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客間にて

 ゲインズブラント邸は予想していたより、ずっと豪壮なカントリーハウスだった。これを設計した建築家のセンスは素晴らしいと思う。力強さと優美さ、対極にあるものを上手く両立させている。王都の建築物と比べてもなんら引けを取らない。そして、


 そのゲインズブラント邸から、西北へ向かって、放射状に広がる領都タルモも、冷涼な気候を反映してか、がっしりとした建物が多く、街並みとしてはなかなかのものだ。街中の多くの通りも土木魔術で、きちんと平面化された石畳が敷かれ、私の乗って来た、振動抑制のあまり良くない安馬車でも、快適に走れた。タルモの中央にある大広場には、教会とオルバリスの中央役所が併設され、それに従うかのように、多くの商店や工房が左右に連なっている。


 これらを見るだけで、タルモは都市計画がきちんとなされた街であることが分かる。領都、地方の都としての機能がしっかりしている素晴らしい出来だ。これで、領都全体を城壁で囲めば、小国の都と言ってもおかしくない。オルバリスを単なる田舎伯爵の田舎領地と考えていたのは、少々間違っていた。王都に暮らしていると、どうしても地方を馬鹿にしてしまいがちになる。反省しよう。


 オルバリス卿も、愚かな田舎伯爵などではなく、知性を備えた賢明な地方領主であった。お父様のような俗物臭がまるでしない。奥方のゲインズブラント夫人も同様。大侯爵家、ライナーノーツ家の出であるようだが、華美に走ったりはしていない。高価な装飾品等はあまり使用せずに、伯爵家の体面は決して落とさない装いを実現していた。そのセンスには恐れ入る。そして何よりも、この夫妻は、きちんと自らの子供達と向き合っている。伯爵と夫人が、二人の娘を見た時の表情で分かる。その表情は、


 私の母が、かつて、私に投げかけてくれたものとそっくりだ。


 私は今、ゲインズブラント邸の客間にいる。豪華な内装をみると、邸内で一番、良い客間かもしれない。今、私が横たわっているベッドも柔らかでありながら、腰が沈み込むようなことはない。寝心地が最高だ。柔らかければ、柔らかいほど良いと考えている、馬鹿な王都の寝台職人たちに見習わせたい。というか、欲しい。伯爵に頼んで、譲ってもらおうか……


 と、ここまで考えて、自分の厚顔無恥さに、思わず笑ってしまいそうになる。私は彼の娘、アリスティアを、夫妻から、彼女を慕ってるらしい双子の妹から奪いに来たのだ。別段、誘拐しようしてる訳じゃない。これからも家族と共に一緒に暮らしてもらって結構。しかし、彼女、アリスティアの貴族としての人生は終わる。伝説級のクラス、プラチナ上位を持つ貴族としての華々しい人生はやって来ない。


 私だって、可哀そうと思う感情はある。しかし、世に可哀そうな人々は沢山いる。一人の犠牲で多くの人を病から救い出せるのだ、我慢してもらおう。私だって、娯楽に勤しみ、楽しく快適な人生を送ろうなどとは全く考えていない。私がすることは、病を癒す、ただそれだけだ。


 だから、アリスティアには私の人生につきあってもらいたい。女性同士で言うのもなんだが、私と結婚してもらいたいのだ。私の妻となって、私を一生支えてもらいたい……


 ……詭弁だ。言い訳なんてしてもしょうがない。私がこれからしようとしていることは残酷極まりないこと。自分自身を彼女の立場に置いてみると、今の私から「病を癒す力」が奪われるようなものだ、私は発狂してしまうだろう。それくらい残酷なこと。でも、


 私は決めたことはきちんとやる。この世から病を一掃するのだ。そのためには彼女には地獄に落ちてもらう。


 計画は順調に進んでいる。


 私の魔力量で癒せる人数は、病人や怪我人の、病や怪我の重さにより変わってくる。当然、病気や怪我が重くなるほど、癒せる人数は減る。今にも死にそうな病人や怪我人の場合、全魔力量を使っても、昨日前までの最高記録は七人、たった七人。

 昨日は記録を更新した、八人癒した。どんなに魔術を効率的に運用してもギリギリだと分かってはいた。でもそうするしかなかった。倒れるためには。


 オルバリス卿に許して頂いた滞在日数は二泊のみ、これでは警備や館の者達の目を盗んで、アリスティアに禁術を行うのはかなり難しい。でも、私が体調を崩せばどうだろう。それもオルバリスの民を救ったせいだとしたら。オルバリス卿も、もっと長い滞在をきっと許してくれる。まあ、魔力枯渇は数日で回復する、滞在を許されるのは長くても、六日間くらいであろうけれど、それで十分だ。人一人警護し続けるのは、実はかなり難しい。絶対、隙はできる。


 もし、出来ない時は強行手段に出よう。私にはそれが出来る能力がある。もちろん、警護の者を殺したりなんかはしない。いくら、人々の病を癒したいからといっても、殺人まで行ってしてしまったら、神々は私を地獄に落とすだろう。いや、どうせ落ちるか。禁術を使うのだ、落とされても仕方ない。


 アリスティア、貴方だけが地獄に落ちるのではない。許して下さい。


 ノックの音がした。帯同してきた、私の侍女が応対に出る。


「ルーシャお嬢様。アリスティア様とエルシミリア様がお越しです。お嬢様にお見舞いを申し上げたいそうです。お入りになってもらってよろしいでしょうか?」


「ええ、入ってもらってください」


 侍女は、扉の方へ戻っていく。

 私はベッドの上で上半身を、なんとか起き上がらせ、赤くなっている鼻をさする。

 

 これだけは想定外だった。


 まだ痛い……。


ルーシャはかなり冷静になって来ています。一時の興奮は冷めやすいものです。

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