた貴族達の口の殆どが、半開きになった。これはまあ、仕方のないこと、コーデリアの美しさは尋常じゃない。それに加え、彼女は王宮の奥に、数年も引き籠っていたため、王都にいる貴族でも、殆どの者は見たことも会ったことも無い。コーデリアは存在さえ忘れられていたであろう。それが突如現れ、現れたその姿は、神々の寵愛を一身に受けたかのように、光輝いている。驚き、惚けてしまっても誰も責められない。
コーデリアの御蔭で、私達三人への反応はそれなりなものだった。刺激は麻痺する。つまりコーデリア並みに驚いて貰おうと思えば、彼女より美しくないと駄目なのだ。絶対無理、驚いてくれなくて結構。
「この四人の娘達が、私に神々からの福音を、運んでくれた。そう、彼女達は『巫女』。神々と我ら、人とを繋いでくれる聖なる稀人なのだ。そのような存在が、我が国には四人もいる。私はこのことに、神々の意志を感じずにはおられない。神々は、我が国を、オールストレームの民を愛してくださっている。なんと素晴らしきことではないか!」
陛下の言葉は、伝声の魔術で、大広間の隅々まで届いている。そしてそれは大広間に留まらず、王宮全体、王宮の外、王都ノルバート全体に響きわたり、王都民、五十万の耳に届いている。
「さあ、ルーシャ。代表して神々の意志を告げよ」
「はい、陛下」
ルーシャお姉様は、陛下の方を向き、右手首の紋章を左胸にあて、頭を垂れた。
これは、陛下への臣従の意、陛下は無言で頷いた
その後、貴族達の方に向き直った。
ルーシャお姉様の凛とした声が響き渡る。こちらも、陛下と同様、伝声の魔術が使用されている。
「皆様。私達の国、オールストレーム王国は、神々より『神契の印』を授かった初代王様によって建国されました。その創建以来、二百年間、王国は大陸一の国家として君臨し、人の世の平和を守ってきました。しかし、世界はうつろうもの、永遠の安定などありません」
「時は流れ、盤石に見えた王国の礎にも、陰りが見えてきました。そうです、王国の要である、王族、そして私達貴族の魔力が、以前の世代に比べ弱まってきているです。初代王様はプラチナ上位の位階を持っておられました。しかし、現在ではプラチナの位階を持つ王族の方々はおられません。下々の私達も推して知るべしの状況です。神々は憂いておられました」
「どうして、人はこれほど弱くなってしまったのか……」
魔力容量が少ない貴族たちの顔が暗くなっている。忸怩たる思いがあるのだろう。
「神々は、今の人がどれほどの魔力を受け取れるのか試そうとしました。そして、その試しとなったのが、ここにいる、ゲインズブラント伯爵家の双珠、アリスティア、エルシミリアです。二人は、見事、神々が与えた魔力を受け取ることができました。普通、伯爵家クラスでは、シルバーの上位が得られれば、御の字です。しかし、エルシミリアはゴールドの中位。王族に匹敵します。そして、アリスティアは、なんとプラチナの上位。初代王様に匹敵する位階を得ました」
プラチナの上位という言葉に、溜息をついているものが多い。シルバーやブロンズの者達から見れば、神が持つ位階のように思えるだろう。本当は、私の位階、プラチナの上位は言葉にはして欲しくはなかった。陛下の位階が霞んでしまう。しかし、私がプラチナの上位を持っていることは既に、よく知られてしまっている。出さない方が不自然。仕方がない。
「これに喜んだ神々は、人の世界で最高の権威を持つ者、アレグザンター陛下の魔力を高めようと考えられました。しかし神々、十二柱の取り決めで、生まれた時に決まった魔力容量は、どの神もいじってはならないのです。神々自身の取り決めですので、神々も破ることはできません。そこで一計が案じられました。神々が直接陛下に贈るのではなく、間に人を挟めば良い。そしてその役目を神々より頂いたのが、陛下の五番目の王女。コーデリア殿下です」
おお! という感嘆が、眼前の聴衆から聞こえて来る。これは納得の感嘆。コーデリアの尋常じゃない美しさは、やはり神々が関わっていたのか!
「姫殿下は、神々より託された膨大な魔力を、陛下へ受け渡すという重大な役目をもって、お生まれになりました。しかし、幼子には、あまりにも大きな使命。その重圧で、姫殿下の心は病んでしまい、陛下への魔力譲渡は、なされぬままとなっておりました」
「そこで、神々は私、ルーシャとアリスティア、エルシミリアに天啓を下されました。
『そなた達、三人は我ら神々が見初めしもの、同じく見初めし、コーデリアの窮地を救うのだ、そして我らの意志を完遂させよ』
私達三人は、神のご意志に従い、姫殿下の侍女となり、お世話をさせていただきました。私達の微力も少しは助けとなったのでしょうか、姫殿下は見事、お心を、お立て直しになられました。そして、先日、神々のご意志が、コーデリア殿下によって成し遂げられました」
「陛下の魔力容量の位階が、プラチナの上位になられました! なんと素晴らしいことでしょう! 神々に感謝を!」
プラチナの上位! 大広間がどよめきまくった。
私の心にも衝撃が走った。
ルーシャ姉様、盛りましたね!
陛下の位階はプラチナの中位です! どうするんですか!
陛下のお顔を見ると、少し口が開いて、額には冷や汗が流れています。
これは完璧に、お姉様のアドリブ!
知りませんよ、私は知りません!
後で、よく考えてみると、普通の貴族からみれば、プラチナの上位も中位も、なんら変わらない同じもの。手が届かぬ、天上の位階なのだ。それに、その差を実感できる魔術など、殆どない。差が出そうなのは、戦術級の戦闘魔術(核爆弾に匹敵する)ぐらい。ようするにどうでも良い。
ルーシャ姉様、グッジョブ!
「私からの報告はこれまでです」
ルーシャお姉様が話を終え、陛下の方を見た。陛下が、笑顔で頷いている。さすが、陛下。ルーシャお姉様のアドリブの衝撃を、もう克服している。
ルーシャお姉様の言葉は、九割方、嘘八百である。しかし、そんなことを知る由もない貴族達は、大いなる感銘を受けていた。
お姉様は、聖女として、王都で数多の重病人、死を待つしかなかった者を救ってきた。眼前にいる貴族の中にも、親族を救われた者も多い。彼らはルーシャお姉様の信者となっている。聖女の言葉は絶対だ。その信頼が、周りに伝染してゆく、興奮がうねりを持ち始め、大広間を埋め尽くす貴族達をさらい始めた。この波は止めようがない。
「では諸君、私が神々に頂いた力を見せよう! さあ、外へ出るのだ、こんな狭いところでは見せられぬ!」
歓声があがった。
どんな凄い魔術を見せて貰えるのだろう! 貴族達の期待が膨れ上がってゆく。
私達は、陛下に次々と話かけた。
「みんなの度肝を抜いてやりましょう、陛下」
「陛下、きっと伝説になりますよ、伝説に」
「大公殿下達、びびって漏らすかもしれませんね。あら、わたしったらなんて下品な」
「父上様、私もがんばります」
陛下は、にこにこと私達の言葉を聞いていた。その顔は、どうみても一国の王の顔ではない。どこにでもいる、子煩悩の父親の顔だ。
お父様やお母様が、懐かしくなった。
これが終わったら帰ります。もうすぐです。
ですから、もう少しお待ち下さいませ。
お父様、お母様。
追伸。
新しい妹が出来ました。一緒に連れて帰りますので、よろしくね。
脚本考えたのはアリスティア。でも、ルーシャが一番大変でしょう、あのセリフ量。プラチナの上位のアドリブ、腹立ちまぎれに入れたのかもしれません。