謝罪
この体に戻ったのは、十年ぶり。
感想は、大きい。
アリスティアは今、十歳(来月で十一歳になる)。やはり、十五歳の野乃の体は違う。背も手足の大きさも段違い。その感覚に少々戸惑う。普段は、自分と全く同じ高さにある、エルシミリアの顔を見下ろしている。エルシーが、より子供に見える、より可愛く見える。愛しくて たまらない。
何も言わず、彼女を一気に引き寄せ、抱きしめた。
「きゃ! お姉様、突然にどうしてたのですか」
「どうもしないよ、どうもしない」
小さなエルシーを抱きしめていると、泣けて来た。
また、やってしまった。どうして、自分の考え無しは治らないのか。
昨日、エルシミリアがコーデリア姫を煽り始めた時は、驚いた。けれど、彼女の意図はすぐ分かった。不敬な態度をとることで、コーデリア姫を怒らせる。その高ぶる感情に、こちらが、がっちり組み合うことで、コーデリアに、他者を認めさせようと、エルシーは考えたのだろう。
悪くないやり方だと思った。好きの反対は、嫌いではなく、無関心。無関心は最悪だ。コーデリア姫に無関心になられてしまうと、私達は働きかけようがない。だから、エルシーの始めた方法は悪くないと思った。彼女のやり方に乗ってみよう。
『魔術戦が良いです。エルシミリアは戦闘魔術が得意です』
どうせ、やるなら、より過激にやった方が良い。その方が高い効果が望めると考えたのだ。何でもやり過ぎてしまう。私の悪い癖だ。
あの時の私の頭の中にあったのは、昭和の青春ドラマによくあるシーン、夕日に映える土手で、さんざん殴り合った後、互いを認めて、男達が友達になる超定番シーン。
『おまえ、凄いヤツだな』
『おまえこそ』
ローカル局で、たまたまやっていた再放送を見て、晶兄さんと二人で大笑いした。
『笑える、ほんと笑える!』
『だろ、女子的に、こういうのどうよ? ありえるか?』
『ない、ない、女子は嫌いになったら、徹底的に嫌いになる、ありえへん!』
とか、言っていたのに、しっかり影響されてしまっています。アホです、バカです。
ここからは言い訳です。
アホバカの私でも、何も考えずにエルシーをコーデリア姫と戦わせようとしたのではありません。コーデリア姫の、ハイスペックな魔術能力は、ノエル殿下から聞いていました。けれど、エルシーにカインを貸すことで、解決できると思っていました。姫の弱点、体力の無さも気づいていました。普段の動作の遅いこと、遅いこと。
それに、絶対勝てる(と、その時は思っていた)手段も考えていました。
私の「印」カインは、以前とは違います。瞬時に、人に、昔の私、野乃になれます。コーデリア姫が、魔術の効かないエルシーに翻弄され、へとへとになった頃、タイミングを見計らって、人の姿になったカインに、姫を拘束してもらうのです。少々卑怯ですが、勝ちは勝ちです。負ける方が悪いのです。
私が考えていた、このような作戦は机上のものでした。
想定外のコーデリア姫のパニック暴走という現実が、あっさりと崩してくれました。
そして、私の失策の皺寄せの殆どが、エルシーに向かいました。
どんなに怖かったでしょう、恐ろしかったでしょう。辛かったでしょう。
コーデリア姫の作った、超巨大魔力球を、皆と一緒に必死に防隔の魔術で抑えている時、エルシーがコーデリア姫の首元に手をやろうとするのを見ました。
私は、自分自身に絶望しました。
私は、前世で自分のミスで命を失くしました。それなのに、今生でもまた、私の浅慮のせいで、大切な妹、私を大変慕ってくれているエルシミリアに、殺人の咎を背負わせようとしている。
ノエル殿下とユンカー様の顔も見ました。悲痛以外の何物でもありません。
ダメです。私の心は耐えられません、壊れてしまいます。いえ、自ら壊すのです。
壊れた心は、悲しみを感じません。何も感じません。
そうです。卑怯者です。私は、基本、卑怯なのです。最低です。
でも、エルシーは、コーデリア姫を殺さない未来を選択してくれました。そして、見事、姫の魔術暴走を停止させ、私達を救ってくれました。いくら感謝してもしきれません。涙が溢れて来ます。
「エルシー! エルシー! エルシー! エルシー! 」
「どうしたのです、アリス姉様。痛いですよ。今のお姉様は、大きいのです、力が強いのです」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「何を謝っているのですか? わたしはお姉様に感謝していますよ」
「感謝って…… 私の浅はかな考えのせいで、あんな恐ろしい状況に追い込まれたのに?」
「はい、以前のわたしなら、コーデリア姫を殺していたことでしょう。だって、そうしないと皆の命が無くなってしまうのですから。ふふふ」
何故、笑うの? エルシーには姉である私にも、よく分からないところがあります。
「でも、アリス姉様が、わたしを変えてくれました。コーデリア姫を殺さないエルシミリアを、わたしにくれました。殺さないで済む道を探す、勇気をくれたのです。だから、感謝しています。それだけです」
「それだけって…… 凄いね、凄いよ、エルシミリア。ほんと凄い」
「何です、お姉様。褒めたって何も出ませんよ」
「ううん、本当よ。もう、姉と妹の関係入れ替えようよ。私がエルシーについていくよ」
「イヤですよ。こんな、でっかい妹、欲しくはありません」
「これは、野乃の体だから、今の体、アリスティアの体に戻れば、小っちゃいよ、同じだよ」
「それでも、イヤです。わたしは甘えたいのです。お姉様には、お姉様でいてもらわないと困ります。それに、妹候補は考えてあります」
「妹候補? 誰なの?」
「コーデリア姫です、コーデリア姫」
「姫! 相手、王女様よ、うううん、王女どころか、元神様なのよ。それを妹にって、よく考えられるわね」
「そうですか? あの超絶に可愛いコーデリア姫が、満面の笑みを浮かべながら、『エルシミリアお姉さま~!』って抱きついて来たら、幸せだとは思いませんか? わたしは幸せですよ」
「ですよって、言われても。王女様を妹にって感覚がどうしても持てないよ。野乃の頃、私は庶民だったもの」
「まあ、お姉様は庶民でしたの、汚らわしい。近寄らないでくださいますー」
「エルシー! 庶民なめないでよね、革命おこすよー!」
「きゃ! ごめんなさい、冗談ですよ冗談! 庶民のお姉様も素敵ですー!」
「ほんとに、もうっ」
私とエルシミリアが、姉妹としての微笑ましい交流を行っていると、突如、後ろから女性の声がした。
「あなた達、いい加減にしてくれる。あたしの心の中で、じゃれ合ってるんじゃないわよ」
私とエルシミリアはすぐに振り返り、彼女を見た。
姿形は全く違う、でもすぐにコーデリアだと分かった。エルシーも分かったようだ。
声の主は、十七歳くらい、黒髪ロングの女の子。野乃に似ていた。
双子のように、そっくりと言う訳ではない。よく見れば、違っているところも多い。髪の長さは勿論違うし、目の大きさは同じくらいだけれど、あちらの方が野乃より理知的だ。でも、ぱっと見、私? と思ってしまうレベルで似ている。
彼女を見ていると、胸が熱くなる、痛くなる。どうして今頃になって、こんなのを見なければいけないのか? いい加減にして欲しい、誰か私で遊んでいるの? だったら止めて、ほんとに止めて、お願いだから。
彼女が着ていたのは、聖藤の制服。
私が、前世で、春から通う筈だった 聖藤女学院 の制服だった。
次回はコーデリアの前世。