アリスティア
2/16 なんか違うなーと思うセリフ、少し直しました。
「いいかい、アリスティア」
お父様を見上げながら、はっきりとした声で私は答える。
「はい、お父様。心の準備はできています」
お父様は「神契の印」の入った箱の蓋を外した。お母様が溜め息をもらす。
「何度見ても、素晴らしい美しさね。裏の草花の文様も奇麗だけど、表のこれも良いわ、神の世界の文字なのかしら?」
「お母様もそう思われるんですね。わたしもです。読めたらいいのに……」
おい、おい、先ほどまでの悲壮感はなんだったんだ? とお父様が苦笑する。
「だって、アリスティアお姉様が心を決められてるんです。わたし達が深刻ぶっても、仕方ありません」
エルシミリアが精いっぱいの笑顔を見せてくれている。
『賢い妹だわ、エルシミリアには一生勝てる気がしない……』
心の中で、声が続けて響く。
『これから、あなたに体を渡すわ。がんばってね、野乃』
一瞬で、体の自由が戻った。いきなり、観ていた映画の中に入ったような感じで戸惑いを覚える。しかし、そんなことに関係はなく物語は進んでゆく。
「さあ、受け取りなさい、おまえの『印』だ」
お父様は、私が受けるように差し出した掌の上に、私の『印』をそっと置いた。
掌に、載っているのは銀色のメダル。
ああ、本当に『印』だ。神が贈った、私の『印』……
私を取り巻く世界が真っ暗になる。
でも、贈ったのは、この世界の神々じゃない。
……500円玉。
人生最後の日に、葛城神社で私がいれた、お賽銭。
これは印
私の印
私の愚かさの「印」
死ぬ寸前、私は自分自身の愚かさを棚に上げて、神様に悪態をついたっけ。
だから、返してくれたの? こんな異世界にまでさ。
ほんと律儀だね、葛城の神様、いえ、MY神様。
私、葛城野乃は、日本で、大阪で、頑張って生きたよ。
頑張って15年間生きた。だけど、悔いしか残ってないよ。
私は誰も幸せにできなかった。母や兄、家族でさえも。
私が死んだのは、自分のせい、それはよく分かってる。だけど……
ふざけないでよ!!
なんでこんなもの送って来るの!
生まれ変わった後まで、後悔して生きろっていうの!
もう忘れさせてよ! 死ぬ間際に十分後悔した!
泣いた! 叫んだ! もう許してよ!!
神様なんて、大嫌い!!!
『野乃! どうしてそんな考え方しか出来ないの! これは、愚かさの「印」なんかじゃない! あなたが15年間、頑張って生きた「印」よ! 神様からの祝福よ! なんでわからないの!』
生きた「印」… 神様からの祝福… なによそれ。
『普通、人は生まれ変わっても、前の人生の記憶はもらえない、だから、同じ過ちを繰り返す、自分の愛する人達、愛してくれる人達を、また不幸にする』
『そうならないように、神様はあなたに記憶をくれた、こんな、別の人生を生きた「印」までくれた』
『なんて、優しい神様、こちらの神々とは大違い、涙が出てくる』
『野乃、後ろばかり見るのはやめて、もっと前を見て、周りを見るの』
今のあなたにも、素晴らしい家族がいるでしょ!
もったいないくらいの家族が!
「アリスティアお姉様!」
「アリスティア!」
「アリスティア! どうした どうしたんだ!」
私を囲んでいた闇が消える、視界が広がる。
「お父様、お母様、エルシミリア……」
「おお、良かった! 心配させるな」
「ほんとです! 『印』を見るなり、目をつぶって黙り込んでしまって、お父様が肩を揺すぶっても、だまったままで、またこの前と同じになるのかと……でも、良かった、ほっとしました」
「アリスティア、気分が悪いとかない? 少しでもあったら言うのよ」
私の目の前には、三人の家族がいる。
ロバートお父様
エリザベートお母様
エルシミリア
みんな、私、アリスティアを愛してくれている、心配してくれている、一緒に生きてくれている。もう一人の私が言っていた。
『 アリスティアは幸せ者 』
ほんとそうだ。
三人は、私が「印」を見ても倒れなかったことに安堵している。その、優しい表情を見ていると、涙が出てくる、いっぱい湧いて来る、止めることが出来ない。
うわーん!
私は泣いた、大泣きした。喜びの感情を止められない。
でも泣いたっていいでしょ、だって、アリスティアはまだ子供、十歳なのだ。
突然、泣きだした私に、三人はびっくりし、戸惑っている。
「ああ、やっぱり見せるんじゃなかった! 神々が与えた試練は重過ぎる!」
「なんで、この子なんでしょう、神々は酷すぎます。」
「アリスティアお姉様…… うわーん!」
エルシミリアが私に飛びついてきた、大泣きが二人になった。
お父様とお母様は、オロオロするばかり。
お父様、お母様、エルシミリア。これはただの500円玉、「神契の印」なんて大仰なものではないよ。神々は私に試練なんて与えてなんかいない。これはいつかちゃんと説明するよ。
でも今は泣かせて。
『野乃……』
『転生というのはね、単に亡くなった者の魂が生まれ変わるのではないのよ。新しい無垢な魂が付け加えられ、混ぜ合わされてから生まれ変わるの』
『本来なら、あなたの魂も完全に混ざり合わされて、アリスティアとして生きる筈だった。けれど、悲しい死に方をしたあなたの魂はイジケて、混ざりきれなかった。ちゃんと混ざれたのは半分くらい』
『混ざりきれた部分が、私。今までアリスティアとして十年間生きてきた』
『混ざりきれなかった半分は、魂の奥に籠って出てこなかった、それがあなた』
『でも、時々、覗き見してたみたいね、だからアリスティアとしての記憶がある。ほんと臆病さんね』
ごめんなさい。
『今さら、謝ってもダメって言いたいところだけど、許してあげる。怠けてた分、頑張ってよね』
うん、私がんばるよ、めっちゃがんばる。
『十年間、アリスティアとして生きてきた。愛されて幸せだった。でも、どうしても私は空虚だった、自身の半分のあなたがいなかったから』
『けれど、もう大丈夫、あなたは戻って来てくれた』
『さあ、野乃、いえ、アリスティア!」
私達、アリスティアの本当の人生を、今始めましょう!
ようやく転生に一区切り。次回は少し箸休め的な話を。