はじめまして、お父様、お母様
五感は全くの正常、足の裏が長い毛足の絨毯を踏みしめているのもちゃんと感じてる。けれど、それだけ。私の意志が全く体に伝わらない。体は勝手に動き、勝手に喋る。
この後のことは私には映画を観ているような感じだった。
「さあ、来るわよ、今のあなたのご両親が。『今の』って言っても、ちゃんと血は繋がってる。養子なんかじゃないから安心して」
バタン! と大きく扉が開かれた。
「 「 アリスティア! 」 」
大人の男女の声がハモる。
現れたのは、エルシミリアちゃんと、ともに四十に差しかかった頃のように見える男性と女性。
男性の方は、手足が長く、身長は180を軽くを超えているだろう、それでいてがっしりと体格。顔立ちはとても端正、銀髪がよく似合っている。古めかしい三つ揃いのスーツを着ていることも相まって、往年のハリウッド男優を見ているかのようだ。
そして、女性の方もとても美しい容貌で、髪は金髪に近いブラウン。菫色の大きな目が年齢にも関わらず、少女のような愛らしさを感じさせる。身長は少し高め170足らずくらい。華美にならずといって地味過ぎもしない、少しゆったりとしたドレスを纏っており、女性の持つ素晴らしいグラマラスなラインの体を品よく見せている。
羨ましい…
つい思ってしまう。そう、私、野乃は、自分で言うのも悲しいが「ペッタン」なのだ。高校生になれば……と淡い望みを繋いでいるけれど、はっきり言って大きくなる女の子の大概は、高校生になるまでに既になっているか、その兆候が現れている。
何や、その大きな胸は! なんか詰めとんのんか~~~!
女の嫉妬は怖いよ、覚悟しとき…… って、別段嫌がらせとかせえへんよ。ただ、陰で『早く垂れろ! 早く垂れろ!』と念を唱えるだけ。
目の前の三人をまじまじと見る。美男美女の両親、美少女の娘、こうも揃うと、あまりにも絵になり過ぎというか、理想的すぎる。その上、大金持ち。そこらにいる「リア充」達に見せてやりたい。
【 この家族を見ろ! お前たちなんかゴミのようだ!! ハッハッハッハッ!! 】
こんな家族ほんとにおったんやなー、世界は広いわー。
「ああ、ほんとに目覚めたのね! 良かったわ! アリスティア!」
駆け寄って来た女性に抱きしめられる。エルシミリアに抱き着かれた時と違って、包まれ、守られている安心感が感じられた。初めて会う人なのにな、なんでやろ。
暖かい…… 柔らかい…………………… けど、息が出来ない!!
「お母様! お胸が! お胸が! 息が!」
「ああっ! ごめんなさい!」 女性が私を抱きしめていた両腕を離す。
お胸天国、いや、お胸窒息地獄から解放された私は、少し息を整えた後、女性に顔を向けると、彼女の目は少し、潤んでいた。
「あなたが突然倒れたって聞いた時は、本当に驚いたし悔やんだのよ。『印』を見せるのはまだ早いって、さんざんお父様に言ったのに。私がもっときつく止めていれば……」
「エリザ、反省してる。その話はもう…」
「あなたの判断で、アリスティアが倒れたりしたのです、黙ってて!」
「うっ……」
「お母様、お父様だけが悪いのではありません。私も無理にお姉様を引っ張っていってしまって」
「おお、エルシミリアは優しいな。どこぞの誰かさんとは大違いだ」
「あなた!」
「はい!」
夫婦の力関係が、垣間見えた。
「アリスティア、あなたが倒れてすぐに、お医者様に来てもらったの。お医者様は、どこも悪いところは無い。何かショックがあって、一時的に意識を失くしてるだけで時間がたてば気がつくでしょうと言ってくれて、それで私達も少しほっとしたの。けれど、あなたはなかなか目覚めなくてね。倒れてからもう丸一日以上たってるのよ、とても心配で傍についててあげたかった…… けれど、私もお父様も外せない事が色々あってね。ほんとごめんなさい」
女性の表情を見ていると、傍についていられなかったことを悔やんでいるのは、本当のようだ。
「お母様、心配してくれて、ありがとうございます。お父様、お母様、エルシミリア、皆にこんなに心配してもらえる、アリスティアは、幸せ者です」
今度は、私の方から女性に抱き着いていった。女性は一瞬、驚いたようだが、優しく私の背中に手をまわし、抱きしめてくれた。少し泣いているのか、鼻をすする音が聞こえる。
「お母様、私はお母様に産んでもらえてほんと、良かった」
女性は驚いたように私に問いかけた。
「アリスティア、もしかして、あなた知ってるの?」
「知ってる? 何をです?」
「……いいわ、気にしないで。そんなことより、アリスティア、体の調子はどうなの? 気分が悪いとか、痛いところとかあったりしない?」
私は笑顔で返す
「もう、全然平気です。こんなことだって、出来ますよ!」
女性の腕の中から離れ、少し距離をとった。そして、体を屈め、重心を落とし、一気に全身のバネでジャンプ! この体、凄い! なんでこんな高く跳べんの!
そして、着地……失敗してずっこける。
は? 今のはわざとこけたよね。あんな運動能力あって、たかが、立ち跳びで、着地失敗するなんてありえない。
男性が驚いて駆け寄ってきた。
「大丈夫か! アリスティア!」
「大丈夫です、お父様。やっぱり、まだ本調子じゃないようです」ヘヘっと笑う。
「そうだろう。あんな事があったばかりだ。今日はもうベッドで休みなさい」
「はい、わかりました」
私は、男性の方に向かって両手を大きく開くように差し出した。男性には意図がわからないようで、顔が『?』になっている
「抱っこです、お姫様抱っこ」
男性だけではなく、女性もエルシミリアちゃんも私の行動に唖然としている。私はさらに続ける。
「騎士様。騎士は姫にかしずくものですよ」
男性は破顔して笑顔をみせた。
「はは、そうであったな。もう引退してかなりになるが、私もかつては騎士であったな。では!」
男性は腰をかがめ、大仰な姿勢をとる。
「姫の仰せのままに」
私は男性に、ゆっくりと優しく抱き上げられた。背中と足に回された手が力強く、先ほど女性に抱かれた時とは違った安心感が私をつつむ。この人も初めて会う人なのに……。
「しかし、騎士が姫をエスコートするのに雰囲気がないのは、なんとも無粋だ」
男性が、小さく何かを唱えるのが聞こえた。その瞬間、部屋のカーテンや扉が一瞬で閉じられ、部屋が真っ暗になる。
なんで? 自動なの? どうみても自動カーテンや自動扉とは思えなかったし、仮に自動だったとしても、あんな一瞬で閉じられるだろうか?
男性はまた何かを唱えた。すると真っ暗だった部屋全体に、満天の星空が現れる。現在の日本では三千メートル級の山にでも登らない限り見ることのできない、いやそれ以上の星空。あまりの美しさに心が吸い込まれてしまいそうだ。
プラネタリウム! と一瞬思ってしまうが、そんなものはどこにもない、あんな大型の投影機は置いてあればすぐに分かる。家庭用の小さなものもあることにはある。友達の家にあったが、はっきり言ってオモチャだ。今、見ているような星空を作り出せるものではない。
星々がゆっくりと回転し、私達の周りを流れ始めている。その速度は少しずつ上がっているようだ。
「どうです? 姫様」
私は、男性の首に手を回し、頭を預けて言った。
「素晴らしいです、最高です。騎士様、いえ、私の愛するお父様!」
「!」
男性はなんだか、感極まったようで黙り込んでしまった。
「ロバート、私の時はこんな演出してくれなかったのにね。後で、じっくりお話しましょう」
「いや、あの頃の私ではまだ魔術が未熟で……」
「ふふ、冗談よ。さあ、アリスティアをベッドまで連れていってあげて」
男性は私を抱いたまま、ゆっくりと歩を進める。私達の周囲をとりまき流れる星々は、ぐんぐん速度を増し、もはや盛大に流れる流星群だ。その中を私たちが進む。
私は父のことを思いだしていた。父は、今、私を抱いてくれている男性のようにカッコよくはなかった、ごく普通のおじさんだった。けれど、そんなことはどうでもいい、父は私を愛してくれた。小さな頃、父に肩車をしてもらい花火大会を見にいった。花火が空一面にひろがり、こちらに向かって降ってくるような様はとても奇麗だった。今、私の周りを煌めき流れる流星群と同じくらい美しいものだった。
そう、同じなのだ。ようやく思い出した。
父が、お父さんが私を愛してくれたのと同じように、この男性は私を愛してくれている。だってこの男性は、私のお父様!
私は、魔力が存在するこの世界で、ロバートお父様とエリザベートお母様の間に、エルシミリアと共に生まれ、アリスティアとして十年間一緒に暮らして来たのだ。
お父様は駆け巡る星々の中を、私が楽しめるようにと、とてもゆっくりと歩いてくれた、けれどベッドまでの距離はたかだか十数歩。すぐに終わりが来た。
私はベッドに降ろされ、星々がゆっくりと光を失い消えてゆく。そして、カーテンが開かれる。
ベッドの横に立ってくれている三人を見る、それぞれの私を見る眼差しは、とても優しい。
この人達は私の家族。
ねえ! 私思い出した、思い出したよ。だから私の体を返して、お願い!
『だめよ、あなたはまだ、ちゃんとわかってない』 心の中に声が響いてくる。
わかってるよ! アリスティアとして十年間、生きてきた、ちゃんと憶えてる!
『違う、十年間アリスティアとして生きてきたのは私。あなたじゃない。このことは後で説明するわ』
私じゃないって…
『さあ! あなたの心に、人生に、決着をつけるのよ、野乃!』
私、アリスティアの口がまた勝手に動く。
「お父様、お願いがあるんです。私の『印』を、『神契の印』をもう一度見せてくれませんか?」
お父様、お母様、エルシミリア、三人の表情が固まった。
アリスティア、エルシミリア… 自分で付けときながら、ほんと呼びにくい名前。
後でなんとかしよう。




