エルシミリアの思い
一番最初に、反応を返したのがお母様。
「アリスティア、何を言っているの。あなたは目覚めたばかりなのよ。なのに、また倒れたりしたら、どうするの。あなたはまだ十歳。『印』と向かい合うのは、もっと大きくなってからで良いの、急いではいけないわ」
エルシミリアも、お母様に加勢する。
「そうです、お母様の言う通りです! お姉様はわたしの目の前で倒れたんですよ。わたしは人があんな風に突然倒れるのを見たのは初めてでした。それも倒れたのは、自分の姉なんですよ。どんなに驚き、心配したか。もうあんな事は二度と経験したくありません。お止めください、お姉様!」
エルシミリアの目は、私が目覚めた時とおなじように涙目になっており、お母様も眦を細めて、眉間にしわが寄っている。
「心配して頂いて、ありがとうございます。お母様、エルシミリア。でも、もう大丈夫ですから」
「もう、大丈夫って、どうしてそんなことが、わかるんですか!」
エルシミリアは引き下がらない。
「わたしには、アリスティアお姉様が神々が下さった『印』と向かい合う準備が出来ていると思えません。お姉様は『印』を見られる前に『神々なんていない』とおっしゃられました。そのような心持で、どうして『印』と向かい合うことができましょう。」
「エルシミリア、私が『神々などいない』と言ったのは」
私の言葉をエルシミリアが遮る。
「わたしも『印』を見ました。あんなに精緻で奇麗なものは私は今まで見たことがありません。あれは正に『神々が作られしもの』です。神々はおられます!」
そう言ってエルシミリアは黙り込む、握ったこぶしが微かに震えている。エルシミリアは素直で真っ直ぐな子だ。その純粋さが私には眩しい。
「わたしは恐ろしいのです……」
「恐ろしい? 何がです」 お母様がエルシミリアに尋ねる。
「わたしは神々を信じていますし、敬っております。けれど、それと同時に今は、とても神々が恐ろしいのです、怖いのです!」
「エルシミリア、そんなことを言ってはなりません。神々は私達を導き守ってくださってるのですよ」
お母様が、たしなめようとするが、エルシミリアは続ける。
「それは分かっています、お母様。教会でもそう教わりました。けれど『印』を直に見て、お姉様が倒れ伏すの見て以来、わたしの中で神々はそのような単純なものではなくなったのです」
お父様もお母様も何も言おうとはしない、エルシミリアの話と聞くと決めたようだ。
「お父様が、私達にお姉様の『印』の存在について教えてくれた時、お父様がおっしゃってました。『本当に不思議なもので、どんな魔術でも弾く。封印する前に、色々試してみたが全て弾かれた。だから封印する時には【印】自体ではなく、それを入れた金庫を封印せざる終えなかった』と」
「わたしは思いました。神々が作られしものはそんな凄いものなのか、やはり、神々は尊き存在、わたし達、人は神々を信じ、その教えに従っていかなければならないのだと。そして同時に、自分の姉がその神々から『印』を賜ったことを誇りに思いました。だから、私は『印』を見られる日を心待ちにしていたのです。」
「昨日、『印』を見ることが出来ました。けれど、それをお父様から手渡されたアリスティアお姉様は、急に顔面が蒼白になったかと思うと、倒れて伏してしまいました」
「わたしと違い、いつも冷静でしっかりとしたお姉様が、一瞬で倒れたことにショックを受けました。そして、同時に自分が愚かだったことを思い知りました。わたしは【神々から「印」を賜るなんて、なんと素晴らしい!】としか考えていませんでした。『印』がアリスティアお姉様にどんなに重荷を背負わせることになるのかに、全く思いが及んでいなかったのです。」
「神々から『印』与えらえるということは、神々の意志を遂行せよということ。神々からみれば、私達はチリのような存在でしょう。だから、お姉様がもし、神々の意志に沿うことが出来なかったとしたら……そう考えると、わたしは怖くてたまらないのです!」
エルシミリアの体は震えている、さすがにこれ以上はと思ったのだろう、お父様はエルシミリアになだめるように言った。
「エルシミリア、そう深刻に考えるではない。確かに、新たな王朝を建てる初代王に『印』が与えられるという話はある。しかし、それが本当だとは誰にもわからん」
「そうかもしれません。けれど、お父様はぼやかしていらっしゃいましたけれど、アリスティアお姉様が授かった『印』は、良く考えると、とんでもなく恐ろしいものではありませんか」
「それは……」
「あの『印』は全ての魔術を弾く。だからそれを持っていれば、一人で王宮の騎士団にでも対抗できてしまいます。騎士たちの魔術攻撃は効きません。それゆえ、彼らは平民がするような近接戦を戦うしかありません。弓などもありますが、そんなのは防御結界を張れば済むこと。それに比べ、こちらからは魔術攻撃の打ち放題、騎士たちは近寄る前に全滅です。話になりません」
「お父様は、神々が本気なのだと分かっていらっしゃったんでしょ。神々が訳もなく、こんな恐ろしいものを人に与えるわけがありませんもの」
「……」 お父様は返事を返さない。苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「アリスティアお姉様、それを神々が許すかどうかはわかりません。ですが、なんとか出来るだけ長く、お姉様には『印』とは関係なく静かに平穏に暮らして欲しいのです。『印』と向かい会うのはもっと後にして下さい、お願いです、お姉様」
悲壮感さえ漂わせているエルシミリアに、私は言う
「エルシミリア、私が『神々なんていない』と言ったのはね、神々の存在を否定した訳ではないの。私が言いたかったのは、私に【新たなる王朝を建てて、初代王になる】なんて大仰な使命を与えた神々はいないということなの。神がきまぐれで『印』を私に下さった、そしてそれが、たまたま不思議な力を持っていた。ただ、それだけのこと。私はそう思うの」
「なんですか、それ。それじゃ神々はただの考えなしじゃないですか」
「ふふ、そうかもね。でもエルシミリアは神々を人の次元で考えていない? そう考えることこそ不敬なことではないのかしら」
「それはそうかもしれませんが……」
「授かった本人がそう言うのだから、納得してくれないかしら。それに、今回は大丈夫、『印』を見ても絶対倒れたりしないから」
「あんな倒れ方したお姉様が言っても信用できません」
「信用してよー。あなたと私は双子、互いが半身。自分の半身が信用できないなんて悲しいことを言わないで」
ね。と私はエルシミリアに笑いかけた。
「わたしは別にお姉様を悲しませたい訳では…… ほんとに、倒れたりしませんね。ほんとにですよ」
渋々という感じのエルシミリアだが、顔が妙に赤い。
「あなたの姉をドン!と信用しなさい!」
私は自分の胸を叩いた。バン! ゲフン!ゲフン!ゲフン!
エルシミリア、お父様、お母様、三人の私を見る目がなんだか生暖かい感じがする。気のせい?
気を取り直して、私はお父様に再度頼んだ。
「お父様、もう一度見せてください。お願いです。まだ、再封印はされていませんよね」
「ああ、あんな事があったからな。しかしほんとに大丈夫なんだな?」
「はい、大丈夫です。お父様」
「エリザ、アリスティアはこう言っている。私は見せようと思うのだが納得してくれるか?」
「わかりました。先延ばしにしてもいつかは、ですからね。娘の意志を尊重します」
「ありがとうございます、お父様、お母様」
「では、『印』をとって来る」
お父様は部屋から出て行った。
エルシミリア喋り過ぎ。こんな十歳いないよなーとも思いますが、異世界ということで。




