コーデリア
コーデリア・オールストレーム。九歳。
大陸一の版図を持つ最強国、オールストレーム王国の第五王女。
母は第三妃ミリア。
絶賛、王宮の最深部にある、自室に引きこもり中!
というのが、私の設定。
そうそう、神の化身の如き、超絶美少女という設定もあるけれど、基本、外へ出ないので、何の意味もない。
あと、超寡黙という設定もある。
これは半分嘘、喋るときは喋る。
何故、設定の連呼?
私には、生きている実感がない。
私の人生には物語がない、あるのは設定だけ。
あー、そうそう、生きてるんだなと、思う瞬間もある。
食事と排泄。
この二つは我慢していると、辛くなる。辛いということは、生きているということなのだろう。
「ユンカー、排泄したくなって来ました。トイレを所望します」
ユンカーというのは、私についている、唯一の専任メイド……?
他にもいたが、大概の侍女やメイドは、私に耐えかねて、すぐ辞めたがるので、ユンカー以外は、専任は付けないでもらっている。
「コーデリア、トイレは行くものであって、所望するものではない」
ユンカーが、真理を突き付けてくる。仕方がない、行くとするか。
よっこいしょ、と立ち上がり、扉の方へ向かう。
ユンカーの前を通り抜ける。
「もっと早く歩け。そのノタノタした動きを見ていると、イライラする」
「一日、二百歩くらいしか歩かないのです、貴重な歩行時間、これ以上減らしてはダメでしょう」
「時間より、距離を気にしろ」
また、真理を突かれた。
ユンカーは結構辛辣だ。
というか、とっても態度が悪い。メイドが王女に対するものではない。どうして処罰しないのか?
別に処罰する気もないが、しようとしても私には出来ない。国王である父上だって無理。
ユンカーのヒエラルヒーは、私や父上より上なのだ。
ユンカーは人ではない、人の亜種、エルフ。
もう二百数十年も生きている。二百年前は、初代様の伴侶でもあり、オールストレーム王国の建国を手伝った。つまり私の、遠い遠いお祖母さん。生きているご先祖様である。
でも、見た目は二十歳くらい、とっても美人。しかし、本人曰く、エルフの女性としては、不細工なのだそうだ。あまりに不細工なので、エルフの中で結婚相手がみつからず、仕方なく、人と結婚したとのこと。その人がオールストレーム王国建国の父、初代様。
だから、本来はメイドなんかではない。本人が、私付きのメイドを自称しているだけ。でも、メイドらしいことは、何一つしてくれない。一緒の部屋にいる、それだけ。
一緒に食事をして、一緒に眠る、それだけ。
ユンカーの長く尖った耳が、ぴくっとした。誰か来るようだ。まあ、誰かは分かっている。
あー、とっても重要なことを忘れていた、
排泄。私は、トイレに駆け込んだ。
トイレから戻ってくると、ノエル兄上が座り込んで、ユンカーと話をしていた。私に気づくと、
「やあ、コーデリア。君は、何時見ても麗しいね、まるで天界の姫のようだ。トイレなどに行かないでくれたまえ。幻想が壊れてしまう」
幻想なんて、全くどうでも良い。私にとって世界など、設定のようなモノ。その設定の上に幻想など重ねても意味は無い。
「ノエル兄上は、何時見てもノエル兄上ですね」
「おー、真理をわかってるな。我が妹はとても賢い。兄として誇らしいよ」
ノエル兄上は、第三王子。年齢は私の四つ上、十三歳。
第二妃の子供なので、私とは母親が違う。
茶色の髪に、茶色の目。顔立ちは整ってはいるが、美形という程でもない。でも、令嬢達からの人気は高いと聞いた。この軽いノリが良いのかもしれない。まあ、私にとってはどうでも良い、
ノエル兄上は、九人いる兄弟、姉妹の中の一人。それだけの存在だ。
であるのに、向こうの方は私、コーデリアをいたく気にいっているようだ。
物好きにも程がある。
その物好きは、頻繁に私の部屋に訪れて来る。頻繁とはいっても五日に一回位だが、一回も来たことがない兄弟、姉妹もいるのだ。頻繁といって良いだろう。
「今度、父上がオルバリスに出向くそうだよ」
「オルバリス? 聞いたことありませんね」
「オールストレームの北部にあるんだ。覚えておくと良いよ」
多分、忘れる。そんな設定、部屋から出ない私には必要はない。
「君の侍女候補になりそうな令嬢がいるから、見に行くみたいだよ。ちょっと変わった娘みたい、楽しみだね」
顔を歪める、またか、面倒くさい。
ノエル兄上が破顔した。
「そんな、厭そうな顔するなよ。今度の娘は、今まで見たいな、良い子ちゃんとは違うみたいだ。それに、なんとプラチナの上位を持った、超絶美少女だそうだ。コーデリアの侍女にぴったりかもよ」
プラチナの上位? 超絶美少女? くだらない、設定は設定、どこまで行っても設定に過ぎない。
「まあ、そんな凄い令嬢ですの、ありきたりのゴールドの下位の私とは釣り合いませんね」
「超絶美少女の方は否定しないんだね」
「否定しませんよ。したら、ノエル兄上の延々と続く、私への賛辞を聞き続けなければなりませんから、そんな惨事は遠慮します」
「お、韻をふんだね。でも30点」
「偶然踏んでしまっただけです。それに、ノエル兄上に採点など、頼んでおりません」
どうも、ノエル兄上と話していると調子が狂う、ユンカーの無愛想な受け答えの方が、遥かに楽で好ましい。
「でも、コーデリアの容量ランク、ゴールドの下位って間違いだろう。正解はプラチナの上位じゃないかな」
「はあ? プラチナの上位? 何の戯言ですか」 冷や汗が出た。
「僕は、教会の魔力測定具、あまり信用してないんだよねー。あれ、魔力容量があまりにも多いと、誤作動しちゃうと思う。コーデリアのランク判定は、多分それだと思うんだ。ねえ、ユンカーはどう思う?」
「あれは人用だからな、エルフの長老が試した時は、まともに測れなかった。有り得ることではある」
「でしょ。僕達には、エルフ、ユンカーお祖母様の血が入っている。先祖帰りを起こしたって、不思議ではないよ」
「バカバカしい。ユンカーの血など、とっくに薄まって、何億分の一も残っていませんわ」
「そうかな、コーデリアの耳は人にしては尖りすぎのような気もするけど」
「!」
何故、それを知っている! 私の耳は、長く伸ばした髪の中、髪の量だって多い、絶対外からはわからない筈。どうして知っているの!
もしや、私が眠っている時に、こっそりやって来て、人の寝顔をニヤニヤ眺めたり、髪を掻きわけて、耳を確認していたりしていたのか?
最悪だ。ノエル兄上はただの、物好きではなかった。
妹に欲情する。近親ロリコン野郎だったのか!
「兄上とはもう絶交です! 出てって下さい!」
「へ?」
「ユンカー、兄上はお帰りです、つまみ出して!」
「だそうだ。ノエル、帰れ」
「ちょ、ちょっと待って! 僕が何を!」
ノエル兄上が、ワタワタしてる間に、ユンカーが兄上をつまみ上げた。ユンカーは女性としては背が高いほうであるし、基本エルフの筋力は人の二倍はある。十三歳の子供など、簡単にあしらえる。あっという間にノエル兄上は部屋から放り出された。ドン! と音がした。さぞ、お尻が痛かったことであろう。
でも、私の方は、そんなことを気遣えるような状態ではなかった。
耳のことを知っていたのは、確かにショックだった。けれど、ノエル兄上が、私の寝顔をニヤニヤしながら見ているのを想像しただけで、心が掻き乱された。
腹がたった、嫌悪した、恥ずかしかった。
ノエル兄上は、不愛想きわまりない私を訪ね、私の部屋に足繫く通ってきた。いつも、向こうがベラベラ喋って、帰っていくだけ、私は何とも思っていないつもりだった。
四歳年上の腹違いの兄。そういう設定の人。それだけ。
そう思っていた……
設定に、心は動かない。
別に、ノエル兄上が、私の寝顔を鑑賞したって良いではないか、そういうのが好きという、設定なのだろう、設定に良いも悪いもない。だから、怒る必要もないし、嫌悪する必要もないし、恥ずかしがる必要もない。
でも、そうはならなかった。
腹が立った、厭だった、恥ずかしかった。
ノエル兄上は私の中で、もはや、設定に留まる存在ではなくなって来ている。
どうしたものか…
感情の処理の仕方がわからない。
誰かに教えて貰うべきか?
ユンカー? お祖母様はダメ、二百数十年も生きて、根性が座り過ぎている。参考にならない。
私は考えた、考えて、考えて、考えた。そして……
面倒臭くなった。
私は、私の設定に、「心は結構、乙女」という項目を加えた。
そういう設定なのだ。恥ずかしいと思うのは当然なのだ。
何の問題もない。
そうそう、ノエル兄上の近親ロリコン野郎疑惑は後に晴れた。
昨年の夏、あまりにも暑いので、髪を後ろにまとめていた日があった。
その日に、ノエル兄上が、訪ねて来ていたのを思い出した。ノエル兄上は、私の耳のことは何も言わず、全くいつものように、戯言を駄弁るばかりなので、自分が耳を外に出しているのを忘れ、適当にいなして、兄上にはお帰り願ったのだった。
私が自ら見せていた。
ノエル兄上、申し訳ない。「近親変態ロリコン野郎」は、取り消します。
以前の、「物好き、お喋り男」に、設定を戻します。
そして、私の設定にも、もう一つ加えます。
「うっかりさん」
こうして私は、設定を積み重ねてゆく、でもそれだけ。物語は生まれない。
誰か、物語を紡いでくれる人がいないだろうか?
え? 自分で紡げ? そんなの出来ない。
自分は、何を見たい? 何を話したい? 何を為したい?
私には全くわからない。
そんなことも、分からない自分では、何も紡げない。
だから、
私は、暗黒に閉ざされたカオスの海に、やって来た時、
神々、人にそう呼ばれている存在を造ったの。
そして、命じたの。
″ 世界を創れ、物語を創生させよ ″
自分の持ってる殆どの神力を、彼、彼女らに与えた。
私はもう出涸らし。いまや、神力の欠片も残ってない。
残りかすの力を集めて、なんとか、人に転生した。
でも、このていたらく。
人生の歩き方がわからない。
他人が紡ぐ物語にどう関わっていけば良いの?
何の物語も紡げない私に関わる、資格があるの?
もう八方塞がりよ。
誰か助けてくれないかな? この世界を造ってあげたのよ。
ちょっとくらい恩返ししてよ。
してくれたら、尽くしてあげる。
あたし、地球で、人間やってた頃は、尽くすタイプだったの。
ほんとだよ。
後書き。嘘が多いですね。
以前、転生者は、アリスティア以外出さないようなこと、書きましたが。出てしまいました。
嘘書いた気はなかったのです。コーデリア、間に神だった時間挟んでるので、転生者という認識がいまいちなかった。でも、やはり転生者ですよねー、これは。