新しい私
「ルーシャ様、私の考えた魔力容量増加法を試してみませんか? 私達の侍女でそれなりの結果が出ています」
私は、直に同意した。
「やります。やらせて下さい、お願いします。」
「ありがとうございます。ただ、この容量増加法が適用できる体質である確率は、半分強くらい。これは運です、私達にはどうしようもありません。それに、もし、適用できる体質だったとしても、増加法を施す時には、ルーシャ様にかなりの痛みを、いいえ、嘘を言っても仕方ありませんね。とんでもない激痛を我慢してもらわねばなりません。それでも良いですか?」
アリスティア様の表情がかなり心配げだ。
なんて、お優しいのだろう、禁術を使って、魔力を盗もうとした、この私を気遣って下さる。それも、自分達の寿命が掛かっている、この状況で。
神々が降臨していた間、体の自由はきかなかったが、意識はあった。目も見えた、耳も聞こえた。このままでは、アリスティア様達の寿命が後、十年にされてしまうことも知っている。これは私のせいだ。私が禁術でアリスティア様に手を出そうなどとしなければ、こんなことにはならなかった。
聖女などと呼ばれているのに、自己中心的な考え方しか出来ず、彼女を踏み台にしようとした自分が情けない、恥ずかしくて堪らない、穴があったら入りたい。そして、一生出て来たくない。でもそれでは、何の解決にもならない。責任を取ろう。この状況の責任を。
「はい、大丈夫です。どんな痛みにも耐えてみせます。そして、私の魔力容量を増やして下さいませ。私に出来る謝罪は、これからも人々の病を癒し続けることだけです。だから、死ぬ気で臨みます。死んでもかまいません」
「死んでもらっては困ります。ルーシャ様がおられないと、私が寂しいではございませんか」
ね、っとアリスティア様が微笑まれた。
涙が出た。
私は今、ロープで縛られ、大きな寝台の上に寝かされている。
そして、私の両隣には、二人の天使。
右にエルシミリア様。左にアリスティア様。その天使達が、私に抱き着き、手足を絡めて来る。
「密着度が高いほど、魔力粒子を送り込み易いのです、我慢して下さいね」
「我慢なんて。私こそ、私などに抱き着いて頂いて、申し訳ない限りです。さぞ、ご不快でしょう」
「そんなことはありません、ルーシャ様は良い香りが致します」
「抱き心地も良いです。ルーシャ様には今回の罰として、時々、私達の抱き枕になって頂きましょう」
「それは良いお考えです アリス姉様! 是非そうして頂きましょう!」
「もう! お二方とも、御冗談はお止め下さい! 緊張感が、覚悟が緩んでしまいます」
「ふふ、すみません。ルーシャ様」
「すみません。ふふふ」
コレットの声が聞こえる。次に、セシルの声。
「なんて麗しい様でしょう。まるで、妖精達の戯れ。眼福です」
「そうね、そうかもね。ルーシャ様が、ロープぐるぐる巻きでなかったらね」
セシルの感覚が正しいと思う。
オリアーナ様が横に立った。
「ルーシャ嬢、一つ言っておきたいことがあるの」
「はい、何でしょうか? オリアーナ様」
「私は、五人の子供を産みました」
「五人、それは素晴らしいですね。けれど、それが何か、関係があるのでしょうか?」
五人も産んでるようには見えない、凄い。秘訣があるなら後で聞いてみよう。
「出産はね、とてもとても痛いの、苦しいの。これから、貴女が味わう苦痛と比べても負けないと思うわ」
「そんなにですか」
「そうよ。でも、女性の身体は、神経は、それに耐えられるように出来ている。だから子供を産むつもりで、頑張りなさい。母になるつもりでね」
「はい、ありがとうございます。頑張ります」
オリアーナ様の言いたいことはわかった。私の母も、産みの苦痛、激痛に耐えて、私に人生をくれた。だから、私も頑張れということだろう。
よし! 私も頑張って、産むぞ。でも私が産むのは、赤子ではない、
新しい私。アリスティア達と笑いあえる私だ。
アリスティア様とエルシミリア様が、魔力粒子を私に送り込み始めた。
二人の魔力粒子の異質さに、私の魔力槽が拒否反応を起こし、それを押し返そうとする。けれど、アリスティア様とエルシミリア様の魔力は、津波のような勢いで、私の中に押し寄せて来る。異質なものを排除しようとする反発力は、その勢いに押され、もはや決壊寸前の堤防のよう。
苦しい…… 私の中に入って来るな。私の体に、私の心に、土足で上がり込んで来るな!
無意識が、抵抗している。けれど、二人が送り込んでくる魔力粒子は圧倒的。押し返せない!
どんどん、入ってくる。奥へ! 奥へ! 奥へ!! そして、遂には底へ到達した。
痛い!痛い!
痛い!痛い!
痛い!痛い!
痛い!痛い!
止めて! もう止めて!
いたい! いたい! もう、たえられない!!
そこから先は無い、もう終わり! だから、止めてーーーーーー!!
けれど、二人は粒子の津波を送り込むのを止めない。アリスティア達の意識が粒子に乗って伝わってくる。
『もう終わりなの? そんなことはない、まだまだ行ける。もっと奥がある、もっともっと奥が!』
なんで、そんなことが判るの! 私が、本人が無いって言ってるの!
無いものは、無いのよー!!
『また逃げるの? 禁術使おうとまでしたんでしょ、少しくらい根性見せてみなさいよ。この、ろくでなし!』
ろくでなし……。
『貴女は、人の人生を自己の利益のために、無茶苦茶にしようとした。それが、「優しいアリスティア様が許してくれました。ラッキー!」で、終わるとも思ってるの? それに何よあれ、「これからも皆の病を癒すから、勘弁してね、アハッ」。馬鹿っじゃない。死んでお詫びしろ! それくらいのことを、お前はした。そのことを自覚しろ! 根性みせてみろ!!』
ハハハ、これはアリスティア様や、エルシミリア様の意識ではない。
私の意識。私の心。誤魔化しきれない。
本当に覚悟を決めた。世界中の全ての苦痛を引き受けたっていい。
もう、なんでも来い! ドンと来い!!!
痛い…
耐えろ。
痛いよ。
耐えろよ。
痛いんだよ。
だから、耐えろって。
痛いって、言ってるだろ!
五月蠅い! 何回も言わせるな! 耐えろ!
痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛いーっ!
こんなの耐えられるか、バカ野郎!!!
私は耐えた。
二人の粒子が、穏やかになった。津波のような勢いはさっぱりと消えた、凪いだ海のよう。そして、引き潮の如く、私の中からひいてゆく。私の意識はその様を、ぼーっと見ていた。とても穏やかな気分。幸せな気分。そのまま、意識は眠りの底へ落ちていった。
気が付くと、ロープは外され、容量増加法を行ったのとは違う、別の寝台に寝かされていた。たぶん、汗まみれになったので、移してくれたのだろう。ありがたい、乾いたシーツが気持ち良い。
寝台の横にはアリスティア様がいた。一人だった。
「ルーシャ様、お疲れ様でした」
彼女の表情は、とてもにこやか、今にも笑みがこぼれそう。
私は、試みが成功したことを確信した。嬉しさのあまり、つい遊び心が出た。
「赤ん坊は、私達の赤ん坊は、無事生まれましたか?」
「産まれましたよ。可愛い可愛い女の子です」
「女の子?」
アリスティア様がにっこりと笑う。
「ええ、名前ももう決めましたよ。『ルーシャ』、ルーシャ・フォン・ゲインズブラントです。魔力容量は「ゴールドの中位」です。素晴らしいですね」
「ゴールドの中位!」
凄い! 凄い! 凄い! 王族並みではないか!
「アリスティア様、ありがとうございます! ありがとうございます! 何とお礼を言って良いのかか! ああ、なんと!」
「ルーシャ様が頑張ったからですよ。よく耐えられました」
嬉しい、ほんと嬉しい。これで、アリスティア様達の寿命も元通り。病に苦しむ人々も、もっともっと多く救え………… ?
何かが引っかかっる。何かが……… あっ、
さきほど、アリスティア様が言った言葉、あれは何?
「アリスティア様、『ルーシャ・フォン・ゲインズブラント』ってどうゆう意味ですか?」
「ああ、それはですね。ルーシャ様は、我がゲインズブラント家の養女となることが決まりました」
「え、ええー!! 何ですってー!!」
私は、腰が抜けるかと思った。寝台の上で良かった。
エルシミリア様が、扉を開けて入って来た。
「あら、目覚められたのですね、ルーシャさ……じゃなかった」
アリスティア様とエルシミリア様が、お互いに目配せをする。
二人が満面の笑みになる。そしてハモる。
「「お早うございます。ルーシャお姉様!」」
聖女ルーシャ編。(説明少し残ってますが)終わりました。
予定の倍近く、話数使いました。次からは王族が動いてきます。そろそろ動かないと、動く動く詐欺になりそうです。