リーアムお兄様
私の名前は リーアム・フォン・ゲインズブラント。
近衛騎士団所属 二等騎士。十九歳。
私は、二年ぶりに実家に帰って来た。近衛への入団以来、初の帰郷だ。
アレグザンター陛下のオルバリス訪問の先遣隊として、同僚、二名と共にやって来た。数日後には、警護の本隊と、侍従、従僕、メイド等がやって来る。陛下と第三王子、ノエル殿下は一緒には来られない。瞬間移動魔術で来られる。ゴールド持ちは便利で良い。
私達、騎士は、大体がシルバーだ。私もシルバー、シルバーの中位。近衛の中では平均的ランクであるが、瞬間移動など使う気になれない。使って使えないことは無いが、使った後は魔力切れを起こし。二三日は寝台の上。これでは警護として、騎士として全く無意味な存在になってしまう。ゴールド持ちは本当に羨ましい。ましてや、プラチナなど、天上の存在のように思える。
そして、その天上の存在が、家族にいる。二番目の妹、アリスティア。
彼女と三番目の妹、エルシミリアが産まれた時のことは、よく覚えている。ちょうど、その日、私は遠出をしていた、山に登っていた。山に登って得なことなど何も無い。しいて実益を言うなら、足腰が鍛えられることぐらいだろう。
しかし、登っていると、気分が良くなる。さらに、山頂の荒涼とした岩場に、身を置くと、最高の気分になる。あの気分は何なのだろう。下界のように、ピーチクパーチク五月蠅い連中がいないせいだろうか?
夕刻、山登りに付き合わせた従僕と一緒に、館に帰り着くと、家宰のローレンツが、母上が突如、産気づかれ、無事、双子の妹達が生まれたことを知らせてくれた。
父上が、探知と解析の魔術を組み合わせて、双子であることを、突き止めておられたので、双子であることには驚かなかった。父上は、魔術に関してほんと器用だと思う。私のような、武骨な戦闘系魔術に特化した者には、父上のような繊細な魔術使用は望むべくもない。
双子だとわかった時、母上は、とても悩んだそうだ。「凶兆」とされる、双子を産んで良いのだろうか? 産んだとして、生まれた子供達が、双子であると言うことで、蔑まれたりしないだろうか?
父上と母上は相談し、父上の強い意向で、母上は産むことに決めた。魔術を使った堕胎は、シルバー上位くらいの医療魔術の術者を雇えば、出来ないことはない。母体への負担も、それほどではないと聞く。でも、父上は、一も二も無く堕胎を却下された。
二人の赤子を続けて産まなければならない、エリザには申し訳ないが。一回のお産で、二人も家族が増えるのだ。これほど、喜ばしいことがあろうか。
その言葉を聞いた時は、私も九歳の子供だったせいか、確かに、一回では二人の赤子、これは得だ、と簡単に納得してしまったが、今になって考えるに。第一夫人しか娶らないことへの言い訳の面があったのではなかろうか。
エリザベートは、こんなに沢山の子供を産んでくれた。第二夫人など必要なかろう。
小五月蠅い親戚連中も多い。第二夫人くらい持つのは常識だ、後継ぎが少な過ぎる、疫病でもあれば、どうするのか、などと父上も突き上げられていたのだろう。伯爵家当主など、外聞は良いが、なって楽しいものではない。
ローレンツは、双子の無事出産の報告と共に、彼女達の魔力容量を伝えてくれた。
姉の方が、プラチナの上位、妹の方が、ゴールドの中位。
何の冗談かと思った。しかし、ローレンツの顔を見るに冗談を言っているようには思えない。だいたい、ローレンツが冗談を言うのを聞いたことがない。
プラチナ、ゴールド…… 凄い。凄すぎる。
シルバー中位の、私やアイラなど、消し飛ぶような魔力量。
笑いが込み上げて来た。実際、少しは笑ったかもしれない。
あー、私が、ゲインズブラントの当主になる未来は無くなった。そう、思うと……
開放感が込み上げて来た。
生まれて来た妹達よ、グッジョブ!
私は、将来、騎士として身を立てたかった。領地経営など、全く興味はなかった。多分、その才能もない。そんな領主に統治されたら、民が可哀そうだ。
よくやってくれた、まだ名前もない妹達よ。これからは、精一杯、可愛がってやろう。ただ、どう可愛がって良いのか分からないのが問題ではある。
妹のアイラがいただろうに、何故わからないって?
あれは、こちらがどう扱っても、ぽわぽわして笑ってるばかり、参考にはならない。特殊過ぎる。
あれから、もう十年。時が経つのは早いものだ。
実家に着くと、家族総出で、迎えてくれた。
父上、母上、アリスティア、エルシミリア、オリアーナ大叔母上、そして、新しく家族に加わった、ルーシャ嬢。
彼女は、稀代の癒しの使い手「聖女ルーシャ」として王都で有名ではあったが、私は会うのは初めてだ。凄い美少女とは聞いていたが、本当だった。アリスティアと張り合えている、素晴らしい。王都で、王宮で、数々の美女、美少女を見たがアリスティアと比べると、なんてことはなかった、普通だった。しかし、このような娘が居ようとは、やはり世の中広いものだ。
一通りの、挨拶と自己紹介を終えた後、ルーシャ嬢は言った。
「リーアム様。私は、どう呼んでいただいてもかまいません。ですが、私の方から、リーアム様をどうお呼びすれば良いでしょうか?」
「なんとでも。お好きなように呼んで下されば良い」
「私は父ともども、大変なことをゲインズブラント家にしてしまった身です。リーアム様から、ご指定頂ければ……と。お願い致します」
「兄上、リーアム兄上で。アリスティアもエルシミリアも、未だに『リーアムお兄様』で、子供ぽくって、いけない」
「わかりました、では、兄上、…リーアム兄上」
初対面の男性を、兄上呼びするのが恥ずかしかったのか、顔が少々赤くなっている。
良い娘ではないか。アリスティアはとても奇麗で優秀だが、落ち着き過ぎていて、面白みがない。エルシミリアは才智が勝ちすぎ、これから小煩くなっていきそうだ。ルーシャ嬢は、良い妹になってくれそうで、喜ばしい。
「ルーシャ、一つ頼みがある」もう妹なのだ、呼び捨てで良い。
「は、はい何でしょう?」
「私が、戦場で、大怪我をした時は、治癒を頼みたい」
ぱっとルーシャの表情が輝いた。一瞬、アリスティアより奇麗に見えた。
「はい、わかりました。リーアム兄上! 手足の一本や二本千切れったって、再生してみせます! なんなら胴体だって! 任せて下さい!」
いや、手足の一本や二本を再生って、それはもう、神人レベルなのでは。それに胴体って、それはもう死んでいる。あの世で御先祖様と語り合ってる。
「それは頼もしい」
いつの間にか、懐かしの我が家は、人外魔境になっていた。
・アリスティア、
プラチナ上位 私の数百人分以上の魔力量。
・オリアーナ大叔母上、
以前手合わせしたが、強過ぎ、怖過ぎ。人の範疇と認めたくない。団長になれなかったのは、魔力容量のせい、それ以外は、どの団の団長より優れている。
・ルーシャ
手足を再生とは、もはや神。教会に入れば、教皇を追い落とせるだろう。
王都に出て、近衛に入って良かった。普通の感覚でいられる。実家はもはや普通とは言えない。普通なのは、父上、母上、エルシミリア……、いや、エルシミリアはちょっと違うか。
別段、とんでもない能力があるという訳ではない。性格というか、精神の問題。あの子の、アリスティアへの入れ込みようは異常に思える、姉思いの範疇を超えている。
近衛に入る前、廊下で、遠距離ダーツをしていると、運悪く、通りかかったアリスティアに怪我をさせてしまったことがある。廊下で、ダーツなどしていた私が悪いことは確かなのだが、その時のエルシミリアの怒りようは凄かった。殺されるかと思った。
妹達の中で、一番怖いのは誰かと聞かれたら、エルシミリアの名をあげる。彼女には逆らわないと心に決めている。
その日の晩餐は、同僚の騎士達も招かれ、とても賑やかだった。あまり喋らない私の代わりに、同僚たちが王都の話を色々としてくれた。家族の皆は楽しんでいた。私も何か話すべきかとも思ったので、一つだけ話した。
「斬撃のレベルが最高位に上がりました」
父上しか反応してくれなかった。なれないことはするべきではない。
翌日の早朝、父上と大叔母上が部屋にやって来て、裏庭の木立の中へ連れ出された。こんな時間に、こんな所に連れて来られて、何があるのかと訝った。
父上と大叔母上は、絶対、他の者には教えるな、絶対にだ、と、私に念押しした後、改良型の風の斬撃を教えてくれた。その改良型は、刃先が超高速で振動することによって威力を倍増していた。父上が放った最小の斬撃でも、倒木を簡単に真っ二つにした。
凄い……。
よくこんなことを思いつきましたね、と二人に述べると。アリスティアが発明したとのこと。魔力量だけでも、とんでもないのに、魔術の大幅な改良まで行ってしまうとは、我が妹ながら、呆れてしまう。何なのだろう、あの子は。
せっかく教えてもらったのだから、頑張って習得しよう。これをモノにすれば、戦場に行った時は絶対役に立つ。もしかしたら、命を救ってくれるかもしれない。
その日の夕方、アリスティアの部屋を訪ねて、礼を述べた。
素晴らしい技を作ってくれたので言葉だけではなく、何か礼がしたい、何か希望はないのか? と、アリスティアに尋ねるが、
「そんなに気を遣って下さらなくても、お兄様のお役に立てて、私は嬉しいです。それだけで十分です」
妹は固辞する。しかし、こちらもそれでは納得はできない。ほんとに何にもないのか? と更に問いかけると、
「そうですねー、では、今度、リーアムお兄様が山へ登られる時、私も一緒に連れて行って下さいまし」
「山? 連れて行くくらいは別に良いが、お前、山好きだったか?」
「ええ、好きですよ、ずっと前から」
ウソだろう、こちらにいる時、私は何度も何度も山に行った。しかし、アリスティアが興味を持っているような感じは、全くなかった。
「ずっと前からって、私が、王都に行った後、二年くらい前からか?」
訝る私に、アリスティアは答える。
「いいえ、もっと前、もっともっと前からですよ」
そうか、本人がそう言うのなら仕方がない。山好きに悪い奴はいないからな、信じよう。
「では、どこの山が良い? 好きな山に連れてってやるぞ」
アリスティアは、何かを愛おしむような眼差しになる、そして微笑んだ。
「どこの山でも良いですよ、どこの山でも。お兄様と行けるのなら」
-----------------------------
私はリーアムお兄様に、そう答えた。
でも、本当は行きたい山はある、でも、行けはしない。
北アルプス……
晶兄さん、一緒に行きたかったよ。
リーアムは騎士として優秀です。でも、家族の元へ戻ると、チート、人外ばかりで可哀そうです。