勧告
「私達の役割はわかりました。陛下とともに示威行動をすれば、良いのですね」
ああ、と陛下は頷いた。そして当然の疑問を尋ねて来た。
「しかし、術の方は大丈夫か? そなたらは、ルーシャ嬢以外は紋章取得前、数日の特訓でいけそうか?」
「陛下、ご安心下さい。アリスティアとエルシミリアは、私が日々、鍛えております。特訓など全く不要でございます」
「素晴らしいぞ、オリアーナ!」
陛下が大叔母様を賞賛した。騎士団長として復帰しないか? とまで言っている。
しかし、大叔母様の特訓に耐えて、頑張っている私への、褒め言葉はなかった。何故に? 褒めてよ、ぐれるよ。
「それなら、問題はコーデリアだけか……」
「陛下、姫殿下が一番問題ありません。全ての分野の魔術を自由に使えます」
「ウソを申すな」
私の代わりに、師匠・大叔母様が答えてくれた。
「ほんとですよ、陛下。姫は現時点で私を越えています。天才です」
コーデリア姫の術式生成能力はとんでもない。カインの言によれば、魔術に関しては、十二柱でさえできない効率で生成できるらしい。何か、私達の知らない方法や秘訣があるのだろうが、皆目見当がつかない。
陛下が頭を抱えてしまった。養女の件を激しく後悔しているよう。反故はダメですよ、受け付けません。
「ところで、結局、陛下は大公家をどうなされる、おつもりなのですか?」
「大公達、弟達は引退させる」
「引退? 処分はたったそれだけですか? 甘過ぎると思うのですが……」
「大丈夫だよ。弟達の後を継ぐ、甥達は、親と違って賢い。向こうの方から領地を返上してくるよ。大公家は消滅する」
「そう上手く行くものですか」
「いくさ、私達が見せるものを見れば、彼我の差を思い知る。それに、義母上様に、以前から働きかけていた。昨日の晩に手紙が届いたよ。もう大公家を守る意志はないとのことだ、魔力球の件が相当堪えたんだろう」
外堀は埋まってるようだ。陛下も傲慢な大公家を、無策のまま放置していた訳ではなかった。少しほっとした。
「では、解体された後、大公家の方々の扱いはどうなさるのですか?」
「それなりの領地を与え、普通の王族に戻ってもらう」
「王族!、彼らに次の国王になれる可能性を残すのですか。 禍根は立つべきです。最低限、臣籍降下は必要ですよ」
やはり、アレグザンター陛下は甘いと思う。性格が優し過ぎるのだろう、悪いことではない、むしろ良いこと。しかし国王としてはどうだろう。時には果断な処置も必要だ。
「アリスティア、我が国の人口を知っているか?」
「確か、三千万くらいだったかと」
「そうだ、三千万人いる。大陸最大の国家だ。それなのに、王族はたった五家しかない。二つの大公家を臣籍降下させてしまうと、残り三家のみだ。これでは硬直してしまう、まともな為政者を出し続けるのは至難になってしまう。人には寿命があるが、国家には無い。それを考慮せねばいかん、一時の安定のために、未来を棄損してはいけない」
「浅慮でした。すみません、陛下」私は頭を下げた。
私には国のトップに立つということが、どういうことであるかが、全くわかってない。当たり前だ。野乃は十五歳まで、アリスティアに至ってはまだ、十歳。子供を脱して成人になったことがない。なのに、その自覚はあまりにも薄い。何故なのか? 理由は分かっている、
魔力。
今、この世界で、私ほどの魔力容量を持っている者がいるだろうか? コーデリア姫は以前は、私より多かったようだが、魔力槽を大量に他者へ譲渡したため、彼女の今現在の容量は、プラチナの中位に落ちてしまっている。(唯一、エルフのユンカー様が、私を越えている可能性があるが、容量不明なのでカウントしない)
この世界は魔力がものを言う世界。そえゆえ、膨大な魔力がもたらす万能感はとてつもなく、人を惑わせずにはおかない。心しておきたい。これはとても恐ろしいことだ。
アレグザンター陛下から、二人の大公に引退勧告がなされると、王宮の大広間は騒然となった。当然、当事者の、エルトレント大公 モンタギュー と グランケイン大公 セオドリック は、反論して来た。
「兄上、両大公領は、先王陛下が私達に託されたもの、いくら兄上が現国王とて、そのような暴挙はできませんぞ、先王陛下の御意志を蔑ろにするのですか! 側妃の息子である兄上を、国王にして下さったのは、どなたですか! あなたには先王への忠誠心が足りない。そのような不忠な王の命になど、従う気はありません!」
「そうだ、アレグ兄上、私も引退など絶対しない。だいたい、先日の件だとて、兄上が浅慮過ぎるのだ。あのような危険な場所へ、我々三人全員が出ていってどうするのだ? もし全員死んでしまったら、この国の舵取りは誰がするのだ! 」
宰相が口をはさむ。
「大公殿下、ここは居間ではございませぬ。兄上、ではなく、陛下、でございます」
「五月蠅い!そなたは黙っていろ、伯爵ごときのくせに、分をわきまえんか!」
陛下が答えた。
「叔父上達がいる。王子だって、沢山いるではないか。彼らには帝王教育を施してある。大公家ではやっておらぬのか?」
「そういう問題ではない! いくら教育したって若造は若造に過ぎない。耄碌した年寄りと頼りない若造ばかり残してどうする! 兄上は考え無しだ、王失格だ、引退すべきは兄上だ!」
大公の言っていることは、あながち間違ってはいない。しかし、「耄碌した年寄り」、「頼りない若造」、これはいけない。このような言葉を使っているようでは、誰も味方になどついてはくれない。大公達の底の浅さが、如実に表れて来た。
「もう、見苦しい言い争いはやめよう」
アレグザンター陛下はこめかみに手を当てながら首を振る。
「モンタギュー、セオドリック、そなた達は勘違いをしておる。私がしたのは、勧告だ。命令ではない。辞めたくなければ、辞めなくても良い。末永く頑張ってくれ」
「……」
「……」
陛下の言葉があまりにも肩透かしだったので、大公達はどう反応して良いか、分からないようだ。それは大広間を埋めている、大勢の貴族達も同様。微妙な雰囲気が大広間に充満する。
国王陛下は、何がしたいんだ? 何のために我々を集めた?
その聴衆の不満を、陛下が宥める。
「では、本題に移るとしよう。今日、集まって貰ったのは、このためだ」
よし、私達の出番だ!
私達、四人がいるのは、入口の近くに下げられた、大きなカーテンの陰。陛下が入られた後、こっそりと出て、カーテンの後ろに隠れた。
私は、一人一人の顔を順番に見た。
エルシミリア、ルーシャお姉様、コーデリア。
みんな笑ってる、緊張なんて、誰もしていない。
私が右手を前に出す、皆の右手が順番に重なってゆく。
「ルーシャお姉様」
私は促した。長女の仕事をして下さい。
お姉様は「私?」って感じだったが、すぐ頷いてくれた。
「皆、これが私達、ゲインズブラント四姉妹の最初の共同作業よ」
「陛下の憂いを、国の憂いを、解消するの」
「見事成し遂げましょう!」
「わかったわね、皆!」
「「「 はい、お姉様! 」」」
ゲインズブラント家最強~。こんなに強くしてしまったどうしよう。