国王
大陸人口、オールストレーム王都 ノルバート人口、変更しました。 20/04/03
オールストレーム王国王都、ノルバート。
人口、五十万を抱える、大陸一の大都会。大きさ、経済規模、歴史、文化的発展において、近隣諸国の王都など、足元にも及ばない。唯一、比肩できるのは、大陸の殆どで信仰される、エイスト教の教皇がおわす、ライラ。通称、十二神聖国と呼ばれる、宗教都市国家ライラのみ。
俗世の都、ノルバート。エイスト教の聖地、ライラ。
この二つの都市を中核に、大陸は開発されて来た。
そして、今日。大陸総人口は七千万人を越えている。国家の数も、都市国家、十二神聖国を含めると、十の国家が、創建され、人の世の発展を謳歌している。
かつて、神々は人に命じられた。
『 人よ、この世界を統べよ 』
神々の命令は実行され、今、現在、大陸の支配者は人だ。
人には亜種もいる。人の反乱を鎮圧した後に、神々は、エルフとドワーフを作られた。しかし、ほんの少数にとどめたため、今では絶命危惧種に近い。一生の間に一度会えれば、超が付く幸運と言えるほど、殆ど姿を消している。
それゆえ、やはり大陸の支配者は人だ。その頂点に立つ者、最大の版図を持ち、経済、文化、軍事で他国を圧倒する国家、オールストレーム王国を統べる王、
第十五代国王、アレグザンター・オールストレームは怒っていた。頑張って怒っている。
ここは王宮、謁見の間。
「許さんぞ、ベルノルト! いくら幼少よりの旧友だとて、いつまでも甘い顔を見せると思うでない、そのような縁組は絶対認めん!」
「おや、陛下、まだ友と呼んで下さるのですか。これはこれは、恐悦至極にございます。しかしであります。娘の親権はメイチェスター枢機卿が持っておられ、その枢機卿自身が、是非にと申しておられるのです。外野の私達が、あれこれ申すことではないと思うのです。如何でしょう?」
「何が外野だ、何が如何でしょうだ」
ベルノルトめ、幼き頃は、自らの近習として親しみ、兄のように慕った者ではあるが、近年の奴は調子に乗り過ぎておる。こちらが君であることを思い出させてやらねばならない。
「オルバリス伯爵家はお主の娘婿の家ではないか! あの家には、プラチナ上位の次女、ゴールド中位の三女もいる。それなのに、国の宝ともいえる、第九段階の癒しの使い手、ルーシャを、取り込もうなどとは、恥を知れ! お主はそれほどに、自身の派閥を強くしたいのか! 我ら王族とのバランスを崩したいのか!」
「滅相もございません、アレグザンター陛下」
ベルノルトは頭を下げて、臣従の意を示す。嘘くさい、せめて、もっと神妙な顔をしろ、顔がにやけてるではないか。確かに、ライナーノーツ家には優しく接して来たとは言えない。仕方ないであろう、ライナーノーツ家は大き過ぎるのだ。弟の大公家並みと言って良い、経済力などは、少し上回っている。
これは、見過ごしては置けない状況だ。国を治めるにはバランスが大事。大公家を凌ぐ、侯爵家などあってはならない。ベルノルトは悪い奴ではない、むしろ良い奴だ。そりの合わない、己の兄弟達より断然好ましい。
しかし、私は国を治めてゆかねばならない。大きな国だ、大き過ぎる、あまりに大き過ぎて、普段の執務だけで、へとへとだ。前王である父上は、亡くなる前に、私に仰られた。
『クラウメント侯爵、ライナーノーツ家の力を削げ! 今ならまだ出来る!』
『父上、ライナーノーツは初代様よりの忠臣、ベルノルトも良い奴です、なのに敵対的に遇するのは愚策ではございませんか』
『甘いな、アレグザンター。だから、我は、全てにおいて優秀なお前を、皇太子にするを長く躊躇したのだ。忠臣? そんなものは過去の話だ。ベルノルトは良い奴? 代替わりしたらどうなる。ベルノルトの次も良い奴が当主になるのか? そんな幸運に期待して、国を治めていく訳にはいかん』
父上は溜息をつき、宥めるような感じで仰られた。
『我は、お前が、ベルノルトと仲が良いのは知っている。兄のように慕っていたのもな。しかし、そのようなものは、国を治めることの前では瑣事に過ぎない。私情は捨てるんだ、ライナーノーツの力を削ぐのだ。
我はあまり、良い王ではなかった。だから、ライナーノーツがこれほどまでになるのを、許してしまった。しかし、お前なら出来る。お願いだ、やってくれ。あの家は、いつか国の癌となる。我は、国が、我らの子孫が苦しむ未来など来て欲しくはない』
”これは王命だ、ライナーノーツを潰せ ”
私は父上の命に、半分だけ従って来た。
半分というのは、私にはライナーノーツを潰すなどという気は全くないからだ。何の咎も犯していない臣を潰すなど狂気の沙汰。父上もあの頃は、もう末期。お体同様、お心も弱り切っていたのだ。だから、あのように極端なことを仰られた。しかし、父上の考えも間違ってはいない。だから半分だけだ。
私は王になると、ライナーノーツには、他の諸侯より、ずっと厳しくあたった。頻繁に賦役を課し、魔獣討伐も何度も命じた。ライナーノーツが統治するクラウメントで大災害が起こった時でも、全く助けを出さなかった。耐えかねたベルノルトから、救民の依頼もあったが、応じず、あくまで自力復興を命じた。
ベルノルトが私に、慇懃ではあるが辛辣な姿勢をとるのは仕方がないと思う。私だって彼の立場なら、そうするだろう。
私の私情を殺した努力で、そう努力だ! ライナーノーツの勢力は段々と弱っていった。ついには派閥からの離反者が出始めるまでになっていた頃。ライナーノーツに奇跡が、神の恩寵がもたらされた。
ライナーノーツ家自体に、ではないが、娘婿の家、オルバリス伯爵家に、であるのだから、同じようなものだ。オルバリス伯爵家に双子の姉妹が生まれた。凶兆と厭われる双子ではあるが、その二人の魔力容量が凄かった。
姉のアリスティアが、プラチナの上位。
妹のエルシミリアが、ゴールドの中位。
妹の方も伯爵家の生まれにしては凄い魔力容量だ。けれど王族の私から見れば、驚嘆すべき容量ではない。私の魔力容量は、ゴールドの上位、エルシミリアより上だ。私と同じ容量を持つ者は、王族には叔父上など、他にも数人いる。
しかし、姉のアリスティアの容量、「プラチナの上位」は別格だ。初代王が持っていたとの話もあるが、伝説に過ぎない。なんの証拠もない。つまり、人の世始まって以来、一番の魔力容量なのだ。
私の容量の何倍分であろうか? 少なくとも二十倍、いや百倍あったとておかしくはない。プラチナの上位というのは、それ程とんでもないランクである。
人というのは現金なものだ。衰退して来ていたライナーノーツ家から離れ始めていた者たちは、派閥のオルバリス伯爵家に、王族など、足元にも及ばない「プラチナ上位」の娘が生まれたことを知ると、掌を返すが如く、皆、元の鞘に収まっていった。
私が精魂つくして、弱らせたライナーノーツ家は数年を経ずして、かつての権勢を取り戻した。私の努力は水の泡となった。
「陛下、私どもは己が派閥の隆盛のために、ルーシャ嬢をオルバリス伯爵家の養女にするのではございません。これはメイチェスター枢機卿が犯した罪の贖いなのです。正当な対価です」
「メイチェスター枢機卿が何をしたというのだ?」
「白々しい演技はお止め下さい。第二騎士団から報告が上がって来ておりますでしょう。枢機卿は、私の可愛い孫娘達に暗殺者を送り込みました。ルーシャ嬢がゲインズブラント家の養女になることは、それの贖いです。
私といたしましては、たとえ枢機卿と謂えど、このような不埒者は、領軍を率いて成敗したいところではありますが、可愛い孫達が、穏便にと言っておりますので、泣く泣く、それで手を打った次第です。
幸いにもルーシャ嬢は父親と違って、良い娘子のようですし、孫娘達とも仲良くなったようです。養女になれば、きっと良い姉になるでしょう」
ベルノルトはそこで、いったん間を置いた。そして続ける。
「何か、問題がありますでしょうか? 陛下。私は、我が一族、我が可愛い孫達に、仇なす者には容赦いたしません、たとえ相手がどのような者であったとしても」
ベルノルトは私より八歳年上だ。彼も年をとった。しかし、眼光の鋭さは以前のまま。わかった、わかった。いい加減、視線を外せ。私はあまり、人の目を見続けるのは好きではない。
しかし、言ってくれる。
私が、もし馬鹿で短気な王だったら、今の言葉だけで、彼を捕らえ、斬首したことであろう。しかし、私は短気でもないし、そのような馬鹿でもない。そんなことをすれば、オールストレームは内乱に陥る。誰がそんなことを望むだろうか…… いや、いるか。馬鹿は、どこにでもいる、王族の中にも、弟達の中にも。
「もう良い、私も、臭い演技は止める。ルーシャ嬢の養女の件は認めよう」
「有難き幸せ。感謝致します、陛下」
「しかし、二つ条件がある。一つはルーシャ嬢はオルバリス伯爵家の養女となった後も、年の三分の二は王都の伯爵家別邸で暮らさせよ。得難き聖女だ、オルバリスに独占させる訳にはまいらん」
「当然のことでございますね。聖女の癒しは、万人のためのもの。我らが独占するつもりは毛頭ございません。もう一つの条件は、何でございますか?」
私を精一杯、気合を入れて、笑顔を作った。目が笑えていない。
「アリスティアを差し出せ。皇太子の第一妃とする」
ベルノルトも笑顔で返す。こちらも目が笑っていない。
「御冗談を。未だ決まっていない皇太子殿下の話をされても、臍で茶を沸かしてしまいます」
「臍で茶を沸かす? そんな言い回し聞いたことがない。意味は何だ?」
「アリスティアが作った言い回しです。馬鹿らしくて、話にならないという意味らしいです」
自作の言い回しか……センスが、独特だな、外国の臭いを感じる。
「ベルノルト、お前の孫娘のアリスティアは、ちょっと変な娘なのか?」
「変なとは失礼な、いくら陛下でも怒りますぞ。まあ、変わった娘ではあります。でも性格は良いし、いろいろと面白い娘です。以前はちょっと違いましたが…… 今は、魔力容量とかに関係なく、一番気に入ってる孫ですね」
そう言う、ベルノルトの顔は自然な笑顔。先ほどとは大違い。
「そうか、面白い娘なのか…… 良し、決めた」
「決めた? 何をです?」
「近いうちに、ゲインズブラント家を訪問する。そなたも付き合え」
「別に良いですが、一つ覚悟しておいて下さいませ」
「覚悟ってなんだ。恐ろしい何かがあるのか?」
「ありますよ。アリスティアを見た後だと、この世の他の者が皆、不細工にみえてしまうのです。妻帯者には恐怖以外の何物でもありません」
「ふっ、孫自慢もここ迄来るとはな。年をとったな、ベルノルト」
「嘘など言っておりませんぞ、嘘など! 会えばわかります、会えば!」
ベルノルトが真剣に抗議をしてくる。嘘ではないのだろう、神の化身としか思えないような、人を超越したような美しさを持つ者は、確かにいる。私の娘もその一人。
五番目の娘、コーデリア。
コーデリアは王宮の奥に引き籠って出て来ない。王女として生まれ、女神の如き容姿にも恵まれたのに、何の不満があるというのか。少しくらいは外に出てみなさいと、諭しても全くダメ。私や母である第三妃ミリアの言うことなど、耳を貸そうともしない。この娘をどうしたら良いのだろう。
せめて友達でも出来れば、コーデリアも少しは変わるかもしれないと、何人もの令嬢を侍女としてを送り込んだがダメだった。コーデリアは何をやっても彼女達より優秀で、彼女達を相手にしない。会話を楽しもうにも殆ど喋らず、冷たい目で見下してくるだけのコーデリアに耐え切れず、全員が涙目で暇を乞うて来た。
「辞めさせて下さい。私のような凡庸なものでは、姫殿下のお傍付きは務まりません。このような辛い目を見るなら、修道女になった方がいくらかマシです。お願いでございます、辞めとうございます、ううっ」
凡庸…… 私が送り込んだ令嬢たちは、容姿も才智も優れた娘ばかりだった。彼女達を凡庸と言うなら、この世の全ての娘が凡庸というしかない。
ふと、先ほどのベルノルトの言葉が頭に思い浮かんだ。
「まあ、変わった娘ではあります。でも性格は良いし、いろいろと面白い娘です」
アリスティアはどうだろう?
私が送り込んだ令嬢達とは、どう考えても毛色が違うだろうし、容姿的にもコーデリアに対抗できる可能性がある。そういう娘なら、コーデリアの冷たい視線にも耐えられるのではないか?
それに、よく考えると、アリスティアをこちらに取り込む方法は、息子達との縁組にこだわらなくても良いではないか。王女の側近にしてしまう手もある。どんなものであれ、結んだ縁は強力な力だ。結んで損はない。なんだかオルバリス訪問がとても楽しみになって来た。
「では、ゲインズブラント家への連絡を頼む。応接は簡素で良いと伝えおいてくれ」
「かしこまりました、陛下。一番難しいご注文だと思いますが、伝えておきます」
どんな娘だろう。変な方が良いな、普通とか、優秀とかが、駄目なのは、もうわかってる。
変であってくれ!
コーデリア(変な王女)、アリスティア(変な令嬢)。
変に、変をぶつけよう。
さすれば、道は開かれるかもしれない。
次回は国王の訪問、もしくは閑話。