ルーシャ嬢 対策会議
ガーン!
私はオリアーナ大叔母様の、丸投げな態度に衝撃を受けた。
四十をとうに越えた大人が十歳の子供に丸投げ、丸投げ、丸投げ。大事なことなので三回言いました。
「そ、そんな! アニメやマンガじゃあるまいし、子供が活躍しないと駄目なんて、縛りはありません。無茶ぶりは止めて下さい!」
「アニメ? マンガ? 何なのそれ? もしかして異世界のもの?」
「です。面白いですよ、アニメはともかく、マンガならペンと紙があれば出来ます。こっちでも、娯楽産業として成り立つ可能性もありますね」
大叔母様は興味を持ったようだ。
「娯楽産業? 儲かるの?」
「ええ、才能ある作家、印刷、流通の三つを解決できれば有望……ってそんなことは、今はどうでも良いのです!」
私は我に返った。今は娯楽産業なんて言ってる場合ではない。やるべきことは、ルーシャ嬢への対策。
彼女が滞在するのは後、五日ほど。その間に彼女は仕掛けて来るだろう、それを阻止し、かつ、ルーシャ嬢の病んでしまった心を救済しなければならない。難問だ、難問過ぎる……。
ああ、ここに晶兄さんがいてくれたらな。兄さんなら何か良い解決法を示してくれたろうに。
晶兄さんは私のスーパーマンだった。困ったことがあれば、直ぐに頼った。寄りかかった。けれど、そのスーパーマンはもういない。頑張って、やるしかない。
オリアーナ大叔母様は部屋に二人しかいないのに、顔を寄せて来た。表情がとても真剣だ。
「異世界のこと、後で、色々教えてね」
「後でね」
異世界のことは後回し、動きださねば。私と大叔母様は、皆を集めて、対策会議を行うことした。まずは、情報の共有が肝心。一人で決めて、勝手に動くと、ろくなことがない、最悪、滑落死した野乃のように人生が終わる。
対策会議という名の、家族会議の参加者は五名。
ロバートお父様、エリザベートお母様、オリアーナ大叔母様、私、エルシミリア。
最初に大叔母様と私の二人で、ルーシャ嬢のオーラの件を話した。お父様とお母様は、私達がオーラが見えることを知っても驚かなかった。この二人なら、さもありなん、って感じだ。エルシミリアは、私より大叔母様の方が、オーラを見る能力が勝ってると知って、少々悲し気だった。
お姉ちゃんだって、何でもかんでも優秀な訳ではないの。理想化は止めようね。ほんとよ、頼むよ。
エリザベートお母様が発言した。
「阻止するだけなら簡単でしょ。アリスティアの警護とルーシャ嬢の監視を厳重にすれば良いだけなのでは? 後五日くらいなら、緊張感の維持は可能です。」
「エリザ、貴女はルーシャ嬢を甘く見過ぎ、彼女は第九段階の回復魔術の使い手なのよ。ここの館の騎士なんて、あっと言う間にやられてしまうわ」
「まさか、いくら第九段階の魔術の使い手といっても、回復魔術の、ですよ、ルーシャ嬢が、騎士に勝てる訳ないではありませんか」
「それは普通の戦闘の場合、遠距離なら騎士達は有利に戦えるでしょう。でも接近戦、近づかれたら、終り、一瞬で昏倒させられるわ」
「一瞬で昏倒?」お母様は理解できていない様子。
お父様が、説明する。
「回復魔術は、体組織を魔力粒子で操ったり、変化させたりすることで、病気や怪我を治療するんだ。つまりだ、高位能力者になれば、血液、血流なんかの操作は自由自在。頭への血流を絞られてみろ、簡単に倒れる、倒れるだけならまだましだ。血流遮断の時間が長ければ、終わりだ、死んでしまう」
大叔母様が補完する。
「エリザ、一流の暗殺者はね、殆ど回復魔術の使い手なの。この前、アリスティアとエルシミリアを襲ったようなのは二流。斬撃なんて使ったら、殺されたことが丸わかり。けれど、回復魔術で殺せば、証拠は全く残らない。病死、突然死で処理され、犯人の捜索など当然行われない。暗殺者も、暗殺者の雇い主も安全圏でぬくぬくよ。こういうのが一流、恐ろしいでしょ」
お母様は二人の言葉にショックを受けたようだ、顔が青ざめている。そのように恐ろしい術者、それもオールストレームで一番の術者が、我が家に滞在し、自分の娘を狙っている可能性がある。これで、恐怖を感じるなというのは無理がある。
お母様を、このような状態に置いておくのは可哀そうだ。
「エリザベートお母様、心配しないで下さい。私には、神から授かった『印』があります。ルーシャ様の魔術は効きません。彼女は何も出来ないのです」
お母様の顔に血の気が戻って来る。
「そ、そうね神々が、『印』がアリスティアを守ってくれるわね」
多分だけどね、と私は心の中で付け足した。
普通の貴族の魔術なら「印」は、いとも容易く私を守ってくれるだろう。けれどルーシャ嬢には神々が肩入れしている。ルーシャ嬢の魔術に、神々が加勢した場合、「印」は私を守り切れるだろうか?
大丈夫だろうと、私は判断している。私のMY神様、葛城の神は、こちらの神々より上位ではないだろうか。そうでなければ、異界に生まれ変わった私に、これほどの恩寵を与えられるとは思えない。
普通に考えれば、神々も、自分が統べる世界に、異界の神からの介入があれば、腹立たしいだろう。排除できるなら絶対、排除する筈だ。でも排除していない、相手の神が上位なので、したくてもできない。たぶん、これで正解だと思う。
そう思う根拠はある。
私はいつも「印」を携帯している。そのせいか最近、この「印」には、意志や感情が、あるのを感じとれるようになって来た。「印」は私に寄り添ってくれる。私が喜ぶ時には、一緒に喜び、悲しむ時には、暖かく見守ってくれているのを、常に感じる。
昨日のルーシャ嬢の魔術治療の際、天から、神力が込められた光の波が、降りて来た。私は、いや、そこにいた全ての者は、おののき畏怖した。神々の力はこれほど迄に圧倒的なのかと。
しかし、「印」からはそのような感情は、全く伝わって来なかった。伝わって来たのは、どちらかというと「軽蔑」の感情。
こちらの神の力はこの程度のものなのか。
だから、わたしは「印」に頼ろうと思う。「印」は私と人生を共にする仲間だ。仲間を信頼しなくてどうする、信頼し、信頼し、そして、ルーシャ様を……。
ルーシャ様は凡庸だ。そして、心を病んで闇に沈みかけている。
凡庸なものなど、放っておけ、勝手に闇に沈ませれば良い、と言う人もいるだろう。
けれど、どんな人だって、闇に沈んで行って良いわけではない。
凡庸だとか、凡庸でないとか、それが本当に人生で、重要なの?
先ほど、大叔母様が言っていた。
『「蚤」と「虱」のどっちが大きいかなんて、私達気にしないでしょ』
ほんとにそうだ、凡庸だとか、凡庸でないとか、の違いはそんなもの。
そんなものは棚にでも上げて置けばいい。
幸せを掴めるのは、才能や能力ではない、掴めるのは、意志だ。求める心だ。
私は彼女を……
野乃が、昔の私が語りかけてくる。
『でも、所詮は他人事。危険を冒すほどの価値があるの? もし失敗した時、まわりが悲しむことになる。あなたは学んでないの? 同じ過ちを繰り返さないで! お願いよ、アリスティア!』
価値はある。ルーシャ様の笑顔は好ましいものだった。その横にいられて幸せだった。
それで十分。
私は彼女を救いたい、そして、また一緒に笑いたい。
オリアーナ大叔母様が、お母様の肩を抱き、自分の方に引き寄せた。お母様の頭が大叔母様の肩に寄りかかる。
「エリザ、心配しないで。アリスティアとルーシャ嬢が同席する時は、私が絶対一緒にいるから、守るから」
「お願いします、お姉様。お願いします」
お母様の声は、涙声になっている。
この後、エルシミリアが取って来るモノがあると言って、中座し、一冊の本を抱えて戻って来た。そして、その本を抱えたまま、言った
「一つ質問があるんですけど、ルーシャ様がお姉様を狙う理由は何ですか?」
「それは、王子、皇太子の妃候補として、お前達が邪魔だから……だろ」
「お父様、父親のメイチェスター枢機卿はともかくとして、ルーシャ様は、そのような俗物とは思えません。こちらに乗って来られた馬車、付き人、警護の数、ほんと慎ましやかです。それに、お話してわかりました、お人柄も俗物とは程遠い、可愛い方です」
「では、何だと言うのだ。意見はあるのだろう」
「はい、推論に過ぎませんがあります。ルーシャ様の目的は、アリスティアのお姉様の『魔力』です」
四人の目が点になった。その発想はなかった。凄いなエルシミリア。
お父様が一番に反論した。
「魔力って、そんなもの狙ってどうする。奪いようがない、体を取り換えるのか? 荒唐無稽だ」
「これを見て下さい」
エルシミリアは、抱えていた本を私達の前においた。題名は、
『禁術辞典、汝行うなかれ』。
「うちの図書室にありました。これは術式など、術のやり方は全く載っておりません。載っているのは、禁術の名称と効果の説明だけです。それなのに、『汝行うなかれ』ですって、笑ってしまいます」
エルシミリアは栞が挟んであったページを開いた。
「ルーシャ様が使おうとしているのは、たぶんこれです、禁術『バンピーレ』。大叔母様ならご存じですよね」
オリアーナ大叔母様は、ポン!と掌を打った。
「おお、それか! それなら、魔力の奪取も可能だ。エルシミリア凄いなお前、よくこんなの知ってたな。私でも一度くらいしか聞いたことのない禁術なのに」
「ふふふ、知識は力なのです、魔力馬鹿になってはならないのです」
グサッ! なんか来たよ。エルシーは無意識だろうけど、なんか来たー。
「叔母上、エルシミリア、ちゃんと説明してくれ、こちらはさっぱりだ」
「すみません、お父様、バンピーレというのはですねー」
エルシミリアはバンピーレの概要を説明してくれた。恐ろしい術だ。これでは体全体、人生全体が「貢君」になってしまう。
お立ち台の上で、ジュリ扇を振り踊り狂う、ワンレン、ボディコンのルーシャ様を台の下から悲し気に見つめる、安物スーツを着た、やせ細った自分、男装アリスティアの姿が思い浮かんだ。イヤだ。悲し過ぎる。
「バンピーレの概要はわかった。でもルーシャ嬢がそれほどまでにして、魔力を求めているとどうしてわかる。根拠はなんだ」
お父様が尋ねた。そうよ、根拠は何?
「根拠の三つあります。一つは、ルーシャ様は第九段階を使える、凄い魔術の使い手であるのに、魔力量はせいぜい、シルバーの下位ぐらいしかないことです。アンバランスなのです」
「何故、シルバーの下位だとわかる? 本人に聞いたのか?」
「いいえ、昨日のルーシャ様の魔術治療を見ていてわかりました。一回の治療で使われる魔力粒子の量は大したことありませんでした。それが、たった八回で、ルーシャ様の魔力は枯渇してしまわれた。あれでは、せいぜいシルバーの下位程度です、もしかしたらブロンズかもしれません」
エルシー、凄いな。よく見てる、賢いよ。
「もう一つの、根拠は、治療を始める前に、ルーシャ様は言われました『「病は悪です。その悪から早く彼、彼女らを救ってあげなければ』。別におかしい言葉ではありません。しかし、ここで主体になっているのは「病」です、「悪」です。病気に苦しんでいる「彼」、「彼女」ではありません。ルーシャ様は人を救いたいというより、「悪である病」を憎んでいるといった方が良いでしょう。これはちょっと偏執的です。偏執的な人は安易な解決策に飛びつきやすいものです。『自分に無いなら、人から奪ってしまえ!』です」
「最後の根拠は、治療の際中に、わざわざ幻覚魔術を使ったことです。お父様、お母様、大叔母様、あの幻覚魔術はどうでした?」
「ああ、あれは見事な幻覚魔術だったな。神々の栄光を称える良い演出だった」
「奇麗でしたね。でも、お父様なら、もっと良いのが出来ますよ」
「まあ、普通ね。可もなく不可もなく」
普通って、結構、私は感動してたんだけど。
「お姉様も、わかっていましたから、私以外、全員魔術だとわかっていたようですね。そうです、わかる人にはあれが、幻覚魔術だとわかるのです。では何故そのようなものを入れたのか? 少ない魔力量しか持っていないのに」
ああ、そうか、偽装か! エルシミリアの言いたいことが分かった。
「少ないからこそ、あのような茶番をルーシャ様は入れたのです。私は魔力を枯渇させてしまったけれど、治療だけで、容量を使い切ってしまったのではありませんよ、幻覚魔術も使ったせいですよ、という言い訳の為に」
「何故、そのような言い訳を用意したか? それは、自分の魔力量が少ないことを知られたくなかったから。知られると、魔力量が膨大なお姉様に、魔力量不足で悩んでいるであろうルーシャ様が、無理に近づこうとすると、何か企んでいるのでは警戒されてしまいます。そんなことでと思うかもしれませんが、蟻の一穴で堤防も崩れるのです。ルーシャ様はそれを恐れたのです」
オリアーナ大叔母様は足を組み、腕を組みながらエルシミリアの説明を聞いていた。様になりすぎている、ほんと、異世界宝塚。
「根拠としては、弱すぎるわ。はっきり言ってダメダメよ。でも、正解でしょうね。ルーシャ嬢のオーラは、アリスティアを見る時、濁りが、いっそう強くなってた。それだけ、アリスティアに執着してる。羨んでるんでしょうね。アリスティアの持ってるものの中で、ルーシャ嬢が一番欲してそうなモノ、それは、どう考えても『魔力』よね。素晴らしかったわ、エルシミリア」
「ありがとうございます。オリアーナ大叔母様」
お父様も、お母様も、エルシミリアを褒めている。エルシーも嬉しそうだ。
ルーシャ様の狙いは、私の魔力……… 。
「エルシー、ありがとう。 あなたのような妹を持てて私は幸せよ。ほんと嬉しい」
「アリス姉様……。わたしなんかでも少しはお役に……ううっ」
エルシーが泣いてしまった。褒めたくらいで、泣かなくても良いのに、この子は……。エルシーの肩を抱いて引き寄せ、背中に両手をまわす。私は己の半身のぬくもりを、精一杯感じようと力を込めた。
「ロバートお父様、エリザベートお母様、オリアーナ大叔母様」
三人の視線が、エルシーを抱いた私に集まる。
「解決策が見えました。ルーシャ様を、罠にかけましょう。そして、拘束です」
私の言葉に、オリアーナ大叔母様がニヤリと笑った。
推理小説が好きな方、詳しい方、笑わない様に。