エルシミリアの闘い
2021.10.20 視点の切り替えの不明瞭さを修正。
ここは近衛騎士団、第二練習場。
練習場とは言っても、ただの草原。つまり、演習専用。大規模な訓練が行われる時にのみ使用される。最初は王都内にある、第一練習場の予定であったが、ノエル殿下とユンカー様が王都から南へ10エクター(約5キロ)離れたところにある、第二演習場に変更した。コーデリア姫の魔力容量ランクを思うと、良い判断だと思う。高位魔術や、特大級の魔術で、練習場の施設を破壊されては、近衛騎士団も困る。近衛は陛下直属、団の予算は陛下から全額出されている。陛下に迷惑をかける訳にはいかない。
この、草原にいるのは、魔術戦をする、コーデリア姫と、わたし、エルシミリアを除いて、五人。
アリスティアお姉様、ルーシャお姉様、オリアーナ大叔母様、ユンカー様、ノエル殿下。
侍女達はおいて来た。王女と伯爵令嬢との魔術戦など、外に漏れれば、格好のゴシップになる。彼女達から漏れるとは思わないが、用心にこしたことはない。
騎士団服のオリアーナ大叔母様が、励ましてくれる。
「エルシミリア、面白いことになったな。私の生徒なんだ、恥ずかしくない試合をするようにな。頑張れ!」
「頑張りますよ。でも、大叔母様もちょっとは責任を感じて下さい。昨日、王宮に来てくれていれば、このようなことには、ならなかったかも知れないのに」
「それは謝ります。しかし、私にも旦那と子供らがいるからね。長く家を空けていると、いろいろあるの。旦那には、『いらっしゃい、ゲインズブラントさん』と、言われたわ」
そう言って、大叔母様は笑った。口調が女性に戻っている。
しかし、わたしは笑えない。ひきつった笑顔もどきしか出来ない。大叔母様はすんなり、私達の家に馴染まれた。あまりに馴染まれたので、つい家族に頼るような感覚で頼ってしまう。頼り過ぎてしまう。
大叔母様には、王都に、本当の家族がいることは当然わかってる、けれど、意識的に無視していた。大叔母様はとても有能だ、これからも一緒にいて、色々と助けてもらいたい、離れていかれると困る。そして、感情的にも離れて欲しくない。大叔母様のいない、ゲインズブラント家を想像してみた。とっても寒々しい。
初めて会った時には、あれほど反発したのに、この気持ちは何だろう。わたしは自分は、アリスティアお姉様がいれば、他の誰もいなくても良いと考える、歪な人間だと思っている。しかし、それは変わって来ているのかもしれない。周りに人が増えて来た。そしてその人達との関わりが、わたしの歪みを正してゆく。良いことなのだろう。でも!
アリス姉様以外は何もいらない、という気持ちを否定したくない。歪んでいて何が悪いのか?
結論は、悪くはない。
しかし、わたしは変わって行くだろう。アリスティアお姉様が、わたしの周りに多くの人を運んで来てくれる。その関わりの中で、わたしが変わってゆく、お姉様がわたしを変えて行く。
先日、ジャンケンで勝った、キャロライナがお姉様と一緒に寝た。
腹が立った、お姉様と一緒に寝たキャロライナにではなく、アリスティアお姉様に。
キャロライナは、わたしの侍女、盗らないで下さいませ。
わたしを変えて行くのは、お姉様。結局、私の中心にアリスティアお姉様がいることには、何ら変わりはない。そう思うと、考えると、心がすっきりする、力が湧いて来る。
わたしは昨日のことを思い出す。
自分達の部屋、客間に戻って来た後、アリスティアお姉様に、コーデリア姫の魔術能力と魔力容量のことを教えられた。以前、ノエル殿下に聞いたとのこと。頭の痛くなる内容だった。どうして、このような大事なことを、今頃になって言うのです、お姉様!
「魔術が自在に使えるプラチナ上位になんて、対処できません、わたしは即死です!」
泣きたくなった。でもアリス姉様は平然としている、ムカついた。
「大丈夫よ。神契の印、カインをあなたに貸すわ。神々の神力にさえ、対抗できたのよ。コーデリア姫への魔術対策は、これで万全。カインにまかせなさい」
少し、安心した。確かに「神契の印」があれば、魔術は無効に出来る。こちらの魔術も無効になるけれど、わたしの戦闘魔術なんて、相手からすれば、屁みたいなもの、最初から使えなくても同じだ。
しかし……
「アリス姉様、カイン、カインって二度も仰ってますが、カインとは何ですか?」
「あれ、言ってなかったっけ」
アリスティアお姉様は胸元から子袋を取り出し、顔の高さに掲げて微笑んだ。
「『印』の名前。私が付けたの、この子、意識を持ってるのよ」
「「な、なんですってー!」」
アリス姉様の目は半眼になっている。何か呟いていたが、ちゃんと聞き取れなかった。えむえむ…
お姉様は、子袋から、印を取り出し、
「話すより、見た方が早いわね。出て来て、カイン」
印を軽く前方に放り投げた。
小さな閃光と共に、黒髪の少女が現れた。年齢はコレットと同じくらい、クリっとした目の可愛いい娘。
(※カイン注 実際の野乃を、僕が少々いじってる。別人~って程ではないよ。周りが美少女ばかりなんだから、これくらいのズルは許してよ。メイクだって基本ズルでしょ)
あきらかに異人種。見たことのない紺色の服を着ている。
後で、カインちゃんの着ていた服はセーラー服という服であることをアリス姉様から聞いた。とある国の学生服らしい。学院に制服があるなんてどこの国だろう?
「初めまして、僕はカイン、皆よろしくね!」
そう言い終わるや、いなや、パッと消え、絨毯の上に、印が落下する。それを拾い上げ、アリスティアお姉様が言う。
「ね、これで、わかったでしょ。カインにはエルシーの魔術は邪魔しない様に頼んどくから、エルシーはバンバン魔術を使ってね」
「そ、そうね、使うわ」
「そうよ、バンバン使うべきよ」
わたしとルーシャお姉様は、会話は続けているものの、お姉様の言葉を繰り返しているだけ。目の前に突然現れ消えた、カインちゃんに、面食らって、思考がまともに動いていない。
メダルが人に化けるなど、現実にあるのだろうか? いや、これはアリスティアお姉様が、仕掛けたドッキリ!の可能性も。瞬間移動を使えば……無理だ。あのような高位魔術、詠唱時間も無しに出来る訳がない。やはり、カインちゃんは、印が化けたものなのだろう。お姉様が、わたし達を騙しても何の得もない。
アリスティアお姉様は特別な人だと、前から思っていた。しかし、ここまで来ると、なんだかもう別世界の人のように思えてくる。
そう言えばお姉様、訳のわからない単語やことわざが、よくポロっと出て来る。ほんとに別世界の人? まさかね。バカバカしい。カインちゃんに驚き過ぎて、頭まで非常識になっている。
わたしより、先にルーシャお姉様が立ち直った。わたしは突発的なことに弱い。モグラに襲われた時も、お姉様に頼るばかりで何も出来なかった。これは致命的欠点、どうしたら改善できるだろう?
「でも、アリスティア、相手の魔術を無効化しても、エルシーの魔術も、コーデリア姫は簡単に防ぐでしょう。これでは負けはしなくても、勝てないんじゃないの」
「いえ、ルーシャお姉様。わたしの方が圧倒的に不利です。あちらはプラチナの上位。先に魔力が尽きるのは、わたしです。魔力が尽きれば、体も動かせなくなります、わたしの負けです」
印、カインちゃんの助けを借りても、わたしでは勝てそうにない。情けなくなる。アリスティアお姉様なら、簡単に勝てるのに……
「そうかなー、コーデリア姫とエルシーは五分と五分だよ。エルシーが圧倒的に勝ってるところあるのに、何故気づかないの?」
「わたしが?」
「ああ、そうか! 確かに圧倒的に勝ってそう!」
ルーシャお姉様はわかったようだ。でもわたしは、わからない。もう降参! 試合は明日、早く答えを聞いた方が良い。
「アリスティアお姉様、わかりません。答えを教えてください」
「エルシミリア、私達いつも、大叔母様に魔術の訓練で走らされてるでしょ、あれはどうしてなの?」
「あれは、大叔母様が『体力も無い奴が魔術を使いたいなど片腹痛い』って、ああ!」
体力! そうよ、体力よ!
「私達は、訓練の度に12エクター(約6キロ)も走らされてた。エルシーが、コーデリア姫みたいな、ひきこもりのモヤシっ子に、体力で負ける訳がないよ」
大叔母様はほんと優秀な教師。いつもぶうぶう文句ばかりでごめんなさい。
「エルシー、動き回ってかく乱するのよ。コーデリア姫は絶対ついてこれない。そのうち体力切れでダウンする。もし、それでもダウンしなかったら、一発ボコれば良いわ」
「ボコるってどうやってですか? 体術の心得はありませんよ」
「簡単よ、タイミングさえ間違わなければね。やり方を教えるわ」
お姉様は教えてくれた。ほんと簡単。
こうして、わたしはコーデリア姫と闘う気になれた。アリス姉様に、乗せられた感もあるけれど、何事も経験。今回の試合で、自分の中に、何か新しいものを見出せるかもしれない。
草むらの向こうに、コーデリア姫が立っている。服はさすがにドレスではないが、さほど動きやすそうな服装にも見えない。舐めてくれている。こちらには好都合。
わたしは勝率は半分くらいと見ている。アリス姉様の作戦は十分に思えるが、やはり机上の考えに過ぎない。実際そう上手くいくだろうか? それに、わたしのアドリブ能力の低さは戦闘では致命的。心してかかっていこう。
「審判は、私、オリアーナとユンカー様が務める。双方、異存はないか」
「ない」
「ありません」
「試合は、どちらかが戦闘意欲を無くした時、もしくは戦闘不能となった時点で終了する。異存ないか」
「ない」
「ありません」
「では、試合開始!」
私、コーデリアは苛立った。
オリアーナとやらは、グダグダとまだるっこしい。「試合開始!」 だけで良いじゃないか。
こんな勝ちが分かりきった試合、さっさと終わせよう。技は何が良いかな? あー 考えるのが面倒。一番メジャーなので良いか。
『 出でよ、風の斬撃! 』
魔術における術式や詠唱など、低能向けの為のもの。ようはイメージそれだけ。あの子達でも、わかってない。いつまでも演算能力に頼ってる。まあ、いつか気づくでしょ、何千年かしたらね。
私の頭上に、巨大な超高密度な空気の刃が一瞬で生成された。オリアーナの顔が引きつっている。完璧にびびってる。ユンカーは反応何も無し。まあ、エルフだし、ユンカーだしね。
行け! 目を閉じて頭の中で念じた。
まともに当てれば、エルシミリアは死んでしまう。刃が彼女を切断する前に崩壊するようにイメージした。けれど、衝撃波は消えない。エルシミリアは気絶。それで終わり、はい、終わり。
では、帰ろう。珍しく早く起きたので、眠くて仕方がない。私は踵を返した。
「コーデリア、どこへ行くのです。試合は始まったばかりですよ」
「!」
エルシミリアの声に驚いて、振り向くと、彼女は平然と立っている。一筋の怪我さえ負っていない。
嘘でしょう、あれは騎士団の団長クラスの刃だった。紋章取得前の小娘が防げるものではない。
『火炎弾!』
特大級のを作り、エルシミリアに向けて放つ。温度はかなり低く設定した。聖女もいるし、死にはしないだろう。
炎弾は一直線に、エルシミリアに向かって突き進む。彼女は棒立ち、逃げる気はないのか? まあ、逃げようとしても、あのサイズ、逃げられる訳がない。
しかし、火炎弾はエルシミリアに届かなかった。彼女に当たると思った瞬間、一瞬で消えた、霧散した。
「あら、あら、コーデリアはプラチナの上位と聞いておりましたのに、魔力をケチられるのですね。途中で消えてしまいましたわ。オホホのホ」
エルシミリアが私を嘲笑う。
こいつ、どうやって私の魔術を消している! わたしが知っている魔術に、このようなことが出来る術はない。もちろん神力を使えば、可能だが、人が神力を持っている筈がないし、エルシミリアから神力は全く感じられない。だったら、どのようにして… どのようにして…
私は神だった、魔術を教えたのは私、
その私が知らない魔術がある訳がない。
ある訳がないんだ!
……
… いや、ある。
ありえる。
異界、異世界の神、私より高位の神。
彼、彼女らなら、私の知らない魔術を知っている。
エルシミリアは異世界の神に送り込まれて来たのか?
何のために?
まさか、私を
神の職務を放り出した私を、罰するため?
私は捕らえられて、高位神の前に引きずり出されるの?
いや、高位神くらいだったらまだ良い。さらに上の神だったら、
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
嫌だー!!!
あいつらは化け物だ、世界どころか、宇宙だって作れてしまう。
あいつらに心はない。ただのシステム!
こちらの、感情なんて相手にしてくれない!
逃げなきゃ! どこへ! とにかく逃げるの!
私はパニックを起こした。逃げる、それだけしか頭になかった。
「 アルティメット ディザスター!! 」
『馬鹿! コーデリアは何を考えている! 戦術級なんか使ったら、全員死ぬ、死んでしまう!』
わたし、エルシミリアの心の中に、カインの叫び声が響き渡る。
『エルシー、遠距離では止めらない! 直接じゃないとダメ、彼女にタックルして! 飛びついて! 早く! 早く!』
カインが必死なのはわかった。コーデリアに向かって駆け出した、彼女の上空には、とんでもない魔力の塊が出来ている、あんなのが一気に解放されたら、町一つ分くらい軽く吹き飛んでしまう。
そんなのは絶対ダメ! みんな死んじゃう!
アリスティアお姉様が、死んじゃうじゃない!!
「 させるかー!!! 」
わたしはコーデリアに飛び掛かっていった。
王都外ですが、コーデリアの作った超巨大魔力球は王都からも見えそうです。誤魔化しが必要ですね。