軍団結成
陛下から、お茶に招かれました。
男性からお茶に誘われる経験など、皆無だった野乃の頃を思うと、隔世の感があります。
相手、五十代、既婚者だけど……。
お茶は、王の専属・専門のメイドが淹れてくれました。ナイトール産の最高級の茶葉だそうです。とても香り高く、まろやか。このように美味しいお茶は飲んだことがありません。
いつも、茶葉はティオール産が一番と、のたまっているエルシミリアが悔しそうにしています。淹れ方もあるのでしょうけれど、やはり、こちらの方が断然美味しい。負けは負け、素直に認めるのが、真の淑女でしてよ、エルシー。
我が家のティールームにいるのは、六人。
アレグザンター陛下、ノエル殿下、ベルノルトお祖父様、ルーシャお姉様、エルシミリア、そして私。
緊張する私とエルシミリアを、王都育ちで、王族の知り合いもいるルーシャお姉様とノエル殿下が、きっちりフォローしてくれているので、お茶会は和やかに進んでいます。
危惧していた、私達の縁談の話などは、全く出て来ません。まあ、大侯爵である、ベルノルトお祖父様が、横に居られるのです。陛下もそういう話はされづらいでしょう。お祖父様は、ニコニコと話を聞いておられますが、全く目が笑っておられません。
余計なこと、言うんじゃねーぞ。
って感じです。お祖父様は昔、子供の頃の陛下の近習を務め、陛下から兄のように慕われていたとのこと。そのような者が、眼を飛ばして来るのです。陛下には同情します。お祖父様、年下には優しく致しましょう。
話をしてみると、アレグザンター陛下は、とても好感の持てる紳士でした。為されている政策も、私の知っている限りでは真面なモノばかりです。このような王の元でも、王族が一致結束できず、未だ、立太子さえ出来ないとは、王宮とは恐ろしいところのよう。
エルシミリアによく言われます。
『アリスティアお姉様のように、性善説で動かれる方は、権謀術数で簡単に篭絡されてしまうことでしょう。重々お気を付けくださいませ』
エルシーの言い方はまだるこっしい。前世で住んでいた大阪風に言うと
『あんたはオレオレ詐欺にひっかるタイプや、気ーつけや、世の中、おっとろしいで!』
アリス姉様の頭は、お花畑! とエルシーは言っています。心外です。
「私の五番目の娘に、コーデリアというのがおってな」
陛下が突如、話題を変えられました。
「コーデリア姫! きっと父親思いの良い姫様なんでしょうね」
と、つい言ってしまう。シェークスピアなんて、この世界にはいない、リア王なんて誰も知らない。
「父親思い? いや、私の言うことなど全く聞かない娘だ、親不孝者だが?」
「そ、そうでございましたか、訳の分からぬことを言って申し訳ありません」
冷や汗をかきながら、謝る。隣に座るエルシミリアが、私のポカを助けようとしてくれる。
「陛下、アリスティアお姉様の勘は、たまに当たります。コーデリア姫も、親不孝者に見えて、実は心の中では、陛下を慕っているのかもしれません」
たまに当たるって、それ誰でもでしょう。フォローになってないよ、エルシー。
「そうであろうか?」
「きっとそうでございます。女心は複雑なのでございます。陛下」
出た、女心は複雑! この台詞、めっちゃ便利。でも多用は禁物、ただの面倒臭い奴と思われて、相手にしてもらえなくなります。
「まあ、親思いであるかは、置くとして、あやつは今、九歳なんだが、ここ数年、自分の部屋から出て来ない。私の頭痛の種なのだ」
九歳の子が、数年も部屋から出て来ないとは、さすがに、これは問題だと思う。陛下が気に病むのも分かる。
「私も色々やってみた。何事にも興味を示さないので、物事ではつれないし、友人でも出来れば変わるかもしれんと思い、選りすぐりの令嬢達を、何人も侍女として送り込んでもみた。その結果……」
私達は、陛下の言葉の続きを、固唾を飲んで待つ。
「皆、涙目で、『辞めさせて下さい、辛いです。修道女になった方が、まだマシです。ううう』だ」
陛下は肩を落とし、溜息をつく。
陛下が選んだのだ、きっと素晴らしい令嬢達だったことだろう。その彼女達を泣かせる九歳。なんて…… 恐ろしい子! 思わず、白目になってしまいそうだ。
「それで、私は考えた。選ぶ方向性を間違えていたのかもしれない。私の選んだ令嬢たちは優秀だった。でも、彼女達は、世間で言うところの『良い子ちゃん』だった。コーデリアのような変な子に、あてがうには不適格だったのではないか。変な子には、変な子をあてがうべきだとな」
「それは正解だと思います、陛下。私も以前、病を憎むあまり、頭がいっちゃってたのですが、それをアリスティアが救ってくれました。感謝してもしきれません」
ルーシャお姉様、感謝しきれないって、そんな…… ん? ちょっと待てよ。それでは、私は変な子と言うことに……
「なんと、聖女のそなたを、アリスティア嬢が救ったとは! 素晴らしい!」
陛下は、グッと視線を私に移した。少し興奮しておられる?
「アリスティア嬢、国の宝とも言える、聖女を、ルーシャ嬢を救うとは、何たる功績、なんたる偉業! 聖女の頭がいっちゃってたなんて、国の恥もいいところだ。よくぞ回避してくれた、聖女を救ってくれた!」
ルーシャお姉様が顔を真っ赤にしている。自分で言ったのだから仕方がないですよ。言わなくて良いことをポロっと喋るのは、私だけではありませんよ。ルーシャお姉様。
私は心の中で、にまっとした。
しかし、陛下も人が悪い。「頭がいっちゃってる」を繰り返さなくても。きっとわざとだな、目が笑ってる。
「国王として感謝する!」
といって、私に頭を下げられた。ノエル殿下以外、唖然となる。ノエル殿下はニコニコしてる。親しみ易くて良い王子様だと思うが、ちょっと変わってる?
私は慌てて言う。
「陛下、どうか頭をお上げ下さい。国王ともあろう御方が、私のような子供に頭を下げるなど、有ってはならぬことでございます。お願いでございます、お上げ下さいませ」
陛下は頭と上げてくれた。ほっとした。
「では、何か褒美をとらせよう。何が良い?」
「お気遣いありがとうございます。でも、褒美は十分に頂いておりますので」
私の左隣りに座っている、ルーシャお姉様に視線を滑らせる。陛下は気づいたようだ。
ルーシャ様が、私達のお姉様になってくれた。これ以上の褒美があるだろうか。
「そうか、それならば褒美は無しとしよう。欲の無いことだ。でも、貰えるものは貰っておけば良い、世の中の基本だぞ」
「以後、心得ておきます。陛下」
陛下がおっしゃられることは正しい。でも、今の私は、貰い過ぎている、恵まれ過ぎている。これ以上に貰うのは心苦しい。
「あー、それでだな、それで……」
「何でしょう? 陛下」
「実はだな……、えーとな」
「あー、もう! 父上はまだるこっしくていけません。私が代わりに言います」
突如、ノエル殿下が話に割り込んできた。
「そうか、では頼む」
頼むんかい! 国王としての威厳は?『出過ぎた真似はするでない』とか言わないの?
「アリスティア嬢」
殿下の表情が、今までとは違う。親しみやすいフランクさが消えている。人称さえ「僕」から「私」に代わっている。
「父上には他の理由もあるのかもしれないが、私がオルバリスに来たのは、助けて欲しかったからです」
助ける? 私なんかに、王族を助けれることなんてあるだろうか? まさか縁談! お祖父様の前で、持ち出すの?
「ルーシャ嬢を救ったように、コーデリアを、私の最愛の妹を、救って欲しいのです」
良かった、縁談ではなかった。私はまだ十歳、その手のことはもう少し後で良い。でもコーデリア姫を救うって、どうやって。文通でもすれば良いの?
「半月程でいい、王都へ来て、コーデリアの侍女になってくれないだろうか、お願いです」
ノエル殿下は頭を下げる…… どころか、椅子から降りて土下座した。
場の雰囲気が凍った。
一国の王子、それもこの世界、最大最強の国の王子が、私に土下座している。居たたまれない。
私は、立ち上がり、ノエル殿下の所へ行く。
そして、同じように土下座する。
謹んで、お引き受け致します。
私には、この選択肢しか無かった。ノエル殿下は最愛の妹を救って欲しいと言った。妹のことで、兄である殿下は苦しんでいる。これを見過ごしに出来ようか?
私は、晶兄さんには、もう何もしてあげられない。代替行為であるのはわかっている。
でも、それでも!
ガタン!ガタン! と椅子から立ち上がる音がする。
「わたしも侍女になります!」
「私もです」
エルシミリアとルーシャお姉様が名乗りをあげた。
へ?
状況に頭がついていかない私。頭を抱えてしまっているお祖父様。大喜びの陛下と殿下。
ここに、最強の侍女軍団(自称)が誕生した。
ユンカーは味方にならないでしょう。三対一になる、コーデリアは大変。