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昼食会

セシルの年齢を十五から十六に修正しました。

 今日は、ゲインズブラント家に来て四日目。

 重病人の治療で、枯渇していた魔力が、かなり回復して来た。もう起きて歩き回っても大丈夫だ。そろそろ、アリスティアに面会要請を出そう。本来、アリスティアとお話がしたい、縁を持ちたい、との理由で、ここを訪れたのだ。


 面会要請は、簡単に通った。今日のランチをご一緒しましょう、とのことだった。ラッキーなことに、今回はアリスティア一人だそうだ。エルシミリアは用事があるらしい。


 では、頑張って、アリスティアの信頼を得よう。でなければ、バンピーレを使うチャンスが得られない。


 他者から、信頼を得るには、どうしたら良いか?


 簡単だ。嘘を言わなければ良い。人は案外鋭いものだ、どんなに巧妙な話術を使っても、嘘は露見しやすいもの。では、どうすれば良いのか。真実を選んで喋ればよい。十の真実があれば、六の真実を相手に伝えれば良い。そうすれば、相手が勝手に誤解してくれる。


 嘘は言わない、これだけ守れば良い。


 私は、会話の戦術をきちん確認して、アリスティアとの面会に臨んだつもりだった、しかし、そんなことは無意味だった。


 メイドの案内で、ランチの場所に指定された、サンルームに私は向かった。サンルームとは恐れ入る。ガラスは高級品だ。特に透明度の高いものは、眼が飛び出るような値段。それが、ふんだんに必要なのがサンルーム。少々の金持ちが持てるものではない。王族、公爵、侯爵クラス以外で所有している者は、殆どいない。伯爵ロバートは、奢侈を好む人には見えなかったが……。


 サンルームに着いた。

 白く丸い小さなテーブルが一番良い場所に置かれ、椅子が二脚添えられている。その一脚にアリスティアは既に座っていた。隣の大きめのテーブルには、アリスティアの侍女が二人、一人は、コレット。もう一人は初見の娘。十六歳くらい? 佇まいは落ち着いていて有能そう。一番侍女に向いているタイプだ。後から知ったが、彼女の名前は、セシル。妹思いの優しい性格らしい。そうだろう、セシルという名の人は優しい人が多い。私の母が同じ名前だ。


 アリスティアは私に気づくと、笑顔になった。ドキッとした。


 なんて、可憐な笑顔。その邪気の無さ、清らかさが私の心を掴んで来る。

 神々に容姿を整えてもらっても、私にはこんな笑顔は出来はしない。


 将来の彼女が恐ろしい。アリスティアの笑顔ひとつ見たいがために、命を投げ出すこともいとわない男性が数多く出て来るだろう。女性で良かった……。

 アリスティアに警告した方が良いのだろうか? その笑顔を、無闇に、ばら撒いてはいけない。相手の人生を無茶苦茶にしてしまう。


「アリスティア様、お待たせして申し訳ありません」


「ルーシャ様は時間通りですよ、私が早かったのです。謝られるのはおかしいです。ふふ」


 また、その笑顔……。


 春とはいっても、オルバリスは寒冷の地。まだまだ寒い日も多い、今日もそうだ。しかし、さすがはサンルーム、春の日差しを取り込み。室内は薄着でも大丈夫な程の暖かさ。とても気持ち良い。


「素晴らしいサンルームですね。よくこれだけのものを、お造りになられましたね」


 ほんとに立派だ、予想していた倍の広さがある。


「うちの財力では無理ですよ。母方のお祖父様が、私とエルシミリアの誕生を祝って、贈ってくれたのです」


 アリスティアの母方の祖父か、それなら納得だ。クラウメント侯爵、ベルノルト・フォン・ライナーノーツ。王宮が恐れるほどの大侯爵。アリスティアはなんて恵まれているのだろう。私はお父様の金庫にあった調査書を思い出しながら。彼女が受けた恩寵を、心の中で数え上げてみる。


 神の化身と言っても良い、麗しい容姿。

 魔力量は伝説クラス、プラチナ上位。

 勉学、運動能力ともに優秀。

 家は伯爵家、祖父は大侯爵。

 家族は、優しい両親、姉思いの可愛い妹、

 近衛騎士の兄、

 伯爵の第一夫人として嫁いだ姉、

 そして、

 気さくな性格で、使用人にも人気。


 あほか、と思ってしまう。こんな娘存在して良いのか? 子供向けの御伽話でも、ここまで優遇されている娘はいない。神々の恩寵を受けた今の私でさえ、嫉妬心を抱かざるを得ない。でも、憎めない。彼女ならそれで良いと思ってしまう。何故だろう、どうしてだろう。


 ポン!とアリスティアが手を叩いた。


「そうそう! 今日のランチは、ルーシャ様のために、『カレーライス』を作ってもらいましたのよ」

「カレーライス?」

「はい、カレーライス。美味しいですよ。見た目はアレですけれど」


 本当に見た目はアレだったが、美味しかった、というか、めちゃめちゃ美味しい! なんだこれは! 食の都でもある王都に住んでいても、これほど美味な料理は食べたことがない。


「アリスティア様、このカレーライスなるもの、とても美味しいですね。アリスティア様はいつも、これを食べられているのですか?」


「はい、十日に一度くらいでしょうか。無性に食べたくなるのですよね。うちの家族も大好きですよ」


 月に四回もこれを…… 駄目だ、嫉妬心が爆発しそうだ。


「アリスティア様!」


「は、はいなんでしょう?」


「レシピ! レシピを教えてください、それと、お米の炊き方! カレーとライスの取り合わせ、最高です!」


 ぱっ!とアリスティアの表情が輝く。生命力に溢れた春の若葉のよう。


「ルーシャ様! あなたもわかってる! あなたもわかってる人ですね! ううっ」


 アリスティアが目を潤ませている。何故に?


「お父様も、お母様も、エルシーでさえ、パンとの方が美味しいと言うのですよ。そんなのありえませんよね!」


「なんですって! 言いづらいですが、ご家族の味覚は二流でございますね。おいたわしい」


「でしょ。私はスクランブルエッグは塩コショウのシンプルさが至高だと思うのですよ。だのに他の皆はケチャプをドバドバです。何を考えているのでしょう。そもそも素材の味をですねー」


 食談議に華が咲いた。


 アリスティアは料理人でもないのに、多くの料理、食材に精通していた。そして、料理人の地位の低さを嘆いた。なんとか改革したいそうだ。


 これには私も同感だ。料理人達も地位が高くなれば、やる気が出るだろう。つまり私達は、美味しい料理が食べられる訳だ。両者が得をするのだ。最高ではないか。彼女の観点は素晴らしい。


 まず、その改革第一弾として、ゲインズブラント家では、客がいない時は厨房メイドがダイニングに上っても良くなった。アリスティアが伯爵に頼み込んだらしいが、よく許したものだ。うちのお父様では、いや殆どの貴族家では駄目だろう。それくらい料理人は蔑視されている。

 

 この後も、アリスティアとは色々話をした。

 学院の知り合いとも、これほど話したことはなかった、楽しく過ごしたこともなかった。

 あまりに長時間だったので、侍女のセシルが申し訳なさそうに言ってきた。


「アリスティアお嬢様、さすがにこれ以上、オルコット嬢をお待たせするのは……」


 オルコット嬢というのはアリスティア達のマナー教師らしい。


 昼食会は、これでお開きになった。

 残念だった。同じく、アリスティアが残念そうなのが喜ばしい。


 彼女が去ってから気づいた。


 いつから私はこんなに、ポンコツになった? 


 私は、喋る真実を選んで、私の思うようにアリスティアを誘導するつもりだった。しかし、アリスティアと話し出すと、そんなことは頭から跳んでしまい、二人での会話を楽しんだだけ。


 それに、よく考えると、

 今日のアリスティアは隙だらけではないか。サンルームにいたのは、私の侍女も含めて、たった五人。魔力が少ししか回復していなかった前回とは違い、今の私なら、十分、魔術は使える。アリスティアと侍女達を簡単に眠らせられた、意識を奪えた。禁術を実行できた。


 何故に、そうしなかった? どうして、今なら実行可能だと気付けなかった?


 いや、気付かなかったのではない。気付きたくなかったのだ。アリスティアともっと話しをしたかった、もっと彼女の笑顔を見ていたかった。もっと一緒に……


 ダメだ。このまま、彼女に入れ込んでは、目的が達成できない。彼女の魔力が得られなければ、世に蔓延する病を消し去ることなんて、夢のまた夢。


 もう、どうこう考えるのは止めて、一気に強硬手段をとるべきか? 警護の騎士も一人や二人ならなんとかなる。


 そう、考えながら、客間に戻るために廊下を歩いていると、館の外がなにやら騒がしい。


 気になって外に出てみると、騎士達が沢山集まってきている。一人の騎士に、何事なのか? と聞いてみた。


「ああ、聖女様。東のコクトーの森が大変なことになりました」

「魔獣の大群でも出たのですか」

「いえ、そんなちんけな相手ではありません。ドラゴンです、ドラゴンが出たんです」

「ドラゴン! ここ十年、全く姿を消していたのに何故に……」

「わかりません。ですが、コクトーの駐屯軍では相手になりません。伯爵様とオリアーナ様が領騎士団を率いて出ます、総力でかかります」


「閣下とオリアーナ様が……」


 オリアーナ・フォン・バイエンス。女性ながら、第一騎士団副団長を務めた、猛女。女性で副団長まで上り詰めたのは彼女しかいない。その彼女と伯爵がいなくなる、警護の騎士もかなりの人数はドラゴンの対応に廻されるれるだろう。


 これは、またとない機会!

 特にオリアーナが居なくなるのが、喜ばしい。彼女は、経歴も恐ろしいが、何よりも、私の魂が、本能が避けろと言っている。彼女と真っ向からぶつかったら、近接戦だったとしても、私は勝てはしないだろう。


 よし、決めた! 今晩、実行する!



 アリスティア、貴女の貴族としての人生は、もう終わる。


 でも、嘆かないで。私と貴女は永遠に一緒、決して一人になんてしない。


 魂と魂を繋ぐの。魂の結婚よ。


 この世界に、これ以上の結びつきがあるかしら。


 愛してるわ、アリスティア。


エルシー、コレットに引き続き、ルーシャまで。アリスティアは望んでいないハーレムを形成しそうです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! アリスティアさんは凄い才能ですが、少し甘くて残念臭いですから完璧じゃないでしょう。だからこそ魅力的だと思いますけどwww どうやらルーシャさんは、考えが少し…
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