感情は大事だけれど
「エルシミリア、今、何と言いました?」
コーデリア姫の美しい顔から、表情が消えている。姫は、先ほどまで、物憂げな表情しかしていなかったが、人らしい温かみは、なんとか感じられた。
今のコーデリア姫は、全く表情を見せない、金色の双眸は瞬きさえも止めている。人には見えない。月並みな表現で言えば、まるで、
お人形。
姫殿下は、とっても、とっても、美しい。呆れてしまうほどに。
一日中だって眺めていられる。食事だって、トイレだって、忘れしまうかもしれない。ああ、姫のブロンドの髪、なんて艶やかなの、人のものとは思えない!
もし、本当に姫がお人形だったら、子供になんて、絶対触らせたりはしない。壊されたりしてしまったら、どうするの? 一筋の傷、一筋の髪の乱れでさえ許せない、もし、馬鹿で愚かな子供が、足をもいだりしてしまったら、わたしは発狂してしまうだろう。
だから、自分の部屋に大事に大事に保管したい、彼女には特別待遇を与えてあげよう。
私の一番大事な お人形、アリスティアお姉様 の隣に立たせてあげる。これはほんと、特別待遇よ。ルーシャお姉様も悪くはないけど、コーデリア姫には見劣りがする。
本当は、わたしがお人形になって、アリスティアお姉様の隣に、永遠に立っていたい。でも、わたしではお姉様に釣り合わない。釣り合うのはコーデリア姫。まるで、アリスティアお姉様と対になるために、生まれてきたような、美しさ、麗しさ、可憐さ。
金のコーデリア。
銀のアリスティア。
至福。ただ、それだけよ。
だから、とっても腹が立つ。怒りが湧き立つ。
そのような姫の体に、怠惰で、情けない、意気地なしの魂が入ってることが許せない。
アリス姉様の隣に立たせてあげる? 前言撤回、絶対立たせるものか!
昨晩、アリス姉様から聞いた。彼女は、以前は神、この世界を創った真の神だったと。お姉様は信じているようだけれど、わたしは半信半疑だ。ユンカー様がそう言っているだけ、証拠は何もない。
百歩譲って、コーデリア姫が昔、神だったのは本当だとしよう、でも、それがどうしたの?
過去は過去。今は、わたし達と同じ人じゃない。
なら、人として頑張って生きなさいよ、いじけてないで、藻掻きなさいよ。良いお手本が横にいるわ。
わたしの最愛の人、アリスティアお姉様。
もちろん、アリス姉様だって、完璧じゃない。時々、貴族の常識が抜け落ちたり、訳のわからないことを言ったり、時には、子供のように、人に抱きついてきたりする変な人だ。周りの人への配慮だって、万全ではない。わたしから見ても、考え無しだと思うところも多々ある。
だけど、アリスティアお姉様は、必死で頑張ってる、藻掻いてる。
あなたとは雲泥の差なのよ。コーデリア!
「早く立てと言いました、それが何か?」
「私は、確かに敬語は無しで良いと言いました。だからと言って、侍女が主人に対して命令して良いと思っているのですか?」
「ああ、コーデリアは私達のご主人様でございましたね。それは失礼いたしました。しかし、あなたは九歳、わたしは十歳。わたしが年上です。年上は、年下を教え導かねばなりません。だから、コーデリアが私達のご主人であることは、これでチャラです」
「エルシー、さすがにそれは無理があるんじゃ。だったら使用人の殆どは私達より年上だから、ため口をきいても良いということに、なって……」
アリスティアお姉様が、いらぬ口出しをして来た。ルーシャお姉様はだまっている、賢明だ。
「アリス姉様は黙ってって下さい。今は、わたしが、コーデリアと話をしているのです!」
アリスティアお姉様は、わたしの剣幕に泡を吹く。
「ご、ごめんなさい。で、でもね、これだけは言わせて」
お茶が冷めちゃうよ。
アリス姉様のこの一言で、わたしとコーデリア姫は一時休戦となった。
少し、ぬるくなったお茶を飲みながら思う。コーデリア姫は、激昂タイプでないらしい。この部分は評価したい。
ノエル殿下が、笑いながら言う。
「いやー楽しいね。この部屋でこれほど、楽しいのは久しぶりだよ」
「ですね、私も兄上の戯言を聞かずに済んでます。他の戯言は聞きましたが」
このギスギス空間を楽しいとは、ノエル殿下は肝が据わってる。この王子様、ちょっと凄いかも。
「戯言は人生の潤滑油さ、コーデリアはそれが少ないから、ギシギシするんだ」
「ギシギシで結構、ベトベトよりマシでございましてよ」
「ベトベトって、そこまで酷くはないと思うんだけどなー。まあいいいや、ハハハ」
コーデリア姫、ノエル殿下と普通に話出来てるじゃない。これならば、私達などに頼らなくても、ノエル殿下が、コーデリア姫を導いていけるのではないか。なのにどうして……。
少し場が和んだ。しかし、ユンカー様はだまったまま、この方は、ほんと言葉が少ない方だ。
「エルシミリア」
コーデリア姫が話しかけて来た。そろそろ話しの続きをしなければならない。
「あなたの言い分はわかりました。けれど、納得はいたしません。こちらも主人、王族としての体面があります。ですから、私とあなたの上下関係をはっきりさせましょう」
「そうですね。コーデリアとは、友達ではございませんので、上下の関係は必要ですね。では、はっきりさせる方法は、どのようなものがよろしいですか?」
「何でも良いです。私があなたに負けるものは何もありません。エルシミリアが決めなさい。あなたの言い訳なんて聞きたくありませんからね」
「余裕ですね」
「余裕ですよ、さあ、決めなさい」
「そうですねー」
何が良いだろう、やはり得意分野で行くべきね。魔術分野はパス、特に戦闘は絶対ダメ。少しは使えるけれど、アリス姉様と比べると悲しいほどの威力。何ですか、あのお姉様の凶悪な斬撃、リーアムお兄様がびびっておられました。それ以外で……
アリス姉様が突如提案した。
「魔術戦が良いです。エルシミリアは戦闘魔術が得意です」
な、何を馬鹿なことを言っておられるのですか、お姉様! 嘘です! コーデリア、お姉様は嘘を言っておられます!
そう、言おうとした。叫ぼうとした。でも、何故か、口が動かない。言葉にならない。
「そうですか、意外ですね。本当ですか?」
「本当です。エルシミリアは戦闘が超得意です」
ウソ! ウソ! ウソ! ウソ! 全くのウソ! 戦闘なんてダメなんです、ダメなのよー!!
「では、魔術戦で決着をつけましょう。良いですね、エルシミリア」
全然良くはない、拒否する! 絶対拒否する!
しかし、私の口は動いてくれない。代わりに頭が、勝手に動いた。
コクリ。
「では明日、近衛の練習場で行いましょう。ユンカー頼んできてくれますね」
ユンカー様が、今日初めて、表情を変えた。すこし微笑んでおられる。
「わかった。面白い戦いになりそうだ。二人とも存分にやれ、聖女がいるのだ、手足の一つや、二つもげったって大丈夫だ」
手足の一つや二つって…… 何言ってるのこの人。おかしいんじゃないか。
「エルシミリア」
ルーシャお姉様が声をかけて来た。
ルーシャお姉様、助けてください! アリス姉様もユンカー様も、おかしいです。
ノエル殿下も微笑んでいるだけで、助けてくれる気は無さそうです。
頼みの綱はルーシャお姉様だけです! 助けて、お願い!
「心配しないで、胴が切断されたって大丈夫! 大船に乗った気持ちでね! ガンバ!」
Noooo!!!
ルーシャお姉様、あなたには失望よ! 失望!
呼び方変えます。これからは、ルーシャ姉!です。ルーシャ姉!
感情に任せて物事を進めてはいけない。今回のことで、思い知らされた。以後、重々気を付けたいと思う。
明日以降、生きていたらのことだけど。
エルシーは普通なら絶対勝てません。ズルをするしかありません。