お姉様はガタガタ
わたし達はコーデリア姫の部屋を辞した。
「アリスティアお姉様! なんてウソを仰ってくれたんですか! 今回はいくら、お姉様だって許しませんよ、どうしてくれるんです! 責任とって下さい!」
自分達の部屋、あてがわれた客間に戻って来ると、わたしはまくし立てた。廊下で騒ぐ訳にはいかない。
「まあ、まあ、落ち着いて、エルシミリア。策はあるわよ。それに、エルシーも拒否しなかったじゃない。私に考えがあると思ったから、それに乗ったんでしょ」
アリス姉様は、苦笑い状態。
「あれは…… あれは何故か、口が動かなかったのです。『アリスティアお姉様は、ウソを言っています! 私は魔術戦などしたくありません!』と言おうとしました。でも、言えませんでした……」
体の調子は悪くなかった。アリス姉様のウソに狼狽してはいたが、うまく口が動かないほどの状態では絶対なかった。なのに、言えなかった。
「エルシー、口が動かなかったというのは本当なの?」
「本当です」
アリスティアお姉様の表情が真剣になった。さっきまでの余裕が消えている。お姉様は独り言のように呟いた。
「ベルノルトお祖父様と同じじゃない。また、別の……せい?」
後の方の言葉は、ちゃんと聞き取れなかった。
「そう言えば、お祖父様も言っておられましたね。何なのでしょう? まさか、変な病気とかでは……」
ルーシャ姉が首を振った。
「それはありえません。エルシミリアは健康体です。保証しますよ」
聖女が保証してくれるなら間違いないでしょう、安心しました。ありがとう、呼び名を元に戻します。ルーシャお姉様、聖女様。
「まあ、そのことはいいわ。後で考えましょ。先ほど、私は策はあると言ったでしょ。その策というのはね」
「アリス姉様、まさか、双子だから入れ替わってとかではないですよね」
「…… それいいかも」
「アリス姉様!」「アリスティア!」
この後、アリスティアお姉様は策を話してくれた。それなりに真面だった。これならなんとかなりそうに思える。
でも、全く安心は出来ない。何故なら、不安要素が、二つも増えたのだ。
これは、ノエル殿下の推測らしいが、
コーデリア姫は紋章取得前なのに、魔術を自由自在に使え、魔力容量も、ゴールドの下位とされているが、本当はプラチナの上位、アリス姉様と同じランクである可能性があるとのこと。
これらが本当なら、コーデリア姫はアリスティアお姉様以上の「化け物」である。恐ろしい。
「エルシー、今、私のことをディスリませんでしたか?」
「いいえ、わたくしは、世界で一番、アリス姉様のことを愛しておりますのに、お姉様を悪く思うなんて、ありえませんでございましてよ。オホホのホ」
「そうなの、口調に悪意を感じるんだけど……」
「気のせいです」
「そうなの?」
「そうです」
「そんなことより、アリスティアお姉様!」
わたしは、肩をいからせ、眉間に皺をよせ、最大限の目力を持って、キッと、お姉様を睨みつけた。
「な、なんでございましょう、エルシミリア様」
アリス姉様が、私から発せられる怒りのオーラにびびっておられる。オーラモードとかで、オーラが見えるらしいので、盛大にびびってもらおう。
お姉様は「神契の印」で倒れられた件以降、全体的には良い方に変わられた。以前とは違い、わたしに関心を持ってくれていて、愛してくれているのが、よくわかるようになった。大変嬉しい。わたしの最大の生きる喜びとなっている。しかし、悪い点もある。
あれだけ冷静で、ミスらしいミスをしなかったお姉様が、ガタガタになった。
今のお姉様は、よくそこまで気づき、考えるものだと感心することも多いのだが、感心したそばから、何故そんなことに気づかない? と溜息をつきたくなるようなミスを連発してくれる。
それを残念に思いつつ、実は、わたしは嬉しい。アリス姉様がミスをするなら、わたしがフォローすれば良い。そこに、わたしの存在価値が出来て来る。もし、アリスティアお姉様が、常に冷静でミスなど全くしない存在になってしまうと、わたしなど必要がない。以前のお姉様がそうだ、わたしには存在価値がなかった。
アリス姉様、わたしは今のお姉様が好きです。ミスなんかいくらしても良いです。ですから、昔に戻ったりしないで下さい。私の居場所を残しておいてください。お願いです。
しかし、しかし! やはり、言わねばならない。今回は酷過ぎる。
「何故、このように大切なことを伝えてくれなかったのですか! いくら、わたしでも、コーデリア姫が、魔術が自在で、容量もプラチナ上位の可能性があると知っていたら、あのようなショック療法をとろうとは考えせんでした。どうしてです! どうして教えてくれなかったのですか!」
「いや、あの、その、うっかりさん? てへぺろ☆」
アリス姉様は、ウインクをしながら舌をペロッと出して、可愛い子ぶっている。
盛大にムカついたので、お姉様の後ろに回った。食らえ! 膝カックン!
「うわっ!」アリス姉様が盛大にズッコケる。
「やめて! これだけはやめて! 膝カックンは危険なの、まかり間違えば死ぬ危険性だってあるの、ホントよ! これからは絶対やめて!」
「アリスティア、大丈夫よ。死にそうなったら、私が助けてあげますから」
「ルーシャお姉様、そういう問題ではありません、危ないのです! 危険なのです!」
「そういう問題ですよ、アリス、そういう問題」
ルーシャお姉様も、ムカついていたようです。ま、当然ですね。
この後、二人でアリス姉様を説教した、それはそれはみっちり説教した。お姉様は、涙目状態になり、最後は、本当に泣いてしまった。やり過ぎた。
説教が終わった後も、アリス姉様は、打ちひしがれて、まるで雨の中の捨て猫のよう。あまりに可哀そうに思えたので、その日の晩は、一緒の寝台に寝てあげた。
アリス姉様は当然の如く抱きついてきた。アリスティアお姉様の抱きつき癖は、いつからだろう?
「エルシー、嫌いにならないで、お願いよ」まだ、涙声。
『お姉様は、なんて馬鹿なことを言っておられるの。わたしがお姉様を嫌いになるなんて、ありえません』と言おうと思ったけれど止めておいた。その代わりに、お姉様の頭を、そっと撫でた。
何回も、何回も、アリス姉様の寝息が聞こえて来るまで。
明日はコーデリア姫との魔術戦。
基本、アリスティアお姉様の作戦で問題ないと思う、ただ、最後の決め技を出すタイミングが、少々難しい。そのあたりをコーデリア姫と闘いながら、見極めねばならない。練習など出来ないし、する時間もない。出たとこ勝負になってしまうのは仕方がない。もう覚悟は決めている、女は度胸! と誰かが言っていた。誰だったっけ?
思い出した。アリス姉様だ。男は愛嬌らしい。それ、反対じゃないの?
さて、明日に備えて、わたしも眠ろう。
アリスティアお姉様の胸元に向かって、話かける。
「明日は頼むわよ。神契の印、カインちゃん」
野乃は2010年に亡くなっていますので、「てへぺろ」は旬のギャグでした。懐かしい。