出発前夜
王都へ出立する前の日の晩のこと。
そろそろ明日に備えて寝ようしていた時、カインが話しかけて来た。
『ねえ、アリスティア。もう少し起きてられる? ちょっと試してみたいことがあるんだ』
「大丈夫、全然起きてられる。で、試したいことって何?」
『んー、すぐわかるよ。ちょっと君の魔力もらうけどいいかな?』
「いいよー。腐るほどあるし、いくらでも使って、バンバン使っちゃって」
『バンバンって、他の貴族は今の発言聞いたら泣くよ、殺意さえ湧いちゃうかもよ』
不味いな。ルーシャお姉様の件をもう忘れかけてる。ルーシャお姉様は容量の少なさのせいで、禁術にまで手を出そうとした。プラチナ上位の私なんて、例外中の例外。
「そうね、気をつける」
『ほんとだよ。じゃ、貰うよ』
「どうぞ、どうぞ」
ぐわっ! 体内から一気に力が消え去った。
内臓がごっそり消えた感じ、汚いけれど、凄い下痢した後の状態を想像して欲しい。体全体に力が入らない、あの脱力感! 空虚感! 出涸らし感! 最高に気持ち悪い!
「カイン! 何がちょっとよ! めちゃくちゃ沢山持ってったじゃない!」
『バンバン使えって言ったの君だよ』
「言ったけど、ものには限度があるのよ! あー、気持ち悪い!」
私はお腹に両手を当て、屈みこむ。私の内臓、戻って来て!
『辛い?』
「辛いわよ、カインのアホー! スカポンタン!」
『古典的罵倒ありがとう。でも、すぐ直るよ、僕が使ったの、君の魔力の 十分の一だよ』
「十分の一な訳ないでしょ! こんな気持ち悪い脱力感、初めてよ! 消えて無くなりたいくらいよ!」
『君はホント大げさだなー。忍耐力ゼロなの? 治るよ、後、十秒待ちなよ』
カインは全く他人事。
しょせん五百円玉。下痢の苦しみ(下痢じゃないけど)は分からない。
生身の苦労など、知りはしない。
「十秒! こんなに気持ち悪いのに、十秒なんかで治る訳な………… あれ? 治った。」
『だから言ったろう、もう何ともないだろ』
カインの言う通り、ほんと何ともない。あんなに気持ち悪かったのに、辛かったのに。
『アリスティア、君の魔力槽は三段になってるの。僕が使ったのは最初の第一槽にある魔力』
カインは私の魔力槽がどうなっているかを説明してくれた。
私の魔力槽の構成は以下の通り。
第一槽 全容量の十分の一。
第二槽 全容量の十分の八。
第三槽 全容量の十分の一。
魔術を使う時は、第一槽の魔力が使われ、第一槽の容量が減って来ると、第二槽から第一槽へ魔力が補填される。(第三槽は緊急用、第二槽が枯渇しても自動的に補填はしない、私が自らの意志で補填を望まない限り、温存される)
この魔力槽の構成には、一つ欠点がある。魔力が全力で使われ、第一槽の魔力が一気に枯渇した場合、瞬時には補填出来ない、補填には数十秒の時間がかかる。さきほどのような強烈な倦怠感、脱力感は、そのタイムラグ時に起こる。カインが言うには避けようがないとのこと。
「どうして魔力槽が三つに分かれてるの? 一つで良いんじゃない? 他の人も同じなの?」
『三槽に分かれているのは君だけだよ。他の人は一槽だけ。でも、君のように三槽、もしくは二槽に分かれてる方が良いよ』
そうだろうか。一槽の方が、あのようなタイムラグ時の苦痛を味わなくて済む。
『わかってないようだね。安全装置だよ。君が一気に使える魔力は、第一槽分だけ、だからどんなに全力で魔力を解放しようと体が消し飛ぶことはない。よく出来てるよ、というか、他の貴族の魔力槽がダメダメなんだ。体が消し飛ぶ量を一気に使えるなんて、欠陥と言っていい。セーフティが全く考えられてないよ』
「そっか、私の魔力槽の方が良いのね。でも、どうして私だけそうなってるの?」
『葛城の神のおかげ。この世界の神々は浅慮に過ぎるって呆れていたよ』
あー、また、MY神様。
首から紐でさげた、カインの入った子袋をギュッと握りしめる。
神様、感謝いたします。ご恩に報いれるよう精進します。
明日、王都へ向かいます。
コーデリア姫、どのような方でしょう。
私達を受け入れてくれるでしょうか。
不安です。
見守っていて下さいね。お願いします。
MY神様。
『じゃ、僕をそこの床の上に置いて、そして、少し離れてて』
私はカインの言う通りにした。
「何をするの? 何が起こるの?」
『せっかちだね。すぐ、わかるよ。じゃ、いくよ!』
カインを置いた場所で、光が爆発した。
その閃光で眩暈を起こす。
「バカ! アホー! こんな物凄い光、出すなら出すって言いなさいよ!」
失明したらどうするのよ、ほんとにもう!
目が痛い、すぐには眼が開けられない。
カインの声は聞こえてこない。無視か、無視なのか!
代わりに、実際の声、女の子の声が謝って来た。
「ごめん、ごめん、次は気をつけるね」
実際の声? 女の子の声? 何故、私の部屋に他の人が?
侵入者! モグラの襲撃の記憶が蘇る、恐怖が走った。
高速術式で体の周囲に、簡易防隔を張る。今はこれが精一杯、なんとか持ってくれ!
ゆっくりと視力が戻って来る。侵入者は動かない、襲ってこない。敵意は無いのか? それとも防隔で攻めあぐねてる?
完全に見えるようになった。
目の前には女の子がいた。息を飲んでしまう。
ウソでしょ、そんな…
その女の子は私だった。いや違う、今の私ではない。
以前の私、
葛城 野乃が目の前にいた。
呆然とする私に、野乃がいう。
「はーい、アリスティア! 私は葛城野乃、十五歳。ぴちぴちのJCよ。よろしくね!」
彼女は、野乃は、裸だった、真っ裸だった。どこもそこも丸出しだった。
かつての自分がオールヌードで仁王立ちだ。
なんとなく感覚で、わかった。これは本物の野乃ではない。カインが化けたのだ。よりにもよって私に!
「しかし、野乃って体毛薄いよね、今の君並みじゃないか」
カインが腕の産毛を眺めながら言う
恥ずかしい! こんなの見てられない!
恥じらいくらい持ってよ!!
私は、ベッドの毛布を引っぺがすと、裸の野乃に投げつけた。
アリスティアよりカインの方がチートのような気がしますが、二人はセットと考えておりますので、問題無しです。