楽しいひと時
アリスティアとエルシミリアが、一人ずつ侍女を連れて入って来た。
邸内であるのに、大層なことだと思ったけれど、彼女達は十歳で、まだ魔術は使えない。侍女達を連れて来たのは、警護の意味が大きいのだろう。いくら、オルバリスの民を癒したとて、そうそう簡単に信用は得られはしないか。
私が病人の治療を急いだので、彼女達とは、まだ正式に挨拶を交わしてはいない。でも、どちらがアリスティアであるかは分かる。向かって、左側がアリスティア、右側がエルシミリア。
アリスティアとエルシミリアは「ゲインズブラントの双珠」と称えられる双子の美少女姉妹ではあるが、姉のアリスティアの美しさは妹より、頭一つ抜けているという話は聞いていた。だから彼女達を初めて見た時、すぐに二人の判別がついた。
私は今まで、アリスティアほど、容姿に恵まれた女性を見たことがない。
当然ではあるが、王都は国で一番の大都会。美女や美少女は沢山いる、私の知り合いにも結構いる。王宮サロンの華として有名なナイトレイド公爵の長女、ネィファニー様なども、よく知っている。ほんと「華」と呼ばれるだけはある素晴らしい美女。けれど、彼女など、アリスティアの前では、道端に咲く野の花に過ぎない。それほど、アリスティアの神々しい美しさは際立っている。もし、対抗できるとするならば、王宮の奥に引き籠っている、第五王女くらいかもしれない。
実際に会ったことがある者がほんとに少なく、伝聞で申し訳ないが、とんでもなく凄い美少女らしい。そのあまりの麗しさ、神々しさ、可憐さに。とある貴族などは、思わず跪いてしまったという。そして、その貴族が侯爵だったというのが恐ろしい。侯爵クラスになると、王族に対しても結構無礼だったりするのだ。まあ、これは噂に尾ひれが付いただけのような気もする。結局、会って見なければ、実際の程はわからない。
幻の第五王女はともかく、アリスティアは今、同じ部屋におり、私の目の前で穏やかな笑みを浮かべている。
私は、神々に感謝した。
私の容姿を整えて下さり、ありがとうございます。もし、以前の私だったら、自分とアリスティアとのあまりの差に居たたまれず、部屋から逃げ出していたことだろう。一段落ちるエルシミリアでも同じく逃亡、それくらい私の容姿は凡庸だった。
「ルーシャ様。貴女のご体調を考慮して、正式な挨拶を省かせてもらうことをお許し下さいませ。私が、ロバート卿が次女、アリスティアです。」
「三女、エルシミリアです。面会下さりありがとうございます」
二人が丁寧に頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。このように寝台の上からご挨拶を申し上げるのをお許し下さい。枢機卿ベネディクトが次女、ルーシャです。お見知りおき下さいませ」
私も頭を下げる。
「ルーシャ様、お加減はいかがですか?」とアリスティア。
「はい、良くなってきております。昨日は、醜態をお見せして本当に申し訳ありませんでした」
「醜態だなんて、そんなことはありません」
エルシミリアが少々早口で、私の行った治療は、とても素晴らしく、あのような神々しい魔術は見たことがないとの賛辞と、オルバリスの民を癒したことへのお礼の言葉を述べてきた。
そして、アリスティアが言葉を足した。
「他の者達もですが、家宰ローレンツの妻を癒して頂いたこと、ほんとうに感謝しております。ローレンツは我が家を取り仕切り、支えてくれる大切な者、家族同然の者なのです。ルーシャ様は、その彼から、悲しみ、苦しみを取り除いて下さりました。なんとお礼を申して良いかわかりません」
アリスティアの眼が少々潤んでるのが分かる。家族同然とはいうのは本当のよう。
「いえ、そんな。私は神々のご意志に従っている迄です。お気になさらないで下さい」
実際そうなのだ。神々が私に、高段階の回復魔術能力を授けて下さった。そこには神の期待がある筈だ。それと個人的感情。病は嫌いだ、この世から消してやる。
「ルーシャ様……」
エルシミリアが一歩前に出て来たかと思うと、いきなり深く頭を下げた。
「まことに申し訳ありません!」
申し訳ない? 私にはエルシミリアの言っていることが全く分からない。
「わたしは、最初、ルーシャ様を胡散臭く思っておりました。聖女なんて持て囃されてはいるが、高段階の回復魔法が使えるのが得意になってるだけの少女、称賛を得るためだけに魔術をばらまいているだけなのだと邪推しておりました。でも、昨日のルーシャ様の真摯な治療を見させてもらい、ルーシャ様が神々に選ばれて当然の人、まさに『聖女』であることが、はっきりとわかりました。わたしが愚か者でした。お詫びいたします、許して下さいませ」
わざわざ謝らなくても良いものを、黙っていれば済むこと。神々しい美しさの姉を持ってしまった妹、さぞ捻こびてるであろうと思っていたが、エルシミリアはかなりピュアな性格のようだ。
「エルシミリア様。そのように頭をお下げにならないで下さいませ。胡散臭く思ってしまうのが普通なのです。私だって、このような力を授かる前に今の私のようなものが現れたら、きっと胡散臭く思ったことでしょう。だから貴女は悪くありません。謝罪する必要など全くないのです」
「全くないって……、そんな訳には」
エルシミリアは、今一つ納得できないようではあったが、延々と謝り続けるのも悪いと思ったか、謝罪を打ち切ってくれた。
「ルーシャ様」今度はアリスティア。
「お鼻が、まだかなりお赤いですが、大丈夫ですか?」
「少々、痛みますが、それほどではありません」
「そうですか、それは良かった……」
アリスティアはまだ、何か聞きたそうにしている。
「アリスティア様、おっしゃりたい事があるのならば、何なりと申して下さいませ」
「では、遠慮なく。ルーシャ様は素晴らしい回復魔法の使い手でいらっしゃいます。一晩経ちました、魔力もある程度回復なされていることでしょう。どうしてお鼻を魔術で回復なされないのですか? せっかく麗しいお顔をなされているのに、勿体ないではありませんか」
「麗しいなどと、アリスティア様やエルシミリア様、お二方に比べれば、凡庸なものです、今でも恥ずかしく逃げ出したいくらいなのです」
「御謙遜を。身内びいきを許して頂けるなら。わたしはアリスティアお姉様と並び立つことが出来る方を初めて見ました。ルーシャ様はほんとお美しいです」
「ありがとうございます。そのような賛辞を頂けて、一生分の幸福がやって来たように思われます」
「そんな、ルーシャ様、大げさな」
エルシミリアが笑顔になっている。この娘はアリスティアのような輝きが無い分、親しみが持てる。妹だったら良いなとも一瞬思ったが、もし以前の自分にエルシミリアのような妹がいたらと思うと、震えが来た。私は一生劣等感に苛まれただろう。ある意味地獄かもしれない。
話を戻そう。
「この赤くなった鼻を魔術で戻さないのは、自分の魔力は、なるべく人の病の治療に使いたいからです。こんなものは放っておいても勝手に治りますから」
「己が魔力は、他者の為に使いたいのですね。素晴らしいお心がけです。では侍女の方に癒してもらってはどうでしょう。第二段階の回復魔術で赤みくらい消せるでしょう」
私は少し離れて控えている、帯同してきた侍女を見ながら言う。
「その者は、平民なのです。本来の侍女は勿論紋章持ちなのですが、今回どうしても彼女の都合がつかなくて、メイドを侍女として連れてまいりました」
「そうでしたか。では私達はまだ、紋章を得ておりませんので、うちの侍女にさせましょう」
アリスティアは片方の侍女に声をかける。
「サンドラ、ルーシャ様の赤みを、癒してあげて差し上げて」
サンドラと呼ばれた侍女が、答える。
「アリスティアお嬢様。お言葉を返すようで申し訳ありませんが、私より、コレットの方が回復魔術では勝っております。コレットにさせては如何でしょうか」
「あら、そうなの。ではコレットお願いできるかしら」
コレットと呼ばれた、愛嬌のある顔をした少女が答えた。
「お嬢様、私のような者が聖女様に…… 本当によろしいのでしょうか」
「あなたは、私の侍女になって暫く経つのに、まだ、そんなことを気にしてるの?」
そう、コレットに言うと、アリスティアは笑顔でこちらに振り向いた。その優し気な笑顔には癒される。これではどちらが聖女だか分からなくなる。
「ルーシャ様。コレットは、今は養女となって貴族なのですが、元は平民なのです。けれど、ちゃんと魔術は使えますのでご安心下さいませ」
平民出身の魔力持ちとは珍しい。たまにいるとは聞くが、実際に会うのは初めてだ。しかし、平民出身者を侍女にするとは、ゲインズブラント家はかなり型破りだ。それともアリスティアがそうなのだろうか。
「まあ、平民出身で魔術が使えるなんて素晴らしいわ。ではお言葉に甘えて、お願いしようかしら、コレット」
「私のような者の名前を覚えて頂けて、恐縮です。聖女様」
コレットの右手は緊張で少々震えていたが、魔術での治療は見事なものだった。回復魔術は紋章持ちでも結構失敗することが多い。元平民がやり直しを一度もせず、すんなりと治療を終えたことには驚いた。
「アリスティア様。彼女は紋しか持って持っていないのに、素晴らしい術者ですね。これはどういうことでしょう。私は不思議でなりません」
「それはですねー」
アリスティアが少々悪戯っ子ぽい顔になっている。
「コレットの魔力量はブロンズの中位もあるのですよ。だから効率の悪い紋しか持っていなくても、魔術を的確に行使できるのです」
「ブロンズの中位! 子爵クラスではありませんか! 平民出身でそのような魔力量持ちが出るなんて聞いたことがありません」
「ですね。私も聞いたことがありません。でも、今のコレットがブロンズの中位であるのは確かなことなのです。神官様にもきちんと魔術具で計測してもらっています」
「確かですか。世の中には不思議なことがあるのですね」
「ええ、私もそう思います。これがコレットだけのことなのか、他にもあるのか、今後検証したいと思っているのです」
アリスティアはどうも、普通の貴族令嬢とは違うようだ。大概の貴族令嬢は、遊ぶことや、自らを着飾り、良く見せようとすることばかり考え、知的好奇心など皆無に近い。
しかし、今のアリスティアの言葉にひっかかる部分があった。「今のコレットがブロンズの中位であるのは確か」とアリスティアは言った。冒頭の『今の』とは何だ? 魔力量は最初から決まっており、一生変動しない。だから「今の」とか「昔は」などの言葉を使うのは不自然なのだ。単なる言い間違いだろうか?
それとも…… と考えていたが、エルシミリアの声で思考は中断された。
「ねえ、お姉様。ルーシャ様と『とらんぷ』をなさいませんか? 侍女たちもいれて、大勢でやると、きっと楽しいですよ」
「『とらんぷ』? それは何ですか」
エルシミリアが、眼を輝かせて答える。
「アリスティアお姉様が考案なさった、カードゲームです。面白いですよ」
「エルシミリア、あれは私の考案ではありません。とある国のゲームです。私はそれを知っていただけです」
「では、そのとある国とはどこですか? いつもおっしゃっては下さいませんよね、謙遜も常に美徳とは限りませんよ。どこの国ですか?」
「それは……」
理由はわからないが、アリスティアが窮地にたっている。ここは聖女として救いの手を出さねばならないような気がした。
「まあまあ、エルシミリア様。そのくらいで。では、その『とらんぷ』をいたしましょう。ルールを教えて下さいませ」
この後、侍女が「とらんぷ」を取りに行って、ルールを教わり。侍女達もいれて六人で「大富豪」なるものをやった。どうも「とらんぷ」とはゲーム名ではなく、カード自体の名称のようだ。このカードを使い、幾種類ものゲームが出来るらしい。
私は、何回も大富豪になり、総合で一番だった。最下位は言い出しっぺのエルシミリア。
「どうして、わたしはいつも、ド貧民ばかりなの!」と嘆きまくっていた。彼女が勝ちそうになると不思議と『革命』が起こってしまうのだ。微笑ましくて、他人の妹でも愛しくなってしまう。
大富豪を終えた後、アリスティア達は客間を辞していった。
楽しいひと時だった。
侍女は水差しの水を入れ替えるために、部屋を出ていった。今、客間にいるのは私一人だ。
大きな寝台の上で、ゴロンゴロンしてみる。やっぱりこの寝台は最高だ、欲しい……
そして思う。
私は、何をしているの?
大富豪とか、もうルール忘れてしまいました。革命返しとかありましたよねー。(遠い目)