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日常、そして

20.04.28 ルーシャの年齢、変更しました。

 エルシミリアが、ティカップをソーサーに戻して言った。


「お姉様、聖女ルーシャって、御存じですか?」

「聖女ルーシャ? 知りませんね。どのようなお方です?」

「最近、王都で有名らしいです。メイチェスター枢機卿のお嬢様で。第九段階の回復魔術を使えるらしいです」

「第九段階! あと一歩で、神人、凄い魔術能力ね」


 魔術の難度は、一般的には、十の段階に分けられている。けれど、七段階から十段階は、そう決められているというだけで、殆ど意味がない。

 熟練の者や、紋章取得時に特別な才を発現した者でも、第六段階がやっとで、第七段階以降が出ることは滅多にないのだ。それ故、


 第七段階から第九段階の魔術は、「超人の魔術」、

 第十段階の魔術に至っては、「神人(かみびと)の魔術」と、


 称される。ちなみに、神人というのは本当の意味での神の化身。


「ええ、その凄い魔術で、多くの病人や怪我人を、貴族、平民の区別無く救ってらっしゃるですって」

「区別無くとは、素晴らしいですね」

「ですね。わたしには到底できません」


 エルシミリアの答えは、間違っていないと思う。代償を払う覚悟も無しに、貴賎を無視して、ことを進めるのは愚か者のやることだ。私はセシルの妹の件で思い知った、私は愚か者だった。しかし、それでも言おう。


「あら、そんなことはありませんよ。エルシーにも出来ますよ。エルシーの心根は優しいではありませんか」


「違います、わたしは冷血ですよ。アリスティアお姉様の命か、他の千人の命か、どちらかを選べと言われても、お姉様を選びます」


「んー、それは冷血とは違うのではなくて。私でもエルシーか、他の千人か、ってなったら、エルシーを選びますよ。悩むでしょうけど、数で判断しなければならないものではないでしょう」


「わたしは全く悩まないのですよ、アリス姉様 」


 エルシミリアの言葉にドギマギする。この子の私へのこれほどの愛はどこからくるのだろう?


「まあ、そんな仮定の話はどうでも良いのです。その聖女様がですね、お姉様と面会したいそうですよ」


「私と面会? 何で?」

「さあ。わっかりません、何ででしょね」


 少し、おどけた口調のエルシミリアは、両手の掌を上に向けて開き小首を傾けた。その姿が愛らしい。


 野乃だった頃、兄はいたけれど弟も妹もいなかった。そのせいかもしれないが、エルシミリアがとても愛おしく思える。何でもしてあげたいと思う。


「後で、お父様から話があると思いますよ。枢機卿のお嬢様ですから、断るのは無理でしょうし」

「会うくらいなら会いますよ。でもどんな方なのかしら?」

「年齢は十四歳。貴族学院の二年生、そして、とんでもない美少女らしいですよ」

「まあ、そうなの」


 とんでもない美少女ねー、エルシーで見慣れてるし、そう驚くほどでもないでしょ。


「ふっ、アリス姉様の美貌を見て、己の高慢を悔いながら奈落の底に沈むがいいわ」


 エルシミリアがボソッと言った。エルシー、あなた私を理想化し過ぎ! お姉ちゃん、ちょっと怖いよ。あんた怖い。


「アリスティア! エルシミリア! そして侍女ども!」


 第一騎士団服を着たオリアーナ大叔母様の怒声が飛んだ。


 私とエルシミリアは、ビン!と直立姿勢になった。隣のテーブルにいた侍女たちも同様、鯱張った。


「お茶の時間は終わり! 楽しい、楽しい、訓練の時間だ! 早く庭へ出ろ!」

「返事は!!」


「「「「「「 わかりましたであります、教官殿! 」」」」」」


 大叔母様の魔術教習は、もとい、魔術教練は、以下の順番で行われる。


 ・第一騎士団団歌斉唱

 ・12エクター(約6キロ)ランニング

 ・魔術術式の学習と実践


 ランニングと魔術にどんな関係がと思うのだが、オリアーナ大叔母様に言わせると「体力も無い奴が魔術を使いたいなど片腹痛い、笑止千万」だそうだ。健康は大事だから、これはまあ、納得しよう。


 でも、どうしても納得できないのは、第一騎士団団歌斉唱。なんでやねん。うちら第一騎士団ちゃうねん。これも大叔母様に言わせると、ここは第一騎士団、オルバリス支部分隊なのだそうだ。勝手に作るなや、王宮の許可とっとんのんかい。


「アリスティア 三等騎士!」

「はっ!」


「エルシミリア 三等騎士!」

「はっ!」


「セシル 二等騎士!」

「はっ!」


「コレット 二等騎士!」

「はっ!」


「キャロライナ 二等騎士!」

「はっ!」


「サンドラ 二等騎士!」

「はっ!」


 サンドラとキャロライナはエルシミリアの侍女。共に寄子の長女。性格、能力、鑑みた上で、長女という点(長女な分、彼女、彼女の家の決断はより重い)を評価して、エルシミリアは採用を決めたようだ。殆ど感情だけで決めてしまった私とは大違い。


 ちなみに、主人である私達が、三等騎士で、侍女達が二等騎士なのは、私達はまだ、紋章持ちでなく、侍女達は、紋章、及び、紋を持っているからとのこと。団は実力社会だそうだ。


「よし! 全員そろってるな。第一騎士団団歌斉唱!」


 大叔母様の檄が飛び、私達は精一杯の大声で歌う。




 王都におーける、騎士団はー、真の騎士団我らだけー!

 第一! 第一!


 第二騎士団、卑きょう者ー!

 第三、第四、馬のクソー!

 五、六、七、八、便所紙ー!


 近衛の奴らは、見栄えだけー! 

 意味ないレイピア腰に差し、淑女のケツを追い回すー!


 あんな奴らは玉無しだー!

 我らが王都を守り抜くー!


 蛮族、魔獣をなぎ倒しー!

 我らが進むは、地獄道ー!

 艱難辛苦を乗り越えてー、真の栄光つかみ取れー!


 第一! 第一!


(さらに下品になるので、以下略)


 こんなの、少女(わたし)達に歌わせないで欲しい。騎士団には、女性騎士もいるそうじゃないか。可哀そうだろう。はっきり言って、セクハラだ。


 後日、オリアーナ大叔母様にあれはセクハラでは?と聞いてみた。女性騎士の方が嬉々として歌うそうだ。人間とはよくわからないものだ。


 オリアーナ大叔母様の魔術術式の学習法は、案外真面というか、この世界の文明レベルにしてはよく出来ていた。


 術式の要素が、個別に書かれたプレートが、何十、何百と用意されており、私達はそのプレートを組み合わせて術式の構成を考えてゆく。大変視覚的で解りやすい。間違いや、効率が悪い要素が見つかれば、プレート交換するだけで修正出来る。

 これで、面白いのは、時々、全く教本とは違う術式構成を考えてしまう者が出て来ること。パズル感覚でやるので、つい教本で覚えたことを失念してしまったりする。これを大叔母様は否定しない。私達、全員を集めて、このへんてこな術式を使えるものにしてみろという。

 大概は、カオスになって発動さえしない術式になってしまうが、稀に、教本のより効率の良い術式が出来たりする。初心者たちが教本を超えるのだ、これはとても凄いことだ。


 魔術の実践に関しては、生徒は各自ばらけて、練習する。それを順番に大叔母様が見て回る。一番よく時間をかけて、見てもらえるのは、私、アリスティアと言いたいところだが、そうではない。コレットだ。


 紋章の劣化版の、紋なのに、他の侍女並みに(とはいえ、やはり少々劣る)魔術が使えているのが興味深いらしい。後、素直なのも良いとか。


 私は、もう魔術的威力は十分だから、安定性を追求しろとだけ言われ、あまり時間をかけて貰えていない。けれど、魔術上達の重要なヒントを貰えた。


 がちがちに術式を固めてはいけない、適度にいい加減な方が安定する。


 ファジー理論みたいなものか。大叔母様の言うようにやってみると、魔術の安定性は格段に良くなった。魔力粒子の変動が起こる度、細かい修正を術式に加えていたのが馬鹿みたい。あの苦労はなんだったのだろう。


 オリアーナ大叔母様は教師としては、第一印象とは違い、存外、優秀である。


 その日の晩、

 私とエルシミリア、そして私達の侍女全員が、お父様の執務室に呼び出された。部屋に入ると、そこにはお父様だけではなく、オリアーナ大叔母様もいた。


「五日後、メイチェスター枢機卿のご息女、ルーシャ嬢が、我が家を訪れることが決まった。稀代の癒しの使い手、聖女ルーシャとして有名なお嬢さんだ。皆、失礼の無いようにな」


「お父様、ルーシャ様は私に、面会をご希望だとか、本当ですか?」

「ああ、本当だ。理由はわからん、でも断れなかった。聖女として人気が高い、ルーシャ嬢を無下にはできん、オルバリス伯爵家にも体面があるんでな」


「わかりました。貴賎の区別なく、人々を救われてる素晴らしい方です。これを機会に親交を結ぶのも良いかもしれません」


「……」


 ロバートお父様の口がへの字になっている。何か気になることがあるようだ。

 オリアーナ大叔母様が後を継いだ。


「これは、証拠も何もない推測なの、それを踏まえた上で聞いてね、もちろん口外禁止」


 口外禁止? 嫌な気がする。


「先月、アリスティアとエルシミリアが襲われる事件があったようね」


 隣のエルシミリアの肩が、ビクッとなったのが分かる。もう、忘れたかのように振る舞っているが、そう簡単に克服できる経験ではない。仕方がない。


「その暗殺者を送り込んだのが、ルーシャ嬢の父親、メイチェスター枢機卿の可能性があるの」


 こんどは侍女達に動揺が走った。彼女達は「挺身」侍女なのだ、こちらも仕方がない。


 彼女達をその頸木から、解き放ってやりたいと思う気持ちは重々ある。そして、お父様達に頼らなくても、私には簡単にそれが出来る。「印」を、500円玉を、「契約解除」と願いながら、彼女達に押し付ければ良いだけだ。


 しかし、そんなことをしても彼女達が喜ぶだろうか? 彼女達は命かけて決断して、今ここにいる。その決断を、私のセンチな感情で無しにしてしまうのは、彼女達の誇りを踏みにじる行為であるのは間違いない。もっと良く考えよう、ただ、考える時間があるかどうか……。


「わかりました。アリスティアお姉様は、わたしと侍女達全員で絶対お守りします」


 エルシミリアが後ろの四人を、コレット、セシル、サンドラ、キャロライナを振り返える。


「みんな、わかりましたね!」


「「「「 はい、エルシミリアお嬢様! 」」」」



 また、守られるばかりなのか…… 挺身侍女の決断の時と同じ、何も変わらない。


 今の私には言える言葉がこれしかない。



 ありがとう、みんな。そして、ごめんなさい。


教官と言えば、ハートマン先任軍曹が思い浮かびます。あれは、強烈、大叔母様は甘々です。

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