訪問初日
ルーシャお姉様の挨拶が終わった。
さすがは王都育ち、淀みない挨拶だった。同じようには無理、経験値の差が大き過ぎる。
次は私、アリスティアの番。緊張する~。
カーテシーをする。
私達の出で立ちは、もちろん正装。
今回、子供っぽいひらひらは排除した。コンセプトは、優雅。
襟元が繊細なレースで飾られた、シンプルなラインのシルクのドレス。色は黒、プラチナブロンドの髪を引き立たせる。その髪は普段は使わない髪飾りで、後ろに緩やかにまとめられ、まるで流れる銀の川のよう。
首元には真珠のネックレス、私はブラックパール、隣にいるエルシミリアはホワイトパール。まさに「ゲインズブラントの双珠」を体現する。
どうよ、十歳児とは思えない、この出で立ち。
鏡で見た時は、ハリウッドに殴り込みに行きたくなった。そこらの女優なんぞ、なぎ倒して進ぜよう。
「陛下、殿下。ご挨拶を申し上げることをお許し下さい」
「許す」と陛下、隣に立つ、第三王子殿下は、にこやかに頷くだけ。
「お初にお目に掛かります。伯爵ロバートが三女、アリスティア・フォン・ゲインズブラントです」
よし、第一関門突破、間違わずに、三女って言えたぞ。
国王陛下は、さすが、国のトップを務めるだけあって、とても威厳がある。そして、厳めしさと理知が同居する顔貌をみるに、国王として有能であろうことは、ありありと伺える。
年は五十と聞くが、五十半ばあたりに見える。国を背負う苦労は如何ばかりであろうか。国王になんて、なるもんじゃないね、なれないけど。
髪はダークブラン、目はブルー。
第三王子、ノエル殿下は、意外と普通。それなりに整った目鼻立ち。男の子に言うのもなんだが、可愛いタイプ。よく動く表情が、可愛い感を加速している。
髪はライトブラウン、目はグリーン。
私達、超絶美少女三姉妹の挨拶は恙無く、終わった。
陛下と殿下は、私達の誰を見ても、「おっ」ぐらいの感じ。さすが王族、そこらの有象無象の貴族達とは違う。言葉を失くしたりしない。私達の負け。これからは「超絶」はとって、美少女三姉妹と称します。
私達の謁見終了後、国王陛下は、お祖父様やお父様達とダイニングへ向かわれた。残されたのは、ノエル殿下。その接待は、私達の役目だ。
殿下は十三歳、ルーシャお姉様と同い年。先ほどからの様子を見るに、明るいフランクな方のようだ。
「やっと終わったね。僕、ああいう堅苦しいの嫌いなんだ、どっかでくつろごうよ。良い場所ない?」
「では、殿下、テラスは如何でしょう。今日はお天気がよろしいので、気持ち良いかと思います」
エルシミリアが提案する。如才ない、さすが私の半身。
「君は、エルシミリアだったね。二人のお姉さん、どちらも目が眩む程、奇麗だけど、僕は君が一番だと思うな。もし君達が、僕を結婚相手に選んでくれるなら、君に選んで欲しいよ」
あっけらかんと殿下が仰られた。
「な、何を仰られてるのですか、殿下! お戯れは、お止し下さい! わたしなど、お姉様、お二人に比べれば、ゴミ屑もいいところです!」
エルシミリアが狼狽している。顔が赤い。私のこと以外で、ここまでうろたえるエルシーを見るのは珍しい。
しかし、自分のことをゴミ屑って……。そこまでいくと謙虚というより、自己認識がおかしいレベル。野乃の頃の私だったら、胸倉掴んでそう。
美少女なんて、夢のまた夢の者達のこと、考えたことあんのか!
いい加減にせいや! 目を覚ませ! このボケナスがー!!
これでは、ただの柄の悪い関西のおっちゃんである。
「ゴミ屑? 君がゴミ屑なら僕は便所虫あたりになってしまう。酷いよ」
「そ、そんな意味で言ったのでは! 殿下が便所虫などありえません! これはその、あの」
焦りまくる、エルシー。
「ルーシャ姉様、ついに、エルシーに春が来たのですね。私は嬉しゅうございます」
「そうね、素晴らしいわ。でも、私達に春は来ないみたい」
「ですね、どうせ私達は、行かず後家になることでしょう。老後は二人で、静かに暮らしましょう」
「そうね、沢山、犬や猫を飼って、庭いじりをしながらね」
「うう、殿下とお幸せにね、エルシー。私達は草葉の陰から見守っているわ」
殿下がエルシミリアに言う。
「君のお姉さん達、勝手に、行かず後家の老女になる未来を決めて、勝手に死んじゃったよ」
「ですね。放っておきましょう、時々、悪乗りするんです。後で絞めておきます」
エルシミリアが落ち着きを取り戻している。それは良いが、絞めるって…… 昭和のスケバンですか、あなたは。
「それはそれは、お手柔らかにしてあげてね」
殿下が笑った。エルシーもつられて笑っている。なんだか良い雰囲気。
カインが、心の中で、話しかけてきた。
『この王子、嘘は言っていないよね。ほんとに、エルシミリアが一番だと思ってる』
だよね。私も嘘は言ってないと思う。この殿下、見る目あるわー。私やルーシャお姉様、神や神々からもらった輝きの助けがなかったら、絶対エルシーに負けるもん。それを見抜くなんて凄いよ。
『一応、君もわかってるんだね。いつまでも神様頼りでは駄目だよ。自分で自分を磨かなきゃ』
磨くってどうやって?
『さあ、それは自分で考えなよ。それを考えるのも自分磨きさ』
カインはそれっぽいことを言って、誤魔化した。
私は、カインに回答は期待しないことに決めている。基本、こいつは最後は丸投げにする。丸投げ野郎である。
『野郎って、だから、僕に性別は無いって言ったろう。ほんとに、もう!』
丸投げは否定しない。どうやら自覚はしているようだ。
私達はテラスに移った。
殿下から王都や王宮のいろいろな話を伺った。殿下は、とても話し上手。特に王宮の話など、王宮での生活がありありと伝わって来て、その場にいるかのように思えた。各国要人が頻繁に訪れ、美姫や美女がひしめく華やかな生活ではあるが、そのような生活は、大変気疲れしそう。御免被りたい。その感想を正直に殿下に伝えたところ、
「ははは、アリスティアは正直だね。僕だって御免被れるなら、御免被りたい。でも、その感想、父上の前とかで言っちゃダメだよ。あの人だって、本当は逃げ出したいんだから」
「陛下に! いくら私だって、そのようなバカな真似はいたしません!」
「いえ、アリス姉様ならするかもしれません。恐ろしいです、やはり私がついていないと!」
「そうね。アリスなら有り得るわ、ポロっと言うのよ、ポロっと。そして相手の心を抉るのよ」
おい!
「怖いわ」
「怖過ぎます!」
おい!おい!
エルシミリアとルーシャお姉様が、腕組みをして、うんうんと納得しまくってる。私はそんなに、傍若無人ではないと思う。二人の認識は間違ってる。私は周りに気を遣いまくりだよ。そりゃー、完璧には程遠いけどさ。出来る範囲で、頑張っているのに、それを少しは評価してくれたって、ぶちぶちぶちぶち。
「おーい、皆さん、戻って来てー、僕を一人にしないでー」
ノエル殿下の、寂し気な声がテラスに響いた。
国王より、ノエルの方が目立ってしまいそうなのがなんとも。頑張れ国王。