エルシミリアの奮闘
ドガッ!
体当たりした わたしは、コーデリアを抱きしめたまま、地面を転がった。飛び掛かった時の運動エネルギーを全く殺せてはいない。コーデリアはなんて軽いの!
天と地が交錯する。痛い! 絶対どこかぶつけた!
「カイン! 無効化! 無効化!」
『今やってる! 今やってるよ!』
永遠にも思えたが、五回くらい回転して止まった。
「放せ! 放せ! 私はあんな奴らのとこへは、絶対行かない! 行くもんか!」
「コーデリア、何を言ってるの! どこへも連れて行かないから! 落ち着いて!」
コーデリアを見た。目が大きく見開かれ、口からは泡さえ出始めている。まずい、 完璧にパニック状態に陥っている。
「放せっていてるのよ! 放せ! 私は神なんてなりたくなかった! 無理だって何度も言った! なのに、転生の規定回数を越えた! 魂のレベル値が下界生物としてMAX! そんなの知るかー!!」
「コーデリア! 落ち着つくのよ! コーデリア!」
訳のわからないことを喚き、暴れるコーデリアを必死で抑えながら、わたしはカインに呼びかける。
カイン! カイン! 止めた? 止めたの?
『エルシミリア、コーデリアの魔術は止めてる、止めてるよー!』
良かった! 皆、助かったのね!
『まだだ! コーデリアは魔術を生成し続けてる。無効化するやいなや、湧いてくる。魔術の生成速度が、十二柱の神々の比じゃない! 止めてるけど、止めきれない!』
止めきれないって、そんなのダメじゃない!
『これで全力なんだよ! 出来る限り止める、精一杯の力で止める、だから、その間に何とかして!」
なんとかって、そんな……
どうしたら良い、どうしたら良いの?! 急にいわれてもわからない。わたしは考えて動くタイプなの、アドリブなんて求めないでよ! 助けて、アリス姉様!!
『アリスティア達の助けは期待するな! あっちはあっちで必死なんだ』
必死って……
『コーデリアが生成した巨大魔力球を、皆が必死で抑えてる、安定化させようとしている』
わたしはコーデリアをねじ伏せながら、なんとか上を見た。
大小様々な、防隔の魔術が五つ生成されている。その五つの防隔が取り囲むのは、コーデリアの作った巨大魔力球。わたしがコーデリアに飛びかかる前と、全く大きさが変わっていない。
カイン! 全然無効化できてないじゃない!
『止めてる、無効化してる。コーデリアが次から次へと魔術を生成して来る、それを止めている! それで精一杯。魔力球まで手が回らない。だから、エルシー、君がコーデリアを、なんとかして、このままでは、じり貧、いつまでも、僕の魔力が持つ訳じゃない』
じり貧、魔力が持つ訳がないって、カインの魔力容量はどれくらいなの?
『僕自身の魔力槽は大したことない。魔力の殆どは、アリスティアから貰ってる』
だったら、アリス姉様はプラチナの上位、十分じゃないの!
『全然十分じゃない。直接触れてみてわかった、コーデリアの魔力量は、アリスティアよりずっと多い』
『彼女は同じプラチナの上位だけれど、それは基準が、そこまでしか設定されてないだけ、容量勝負になったら、アリスティアは負ける。絶対勝てない』
そんな…… お姉様が負けるなんて、どうしたら良いの、教えてよ、カイン!
『だから、さっきから何度も言ってる! コーデリアを止めて、なんでも良いから止めて!』
コーデリアは、必死にわたしの腕の中で暴れている。
最初は、すぐに振りほどかれるのではと危惧したけれど、なんとか抑えきれている。
彼女の力は弱い、とても弱い。ひきこもりのモヤシっ子。アリス姉様はそう言った。ほんとそうだ、コーデリアの体力はお粗末にすぎる。
カイン、後どれくらい持ちそう?
『昼前くらいまで、それが限界だと思う』
よし!まだ時間はかなりある。
このまま、締め付けて、抑え込もう。
コーデリアの体力が尽きるまで、
絞めて、絞めて、絞め続ける。
放してやるものか!
早く、諦めて! コーデリア!
突如、コーデリアが暴れるのを止めた。
正気に戻ってくれた?
彼女の目から一気に涙が溢れて来た。
「もういいのよ、もう止めたいの。途中で投げ出したけど、神様までやったの、もう許してよ。私はコーデリアとして静かに生きたいの、私が神として、自分自身にコーデリアとしての人生を与えた。文句ないでしょ、私は神だったんだから、当然の権利なの。なのに、なのに、こんな下界にまで、追って来るなんて!」
「絶対嫌だ! お前達の与える人生なんて! 絶対送ってやるものか!」
そう叫ぶとコーデリアは穏やかな表情になった。涙も止まった。
「コーデリア、コーデリア姫!」
コーデリアからの返事はない。
何度も何度も呼びかけたけれど、何の反応もない。虚ろな目をして、穏やかに笑っているだけ。
『エルシミリア、やばい、やばい! やばい!! 彼女の魔術生成の速度が速くなっている。脳の全能力を、生成に回している。僕じゃもう抑えきれない、早過ぎる! 早過ぎるんだよ!!』
『エルシー! 何でもいい、コーデリアを止めて! どんなやり方でも良い、止めてくれ!!』
わたしはコーデリアの顔を、平手打ちした。心の中で謝りながら、何度も何度も。
けれど、コーデリアは何の反応も返さない。カインに呼びかけても、返事をくれない。あちらも必死で余裕がないのだろう。もうどうしたら良いのかわからない。でも、このままだと全員死ぬ。アリスティアお姉様が死んでしまう。
殺そう。
もう殺すしかない。
コーデリアを殺して、皆を助けるんだ。
わたしは馬乗りになったまま、コーデリアの首に両手をかけようとした。
手が震える、あまりに震えるので上手く、首に手がかけられない。
以前、お母様とした会話を思い出す。遠い遠い昔のことのように思える。
『エルシミリア、あなたは貴族ですか? 大事な者の為に人の命さえ切り捨てますか?』
『わたしは貴族です。お母様と同じです』
あの頃の わたしなら、多少の戸惑いはあったとしても、コーデリアを殺せただろう。
でも、わたしは変わってしまった。アリス姉様が、わたしを変えた。
今の私は、コーデリア姫を殺せない、殺すことが出来ない。
コーデリア姫は愛されている。
ノエル殿下とユンカー様、それとアレグザンター陛下が、姫を愛している。ノエル殿下と陛下の愛に比べ、ユンカー様の愛はわかりにくい、けれど、一日の殆どをコーデリア姫と共に過ごしている。これが、愛でなくて何なのだろう。
殆ど何も、新しいことが起こらない日常を、あの部屋の中で、コーデリアと二人だけで、毎日毎日、永遠と過ごす。こんなの愛がなければ耐えられない。ここまで愛してもらえる人は、世の中に、滅多にいない。
コーデリア姫は幸せ者。そして、馬鹿者。こんなに愛に鈍感なんて、馬鹿者以外の何物でもない。
今、わたしは、その馬鹿者の顔を上から見下ろしている。
なんて、美しい顔。アリスティアお姉様に匹敵する。この世の奇跡だ。
はっきり言って、わたしは面食い。
容姿で人を差別する気はないけれど、生まれ持った気質は否定できない。だから、アリス姉様やルーシャお姉様がいる、今の境遇は最高に幸せだ。その最高を、さらに高めるには、どうしたら良いだろう?
答えは簡単。
目の前にいる、わたしがお尻で踏んづけている、コーデリア姫をわたしのハーレムに加えれば良い。姉は二人もいるので十分、可愛い妹が欲しかった。コーデリア姫は容姿的に合格。こまっしゃくれた性格と、人外な魔術能力は、眼を瞑ろう。なんでも理想どおりには行かない。妥協も必要だ。
コーデリア、あなたはどんな笑顔で笑うんでしょう。
きっと、素晴らしい笑顔なんでしょうね。見た人が天にも昇る気がするような。
でも、わたしは、貴女のムスッとした顔しか見たことがない。
こんなのは、許せない。許して上げない。
だから、罰を与えます。とっても痛い罰。
酷いって? 酷くないわよ、こっちも痛いのだから、お相子よ。
わたしは両手でコーデリア姫の頭を掴んだ。
どうか、神様、脳挫傷が起こりませんように!
わたしは、精一杯、最大の力で持って、自分の頭を、コーデリアの頭に打ちつけた。
ガツン!!
元神様の頭は硬かった、とても硬かった。
わたしの意識は暗闇の中へ落ちていった。
気がつくと、わたしは何もない空間にいた。でも一人ではなかった。黒髪ショートの女の子、カインが横に立っている。
「カイン、ここはどこなの?」
「良かった目覚めたのね。ここは、コーデリアの意識の中よ。エルシーがコーデリアに、脳震盪を起こさせ、気絶させてくれたから介入出来たんだって。カインが言ってた」
「意識の中、凄いわねカインって、そんなことも出来るんだ。ほんと凄い…… ん? カインが言ってた? どういう意味?」
カインがにっこり笑う。
「まんまよ、私はカインじゃない、貴女の半身、貴女の姉、アリスティアよ、わからない?」
体から、声まで何もかも違うけれど、笑い方に、アリスティアお姉様を感じる。
「ほんとにアリス姉様なのですか! わかる訳ありませんよ。アリス姉様とカインとでは似ても似つきませんから」
「似ても似つかないねー、まあ、そうなんだけどね。異人種だし、のっぺりした顔は、この国じゃ、いまいち受けないよね。」
「そ、そんな意味では、カインちゃんも可愛いですよ。これはこれで!です」
「そう? そう言ってもらえると嬉しいわ」
カインの姿のお姉様は、本当に嬉しそう。自分の「印」に愛着を感じてるんだな。子供を褒められた親のような気持なのだろう。
「でも、どうしてお姉様が、カインの体に入ってられるんですか?」
「カインが言って来たのよ。もう疲労困憊、替わってよ~って」
「意識って、そんなに簡単に替われるものなのですか?」
「さあ、どうなんでしょうね。カインの体、もともと私の昔の体だし、それで簡単に替われたのかもね」
「昔の体?」
「これもまんまよ。アリスティアとして生まれる前、前世では、この体で十五年、生きたの。この世界じゃないけどね」
えー!! っと驚きたかったが、いまいち、驚かなかった。少し慣れて来た。
やっぱり、お姉様は別世界の人だったのか。お姉様と一緒の人生、面白いな。非常識に満ちている。
それにしても、前世とか、おとぎ話だと思ってた。ほんとにあるのね。
まじまじと、昔のお姉様の姿を見てみる。目がクリクリと動くのが可愛い、完全に愛嬌タイプ。
十五年の人生かー、短いな。ちょっと可哀そう。
前世のお姉様って、何を考え、何をして生きたんだろう。
「はーい、エルシミリア! 私は葛城野乃、十五歳。ぴちぴちのJCよ。よろしくね!」
ひとつ分かった。前世のお姉様は、おバカだ。絶対おバカ。
カイン万能過ぎ、アリスティアが霞んでます。少しは主人公らしく頑張ってもらいたいものです。