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聖女の魔術

「オルバリス卿。お初にお目にかかります。ベネディクト・フォン・メイチェスタ-が次女、ルーシャ・フォン・メイチェスタ-です。この度は、突然の申し出にも拘らず、貴家への訪問をお許し下さり、誠にありがとうございます」


 ルーシャが我が家へやって来た。

 十二神を信奉する「エイスト教」の、十人しかいない枢機卿の娘な上、「聖女ルーシャ」として高名な彼女だ、豪勢な馬車で、多くの付き人や警護を伴って現れると予想していたのだが、全く外れてしまった。


 ルーシャが乗って来た馬車は、男爵クラスが乗るようなものであった。付き人も侍女が一人、小間使が二人で、かなり少なめ。警護の者に至っては、騎乗した騎士がたった二名。街道の整備の悪さや、今だ頻出する強盗や山賊のことを思うと、よくぞ、これで王都から遥々、領都タルモまでやって来れたものだ。


 メイチェスター枢機卿はかなり体面を重要視する、というか見栄っ張りと聞く。それなのにルーシャは、このような質素な構えでやって来た。娘は父親とはかなり価値観が違うようだ。


 お父様と、貴族式の丁寧な、というか、長ったらしい挨拶を交わしているルーシャをまじまじと見る。


 あー、負けたな。とんでもない美少女との噂は本当だった。ルーシャと並んだら、わたし、エルシミリアは完全に見劣りしてしまうだろう。

 

 濃い目の茶色の髪に、薄茶色の目。これは一番よくある平凡なパターン。目鼻立ちは確かに整っていて、麗しい。しかし、自惚れを許していただけるなら、整い方はわたしの方が上だ。なのに、自分の負けだと思ってしまうのは、ルーシャにはアリスティアお姉様と同じように、神々に愛された者だけが持つ「輝き」があるからだ。


 この「輝き」を持たれると、わたしのように、目鼻立ちが整っているだけの者は、霞んでしまう。神々が関わってくると人の身では対抗できない。


 なんだか、モヤモヤして来たので、隣にいるアリスティアお姉様を見た。その美しく可憐な横顔を眺めると、心が安らぐ。ほっとする。


 よし! お姉様は勝っている。ルーシャはお姉様と並び立つことは出来ても、決して勝てはしない。これは妹の欲目ではないと思う。


 しかし、ルーシャも、アリスティアお姉様と同様に神々に愛された娘ではあるのだろう


 彼女には「聖女ルーシャ」以外にもう一つの二つ名がある。


 『二柱のルーシャ』


 これは、事実かどうかははっきりしていないが、彼女は、二つの眷属の紋章を持っているらしい。一つは通常通り、右手の手首の裏に、もう一つは左手の手首の裏に。一人の貴族が、二つも紋章を持つなんて聞いたことがない。


 アリスティアお姉様と並びたてる美しさ。(腹が立つ)

 第九段階の回復魔術使い。

 二つの眷属の紋章。


 これだけ、神々の寵愛の証拠を突き付けられると、ぐうの音も出ない。まあ、三番目は真実かどうかはわからないが。


 わたしは、ルーシャというか「聖女ルーシャ」を胡散臭く思っていた。彼女は貴賎の区別なく人を救うという。これは賞賛すべきことだろう。けれど、ルーシャは王族からの治癒依頼があったとしても、それより、ほんの少しでも重い病の平民がいれば、そちらへ向かうという。これはおかしい。いくら聖女様だって人だろう。平民より王族を癒した方が、自分へのリターンは遥かに大きい。そうそう人は、己が欲望から自由になれるものではない。


 それと、ルーシャがおかしいと思うのは、とある悪人、犯罪者を癒したこと。彼女は死が避けられない病にかかっている犯罪者を、わざわざ牢獄に出向き、癒したという。これはまあ、「貴賎の区別なく」もここまでいけば本物だ、と褒めたたえたくなる。ただし、その犯罪者が【死刑囚】でなかったならばだ。


 死刑囚を癒してどうする。病のままなら、死刑囚もどうせ病で死ぬ身だと思い、少しは心安らかに断頭台へ登れるだろう。しかし、その病を癒されてしまったら、断頭台へ登る恐怖は如何ばかりか。


 王都の民衆たちは、その死刑囚が何人も惨殺した凶悪犯だったので、ルーシャに喝采を送ったという。民衆達の気持ちも分かる。凶悪犯にはより強い報いを与えてやりたいだろう。しかし、ルーシャの行いは、やはりおかしい。聖女なら、絶対持っている筈の「慈しみ」という感情が、このエピソードからは感じられない。ルーシャは何か変だ。このような者が神々から寵愛を受ける聖女である筈がない。そう私の魂が告げている。


 しかし、この後、ルーシャへの神々の寵愛が本物であることを、わたしは目の当たりにした。


 お父様は、ルーシャの我が家への訪問を許すことに決めると、今回の仲介者である、幼馴染の神官に承諾の手紙を託した。


 彼は、王都へよく出張するので、枢機卿の娘、ルーシャと知己である。その縁で、死病にかかっていた息子を救ってもらった。それ以来、彼はルーシャの信奉者の一人となっている。


(神官は重病の息子を王都へ瞬間移動させたらしい、そのせいで三日間寝込んでしまったとのこと。瞬間移動は普通ゴールド持ちしか使わない。魔力の使用量が半端ない)


 そして、戻って来たルーシャからの手紙には、訪問を受け入れてくれたことへの感謝と、そのお礼として、訪問の初日に、オルバリスの癒し手達が癒せない重病人達を治療したいと記されてあった。ただし、人数制限あり、八人以下。


 そのような訳で、今、本邸の隣に建つ、別館の広間にはベッドが設置され、八人の重病人が待機している。その重病人の中には、家宰のローレンツの妻も含まれている。彼女は、もう十年、一度もベッドから起き上がれてはいない。お父様は何度も回復魔術の使い手を手配し、お父様自らも、回復魔術を行ったが結果は虚しいものだった。


 ルーシャはお父様やお母様との挨拶を終えると、館に入って一休みすることもなく(長い馬車旅だっただろうに)、すぐに病人たちの治療を始めたいと申し出た。


「病は悪です。その悪から早く彼、彼女らを救ってあげなければなりません。それが神々のご意志です」


 お父様達は、ルーシャを別館へと案内し、わたし達も帯同した。



 別館の広間は、陰の気が立ち籠めていた。死が近い病人達が八人もいるのだからこれはしょうがない。ルーシャはまず、一番近い、ベッドに向かった。そのベッドに横たわっているのは、家宰ローレンツの妻。ルーシャはベッドの横に立ち、ローレンツの妻に語りかける。


「どれくらいの間、このような状態なのですか?」


「十年、十年でございます」


「十年も。よく頑張りましたね。でも、もう大丈夫ですよ。神々が貴方を癒してくれます。元気になれますよ」


「ああ! 本当でございますか! 聖女様ありがとうございます。ありがとうございます。」


 その後、ローレンツの妻はおおいに咳き込んだ。それをルーシャは焦れることもなく、咳が収まるのを待っていた。


「では治療を始めます。でも貴方を癒すのは私ではありませんよ、神々ですよ」


 ルーシャはローレンツの妻に優しい笑顔をむけた。その穢れの無い笑顔はまさに聖女の名にふさわしい。


 「神々よ、どうかこの者に憐みを」


 ルーシャは天に向かって、両手を大きく上げた。修道女服の長い袖が下に下がり、彼女の両手首が露出する。その両手首のどちらにも紋章隠しのブレスレットが嵌められている。


 「二柱のルーシャ」は本当だったのか。いや、まだ左のブレスレットの下に紋章があるかどうかは判らない。はったりかもしれない。


 ルーシャは高速呪文を唱えた。


「#########!」


 彼女の身体から魔力粒子が放出され、彼女の身体を包んでゆく。まだ紋章を得ていない、わたしではあるが、大叔母様に鍛えられ、かなり魔力・魔術に対する感度が上がっている。分かる、ルーシャの技量は普通の貴族の次元ではない。


 ルーシャをとりまく魔力粒子の密度が急速に増してゆく、その密度が、限界になった時、魔力粒子は一気に光の粒子に変換された。光の色は黄金、ルーシャは上げていた手を下に戻し、胸の前で組み合わせる。光がその組み合わせた手の中へ収斂してゆく。


 あの光が病に苦しむ人達を救うのだろうか? ルーシャの魔力粒子の扱い方は凄い、さすが第九段階の魔術の使い手。けれど、ルーシャが放出した魔力粒子の量はそう多いものではない。あれでは病人を治癒できないのではと危惧していた時、


「#########!」


 ルーシャが組んでいた手を解き、圧縮された光を一気に天に向かって放った。その瞬間、別館の天井、壁、全てが消えた。どこまでも澄み渡る大空が私達を覆い、黄金の光の柱は一直線に神々のおわす天へと駆け上る。


 幻覚の魔術?


 私は隣に立つ、アリスティアお姉様に問いかけた。お姉様に魔術は効かない。


「これは幻覚の魔術ですか? それとも本当に……」

「幻覚の魔術ですよ。ですが、そんなことはどうでも良いではありませんか。なんと清々しい景色。私は印には『この魔術の無効化停止』を願いました」


 そう、アリスティアお姉様がおっしゃられた時、天から、神力が込められた圧倒的な聖なる光の波が押し寄せて来ました。その光の色は二色、とぐろを巻くように絡み合い、ローレンツの妻へと収斂してゆきます。


「なんという神々しい光景でしょう。わたしはこのようなものを見たことがありません。これも幻覚の魔術なのでしょうか? アリスティアお姉様」


「これは、この光は……」


 お姉様の額に汗が見える。冬がようやく終わったばかりの季節、汗ばむような気温ではない。


「この大いなる光は、幻覚の魔術などのような低級なものではありません。本当に神力です。神々の御業です」


 お姉様の表情が、険しく真剣なものになっている。

 やはり、ルーシャが神々の恩寵を受けた「聖女」であるのは本当なようだ。わたしのひねくれた心や偏見が、ルーシャを胡散臭く思わせていたのかもしれないと思うと居たたまれない。


 ルーシャは本物の聖女だった。神々は彼女を愛でている。

 

 けれど、けれど、何かが引っかかる。ルーシャはアリスティアお姉様とはどこかが違う、どう違うのかは判らない。違いは何だろう…… 何……。


 わたしは思考の中に沈んでしまい、この後、お姉様が言った言葉を聞き逃してしまった。


 「神というものは、何故、このように凡庸な娘ばかりに肩入れなさるのか……」


 ローレンツの妻の病は嘘のように快癒した。ローレンツと妻が抱き合って、喜びあう様は、見ているだけで胸が熱くなって来るもので、ローレンツと仲が良いお父様とアリス姉様は、本当に涙ぐんでいた。貴族は基本、人前で涙は見せない筈なのだが、うちはそうではないようだ。


 ルーシャは他の七人も癒した、完全に癒した。素晴らしくも恐ろしい魔術能力の持ち主だ。「超人の魔術」を越えて、もはや「神人の魔術」に達していると言われたら信じてしまいそうだ。


 治療を終えたルーシャに、お礼を言おうと、お父様達と一緒にルーシャに近づいたその時、


 ルーシャがいきなり、床に倒れこんだ。


 崩れ落ちるのではない、バターン! と受け身も何もなしで、前方に倒れこんだ。あれでは顔面を強打しているに違いない。わたしは思った。


 『痛そう……』


エルシー、解説役が多いですね。立ち位置の関係です。

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