ルーシャ嬢のオーラ
「家宰ローレンツ」が「ロバート」になっていた間違いを修正しました。 20.3.15
オリアーナ大叔母様に用があったので、エルシミリア達とは途中で別れた。
大叔母様は客間には滞在していない。お母様の部屋の近くある部屋を使用している。その部屋は、昨年、嫁いでいったアイラお姉様が使っていた部屋だ。
アイラお姉様は、ほわほわした人だった。基本、悪口から逃れられない貴族間の交友においても、悪く言われることは殆ど無かった。悪口を言われても、本人が全く気にしない、つまりノーダメージなので、悪口を言う婦人達が楽しめない。まさに暖簾に腕押しを体現していた(この世界に暖簾はないが)。今思えば、最強の女性ではないか、私もそうありたい。
嫁ぐ前のアイラお姉様には、私もエルシミリアも良くしてもらった。私達もお姉様を慕っていた。まあ、その頃の私は、感情表現に乏しく、慕っているようには見えなかっただろうけれど。
「アーちゃん、エーちゃん、アップルケーキ頂いたの、食べる?」
「食べます」
「わーい!」
「アーちゃん、エーちゃん、今度は、バターケーキよ、食べる?」
「食べます」
「アイラお姉さま、好き!」
「アーちゃん、エーちゃん、今日はプディングよ。プルプルよ、甘々よ、食べる?」
「食べます」
「アイラお姉さま、大好き!」
私達は、餌付けされていたのかもしれない。
私は、扉をノックした。
大叔母様は部屋にいた。コレットには、廊下で待っていてもらうことにした。
「オリアーナ大叔母様、一つ聞いて良ろしいですか?」
「良いわよ、何かしら」
聞かなくても私は確信している。しかし、これを確認しないと話を始められない。
「初めてお会いした時から思っていたのですが、大叔母様も、オーラが見えるのではありませんか?」
「!」
一瞬、オリアーナ大叔母様は、眼を見開いて固まった。
「ちょ、ちょっと止めてよ、ほんとにもう。貴女何なの? もう訳わかんない!」
「見えるんですか、見えないのですか?」
「見える、いつも見えてるわよ! 今、『大叔母様も』って言ったわね。アリスティア、あなたも見えるのね」
「はい、意識の状態を切り替えないとダメですけど。大叔母様のオーラは眼が痛いほどの白色ですね。素晴らしいオーラです。きっと魂のレベルが高いのですね。試合の時は怖くてたまりませんでした」
「そう、ありがと。もう嫌になるわ、勝てるところがなくなってしまったじゃない。貴女、本当に化け物ね。」
「魔術の斬撃を、剣で弾く大叔母様に言われたくはありません」
「そう、お互い化け物同士、仲良くしましょ……うう」
大叔母様はぐったりしている。話はこれからなのだ。意識を切り替えてもらおう。
「オリアーナ大叔母様は、ルーシャ様の、いえ、「聖女ルーシャ」のオーラをどう思われますか?」
「ルーシャ嬢のオーラは……」
大叔母様の表情は精悍さをとりもどした。嘆きモードは終わったよう。
「彼女のオーラは薄紫、色は悪くないわ。けれど、光が弱すぎる。はっきり言って凡庸な娘よ」
「凡庸……。やはりオリアーナ大叔母様もそう思われますか。でも、昨日の神力の籠った二色の光の波は本物でした。彼女は確かに、神々に愛されてます。これはどういうことでしょう」
「さあ、わからない。神々は私達とは違うところを見てらっしゃるのかもね。それか、わたし達は凄い差だ思ってるけれど、人の『凡庸』、『凡庸じゃない』の差なんて、神々から見れば殆ど意味がないのかも。『蚤』と『虱』のどっちが大きいかなんて、私達気にしないでしょ」
蚤と虱って、もう少し良い例えはないものか。悲し過ぎる。
でも、その考え方は無かった。私は神が恩寵を与えるのは、与えられる者に、神の目に留まる【何か素晴らしい要素】があるからだと考えていた。だから、凡庸そのもののオーラを放つルーシャ嬢が、神々の寵愛を受けているのが不可解でならなかったのだ。でも、正解かどうかはわからないが、これなら納得は出来る。
神というものは、『物好き』なのだ、『蓼食う虫も好き好き』なのだ。
私は以前、エルシミリアに言った。
「ふふ、そうかもね。でもエルシミリアは神々を人の次元で考えていない? そう考えることこそ不敬なことではないのかしら」
エルシミリアに謝らねばならない。あの時は、嘘を言ったつもりはないが、エルシーをなだめるために適当なことを言った。神を人と同じ次元においていたのは私も同じだ。
私、アリスティアは以前からずっと考えていた。何故に、私は神に、これほどまでに優遇されているのか?
ただ、紛らわしいので、はっきりさせておくが、私を優遇してくれてのは、この世界の神々ではない。500円玉をくれた、地球の神様、日本の神様、葛城の神様、MY神様。
では、そのMY神様に目に留まるような素晴らしい何かを、以前の私、野乃は持っていただろうか? 本人が断言する。野乃には特別なものは何も無かった。凡庸そのものだった。けれど、神様は私に、これでもかというくらいの恩寵を授けて下さっている。
もし、神様に会えることがあれば、千回でも万回でも跪いて感謝しよう。
そして、聞いてみたい。答えはわかってる。きっと「たまたま」。
それでも、それでも、やはり聞いてみたい。
どうして、どうして、私に、野乃に目を留めて下さったのですか?
ほんとに、ほんとに、「たまたま」なのですか?
凡庸の塊だった私のどこに? 何に?
どうか教えて下さい、神……
「アリスティア! アリスティア!」
「はい、神様!」
オリアーナ大叔母様の手刀が頭に振り下ろされた。痛いー!
「誰が神様かー! 何を呆けておるのだ! アリスティア三等騎士!」
「はっ! すみません、教官殿! 思わず、自分の世界に浸っておりました、申し訳ございません!」
はあ、と大叔母様はため息をついた。
「なんだか、貴女といるとほんと疲れるわ。やっぱり、異世界から来た魂だからかしら」
「へへへ、すみませ…………… え、えーーっ!!」
私は腰が抜けかけたが、なんとか踏みとどまった。
「何で、何で知ってるですか! 大叔母様は神ですか! それじゃなかったら大悪霊!」
またも手刀が飛んできた。さらに痛いー!
「誰が、大悪霊かー!」
「だって、だって、誰にも言ってないのに、神か大悪霊でもなければ、わかる筈ない」
大叔母様はまた、ため息をついた。今日の大叔母様はため息ばかりだね。
「アリスティア、貴女ねー、そんな異世界のオーラばりばり放ってれば、わからない筈ないでしょ、貴女のオーラ、緑の方、光の質がこの世界のモノと全く違うじゃない」
「光の質? 何ですかそれ? 光は光でしょ。違うのは色だけ、質なんてありません」
「よしっ!」
勝った! という感じでオリアーナ大叔母様がガッツポーズをして、感涙にむせんでいる。今度は大叔母様が自分の世界だ。意外と大人げないよね、この人。
「アリスティア、どうやら貴女のオーラを観る力は、私よりレベルが低いようね。だったら、ルーシャ嬢のオーラのアレも気づいてないんじゃない?」
「ルーシャ様のオーラのアレ? 何のことですか?」
「ルーシャのオーラは薄紫、それは別に良いのよ。その奥よ、その薄紫の光の奥を覗いていくと、べったり真っ黒に濁ってる」
「真っ黒に濁ってるって……」
「今日言おうと思っていたのよ、昨日は、ルーシャ嬢が倒れちゃってバタバタしたでしょ。あの状態では何も出来ないでしょうし、探知を使って調べたけれど、危険なものは何も携帯していなかった。だから、知らせるの遅くなってしまった。済まなかったわ、ごめんなさい」
大叔母様が謝ってくる。確かに、この情報は早く欲しかった。でも、それを聞いていたら、先ほどのルーシャ嬢と私達の楽しいひと時は訪れなかっただろう。聞いてなくて良かった気もする。
オリアーナ大叔母様は続ける。
「あの娘の心は病んでいる、何かとんでもない良からぬことを考えているわよ」
「良からぬことってそんな……」
ルーシャ嬢は、メイチェスター枢機卿の娘。最初から、警戒を怠らず、気を引き締めて対応しようと思っていた。
しかし、彼女は魔力を枯渇させてまで、オルバリスの民を、家宰ローレンツの妻を救ってくれた。そして、先ほど、一緒にやったトランプ大会。一位になったルーシャ嬢の、嬉しそうな笑顔は、普通の少女のものだった。その彼女が……。
「神々の寵愛を受けているルーシャ嬢が、悪いことを企んでいるとは私も思いたくはない、けれど、今回の突然の訪問、ただの訪問である訳がない。彼女は絶対仕掛けて来る。そして、彼女の標的が貴女なのは間違いない」
オリアーナ大叔母様が私を正面から、見つめる。
「対策を考えましょう」
「大叔母様、彼女を救ってあげてくれませんか、ルーシャ様は本来悪い娘ではないと思います。普通の女の子です。お願いです」
「無理よ。あの娘には神々が肩入れしてる。止めるだけならまだしも、私にはルーシャ嬢を救うなんて無理」
「そんな、それじゃ…… ルーシャ様は」
神々の恩寵を受けてさえ、闇を抱えるなんて、人はそれほど悲しい生き物なのか? そう考えると、やりきれない。
「私には救えない。けれど、救うことは不可能じゃないわ」
「あるのですか! それはどのような方法ですか!」
「神々に愛された娘は、ルーシャ嬢だけじゃないでしょ、『神契の印』を賜った貴女、神々の恩寵を一身に受けた貴女」
貴女がルーシャを救いなさい! アリスティア!
十歳の子供には無茶ぶりです。(まあ、中身十歳じゃないけど)
もっと大人頑張れよ。
それだけ神の力が現実的影響力を持つ世界とお考え下さい。