コーデリア姫の謝罪(2)
「父上、私は、親不孝で、愚かな娘でした。これからは生活態度を改め、良き娘になれるよう努力いたします。これまでのこと、誠に申し訳ございませんでした」
コーデリア姫が深々と頭を下げた。
「そんなことは、もう良い。こちらへ来い」
「はい」
コーデリア姫は、アレグザンター陛下の元へ行き、その小さな手を、陛下の手に重ねた。
「父上、聞いていただけますか」
「聞くぞ、なんなりと申せ」
「はい」
コーデリア姫は陛下と視線を合わせた後、視線をゆっくりと落とす。そして語り始めた。
「これまで、私の心には 虚しさしかありませんでした」
「世界も、人も、自分の心、感情でさえも、ただの作り物に思えて仕方なかったのです。父上をはじめ、多くの方が、私に愛情を示して下さいました。しかし、それらでさえ、作り物、真の心から、魂からのものとは、思えなかったのです。だから、皆様の愛情に応えることが出来ませんでした」
「世界は作り物、人も、その人の心も作り物。よく考えてみれば、当たり前のことなのです。だって、私達が生きるこの世界は、その世界で生きる私達は、全部、神々が創りしもので、あるのですから」
「神々は、人、一人一人に、心と体を与えて下さいます。それらは作り物です。でも、その作り物は生きています。生きて、色々なものを積み重ねてゆきます。そうして、積み重なって出来て来るもの、それは、もはや作り物などではないのです。父上、母上、ノエル兄上、ユンカー様、皆様が、私に示して下さった愛情は、そういうものでした。真のもの 真心であり、虚ろではなかったのです」
「しかし、私はそれに気づかず、虚無感に満たされ、無為な日々を送ってしまいました。なんと、情けない。私ほど愚かな娘は、この世におらぬことでしょう。穴があったら入りたい思いです」
陛下が優しい口調で諭す。
「そう、自らを下げるでない。おまえは、自らの過ちに気づいた、だから良いではないか。 死ぬ最後まで、気づかぬ者も多いのだ。おまえはまだ、九歳。無知を恥じる年ではあるまい」
「そうですね、私はまだ、たったの九歳でした。部屋に籠ってばかりでしたので、自分を大人のように感じておりました。ほんとバカですね」
「ああ、ほんとバカだな、バカだった」
陛下もコーデリア姫も声が少し震えている。私、アリスティアがここにいなかったら、抱き合って泣けただろう。少し申し訳ない気になった。
「今回、ルーシャ、アリスティア、エルシミリアの三人を、私の侍女にしてくれましたこと、父上には本当に感謝しております。彼女らは、とても親身になって、私を導き、過ちに気づかせてくれました。三人は私の恩人です」
「おお、アリスティア嬢、よくぞここまで、コーデリアを立ち直らせてくれた。礼を申すぞ、他の二人にも改めて礼を言おう」
「陛下、勿体ないお言葉です。しかし、今回、姉と私は、大したことは出来ておりません。姫と心を繋ぎ、鼓舞したのは、妹のエルシミリアでございます。お褒めくださるのなら、エルシミリアを褒めてやって下さいませ」
「そうなのか? エルシミリア嬢がお前を救ってくれたのか?」
「はい、ルーシャやアリスティアにも世話になりましたが、私が立ち直るきっかけをくれたのが、エルシミリアです。彼女には大変感謝しますと共に、一生、お姉様としてお慕いしたいと思っております」
コーデリア姫の頬が少し赤くなっている。マジか?
マジでコーデリア姫は、エルシミリアに落とされたのか? やばいな。コーデリア姫の前世は、平行世界の私。その彼女が落とされたということは、私もエルシーに落とされたとしても、なんら不思議ではない。恐ろしい妹を持ってしまった、どうしよう。
陛下は、それを聞いて、大変驚いていた。陛下から見て、エルシミリアは一番地味な存在に見えていたのであろう。陛下、見る目を磨かないと。はっきりいって、エルシーはラスボス、お気を付けあそばせ。
では、そろそろ交渉の手続きに入ろう、私はこのために、ここに、姫殿下について来たのだから。
「陛下、後で宜しいので、時間を下さいませんか? 内密のお話がございます」
陛下は了承してくれた。
陛下が時間をとってくれたのは、翌日の午後。
陛下の執務室は、人払いがなされ、いるのは、私と陛下、そしてオリアーナ大叔母様の三人のみ。
陛下は、魔力量枯渇から殆ど回復されている。さすが、王族である。ロバートお父様なら、まだ寝台の上であろう。
「オリアーナ、今日は、そなたが話すのか?」
王都在住の大叔母様は、稀代の女騎士だったことで有名人。陛下とは当然お知り合い。何度も会ったことがある。
「いえ、本日の私は付き添いです。アリスティアとお話し下さいませ」
大叔母様が元騎士らしい、きりっとした口調で返す。
「では、アリスティア嬢」陛下が促される。
「はい、陛下。私がお話したいのは、『私達への褒賞』と『それを希望する理由』についてです」
「うむ、順番に話していこう。まずは、褒賞についてだな。そなた達は、コーデリアを、立派に立ち直らせてくれた。もらう権利は当然ある。何なりと申してみよ」
「何なりとですか?」
「何なりとだ。金貨か、領地の加増か、賦役の削減か?」
私は、にへっと笑った。途端に陛下の顔がイヤそうになった。とてもとてもイヤそうになった。会心の微笑みを見せたのに、失礼である。
「いえ、私達が頂きたいのはそのようなものではありません。頂きたいのは、王女殿下です。コーデリア姫を養女として下さいませ」
この時の陛下は、今でもよく覚えている。魂が抜けた感じ。もう、勝手にすれば~って感じ。
すぐに陛下の魂は戻って来た。
「バカを申すな! せっかく立ち直ってくれたのに、養女になど出してたまるものか!」
「そうは言われましても、エルシミリアが欲しがっているのです」
「何故、そなたの妹が、コーデリアを欲しがるのだ」
「エルシミリアは、美少女コレクターなのでございます。美少女を見ると、自分のモノに、したくて、したくて堪らなくなってしまうのです、陛下」
「堪らなくなってしまうとは、そなたの妹は、病気だ、入院させるべきだ」
「入院ねー、我が伯爵家にも体面がございますからねー、頭の痛い問題でございます。陛下」
「頭が痛いのはこちらの方だ」
「しかし、この縁組は陛下にとっても、姫殿下にとっても良い話だと思うのです。私どもも、姫殿下と姉妹になれるなど、望外の幸せでありますし、双方損はありません」
「良い話? どこが良い話なのだ」
陛下は少し話を聞く気になってくれた。
「コーデリア姫は立ち直ったとは言っても、何年も引き籠っていたため、全くもって世間慣れしておりません。だのに、コーデリア姫は神の化身のような美姫。多くの海千山千の貴族が、群がってくることでしょう。それを避けようとすると、姫殿下を隔離することとなり、以前と同じになってしまいます。
これでは姫殿下が可哀そうです。しかし、オルバリスのような田舎なら違います。コーデリア姫はゆったり暮らせることでしょう。回復は徐々になされねばなりません」
「コーデリアへの利点は分かった。では私への利点とはなんだ」
「わかってらっしゃるのに…… まあ、言いますけれど」
私は陛下を横目で見た。明らかに分かってる顔をしている。しかし、誤解なきよう言葉にするのは重要だろう。
「コーデリア姫がゲインズブラント家に養女になるのは、ライナーノーツ家が、陛下以外の王族には、つかないという意志の表明です。しかも、陛下とライナーノーツ家の間に、ゲインズブラントを挟んでおりますので、両者の関係はべったりではありません。ですから、陛下とライナーノーツ家の関係は、普通の主君と臣下の関係の延長線上でしかなく、陛下の権威はいかほども棄損されないのです」
「詭弁だな」
「詭弁です。ですが、詭弁を無しに世の中動きますでしょうか? 何事も建前は守りつつでございましょう」
「わかった。ライナーノーツが、大公達につかない保証があるだけでも、有難い。だが、コーデリアがせっかく立ち直り、父と娘の時間を作れると喜んでいたのに、すぐに外へやってしまうのは、なんとも寂しいことだ」
「寂しい? 何時でも瞬間移動で会いに来られれば良いではないですか」
「簡単に言ってくれるな。瞬間移動は魔力が大量にいる。いくらゴールド上位のわたしとて、ホイホイと使う訳にはいかない」
「ゴールドの上位? 違いますよ、陛下はもう、プラチナの下位、もしくは中位になっておられます。その筈です」
「アリスティア嬢、何を言っている、そんなことはありえない」
「ありえます。コーデリア姫は、神々が、陛下に贈られた福音だったのです」
「まあ、あれだけ美しい娘をもてるのは、父親にとっては、福音と言えるな」
「そのような例えでの福音ではありません。本物の福音なのです」
私はまくし立てた。
「神々は、王国をより良く治めていけるよう、陛下に、福音として、さらなる魔力容量を下賜しようと思われました。そして、その福音を贈る役目を、陛下の五女として生まれるコーデリア姫に託したのです。ですが、姫殿下が、心を閉ざされてしまったため、陛下に、福音は贈られぬままになっていました。しかし、姫殿下は立ち直りました。陛下へも心を開かれました。神々の贈り物は、すでに陛下に届いています」
「アリスティア嬢、それは本当なのか? 本当だったとして、どうしてそのようなことを知っているのだ?」
「本当です。私が知っているのは、ルーシャお姉様に聞いたからです。お姉様は、二柱もの神に愛される聖女、教皇様より神々に近きお方。そのお姉様が言っておられるのです。間違いありません。お疑いでしたら、すぐにでも、教会へ跳んでみて下さいませ」
陛下は直ぐに、移動なされた。
私とオリアーナ大叔母様は、陛下が戻って来るまでの間、お喋りをして過ごした。
「プラチナの中位……」
執務室に瞬間移動で戻って来た、アレグザンター陛下は呆然とした様子。
「まあ、陛下、下位ではなくて、中位だったのですね。素晴らしいです!」
「陛下、おめでとうございます!」
「お、おう、二人ともありがとう。まだ信じられない。しかし、これで憂いがなくなった。もう大公達に遠慮することはない。存分に(政治を)やれるぞ!」
よし、陛下がやる気になってきた。もう一押し。
「私も協力いたします! 陛下。まずは相手に陛下の力を見せつけましょう!」
「そうだな、見せつけて士気をくじこう!」
「くじいて、くじいて、くじきまくって、その後で!」
「その後で!」
私とオリアーナ大叔母様がハモる。
「「 レッツ 粛清! イエーイ! 」」
陛下が固まっているように見えるが気にしない。
十歳児、アリスティア、世界の中心で 粛清 を叫ぶ。
魔力のインフレが凄いことに。もう遅いような気がしますが、少し抑えたいです。